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第三十一話 陽帝
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「ふう…これでこのアリクの街を包囲していた反陽国同盟の空中戦艦(ふね)はすべて静止しましたね、それではまいりましょうか」
薄桃色の衣装に身を包み、艶やかな黒髪を伸ばした清楚な顔立ちの少女、ヴァルカリア陽国の陽帝エリア=サラフィンス。
彼女は自身の放った気の熱で融解して出来た反陽国同盟の空中戦艦の艦橋の装甲壁の穴から飛び出すと、自分に降った反陽国同盟のサイドアーマー隊を従えて、街の外れに停泊している、自身がこの街まで乗って来た陽帝専用空中戦艦に降り立った。アーマー隊は艦のすぐ側に着地する。
「お待ちしておりました陛下、私たちは準備完了しています、ご命令あれば今すぐにでも陽都テラスへ向かう事が出来ます」
陽帝に歩み出て迅速に報告する陽国の事務官アルス。
「それでは、わたしがたった今説得して連れてきましたサイドアーマー隊の皆さんを加えて部隊の再編成をお願いします。
少し休憩をとったら彼等を率いて全速力で陽都テラスへ向かって下さい」
「了解しました陛下!」
「私は一足先に陽都テラスへ戻ります、それではアルス、あとはお任せしますね」
陽帝は自身を紅蓮の気の光球に包ませると凄まじいスピードでアリクの街を飛び出して陽都テラスへ向かい超高速飛行を開始した。
陽都テラスの反乱は静まっているでしょうか?セイリュウとマキュードの二人が居るのだからもう静まっていることでしょう。
マキュードはやり過ぎていないでしょうか?、彼は少し容赦の無い所がありますから少し心配です。
ですが彼はわたしの指示を破ることは決してありません、大丈夫でしょう。
セイリュウ、あなたのやることに間違いは無いでしょうから心配はありませんね。
…でもわたしは、あなたのことを考えると胸がいっぱいになってしまうのですよ。
これではいけませんね、わたしは陽帝エリア=サラフィンス、ヴァルカリア陽国の国民のみなさんのことを一番に考えなくてはならないのに」
彼女は超高速で空を翔けながら様々なことを思考した。そしてその脳裏にセイリュウと過ごした気士(きし)の修業の日々の記憶が浮かび上がった。
「ここがネライカナイ…この惑星イザナミでも辺境中の辺境と呼ばれる地ですか…素晴らしいです」
エリア=サラフィンスは目の前に広がる見渡す限りの大自然の景観にその眼を輝かせて言葉を漏らす。
「随分と楽しそうですな、エリア様」
「だってですよセイリュウ、わたしはウリウスの村からもほとんど出たことありませんし、数えるほどの遠出でもライトネスの領内の外には出たことが無かったのです。
こんなすごい景色今まで見たことありませんもの」
「…こほん、エリア様。ここには物見遊山(ものみゆさん)で来たわけでは無いのですぞ。ここには貴方を一人前の気士にすべく修業の地として来たのです。
あなたが気士となればその身に持ちうる莫大な気を完全にコントロールできる様になるでしょう。
あなたの母セレネ様はあなたの大きな気の力を最後まで危惧なされ、私に後を託しました。
私はセレネ様との約束通り、あなたを一人前の気士にして差し上げてその危惧を取り払いたい…そしてあなた自身もそのことに承諾した。
今一度確認させて頂きますが、気士になる為の修行の場所としてこの地に来たという事で宜しいでしょうかエリア様?」
「ええ、もちろんですよセイリュウ」
「それではこれからは貴方と私は師と弟子という関係になります。
こほん、それではそれ相応の言葉遣いとさせて頂きますよ…エリア君!
私の修業は厳しいですよ、それなりの覚悟はしてもらいましょうか?」
「ふふ、君付けですか…良いですね!なにかとても新鮮な感じがして、とても良いです!
