11 / 14
四月一八日、点心店《竜胆》
しおりを挟む
新城側の、農場の騒ぎから二日後。
坂本良行は、大家の使いで星海大道近くの生花店に出ていた。
ショッキングだった農場の惨状に加え、ホーク・葉和偉に確認を取ったところ、最後まで残った靴と言うのがあの酒場で見た、刺繍入りの沓であると判ってしまった為に、すっかり行動意欲が減退してしまった。
その為、昨日はずっと自室でごろごろしていたのだ。
良行の本音としては、今日も寝て過ごそうとしていたのだが、掃除と称して踏み込んできた大家の大女将に、「暇なら買い物に行け」と、小銭とメモ書きを渡され追い出されたのだ。
どうやら女将は、深刻そうな顔で塞ぎ混んでいるのを見かねて、気晴らしをさせようと思い立ったらしい。渡されたメモに書かれた花の種は、今の時期に撒くものでは無かった。
ふらふらと歩く内に、良行の足は生花店の横の路地を抜け、点心店の《竜胆》へ向かっていた。
《竜胆》の入口で、入ろうとした良行は、同じく入ろうとした猊国ブリテン人の女性四人連れ――より正確を期すなら猊国人のレディ二人にその侍女二人とかち合った。
「おっと、失礼」
「あら、Mr.」
一礼して下がった良行に向かって、聞き覚えのある声が掛かる。
改めて相手を確認すると、声を掛けたのは美国風で水色のAラインワンピースを着たマーガレット・バクスター嬢だった。
「お久し振り、Mr.もこちらへ?」
「ええ、まあ」
良行の言葉に、大学教授の一人娘はあからさまにほっとした表情になった。
その表情におやっと思った良行は、その彼女の後ろに寄り添うように立つ例の貴婦人に気付き、一瞬動きを止めた。貴婦人の方は、唇に扇子を持っていない方の手で静かにと言う仕草をしつつ、良行にこう言って寄越した。
『話を聴いてやって下さらない?
そして助けて欲しいの。これは生者にしか出来ない事よ』
「よろしければ、ご一緒しませんこと?
先日のお詫びも兼ねて、ですけど出来ればお料理について教えて頂けると助かりますわ」
「はあ。私もさほど詳しくはありませんが、それで良いなら」
二人が話す間、コルセットは流石に外しているようだが、キッチリとした猊国風の淡い桃色のドレスを着込んだ女性が不安そうに二人を見ていた。
バクスター嬢は、元々個室を申し込んでいた様子だった。
《竜胆》は客層の関係で、商談(密談)用に個室が幾つか用意されている。そう言う場所に、女ばかりで来ている事に首を捻る良行に、マーガレットのお付きであるリズ・スミス嬢がそっと耳打ちした。
「今日は、お友達の気晴らしに連れ出されたのです。
その、Missフォレストはお母君と折り合いが悪く、今日もちょっと……」
赤毛のメイドさんの言葉に、何となく悟ってしまう。
例えば、Mrs.サザーランドや彼女に従う自称弁護士のように、未だに東方の人間を見下し馬鹿にしている西域人は多い。
所謂山師や交易人にも稀にいるし、上流階級にいる年配の女性になると、長年の色眼鏡を外せない人間の方が圧倒的に多い。
黒髪の但し羅甸系らしいメイドに世話を焼かれている、マーガレットよりずっと淡い色愛の金色の巻き毛の女性を、八嶋人の男は失礼にならないようにそっと観察する。
そんな年長の東域人に対して、マーガレットは連れの少女を紹介した。
巻き毛の令嬢はエイミー・フォレスト、侍女はリンダ・ルイーズと言う名だと言う。丁寧に自己紹介され、良行も慌てて八嶋出身の小説家だと名乗った。
個室に回って来たワゴンから、五つ程蒸籠を取り――訝しむフォレスト嬢に対して、良行はワゴンは定期的に回ってくるので、その度に取った方が温かいものを食べられるのだと説明する。
水晶餃子やシュウマイ、叉焼包などをつまむ内に、話を振ったのはフォレスト嬢だった。
「マギーさん、こちらの方とは何時から知り合われましたの?」
