転生したら亀だった 亀の甲羅を背負った元傭兵のオッサン

にしのみつてる

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1章

猫探しな一日が終わって、温泉に行ったけど 

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 冒険者の朝は早い。だが、カメ吉はその喧騒を避けるように、いつも少し遅れてギルドに顔を出す。慎重な性格と、無駄な消耗を嫌う傭兵としての習慣が、今も彼の行動に染みついていた。

 その日も、ギルドのカウンター前でカメ吉は職員のリナに詰め寄っていた。

「リナちゃん、今日こそ温泉に行くって決めてたんだ。昨日は命削って働いたんだからな」

「それは理解していますけど……」

「『けど』じゃねぇよ。ほら、俺の寿命ゲージ見てみろ」

 カメ吉は背中の甲羅を叩いた。すると、人工知能の冷たい声が響く。

 ――《残り寿命、概算27年マイナス》

「な? このままだと定年前に死ぬぞ」

 リナは困ったように微笑みながら、一枚の依頼書を差し出した。

「そんなカメ吉さんに、ぴったりな依頼があります」

「温泉調査か?」

「……猫探しです」

「帰るわ」

「待ってください! この子、ギルド長の愛猫なんです。見つけなければ、ギルド長がストレスで血圧が爆上がりして、職員の給料が三か月遅れるんです!」

「ギルドの内部事情、重すぎだろ……」

 渋々依頼を受けたカメ吉は、町の裏路地を三時間歩き回った。猫は見つからず、甲羅は重く、空腹も限界に近づいていた。

 そんな彼に声をかけたのは、町内最強のご隠居集団「夕陽クラブ」。平均年齢七十二歳、趣味は将棋と猫の世話。情報網は驚くほど精密だった。

「ギルド長んとこのシロなら、魚屋の裏で腹満たしてるぜ」

「なんでそんなに詳しいんすか」

「毎日張り込んでるからな」

 ご隠居たちは竹ほうきと網を手に、鮮やかな連携で路地裏を封鎖した。

「よし、カメ吉くん。追い込みは任せた」

「俺、猫捕まえるために転生したわけじゃねぇんだけど……」

「いいからやれ!」

 掛け声とともに猫が飛び出し、カメ吉は魔導銃を構えたが、すぐに下ろした。

「撃つわけにはいかねぇな……」

 結果、転生傭兵とシニア特殊部隊の総力戦により、猫は無事保護された。

 夕方、町の広場でご隠居たちとおでんを囲むことになった。湯気が立ち、だしの香りが心を和ませる。

「今日は助かったよ、カメ吉くん」

「助けられたのは俺のほうっすよ。あんたら、元傭兵より動き速いじゃないっすか」

「昔は盗賊団やってたからな」

「経歴、重すぎだろ……」

 熱々の大根を口に放り込み、熱燗で流し込む。甲羅のAIが冷静に警告する。

 ――《アルコール摂取により、使用者の判断力は低下しています》

「黙れ。今日は飲ませろ」

 転生してから初めて、カメ吉は戦い以外の時間を心から楽しんでいた。

 夜更け。広場のベンチで、カメ吉は甲羅を枕にして眠っていた。昼間の猫探しとご隠居たちとの宴で、心地よい疲労が彼を包んでいた。

「……すぴー……温泉……猫鍋……じゃなくて猫温泉……」

 そのとき、物陰から一つの影が忍び寄る。痩せた男が、ひげ面に薄笑いを浮かべながら甲羅へと手を伸ばした。

「へっへ……この甲羅、高く売れそうだな……」

 だが、甲羅の人工知能は即座に反応した。

 ――《警告。外部アクセスを検知。自動防御、スタンガン起動》

「えっ?」

 次の瞬間、雷撃が走った。

 **バチバチバチィィィッ!!**

 男は叫び声を上げ、白目をむいてその場に倒れ込んだ。

 偶然通りかかった商店主が悲鳴を上げる。

「そ、その人! 最近この辺りで噂の連続殺人犯ですよ!」

 カメ吉は寝ぼけ眼のまま、状況を把握しきれずに呟いた。

「……俺、寝てただけなんだけどな」

「すごい! 一人で捕まえたんですか!?」

「いや、甲羅が勝手にやった」

「騎士団を呼んでくれ!」

 商店主は慌ててポケットから一枚の紙を差し出した。

「これ、商店街からのお礼です!」

 そこには「イカスホ温泉 無料入浴券(ペア)」と書かれていた。

 カメ吉はそれを見て、静かに笑った。

「……よし、温泉ゲット。今日はもう働かねぇ」


 翌朝。ギルド前で、リナが当然のように同行を申し出た。

「カメ吉さん、温泉行くなら私も行きます。有給休暇制度、使います!」

「なんでだよ」

「カメ吉さん、一人だとまたトラブルに巻き込まれそうですし」

「お前が一緒だとトラブル増える気しかしねぇけどな」

 結局、甲羅を飛行モードにして、二人でイカスホ温泉へ向かうことになった。

 
 イカスホ温泉へ向かう道中、甲羅の人工知能が淡々と告げる。

 ――《目的地まで約十八分。温泉成分:硫黄濃度高め。美肌効果あり》

「美肌効果……?」

 リナがぴくりと反応した。

「えっ、それ早く言ってください! もっと急ぎましょう!」

「おいリナ、これは俺の休暇だ。勝手に楽しみを横取りすんな」

 甲羅を飛行モードに切り替え、二人は温泉地へと滑空していった。

 到着したのは、木造三階建ての立派な旅館。入口には「湯けむり旅館・シラユリ荘」と書かれた看板が掲げられている。

「なかなか風情ある旅館じゃねぇか」

 そう言った瞬間、リナが目を逸らした。

「……あの、ここ……私の実家なんです」

「は? なんで事前に言わねぇんだよ」

「だって、ちょっと恥ずかしくて……」

「恥じる要素ねぇだろ。むしろ最高だわ」

 そこへ、リナの母と思しき女性が現れた。柔らかな笑顔の奥に、鋭い眼差しが光る。

「あらあら、リナ。こちらは……お婿さんかしら?」

「違います!」

「違います!」

 二人の声がぴたりと重なった。



 温泉に浸かり、旅館の大広間で一杯。だが隣の座敷では、酔った客がメイドに絡んでいた。

「おい、ねぇちゃん。こっち来てお酌してくれよ」

「お客様、困ります」

 その様子を見たカメ吉は、静かに立ち上がる。

「……せっかくの温泉気分を壊すなよ」

 甲羅を軽く叩くと、AIが応答する。

 ――《対人用スタンモード、解除しますか?》

「弱めで頼む」

 雷撃が走り、酔客は椅子ごと倒れ込んだ。

「……大丈夫か?」とメイドが心配そうに尋ねる。

「三分後に復活する。保証はしねぇけどな」

 周囲から拍手が起こり、リナは肩をすくめた。

「カメ吉さん、温泉で電撃使う人、普通いませんよ」

「安心しろ。俺、普通じゃねぇから」



 夜更け。露天風呂に浸かりながら、カメ吉は星空を見上げていた。

「……温泉、最高だな」

 そのとき、甲羅がかすかに震えた。

 ――《警告。隣接山脈地下に、未登録ダンジョンを検知》

「やめろ。今日くらい黙ってろ」

 湯けむりの向こうで、リナが笑っていた。

 転生してから初めて、カメ吉は“戦いの外側”にある時間を、心から愛おしく感じていた。

 だが、甲羅が告げる次なる異変は、彼の休息を長くは許してくれなかった。

 
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