徒然推理覚書  『東西双鷹』

怪傑忍者猫

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龍爪駅展望室にて

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 翌日、猊国ブリテン人向けのみならず、東方人系の新聞にも黄晶ウォン・ジンの死因が砒素による急性中毒であると公表された。
 今、警察は犯人を絞っている最中とだけ書かれているが、おそらく砒素の入手経路から犯人を特定しようとしているのだろうと坂本良行は思った。
 ただ、純度を求めないなら、砒素は殺鼠剤として手軽に手に入る。
 また、シェーレグリーンと言う塗料からだって砒素は手に入る。まあ、こちらは些かの科学知識は必要だし、自身が中毒になる危険もあるが。
 どちらにしろ、小売業の関山海クワン・サンホイにも、マイケル・ウィルソンにも、そして疑いたくは無いがイライアス・ホーク・マーヴィンにも入手出来る可能性はあるのだ。
 午後の礼砲が鳴った後、良行は星海大道バイパスを南下した。
 龍爪半島は、東西に長い入江があり、その両岸に街が出来ている。因みに、入江を起点に北側が古くから土地の人間が多く暮らす『城市シティ』、南側が猊国人の入植によって新たに作られた市街地である『新城ニュータウン』となっている。
 この半島は、元々は島だったのに半島東端の一部にくっついたとも、波と川の流れによって岩盤部分を残して土地が削れたとも考えられ、大陸の西側の学者先生方は未だにここの成り立ちについて、こもごも揉めているらしい。
 地元では、《天魔》を封じる為に幡山(猊国人達はクィーンズピークと呼んでいる)が出来た際に、余った岩が落ちた為に島が大陸に繋がり、半島になったと云い伝えられているそうだ。
 兎にも角にも、対岸迄四里(約一、六キロメートル)と言う入江をぐるっと陸続きに移動するより、入江を突っ切る方が早いと言う事で出来たのが、星光小輪スターフェリーと言う事らしい。
 良行は大道の南端部に突き当たると、そこから東西に伸びる道を半島酒店ホテル・ペニンシュラを右手に見ながら進んだ。
 大陸西側の、指折りの王侯貴族や大商人御用達の最高級ホテルを横目に、良行が目指しているのはホテルと桟橋の間にある、洛星鐵路ロッセンティッロウの駅舎であった。
 星海と、大陸東側の大国竜華ルンファ国首都である洛央ルオヤンを結ぶ鉄道の始発駅である龍爪ロンジャー駅には、展望台の様に入江を一望する事が出来る時計台がある。
 そこの、展望室の一角にカメラと三脚を据えて、入江を行き交う船々を撮影しようとしている若者がいる。
 ハンティング帽を目深に被り、何度もシャッターを切っている西域人に向かって、良行は溜息混じりにこう告げた。
「仮にも写真家なら、レンズカバーは取りましょうよ。
 何をやっているのです、あなたは」
「!?」
 飛び上がり、慌ててカバーを外そうとする青年に向かって、良行は肩を竦めつつ伝えた。
「エリー君、ホーク君が探してます。
 被害者と最後に接触した人間として、君から事情聴取する為警察がと言うべきでしょうか?」
「ちぇ、やっぱりそうなるか」
 そう言って帽子を脱いだ青年は、炎を思わせる明るい色の髪を掻き混ぜた。
「俺は奴さんに、毒なんて飲ませて無いぞ。取材対象殺す記者がいるかよ。寧ろお茶をぶっ掛けられて染みになった、帽子の弁償して欲しいくらいなのに」
「私もホーク君も、君が犯人とは思ってませんよ。
 暗殺なんて、報道者としての君の理念の、真逆を行く行動ではありませんか」
 ジャンルは違えど、ペンで食べて来た物書きの先達の言葉に、赤毛の青年の肩からふっと力が抜けた。
「ん。ありがとう」
 クシャッと笑って、イライアス・ホーク・マーヴィンはカメラを片付け始めた。
 手慣れた様子で蛇腹を畳みつつ、思い出したようにイライアス・ホークは良行にこう告げた。
「そう言えばあのおっさん、何が嫌って紙幣一枚捲る度に指舐めてたんだよなあ。
 あの時、手に握ってたお札はアイロンでも掛けたみたいにシワ伸びててまだマシだけど、テーブルの上にあったのはそれこそしわくちゃで手垢で黒かったんだぜ?」
「指、ですか?」
「そう! ばっちいのも指舐めつつ数えてたらしいんだ、これがさ!」
「それは……」
 嫌だ嫌だと、大仰に肩を竦めるイライアス・ホークに曖昧に笑い返し、良行はけして整っているとは言い難いぼさぼさの髪の中に指を突っ込んだ。
 警察署に向かう為、並んで展望室から降りて来た二人の前に、ずらっと警官が並ぶ。
 どうやら、イライアス・ホークが展望室にいるのに気付いた誰かが警察に知らせたようだ。ざっと六人の警官が居並ぶ中、その端に立つホーク・葉和偉イップ・ウーウェイに気付いた猊国人青年は、他の警官達には目もくれずに顔見知りの前に立った。
「用があるなら、呼んでくれればいいのに」
「……公務だよ、私用じゃねえや」
 何処で覚えたものやら、軽くしなを作って嫣然と笑った一つ年下の来訪者の言葉に、まだ一年足らずとは言え公僕として真面目に働いている東方人青年は頭を押さえた。
 同じように頭を押さえた良行に、警官達の先頭に立っていたピシッとした制服の同年代らしい青年が、猊国語で声を掛けた。
「星海警察のウィリアム・劉英華督察です。少しお話を伺いたいのですが」
 相手の丁寧な物言いに、ああ、これは気を遣われてるなと思って良行は了承する事を相手に伝えた。
 まあ、事件関係者と目されているイライアス・ホークと、親しげに並んで降りて来たところを見られたのだ、捜査中の警察官としてはそれなりに問い質したい事もあるのだろう。それでも、有無を言わさず引き立てるのでは無く――それを言うなら、イライアス・ホークだって姿を見た途端取り押さえられる筈である――紳士的に同行を求められた。劉督察が理知的だから、と言う仮説はあるが、まあそこは突っ込まない方が良いのだろう。
 上司へ何事か言おうとしたホークを視線で制止すると、良行は頭を掻こうとした手を戻して、ウィリアム・劉に向かってこう告げた。
「お手数をおかけして申し訳ありません。ただ、部外者ですが一つ気になる事がありますので、調べて頂きたい事があります。よろしいでしょうか?」
「調べて欲しい事?」
 聞き返すウィリアム・劉に、頷きながら良行は答える。
 勿論、ホークから情報を貰っていた事など、おくびにも出さずにだ。
「先程、Mr.マーヴィンから話を聞いて気が付いた事がありまして」
「気が付いた事?」
「ええ。もしもまだ鑑識に被害者の周囲に散らばっていた紙幣が残っているなら、砒素の残存検査を行なう事をお勧めします。
 Mr.黄は、ご自身の癖の為に命を落とされたようなので」
 良行がそう言うと、ウィリアム・劉は目を丸くした。
 同じように、ホークとイライアス・ホークも急に目の前で猫だましを受けたような顔で、良行の方を振り返った。
 呆気に囚われている警官達を前にして、東の海の島国から来た小説書きは、「たはは」と何とも頼りない笑顔を浮かべた。
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