「つい最近なの。……実は、こちらの不注意で怪我をさせてしまって」
申し訳無さそうにそう言った令嬢に、慌てて良行は言葉を補う。
「いや、考え事しつつぼんやり歩いていた自分が悪かったんですよ、レディが気に病む事じゃないですよ」
そう言うと、繋がりが判らないだろうフォレスト主従に向かって、良行はもう少し説明を足す。
「自分が調べ物をする為に、星海大學図書館にお邪魔している時に知り合いになったんですよ」
そうすると、バクスター嬢が良行の言葉に付け足す。
「この方、スチュワート・ウィルソンの調査をされていたのよ」
その次の瞬間、音を立てんばかりにフォレスト主従の空気が凍った。
女性二人の様子に、思わずと言う感じで良行は言葉を足した。
「いや、彼が亡くなった際に知人が行き当たりまして、もう一人の友人もMr.ウィルソンと因縁が有りまして。
そうこうしている内に、彼の素行を調べる感じになってしまいまして」
「そうでしたの」
良行の言葉に、フォレスト嬢が肩の力を抜いた、その時だった。
椅子を蹴倒さんばかりの勢いで立ち上がったリズが、不意打ちを狙うように個室の扉を開いた。その途端。
「あだ!?」
と、言う聞き覚えのある声がした。
その声に、慌てて良行が立ち上がり戸口に向かえば、そこには予想通りの相手が頭を押さえている。
「エリー君……」
「なはは、よ、ヤーマン」
勢い良く開かれた扉で頭を強打されたらしい猊国人青年、イライアス・ホーク・マーヴィンの笑顔に、八嶋人の青年は深々と息を吐いた。
立ち聞きと言う、凡そ紳士らしからぬ行為をやらかしたイライアス・ホーク・マーヴィンは、そのまま坂本良行に首根っこを押さえられ、個室の隅に座らされている。
「本気で、何やっていたんですか、エリー君」
怒りより、呆れの方が先に現れている年上の東域人に、イライアス・ホークは悪びれもせずこう答えた。曰く、
「常連のおっさん達から、ヤーマンが両手に花で個室に入ったって聞いたからさ、何してんのか気になって」
「あのですねえ、」
まあ、店の人間はともかく、客が面白半分に顔見知りに話してしまったのはどうしようもない。
そう、良行が頭を押さえたその時だ。
「サー・イライアス? あの、レディ・エディスのお兄君の?」
金の巻き毛の淑女の声に、否言葉に、それまでケラケラと子供のように笑っていた青年は固まった。そこに、亜麻色の髪の大学教授令嬢が追い討ちを掛ける。
「ええ、ジャーナリスト修行中で、一向に戻って来られないお兄様。
去年お会いした時には、出した手紙が受取人不在で帰ってきたと、かなりご立腹のようでしたけど」
女性達の言葉に、赤毛の猊国人は真っ青になって頭を抱える。どうやら、それまで実家から届いていた手紙には、一切妹さんが怒っていると言う話題は無かったらしい。
「まずい。エディの奴、直接俺に鬱憤をぶつける気で手紙に書かせてないみたいだ。……どうしよう」
「それは、君が謝れば良いだけの話では無いですか、エリー君」
「簡単に言ってくれるなよ」
情けない顔でそう返す青年の姿に、これは意外と思いつつ良行は向かい合う。
イレギュラーの乱入で、少し張り詰めたものが緩んだのか、フォレスト嬢も自然な笑顔を見せるようになった。
その後は、穏やかに談笑しつつ点心を食べていたのだが、あっと言う間に個室の使用時間が終わった。
「今日はありがとうございました、Missマーガレット。Mr.方もお話興味深かったです」
「気分転換出来たなら良かったわ。また来ましょうね?」
《竜胆》の店前で、そう挨拶したレディにマーガレット嬢が笑い掛ける。それを横目に見つつ、良行も頭を下げる。
迎えの蒸気四輪に、フォレスト主従が乗り込むのを見送った後、頭を掻きつつイライアス・ホークがポツリと言った。