それでは私もセイリュウのことは”先生”と呼ばせて頂きますね。
はい先生!早速質問があります!」
「なにかねエリア君!」
「先生と生徒がイケない関係には発展することはありますか?」
「無いね」
「そんな…先生と生徒…こんな人っ気も無い所に二人きり…それで何も起きないことも無く…」
「無いな」
「んもう…つれないですよお父様!」
「だから、私は貴方の御父上ではないと」
「父と娘であり先生と生徒なんてすごいですよね、わたしたちの関係。より一層、禁断の愛も燃え上がり甲斐がありますよね!」
「…だから!エリア君!!」
この日からわたしとセイリュウの二人っきりのどきどきネライカナイでの気士修業の日々が始まりました。
セイリュウの手取り足取りの指導はどきどきしました。間近に感じる彼の息遣いにくらくらして何度も倒れそうになりました。
でも彼は真剣にわたしに指導しているだけでした。それはそうですよね、セイリュウが愛しているのはお母様只一人ですから。
でもですね、娘であるわたしにも少しだけでいいからその愛を分けて欲しい…というのはわがままなのでしょうか。
そしてわたしは日々の修業の末、気のコントロールがだいぶ出来る様になってきました。
そんなある日のことです。
「はぁ…はぁ…先生どうですか…?わたし…うまくできていますか…?」
エリアの手の中に生み出された猛る焔の様な気が収縮して圧縮、物質化して紅蓮の色の球体の気の鋼が形成された。
「気を安定化させ、収縮し圧縮させて、更に物質化することも上手く出来てきたようだ。これなら今後、高まった気が暴走するといったことも起きないだろう。
…まあエリア君には最終的にはこれぐらい出来て欲しいがね」
セイリュウは気を高めると、右腕に一気に収縮圧縮させ、右腕を気の鋼で編まれた手甲(てっこう)で覆った。
「こんなに一瞬で気の鋼を生み出して、更にそれを手甲に構成することが出来るのですか?」
「そうだ、そして全身を気の鋼で編まれた鎧で覆い、その各部に気の鋼で編んだ武装を組み込んだものが気鋼武装(きこうぶそう)なのだが…エリア君はまず自分の気をもっと早い時間で物質化することから始めることになるね」
「あの、先生質問です!先生の気の鋼は銀色ですがわたしは紅蓮の赤色です。前から思っていたのですけれど…どうして色が違うのでしょう?」
「その理由は簡単だ、私の一族セントニアは聖なる気を代々受け継いできた一族。エリア君の母上の一族であるライトネスは光の気を受け継いできた一族。
同じ光の側の気ではあるがその気の質に違いはありその色も違うということだ。ちなみにライトネスの一族の気を物質化した気の鋼は金色になることが多いのだが、
エリア君は父親の気を強く受け継いでいる様で、光の気に火の気が混じって紅蓮の赤色になっているのでは無いかと思うよ」
「…え?おかしいじゃないですか?わたしのお父様はセイリュウあなたの筈…」
「…だから!私はいつも言ってるではないですか、あなたの御父上では無いと」
「…え?え?…え…」
わたしにはそれはもう、とてもショックでした。わたしの足元が崩れてわたしを構成している根本的なものが無くなってしまいそうな感覚を受けました。
「ん?エリア君?」
「あ…あの先生、わたしちょっと気分が悪いので…外の空気吸ってきて良いですか?」
「そう言ってもここは最初から外なのだが…あっ?エリア君!?」
わたしはセイリュウの言葉を振り切ってその場を全力で飛び出しました。
それはもう凄まじい速度で飛んで、かなりの距離を飛んだら、岩場みたいなところを見つけたのでそこに着地して、わたしは、泣きました。泣きはらしました。
わたしは、セイリュウを男性としても好きだったのですけれど、結局のところ本当に父親だと思っていたのです。
だからわたしのこの思いは父親への思いの延長線状にあると思っていたのです。
わたしは幼いころからずっとセイリュウは本当の父親だとそう思っていました。
何かしらの大人の事情でセイリュウは父親を名乗れないけれど、それでもずっと側にいて護ってくれていると。
わたしはそう思っていました。そう思い込んでいたのです。
でもそれは違っていました。
結局のところセイリュウはわたしに嘘をついてはいませんでした。
いったいどれほどの時間泣いていたのでしょうか。暗くなる前に帰らないとセイリュウが心配します。
わたしは小川を見つけると泣きはらしてぐしゃぐしゃになった自分の顔を洗って涙の後を流しました。
