死なないで姫様

松原紋

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色は分別の外

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「何を呆けてる?まさか俺の顔を見忘れたとは言うまいな」

 ずいっと顔を寄せられ、反射的に迫られた分だけ身を引く。
 少年、とは思ったが、近付かれてみると筋骨隆々の大男だ。眉が太くて、鼻筋のしっかりとした顔にまだ少し子供っぽさが残っている。

「過日、姫君蘇生の神事があった折に倒れたと聞いたが、よもやまだ障りがあるのか」

 でも真剣に心配してくれているらしい。彼はやけに真摯な、いっそかぶりつくような目をする。
 正直に言ってちょっと好みだ。こういう必死な感じの年下というのは悪くない。が。

「いえ……そのようなことは」

 野分が彼を拒否する気配が、容赦なく背筋を駆け下っていく。怯えというか、怖気がつくというか、いわゆる寒気だ。よっぽどの苦手意識があるようだ。
 なんでだろう。いい子だと思うのに。

「簪など、何も本多殿が探しに来られずともお小姓にお任せになればよろしかったのに」

 私が退いて空けた間を、本多忠勝が大股に踏み出して詰めてきた。
 おそろしい熱量を感じる。厚い筋肉にぎっしりと詰まったエネルギーが、発散する充てを求めている。

「……お前がいると思うたから来たのであろうが」

 切実な響きを持ってささやかれ、少年の少年らしからぬ大きな手にやんわりと腕を掴まれる。

 野分が彼をなるべく避ける必要を感じていた理由は、たぶんこれだ。

 本多くんは野分を好きなのだ。

 野分は自分の立場や仕事のしやすさ諸々を考えて秤にかけた末、この少年からの求愛をはぐらかし続けていたのではないだろうか。

 野分は庶民出身、主は今川義元公の側室。
 本多忠勝はいずれ今川から離反する松平家の直参、つまりはゴリゴリの武門の子だ。
 しかも彼の君主は初花姫の夫になるかもしれないのだ。

 野分の主──淡海の方が、大っぴらにはしなくとも初花姫を疎んじていることを踏まえると、本多くんは野分にとっていい相手とは言えなかったのだろう。

 もうじき野分は初花姫付きになるんだから別に仲良くして差し障るとも思えない、というのは私見だ。


 声変わりして間もないような、そのくせ体ばかり大きく武骨な、戦では勇敢だろうけど恋愛は不得手っぽい年下の男の子。
 正直、私個人としてはかなり好みだ。が、色々と込み入った部分もあることだし彼の気持ちに応えるのは現実的ではない。
 さっきからずっと警鐘を発し続けている野分の意思を無視することもまた罷りならない。


「あの……私、戻らないと」
「何とでも言い訳が利く」

 なるべく婉曲な、腕を放してください、という要求のつもりだったのだが効果がない。

「探し物だけでも手伝ってくれ」
 
 それくらいなら一緒にやってあげてもいいか、と好意的な部分で思いかける。
 いやでも手は離してくれないと無理だな。


「簪ならば殿が懐深くにお持ちであったが?」

 私がもう一度、「あの」と振り絞った声に被せて、本多くんとはまた別の人の声がした。

「まったくおぬしときたら、何を探しに出たやら」

 戸口のところに、またひとり少年が立っている。本多くんとはたぶん同年代だろうか。

 上背があって、凛々しい顔立ちをしている。
 直情型らしい本多くんと対照的に、飄々とした口ぶりが少年らしくない。
 野分としては彼の方も一応は知り合いらしいものの、名前がすぐに出てこない。

「やかましい。合議の終わるまでは好きにしてよいと殿の仰せであったろうが」
「主君のお言葉に甘えて、おぬしのような堅物が女を口説きに出るとは思うまいよ」

 後から来た方が本多くんの服の肩を鷲掴みにして、私から引き剥がした。
 本多くんの指先が名残惜しげにゆるりと離れていく。
 ……そんな悲しそうな顔しなくても

「しまき殿、騒がせて悪かった。また後ほど」

 やっぱりこっちの彼も野分を「しまき」と呼ぶのだ。
 野分の家族からの手紙のことも踏まえて、野分が既に松平方と何らかの繋がりを持って動いていたことは間違いないのだろう。

 黙って一礼した私にひらりと手を振って、背の高い少年が筋骨隆々の少年を引っ張って茶室を出て行った。
 
 取り急ぎ、茶室の片付けを終われる。


「やみくもに迫るな、野猪かおぬしは」

 格子窓の外で、本多くんが小突かれているのが聞こえた。
 ──まったくご尤もです
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