「フォレスト商会って、あれだろ? 元々は天堂市で食品関係の交易やってたのに、何か急に星海に移って来たってとこ。
噂じゃ、天堂市のお偉いに睨まれたとか何とか」
「まあね。お偉いと言っても、天堂市の女帝に奥様が嫌われたそうよ」
溜息混じりのマーガレット嬢の言葉に、良行は首を傾げるしか無かったが、赤毛のジャーナリストはそれこそ目を剥いた。
「それ本当か? よくまあ無事だったな、あそこの会社。天堂市の女帝マダムジェダイトに睨まれた人間は、それがどんな国の人間であったとしても一族郎党一年と持たずに破滅し、一家離散の憂き目を見るって言われてんのに」
「ご主人は商人として真面目な商売に努めておられたし、東西を問わず使用人や従業員を平等に扱って居るのは知られていたから。
ただ、奥方は所謂東域人蔑視を隠す事の無い、古い貴族女性なものだから。
確か、女中見習いの華人少女がお腹を空かせていたからMissエイミーがクッキーをあげたのに、それを奥方は「盗みを働いた」って大声で詰ってその日のうちに追い出してしまったんですって」
溜息混じりの大学教授令嬢の言葉に、男二人は言葉も無い。
星光小輪の乗り場へと、ゆっくり歩くバクスター主従を送って、良行とイライアス・ホークも南に向かって歩く。
車道側に、レディを庇うようにイライアス・ホークが、同じく侍女を庇うように良行が並び、四人は歩みを進める。
「もしかして、Mrs.フォレストはサロンでそれを大声で吹聴して歩いた、とか?」
「その通り。問題は、そのサロンは猊国公使夫人が開催していたものなのだけど、そこに夫人が一番の賓客として招いていたのがマダムだったの」
「あの、待って下さいMissバクスター。マダムジェダイトに嫌われたと言うより、面子丸潰れにされた公使夫人から出入り禁止を喰らったと言うのが正しいのでは……」
自身のほぼ一〇歳歳上だろう東域人の男に向かって、マーガレット・バクスターは淑女には似つかわしくない、大きな仕草で肩を竦めて見せた。
「それもあるわね、多分。マダムは「見苦しい」って奥方に言い放った上、始まったばかりのパーティに背を向けて出て行かれたらしいわ。その直後、公使夫人の命令でMrs.フォレストは公館から追い出されたそうだし。
ただ、その事で奥方が東域人使用人に八つ当たりしてのがまた周囲に知られて、Mr.フォレストは天堂市から完全に撤退せざるを得なかったそうよ」
「あー、居るよなあ。未だに東域の事未開の地だと思ってる、頭かったいの」
「まあ、それを言えば私の故郷の年寄りには、紅毛蛮人と西域人を呼ぶ方いますからねえ」
考えて見れば、時代の流れに乗り損ねたとも言えるので、そんな人間達を責めるばかりなのも話が違うのだろうと良行は思ったが。
話の向きを変えたのは、イライアス・ホークの一言だった。
「それにしても、そんな母君と一緒に暮らして気疲れを溜めているって事は、先程のレディは東域人の使用人に抵抗無いと言う事か」
「ええ。元々天堂市でも、華人の侍女に大切にして貰ったそうで」
そこまで言った後、マーガレットは眉を顰めつつ斜め後ろを歩く年長者へ視線を流した。
「実は、今日誘ったのは、スチュアートについて判った事があれば聞かせて欲しいと思ったんです」
「え?」
「新城東部の林道で起こった交通事故、ご存知ですわよね?」
断定され、思わず男性陣の足が止まる。
それぞれ、微妙な表情になっている男達に向かって、マーガレット・バクスターはこう言った。
「その事故で亡くなったサリー・梁慧敏は、エイミー・フォレスト付きの専任侍女でした。
いえ、事故ではありません、彼女を蒸気四輪で轢き殺したのは、スチュアート・ウィルソンとその取り巻き達。それを知りつつ、外聞を憚った母親に邪魔されて、彼女は訴える事が出来なかったんです」