「セイリュウ、ただいまもどりました」
わたしは何ごともなかったかのように彼のもとに帰りました。
「おかえりエリア君、今日は私が晩御飯の当番だったね、何か食べたいものがあるかい?まあここでは食材に限りがあるから何でもと言う訳にはいかないがね」
彼も何ごともなかったのようにわたしを迎えてくれました。
わたしはその夜、セイリュウと一緒に暮らしている修業小屋をこっそり抜け出して、昼に見つけたあの岩場に行きました。
そこでわたしはまた泣きました。一時間ぐらい泣きはらしてからこっそりと小屋に戻って眠りました。
そんなことが何日か続いて、わたしはようやく気持ちの整理が出来たのです。
「おはようございますセイリュウ」
「おはようエリア君、もう少しで朝食の準備が出来るよ。ん?今日は何だかいつもより晴れやかな顔をしているね?」
「…気持ちの整理がようやく出来ましたから」
そういってわたしはセイリュウの腕に抱き着きました。
「…エリア君!?調理中で危ないからその様な戯れは…」
セイリュウは調理の手を止めてわたしの腕を振りほどこうとしましたけれど、わたしは彼の腕をさらにぎゅっと抱きしめました。
「セイリュウ…本当にわたしのお父様では無かったのですね」
「ああそうだよ、昔から何度も言っている通りだ」
「でもわたしは本当にあなたがお父様だと思っていました、だからそうでは無いとわかった時はとてもショックでしたよ…でも毎晩泣きはらしてわかったんです。
父と娘として血で繋がってなくても、貴方とは別の形で繋がることが出来るんだって」
わたしはそう言うとセイリュウの手を握りました。
「貴方がわたしにお母様の面影を見ていることは知ってますよ…。
わたしはそれでも構いませんよ…お母様への思いをわたしのこの身体に思いっきりぶつけて下さってもわたしは構いません。
でもですね、それでもわたしは貴方にお父様を見てしまうみたいです…幼いころの思いと言うか刷り込み現象は怖いですね。
今日はわたし、お父様に甘えたい気分なんです。
だからセイリュウいいえ、お父様。今日は一日、わたしのお父様になって下さいね」
わたしはそう言うとセイリュウに向かって微笑みかけました、それはきっと敬愛する父親に対しての娘の顔だったと思います。
超高速飛行するエリアの目に陽都テラスが飛び込んできた。そして眼下に元ガイゼル宮殿を改名したテラス宮殿が姿を現す。
エリアは纏っていた紅蓮の気の光球を解くと宮殿のバルコニーに着地した。
「お疲れ様です陛下ァ、お早いご帰還ですねェ、その様子だとそちらの反乱軍も陛下御自らの手で手早くお鎮めになったのですねェ、流石は陛下ァー!!素晴らしいィーー!!」
陽国の軍服に身を包んだ、長身の身体に、女の様な高い声、若く見えるが年増をも感じさせる、全てがアンバランスで不気味な雰囲気を醸しだす道化師の様な男、マキュード。
陽帝の最も忠実な僕(しもべ)を名乗る彼はまさに道化師の様に大袈裟な動作で陽帝を称える。
「マキュードもお疲れ様です。貴方がここにいるという事はこちらも反乱は静まったのですね、貴方も流石の手際です。…それでセイリュウはどちらに?」
「セイリュウ殿は宮殿の自室に一度戻ると言ってましたねェ」
「わかりました、教えてくれてありがとうマキュード。それではまたあとで会いましょう」
エリアはマキュードに礼を述べると急ぎ足で宮殿内の廊下を進んでいった。
「ククク…陛下がご帰還されてまず逢いたいのはやはり貴方ですか、セイリュウ殿。ククク…これはまたしてもワタシ、セイリュウ殿に嫉妬の嵐ですねえ…悔しいィーー!!」
道化師の様な男は自身の胸を掻きむしって大げさに自身の心境を表現して見せた。
「セイリュウ、入りますよ」
「陛下、どうぞ」
エリアはセイリュウの自室に入る。
白いマントを羽織り、引き締まった長身の身体、綺麗な金髪に端正な顔立ちをした男、先代聖気士セイリュウは目を通していた書類から目線を外すとエリアに向かって一礼した。
「セイリュウ、至急、対魔物(エビル)軍を組織します。もうしばらくすればわたしが説得した元ウェンドール帝国軍のサイドアーマー隊の方々をアルス事務官達がこの陽都に連れて来るでしょう。
彼等と、この陽都テラスにおられる魔物(エビル)と戦えるだけの力を持った方々を合わせて対魔物(エビル)軍を編成したいと考えています。
何か異論はありますか?」