坂本良行は、大家の使いで星海大道近くの生花店に出ていた。
ショッキングだった農場の惨状に加え、ホーク・葉和偉に確認を取ったところ、最後まで残った靴と言うのがあの酒場で見た、刺繍入りの沓であると判ってしまった為に、すっかり行動意欲が減退してしまった。
その為、昨日はずっと自室でごろごろしていたのだ。
良行の本音としては、今日も寝て過ごそうとしていたのだが、掃除と称して踏み込んできた大家の大女将に、「暇なら買い物に行け」と、小銭とメモ書きを渡され追い出されたのだ。
どうやら女将は、深刻そうな顔で塞ぎ混んでいるのを見かねて、気晴らしをさせようと思い立ったらしい。渡されたメモに書かれた花の種は、今の時期に撒くものでは無かった。
ふらふらと歩く内に、良行の足は生花店の横の路地を抜け、点心店の《竜胆》へ向かっていた。
《竜胆》の入口で、入ろうとした良行は、同じく入ろうとした猊国ブリテン人の女性四人連れ――より正確を期すなら猊国人のレディ二人にその侍女二人とかち合った。
「おっと、失礼」
「あら、Mr.」
一礼して下がった良行に向かって、聞き覚えのある声が掛かる。
改めて相手を確認すると、声を掛けたのは美国風で水色のAラインワンピースを着たマーガレット・バクスター嬢だった。
「お久し振り、Mr.もこちらへ?」
「ええ、まあ」
良行の言葉に、大学教授の一人娘はあからさまにほっとした表情になった。
その表情におやっと思った良行は、その彼女の後ろに寄り添うように立つ例の貴婦人に気付き、一瞬動きを止めた。貴婦人の方は、唇に扇子を持っていない方の手で静かにと言う仕草をしつつ、良行にこう言って寄越した。
『話を聴いてやって下さらない?
そして助けて欲しいの。これは生者にしか出来ない事よ』
「よろしければ、ご一緒しませんこと?
先日のお詫びも兼ねて、ですけど出来ればお料理について教えて頂けると助かりますわ」
「はあ。私もさほど詳しくはありませんが、それで良いなら」
二人が話す間、コルセットは流石に外しているようだが、キッチリとした猊国風の淡い桃色のドレスを着込んだ女性が不安そうに二人を見ていた。
バクスター嬢は、元々個室を申し込んでいた様子だった。
《竜胆》は客層の関係で、商談(密談)用に個室が幾つか用意されている。そう言う場所に、女ばかりで来ている事に首を捻る良行に、マーガレットのお付きであるリズ・スミス嬢がそっと耳打ちした。
「今日は、お友達の気晴らしに連れ出されたのです。
その、Missフォレストはお母君と折り合いが悪く、今日もちょっと……」
赤毛のメイドさんの言葉に、何となく悟ってしまう。
例えば、Mrs.サザーランドや彼女に従う自称弁護士のように、未だに東方の人間を見下し馬鹿にしている西域人は多い。
所謂山師や交易人にも稀にいるし、上流階級にいる年配の女性になると、長年の色眼鏡を外せない人間の方が圧倒的に多い。
黒髪の但し羅甸系らしいメイドに世話を焼かれている、マーガレットよりずっと淡い色愛の金色の巻き毛の女性を、八嶋人の男は失礼にならないようにそっと観察する。
そんな年長の東域人に対して、マーガレットは連れの少女を紹介した。
巻き毛の令嬢はエイミー・フォレスト、侍女はリンダ・ルイーズと言う名だと言う。丁寧に自己紹介され、良行も慌てて八嶋出身の小説家だと名乗った。
個室に回って来たワゴンから、五つ程蒸籠を取り――訝しむフォレスト嬢に対して、良行はワゴンは定期的に回ってくるので、その度に取った方が温かいものを食べられるのだと説明する。
水晶餃子やシュウマイ、叉焼包などをつまむ内に、話を振ったのはフォレスト嬢だった。
「マギーさん、こちらの方とは何時から知り合われましたの?」
「つい最近なの。……実は、こちらの不注意で怪我をさせてしまって」
申し訳無さそうにそう言った令嬢に、慌てて良行は言葉を補う。
「いや、考え事しつつぼんやり歩いていた自分が悪かったんですよ、レディが気に病む事じゃないですよ」
そう言うと、繋がりが判らないだろうフォレスト主従に向かって、良行はもう少し説明を足す。
「自分が調べ物をする為に、星海大學図書館にお邪魔している時に知り合いになったんですよ」
そうすると、バクスター嬢が良行の言葉に付け足す。
「この方、スチュワート・ウィルソンの調査をされていたのよ」
その次の瞬間、音を立てんばかりにフォレスト主従の空気が凍った。
女性二人の様子に、思わずと言う感じで良行は言葉を足した。
「いや、彼が亡くなった際に知人が行き当たりまして、もう一人の友人もMr.ウィルソンと因縁が有りまして。
そうこうしている内に、彼の素行を調べる感じになってしまいまして」
「そうでしたの」
良行の言葉に、フォレスト嬢が肩の力を抜いた、その時だった。
椅子を蹴倒さんばかりの勢いで立ち上がったリズが、不意打ちを狙うように個室の扉を開いた。その途端。
「あだ!?」
と、言う聞き覚えのある声がした。
その声に、慌てて良行が立ち上がり戸口に向かえば、そこには予想通りの相手が頭を押さえている。
「エリー君……」
「なはは、よ、ヤーマン」
勢い良く開かれた扉で頭を強打されたらしい猊国人青年、イライアス・ホーク・マーヴィンの笑顔に、八嶋人の青年は深々と息を吐いた。
立ち聞きと言う、凡そ紳士らしからぬ行為をやらかしたイライアス・ホーク・マーヴィンは、そのまま坂本良行に首根っこを押さえられ、個室の隅に座らされている。
「本気で、何やっていたんですか、エリー君」
怒りより、呆れの方が先に現れている年上の東域人に、イライアス・ホークは悪びれもせずこう答えた。曰く、
「常連のおっさん達から、ヤーマンが両手に花で個室に入ったって聞いたからさ、何してんのか気になって」
「あのですねえ、」
まあ、店の人間はともかく、客が面白半分に顔見知りに話してしまったのはどうしようもない。
そう、良行が頭を押さえたその時だ。
「サー・イライアス? あの、レディ・エディスのお兄君の?」
金の巻き毛の淑女の声に、否言葉に、それまでケラケラと子供のように笑っていた青年は固まった。そこに、亜麻色の髪の大学教授令嬢が追い討ちを掛ける。
「ええ、ジャーナリスト修行中で、一向に戻って来られないお兄様。
去年お会いした時には、出した手紙が受取人不在で帰ってきたと、かなりご立腹のようでしたけど」
女性達の言葉に、赤毛の猊国人は真っ青になって頭を抱える。どうやら、それまで実家から届いていた手紙には、一切妹さんが怒っていると言う話題は無かったらしい。
「まずい。エディの奴、直接俺に鬱憤をぶつける気で手紙に書かせてないみたいだ。……どうしよう」
「それは、君が謝れば良いだけの話では無いですか、エリー君」
「簡単に言ってくれるなよ」
情けない顔でそう返す青年の姿に、これは意外と思いつつ良行は向かい合う。
イレギュラーの乱入で、少し張り詰めたものが緩んだのか、フォレスト嬢も自然な笑顔を見せるようになった。
その後は、穏やかに談笑しつつ点心を食べていたのだが、あっと言う間に個室の使用時間が終わった。
「今日はありがとうございました、Missマーガレット。Mr.方もお話興味深かったです」
「気分転換出来たなら良かったわ。また来ましょうね?」
《竜胆》の店前で、そう挨拶したレディにマーガレット嬢が笑い掛ける。それを横目に見つつ、良行も頭を下げる。
迎えの蒸気四輪に、フォレスト主従が乗り込むのを見送った後、頭を掻きつつイライアス・ホークがポツリと言った。
「フォレスト商会って、あれだろ? 元々は天堂市で食品関係の交易やってたのに、何か急に星海に移って来たってとこ。