「異論はありません陛下。こちらでも皇族を処断すると、陽国側に相当数のアーマー隊が降りました。彼らも皇族に無理やり従わされていた様です。
彼等も加えて対魔物(エビル)軍を編成いたしましょう。
あと陽都テラスの冒険者たちも私たち陽国側に付いて反乱軍と戦ってくれましたのでその協力を仰げるでしょう。それでは急ぎ彼等に連絡を」
そう言って部屋を出ようとするセイリュウの手を掴んで引き留めるエリア。
「…陛下?」
「ほんの少し、ほんの少しだけで良いのです。少しだけ甘えさせて下さいセイリュウ」
そう言うとエリアはセイリュウの腕に抱き着いてその身を寄せた。
「今回の反乱はわたしの不徳の致すところです、まだまだこの国の長としての精進が足りませんね。
はあ…今日はかなり疲れましたけれど、これからまだまだ働かなくてはなりません。だから一度あなたの腕の中でエネルギーの補給をさせて下さいね」
「陛下…またお戯れを。臣下や国民が見たら嘆きますぞ」
「ふふ、そうならない様にこうやって二人きりの時にだけ、こうしているんですよ、わたしもそれぐらいは心得ています」
そう言ってエリアは腕を解いた。
そしてちらりとセイリュウの部屋に置いてあるひと振りの剣を見た。
あれは女性用の剣。前からセイリュウが大切にしているのは知っています。
誰のものかずっと気になっていたのですけれど、さきほどセイリュウとの気士の修行中の日々のことを思い出して気が付きました。
あれは気士の修業用の剣のはず。つまり前に一度だけセイリュウが話してくれた彼の愛弟子さんが使っていた剣なのでしょう。
彼にとってその愛弟子さんはとても大切な存在だということはあの剣の扱いから想像できましょう。
わたしは自分の胸がちりりとするのを感じていました。彼がわたしのほかに大切な女性がいることに対してのことでしょう。
わたしはその愛弟子さんに一度逢ってみたいと思いました。一体どんな女性なのか、わたしはとても気になるのです。
「それではまいりましょうセイリュウ、わたしはこの国を、国民の皆さんを、そしてか弱き人々を守らなければなりません」
わたしは名前も顔も知らないセイリュウの愛弟子への気持ちを胸の中にしまい込むと、この国の民とヒト種の生存の為に、魔物(エビル)を討つ為の行動を開始した。
薄桃色の衣装に身を包み、艶やかな黒髪を伸ばした清楚な顔立ちの少女、ヴァルカリア陽国の陽帝エリア=サラフィンス。
彼女は自身の放った気の熱で融解して出来た反陽国同盟の空中戦艦の艦橋の装甲壁の穴から飛び出すと、自分に降った反陽国同盟のサイドアーマー隊を従えて、街の外れに停泊している、自身がこの街まで乗って来た陽帝専用空中戦艦に降り立った。アーマー隊は艦のすぐ側に着地する。
「お待ちしておりました陛下、私たちは準備完了しています、ご命令あれば今すぐにでも陽都テラスへ向かう事が出来ます」
陽帝に歩み出て迅速に報告する陽国の事務官アルス。
「それでは、わたしがたった今説得して連れてきましたサイドアーマー隊の皆さんを加えて部隊の再編成をお願いします。
少し休憩をとったら彼等を率いて全速力で陽都テラスへ向かって下さい」
「了解しました陛下!」
「私は一足先に陽都テラスへ戻ります、それではアルス、あとはお任せしますね」
陽帝は自身を紅蓮の気の光球に包ませると凄まじいスピードでアリクの街を飛び出して陽都テラスへ向かい超高速飛行を開始した。
陽都テラスの反乱は静まっているでしょうか?セイリュウとマキュードの二人が居るのだからもう静まっていることでしょう。
マキュードはやり過ぎていないでしょうか?、彼は少し容赦の無い所がありますから少し心配です。
ですが彼はわたしの指示を破ることは決してありません、大丈夫でしょう。
セイリュウ、あなたのやることに間違いは無いでしょうから心配はありませんね。
…でもわたしは、あなたのことを考えると胸がいっぱいになってしまうのですよ。
これではいけませんね、わたしは陽帝エリア=サラフィンス、ヴァルカリア陽国の国民のみなさんのことを一番に考えなくてはならないのに」
彼女は超高速で空を翔けながら様々なことを思考した。そしてその脳裏にセイリュウと過ごした気士(きし)の修業の日々の記憶が浮かび上がった。
「ここがネライカナイ…この惑星イザナミでも辺境中の辺境と呼ばれる地ですか…素晴らしいです」
エリア=サラフィンスは目の前に広がる見渡す限りの大自然の景観にその眼を輝かせて言葉を漏らす。
「随分と楽しそうですな、エリア様」
「だってですよセイリュウ、わたしはウリウスの村からもほとんど出たことありませんし、数えるほどの遠出でもライトネスの領内の外には出たことが無かったのです。
こんなすごい景色今まで見たことありませんもの」
「…こほん、エリア様。ここには物見遊山(ものみゆさん)で来たわけでは無いのですぞ。ここには貴方を一人前の気士にすべく修業の地として来たのです。
あなたが気士となればその身に持ちうる莫大な気を完全にコントロールできる様になるでしょう。
あなたの母セレネ様はあなたの大きな気の力を最後まで危惧なされ、私に後を託しました。
私はセレネ様との約束通り、あなたを一人前の気士にして差し上げてその危惧を取り払いたい…そしてあなた自身もそのことに承諾した。
今一度確認させて頂きますが、気士になる為の修行の場所としてこの地に来たという事で宜しいでしょうかエリア様?」
「ええ、もちろんですよセイリュウ」
「それではこれからは貴方と私は師と弟子という関係になります。
こほん、それではそれ相応の言葉遣いとさせて頂きますよ…エリア君!
私の修業は厳しいですよ、それなりの覚悟はしてもらいましょうか?」
「ふふ、君付けですか…良いですね!なにかとても新鮮な感じがして、とても良いです!
それでは私もセイリュウのことは”先生”と呼ばせて頂きますね。
はい先生!早速質問があります!」
「なにかねエリア君!」
「先生と生徒がイケない関係には発展することはありますか?」
「無いね」
「そんな…先生と生徒…こんな人っ気も無い所に二人きり…それで何も起きないことも無く…」
「無いな」
「んもう…つれないですよお父様!」
「だから、私は貴方の御父上ではないと」
「父と娘であり先生と生徒なんてすごいですよね、わたしたちの関係。より一層、禁断の愛も燃え上がり甲斐がありますよね!」
「…だから!エリア君!!」
この日からわたしとセイリュウの二人っきりのどきどきネライカナイでの気士修業の日々が始まりました。
セイリュウの手取り足取りの指導はどきどきしました。間近に感じる彼の息遣いにくらくらして何度も倒れそうになりました。
でも彼は真剣にわたしに指導しているだけでした。それはそうですよね、セイリュウが愛しているのはお母様只一人ですから。
でもですね、娘であるわたしにも少しだけでいいからその愛を分けて欲しい…というのはわがままなのでしょうか。
そしてわたしは日々の修業の末、気のコントロールがだいぶ出来る様になってきました。
そんなある日のことです。
「はぁ…はぁ…先生どうですか…?わたし…うまくできていますか…?」
エリアの手の中に生み出された猛る焔の様な気が収縮して圧縮、物質化して紅蓮の色の球体の気の鋼が形成された。
「気を安定化させ、収縮し圧縮させて、更に物質化することも上手く出来てきたようだ。これなら今後、高まった気が暴走するといったことも起きないだろう。
…まあエリア君には最終的にはこれぐらい出来て欲しいがね」
セイリュウは気を高めると、右腕に一気に収縮圧縮させ、右腕を気の鋼で編まれた手甲(てっこう)で覆った。
「こんなに一瞬で気の鋼を生み出して、更にそれを手甲に構成することが出来るのですか?」
「そうだ、そして全身を気の鋼で編まれた鎧で覆い、その各部に気の鋼で編んだ武装を組み込んだものが気鋼武装(きこうぶそう)なのだが…エリア君はまず自分の気をもっと早い時間で物質化することから始めることになるね」
「あの、先生質問です!先生の気の鋼は銀色ですがわたしは紅蓮の赤色です。前から思っていたのですけれど…どうして色が違うのでしょう?」
「その理由は簡単だ、私の一族セントニアは聖なる気を代々受け継いできた一族。エリア君の母上の一族であるライトネスは光の気を受け継いできた一族。
同じ光の側の気ではあるがその気の質に違いはありその色も違うということだ。ちなみにライトネスの一族の気を物質化した気の鋼は金色になることが多いのだが、
エリア君は父親の気を強く受け継いでいる様で、光の気に火の気が混じって紅蓮の赤色になっているのでは無いかと思うよ」
「…え?おかしいじゃないですか?わたしのお父様はセイリュウあなたの筈…」
「…だから!私はいつも言ってるではないですか、あなたの御父上では無いと」
「…え?え?…え…」
わたしにはそれはもう、とてもショックでした。わたしの足元が崩れてわたしを構成している根本的なものが無くなってしまいそうな感覚を受けました。
「ん?エリア君?」
「あ…あの先生、わたしちょっと気分が悪いので…外の空気吸ってきて良いですか?」
「そう言ってもここは最初から外なのだが…あっ?エリア君!?」
わたしはセイリュウの言葉を振り切ってその場を全力で飛び出しました。
それはもう凄まじい速度で飛んで、かなりの距離を飛んだら、岩場みたいなところを見つけたのでそこに着地して、わたしは、泣きました。泣きはらしました。
わたしは、セイリュウを男性としても好きだったのですけれど、結局のところ本当に父親だと思っていたのです。
だからわたしのこの思いは父親への思いの延長線状にあると思っていたのです。
わたしは幼いころからずっとセイリュウは本当の父親だとそう思っていました。
何かしらの大人の事情でセイリュウは父親を名乗れないけれど、それでもずっと側にいて護ってくれていると。
わたしはそう思っていました。そう思い込んでいたのです。
でもそれは違っていました。
結局のところセイリュウはわたしに嘘をついてはいませんでした。
いったいどれほどの時間泣いていたのでしょうか。暗くなる前に帰らないとセイリュウが心配します。
わたしは小川を見つけると泣きはらしてぐしゃぐしゃになった自分の顔を洗って涙の後を流しました。
「セイリュウ、ただいまもどりました」
わたしは何ごともなかったかのように彼のもとに帰りました。
「おかえりエリア君、今日は私が晩御飯の当番だったね、何か食べたいものがあるかい?まあここでは食材に限りがあるから何でもと言う訳にはいかないがね」
彼も何ごともなかったのようにわたしを迎えてくれました。
わたしはその夜、セイリュウと一緒に暮らしている修業小屋をこっそり抜け出して、昼に見つけたあの岩場に行きました。
そこでわたしはまた泣きました。一時間ぐらい泣きはらしてからこっそりと小屋に戻って眠りました。
そんなことが何日か続いて、わたしはようやく気持ちの整理が出来たのです。
「おはようございますセイリュウ」
「おはようエリア君、もう少しで朝食の準備が出来るよ。ん?今日は何だかいつもより晴れやかな顔をしているね?」
「…気持ちの整理がようやく出来ましたから」
そういってわたしはセイリュウの腕に抱き着きました。
「…エリア君!?調理中で危ないからその様な戯れは…」
セイリュウは調理の手を止めてわたしの腕を振りほどこうとしましたけれど、わたしは彼の腕をさらにぎゅっと抱きしめました。
「セイリュウ…本当にわたしのお父様では無かったのですね」
「ああそうだよ、昔から何度も言っている通りだ」
「でもわたしは本当にあなたがお父様だと思っていました、だからそうでは無いとわかった時はとてもショックでしたよ…でも毎晩泣きはらしてわかったんです。
父と娘として血で繋がってなくても、貴方とは別の形で繋がることが出来るんだって」
わたしはそう言うとセイリュウの手を握りました。
「貴方がわたしにお母様の面影を見ていることは知ってますよ…。
わたしはそれでも構いませんよ…お母様への思いをわたしのこの身体に思いっきりぶつけて下さってもわたしは構いません。
でもですね、それでもわたしは貴方にお父様を見てしまうみたいです…幼いころの思いと言うか刷り込み現象は怖いですね。
今日はわたし、お父様に甘えたい気分なんです。
だからセイリュウいいえ、お父様。今日は一日、わたしのお父様になって下さいね」
わたしはそう言うとセイリュウに向かって微笑みかけました、それはきっと敬愛する父親に対しての娘の顔だったと思います。
超高速飛行するエリアの目に陽都テラスが飛び込んできた。そして眼下に元ガイゼル宮殿を改名したテラス宮殿が姿を現す。
エリアは纏っていた紅蓮の気の光球を解くと宮殿のバルコニーに着地した。
「お疲れ様です陛下ァ、お早いご帰還ですねェ、その様子だとそちらの反乱軍も陛下御自らの手で手早くお鎮めになったのですねェ、流石は陛下ァー!!素晴らしいィーー!!」
陽国の軍服に身を包んだ、長身の身体に、女の様な高い声、若く見えるが年増をも感じさせる、全てがアンバランスで不気味な雰囲気を醸しだす道化師の様な男、マキュード。
陽帝の最も忠実な僕(しもべ)を名乗る彼はまさに道化師の様に大袈裟な動作で陽帝を称える。
「マキュードもお疲れ様です。貴方がここにいるという事はこちらも反乱は静まったのですね、貴方も流石の手際です。…それでセイリュウはどちらに?」
「セイリュウ殿は宮殿の自室に一度戻ると言ってましたねェ」
「わかりました、教えてくれてありがとうマキュード。それではまたあとで会いましょう」
エリアはマキュードに礼を述べると急ぎ足で宮殿内の廊下を進んでいった。
「ククク…陛下がご帰還されてまず逢いたいのはやはり貴方ですか、セイリュウ殿。ククク…これはまたしてもワタシ、セイリュウ殿に嫉妬の嵐ですねえ…悔しいィーー!!」
道化師の様な男は自身の胸を掻きむしって大げさに自身の心境を表現して見せた。
「セイリュウ、入りますよ」
「陛下、どうぞ」
エリアはセイリュウの自室に入る。
白いマントを羽織り、引き締まった長身の身体、綺麗な金髪に端正な顔立ちをした男、先代聖気士セイリュウは目を通していた書類から目線を外すとエリアに向かって一礼した。
「セイリュウ、至急、対魔物(エビル)軍を組織します。もうしばらくすればわたしが説得した元ウェンドール帝国軍のサイドアーマー隊の方々をアルス事務官達がこの陽都に連れて来るでしょう。
彼等と、この陽都テラスにおられる魔物(エビル)と戦えるだけの力を持った方々を合わせて対魔物(エビル)軍を編成したいと考えています。
何か異論はありますか?」
「異論はありません陛下。こちらでも皇族を処断すると、陽国側に相当数のアーマー隊が降りました。彼らも皇族に無理やり従わされていた様です。
彼等も加えて対魔物(エビル)軍を編成いたしましょう。
あと陽都テラスの冒険者たちも私たち陽国側に付いて反乱軍と戦ってくれましたのでその協力を仰げるでしょう。それでは急ぎ彼等に連絡を」
そう言って部屋を出ようとするセイリュウの手を掴んで引き留めるエリア。
「…陛下?」
「ほんの少し、ほんの少しだけで良いのです。少しだけ甘えさせて下さいセイリュウ」
そう言うとエリアはセイリュウの腕に抱き着いてその身を寄せた。
「今回の反乱はわたしの不徳の致すところです、まだまだこの国の長としての精進が足りませんね。
はあ…今日はかなり疲れましたけれど、これからまだまだ働かなくてはなりません。だから一度あなたの腕の中でエネルギーの補給をさせて下さいね」
「陛下…またお戯れを。臣下や国民が見たら嘆きますぞ」
「ふふ、そうならない様にこうやって二人きりの時にだけ、こうしているんですよ、わたしもそれぐらいは心得ています」
そう言ってエリアは腕を解いた。
そしてちらりとセイリュウの部屋に置いてあるひと振りの剣を見た。
あれは女性用の剣。前からセイリュウが大切にしているのは知っています。
誰のものかずっと気になっていたのですけれど、さきほどセイリュウとの気士の修行中の日々のことを思い出して気が付きました。
あれは気士の修業用の剣のはず。つまり前に一度だけセイリュウが話してくれた彼の愛弟子さんが使っていた剣なのでしょう。
彼にとってその愛弟子さんはとても大切な存在だということはあの剣の扱いから想像できましょう。
わたしは自分の胸がちりりとするのを感じていました。彼がわたしのほかに大切な女性がいることに対してのことでしょう。
わたしはその愛弟子さんに一度逢ってみたいと思いました。一体どんな女性なのか、わたしはとても気になるのです。
「それではまいりましょうセイリュウ、わたしはこの国を、国民の皆さんを、そしてか弱き人々を守らなければなりません」
わたしは名前も顔も知らないセイリュウの愛弟子への気持ちを胸の中にしまい込むと、この国の民とヒト種の生存の為に、魔物(エビル)を討つ為の行動を開始した。
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好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
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「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
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・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
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