噂じゃ、天堂市のお偉いに睨まれたとか何とか」
「まあね。お偉いと言っても、天堂市の女帝に奥様が嫌われたそうよ」
溜息混じりのマーガレット嬢の言葉に、良行は首を傾げるしか無かったが、赤毛のジャーナリストはそれこそ目を剥いた。
「それ本当か? よくまあ無事だったな、あそこの会社。天堂市の女帝マダムジェダイトに睨まれた人間は、それがどんな国の人間であったとしても一族郎党一年と持たずに破滅し、一家離散の憂き目を見るって言われてんのに」
「ご主人は商人として真面目な商売に努めておられたし、東西を問わず使用人や従業員を平等に扱って居るのは知られていたから。
ただ、奥方は所謂東域人蔑視を隠す事の無い、古い貴族女性なものだから。
確か、女中見習いの華人少女がお腹を空かせていたからMissエイミーがクッキーをあげたのに、それを奥方は「盗みを働いた」って大声で詰ってその日のうちに追い出してしまったんですって」
溜息混じりの大学教授令嬢の言葉に、男二人は言葉も無い。
星光小輪の乗り場へと、ゆっくり歩くバクスター主従を送って、良行とイライアス・ホークも南に向かって歩く。
車道側に、レディを庇うようにイライアス・ホークが、同じく侍女を庇うように良行が並び、四人は歩みを進める。
「もしかして、Mrs.フォレストはサロンでそれを大声で吹聴して歩いた、とか?」
「その通り。問題は、そのサロンは猊国公使夫人が開催していたものなのだけど、そこに夫人が一番の賓客として招いていたのがマダムだったの」
「あの、待って下さいMissバクスター。マダムジェダイトに嫌われたと言うより、面子丸潰れにされた公使夫人から出入り禁止を喰らったと言うのが正しいのでは……」
自身のほぼ一〇歳歳上だろう東域人の男に向かって、マーガレット・バクスターは淑女には似つかわしくない、大きな仕草で肩を竦めて見せた。
「それもあるわね、多分。マダムは「見苦しい」って奥方に言い放った上、始まったばかりのパーティに背を向けて出て行かれたらしいわ。その直後、公使夫人の命令でMrs.フォレストは公館から追い出されたそうだし。
ただ、その事で奥方が東域人使用人に八つ当たりしてのがまた周囲に知られて、Mr.フォレストは天堂市から完全に撤退せざるを得なかったそうよ」
「あー、居るよなあ。未だに東域の事未開の地だと思ってる、頭かったいの」
「まあ、それを言えば私の故郷の年寄りには、紅毛蛮人と西域人を呼ぶ方いますからねえ」
考えて見れば、時代の流れに乗り損ねたとも言えるので、そんな人間達を責めるばかりなのも話が違うのだろうと良行は思ったが。
話の向きを変えたのは、イライアス・ホークの一言だった。
「それにしても、そんな母君と一緒に暮らして気疲れを溜めているって事は、先程のレディは東域人の使用人に抵抗無いと言う事か」
「ええ。元々天堂市でも、華人の侍女に大切にして貰ったそうで」
そこまで言った後、マーガレットは眉を顰めつつ斜め後ろを歩く年長者へ視線を流した。
「実は、今日誘ったのは、スチュアートについて判った事があれば聞かせて欲しいと思ったんです」
「え?」
「新城東部の林道で起こった交通事故、ご存知ですわよね?」
断定され、思わず男性陣の足が止まる。
それぞれ、微妙な表情になっている男達に向かって、マーガレット・バクスターはこう言った。
「その事故で亡くなったサリー・梁慧敏は、エイミー・フォレスト付きの専任侍女でした。
いえ、事故ではありません、彼女を蒸気四輪で轢き殺したのは、スチュアート・ウィルソンとその取り巻き達。それを知りつつ、外聞を憚った母親に邪魔されて、彼女は訴える事が出来なかったんです」
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる