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四月一六日、死者を鞭打つ
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翌々日、坂本良行は一人、新城東部にあるとある公園へと向かっていた。
図書館に向かおうとしていた良行を、受付にいた女将が呼び止めたのだ。
何事かと思えば、イライアス・ホーク・マーヴィンからの電話で、当人も急いでいる様子で公園の名前だけ告げると、早々に切ってしまったのだ。
確か昨日、何某と言う人物と会うと言っていた筈だが、どうなったのか。
そんな事を思いつつ、スターフェリーで城市から新城へ移った良行は、船着場の警備員に教えて貰って東部に向かう乗合バスに乗った。新城名物の路面電車は、残念ながら目的地よりかなり手前で終わっていた為、乗り換えるより判り易いと言う事で最初からバスにしたのだ。
目的地は、あからさまに新しい猊国風の家々が並ぶ大通り近辺と、古びた華国風の農家が疎らに建っている細い道とが対比をなす地域だった。
この辺は元々、竜華国指折りの花と養蜂で知られた農村で、最初期は特産の香木と共にこの地域で作られた蜂蜜や、草木染めの織物も輸出品の一つに数えられていたのだ。
尤も、ブリテン国に租借されて以降、農家を辞める者が増えているらしい。その大半は、猊国人に土地を買い取られ――きちんと代価を支払われるなら重畳、酷い場合は踏み倒され皆殺しにされたもいたらしい。流石にその時は警察が動いたそうだが――、廃業して他所に移っているらしい。
暫くすると、独特のエンジン音を響かせ一台の蒸気二輪車がやって来た。風防眼鏡を上げると、何処か緊張した面持ちのイライアス・ホーク・マーヴィンは、こっちに来いと手を振った。
「エリー君、これは?」
「おう、知り合いからの借り物! これから行くとこは、バスの路線からも離れてるし、タクシーじゃあ幾らになるか判んないから」
そう言った赤毛の猊国人は、顎で山の端の方を示した。
そちらは、轍の入った細い道が続く、山に向かう道だった。
細い背中に縋るようにして乗った初めての蒸気二輪は、正直言って途轍も無く乗り心地の悪い乗り物だった。
きっと、自分で操縦するなら気にならないのだろうが、知人とは言え自分では無い人間のタイミングで跳ねる鉄の馬に、振り落とされないようにしがみつくのは結構な労力を要したのだ。
そんな暴れ馬に振り回される事四半時、イライアス・ホークが良行を連れて来たのは、林の中にある小道の辻であった。
見ると、最近手向けられたらしい花束が幾つかあった。
「エリー君、此処は一体」
「ここで、とある商社の令嬢付きメイドが車に跳ねられて亡くなったそうだ」
風防眼鏡を上げながらのイライアス・ホークの言葉に、訝しみつつ小説書きは耳を傾ける。
「娘は、今は中街で暮らしているが元々はこの近辺の農家の出で、土地勘があったらしい。尤も、彼女が何故ここにいたのかは『判らない事になっている』そうだ」
「え?」
赤毛の友人の言葉に不穏なものを感じて、良行は振り返るが構わず話は続けられる。
「撥ねたのは、ここを通って赤塔に荷物を運ぼうとした貨物トラックだったそうだ。但し、トラックにらしい傷は無かったと言われているし、遺体に付いた傷はトラックでは低過ぎる位置に集中していたそうだ」
「エリー君、その話は一体」
問い質そうとした良行に、緋色の髪の駆け出し記者は辻の向こう、緩やかに登りになっている道の方を指差しこう続けた。
「この道のどん詰りに、サザーランド商会が所有する放牧場がある。
最も、地図を見れば解るがここは大競馬場から遠い。夫人も甥っ子も賭けはともかく競走馬の育成なんか思い付きもしない人種だ。お陰ですっかり只の山荘と化して、広大な牧草地も荒れるだけ。
って言うのが、昨日話を聞きに行ったドルリー先輩からの情報」
「それは……」
唸る良行を促し、イライアス・ホークは再び蒸気二輪に跨った。
エンジンを噴かせ、二人の乗る蒸気二輪は緩やかな坂道を登り始めた。
一本道を駆け上がって、蒸気二輪が辿り着いたのは手入れされない為に荒れ果てた、猊国ブリテン風の農園風家屋だった。
本来なら、数人の牧童が牛馬を数十頭単位で世話しているのが当たり前だろうその放牧地は、只の疎らに草が生える荒れ地になっており、恐らく造られた後ごく短期間しか使われなかっただろう畜舎は、扉らしいものが壊され屋根の一部も落ちていた。
風防眼鏡ゴーグルを跳ね上げ、放牧地の只事ではない荒れ具合に呻きとも唸り声とも付かない声を上げるイライアス・ホーク・マーヴィン=バリー伯爵の表情は険しい。
「エリー君?」
「いや、馬鹿共が、牧草地に蒸気四輪乗り入れたんだと思う。轍で掘り返される形になって、放牧場が台無しだ」
何処か苛ついた連れの言葉に、年嵩の男は眉をひそめる。
イライアス・ホークからすれば、貴族の嗜みとして馬に乗る事は当たり前で、その馬の生活の場である放牧地を荒らすなど言語道断である。
妹さんの事もあって、決して良くなかっただろうスチュアート・ウィルソンへの心証がまた悪くなったらしい。
Missバクスターから、かの小公子の身の上を聞いていた良行の方は、これも叔母夫婦への鬱憤の現れかと思うとイライアスに同調し切れず、何とも言えない気分になっていた。
ふと、敷地全体を見渡そうとした良行は、放牧場の外れで動くものに気付いた。
大きさは、恐らく野良犬の典型であろう、人の膝丈程度だろうか。
一匹の薄汚れた黒っぽい野犬が、草地と雑木林の境目で何やら土を掘っている。その動きに、坂本良行は昔の記憶を刺激され背筋が寒くなった。
昔、それこそ漸く『冗談倶楽部』で作品を連載させて貰えるようになった時分に起きた、墓荒らし事件で見た光景に重なったのだ。
即ち、土葬墓を荒らす野犬の姿に。
「エリー君、あそこ」
「ヤーマン? うわ、どうしたの、蒸気二輪で酔った?!」
振り返った緋色の髪の青年は、青褪め冷や汗が吹き出している連れの姿に驚き、その視線の先を辿って柳眉を器用に片側だけ吊り上げた。
一瞬悩み、だが足元に転がる元は農具だったろう木の棒を掴むと、イライアス・ホーク・マーヴィンは意を決したように犬に向かって歩き出した。年下の相手を慌てて追い掛けて、そして良行は見てしまった。
顔を上げた犬が、餌として貪り食っていた物を咥え、盗まれまいと威嚇する。
その咥えられた代物が、噛み千切られ腐敗し骨も見えている惨状だが、それでも若い女の右手と腕と判る程度に形を残している事に、良行とイライアス・ホークは揃って絹裂くような悲鳴を上げてしまった。
それから五分後。
二人はナイフと中折れ拳銃を突き付けられ、邸宅のかつては食堂だったろう部屋で、頭に両手を乗せた姿で座らされていた。
彼らの周囲にいるのは、どう控えめに見ても黒幇(黒社会)の皆さんである。
あの全力での悲鳴の後、二人は無人と思われた家屋から飛び出して来た鉄砲玉であろうチンピラの皆さん五人に囲まれ、ナイフ四本と拳銃一丁に押されるように建物に連れ込まれたのだ。
「何だよお前ら、こんな寂れたところで何してんだよ」
イライアス・ホークの低い声に、周囲は反応を見せない。いや、どうやら猊国語が判らないのだろうと察した良行が、拙い江南語で話し掛けた。
「あんた、何してる? 此処はサザーランド商会の持ち家だろう」
すると、予想通りリーダー格らしい男が反応した。
「お前、余所者か。お前こそこいつと何している?
猊国人とつるんで、こんな寂れたとこで何するつもりだ?」
「誤解がある。自分と彼は、この下の辻で起きた事故の跡を見に来た。
此処に、この間死んだ猊国人の屋敷があるから足を伸ばしただけで、此処で何かをしようとは思わないし、寧ろ警察を呼びたいと思っている。
あんた達は、此処の敷地に死体が埋まっていると知っているか? さっき自分が立っていた先にあったんだが」
良行の言葉に、リーダー格は首を傾げ、手下らしい面子も顔を見合わせる。
その反応に、イライアス・ホークが連れの脇腹を突いた。
「ねえ、何この反応」
「うーん、察するところ、Mr.ウィルソンか商会の関係者が来るのを張ってたんじゃないですかねえ」
そう囁き合っている間に、リーダーに命じられ三下の一人見に行って、五分と掛からず真っ青になって駆け戻って来た。
早口で、興奮気味に訴える手下に眉を顰めたリーダーが、険しい顔のまま見張っている闖入者へ向き直った。
「お前ら、何を知っている?」
「何って、まあ、サザーランド商会会長夫人と此処に出入りしていたその甥が、人間として駄目だったと言うところですかね。
あんた達こそ何を? スチュワート・ウィルソンが亡くなってもう結構な日数が経っている。にも関わらず、なぜ無人のこの屋敷にあんた達は居るんだ?」
見た目パッとしない、歳が変わらないだろう東方人の男二人が睨み合う。
兄貴分に突っ掛かる命知らずに、周囲の子分達がいきり立とうとしたその時だった。
蒸気エンジンの大きな音を立てて、高級自動四輪と蒸気二輪が坂道を駆け上がって来た。
音に気付いたチンピラが暫く窓から外を伺うと、真っ青になって兄貴分に報告する。
「ち、朝哥、周大人の蒸気四輪です!」
「何だと!?」
わたわたとチンピラたちが出て行くのを見送って、良行とイライアス・ホークは顔を見合わせた。
慌てて整列した黒幇の男達の前に、西域産の高級蒸気四輪が停まった。
その車内から、一人の男性が降り立った。
見るからに豪華な、と言うものではないが通人が見れば判る程度に上等の西域服を纏った人物は、大型蒸気二輪スチームバイクから降りる人物を待っているようだった。
窓から外を伺っていた坂本良行は、二輪から降りてきた人物が風防眼鏡を外すのを見て驚いた。同じく窓から顔を出したイライアス・ホーク・マーヴィンが、大きな声でその人物の名を叫んでいた。
「ホーク・葉和偉!? 何でここに!?」
叫ばれた方は、それこそ鳩が豆鉄砲を喰らったように、こちらを目を見開いてみていた。その姿を目にして、大立者だろう男性が声を掛ける。
「阿偉、知り合いか?」
「下宿先の隣人と、友人です、周大爺。
でも何でここに居るんだろう、二人とも」
大尽にそう答え、本当に困った様子で二人の方を見るホーク・葉に向かって、窓から飛び出したイライアス・ホークが駈けていく。
「おいこらドラゴンポリスマン! おま、誰と一緒にいるんだよ!!」
「お前こそだよ、猊国ブリテン人。何で私有地にいるんだよ」
「私有地って、そりゃあここはサザーランド商会の」
イライアス・ホークの言葉を、星海市警察に奉職する青年は大きく首を横に振った。
「ここは先月から、龍三合の土地だよ。スチュアート・ウィルソンが借金のかたに黒幇に売ったんだ。
尤も、こう言う辺鄙な土地だから、周大爺も使い道に困ってるそうだけど」
駆け寄った緋色の髪の青年を、先程まで拘束していた構成員達が押さえようとしたが、大尽の身振りで押さえられる。
そこへ、屋敷から小走りで出て来た良行が加わる。
八嶋人の作家は、年長者である黒幇の大立て者に一礼してから、隣人である警察官へ向き直った。
「どうして城市の君が新城のこちらへ?
先程の遺体はまだ通報していない筈ですし、偶さか通報によってなら、彼方の方を連れて来るのはおかしな話だ」
良行の言葉に、大尽の眉が上がり、ホーク・葉の顔に何とも言えない苦味が走る。
「そうか、グッディ達がもう見付けてたのか。
俺は、上司命令で此処の周辺調査をしに来たんだ。周大爺、いやこちらのMr.周潤生が現在の所有者と言う事なので、立ち会って貰う事になって」
「そうでしたか」
そう頷きつつ、良行はゴリゴリと頭を掻いていた。
(立ち会うにしても、ずいぶんな大物が出て来るものだ。それだけここが重要?
いや、それは無い。寧ろホーク君を気遣ったのか。それにしても、これは少々大事じゃないかねえ?)
良行の感慨の向こうで、彼の反応に黒幇達の空気が軋む。それに手出し無用と示し、周潤生は八嶋人と猊国人とに向き直った。
「少し語弊があるな。彼が申し入れる前に、偉仔、葉和偉に借財として入手したこの農家の周囲に、妄鬼が彷徨いている事を相談したのは私だ。
部下達に、足りない借金を彼奴の身内に払わせる為に駐在させていたのだが、その部下の中に『見える者』がいてな。素人では話しにならないと言う事になったのだ。
新城側の道士から、此処の鎮魂は一眉道長が請け負ったと聞いてな。それで道長殿と親しい偉仔を呼んだのだ」
言われて、良行は弾かれたように先程『手』を見付けた方を見た。
そこに、あの時見た黒い犬が、骨を咥えたままいた。
その犬の顔が、ニタリと笑ったように見えたのを、良行は必死に気の所為にした。
犬の姿の妄鬼は、良行に気付かれた事で満足したのか、そのまま姿を消した。
家屋にいた黒幇の下働き達に、屋内の掃除をさせてからまだ繋がっていた電話を使い、ホーク・葉和偉イップ・ウーウェイは最寄りの警察署へと電話を入れた。
警察が来る前に、周潤生チュウ・ヨンサン達黒幇関係者は屋敷を引き払い、一応発見者として坂本良行とイライアス・ホーク・マーヴィンは残る事にした。
半信半疑でやって来た新城は北路の警官達は、城市のホーク・葉が 発見者である二人と共に土の下から覗く骨が見える腕を示すのを見て、阿鼻叫喚の大騒ぎになった。
いち早く立ち直った、捜査隊隊長である李某と言う督察(警部補相当)に怒鳴り散らされる形で遺体の掘り出しが始まると、極近い位置に四人分の若い女性の遺体が埋められているのが見付かった。
幸いと言うと角が立つが、無造作に埋められていた遺体は上を走った蒸気四輪の重量で地中で骨が砕けた事もあり、良行とイライアス・ホークの二人が持ち込んで埋めたのではと言う、警官達の疑惑はすぐ解いて貰えた。
その後、書類作成とその他諸々の為三人揃って北路の警察署まで向かい、ああでもないこうでもないと調書に書き連ねるうちに、日はすっかり水平線近くまで下がっていた。
昼食を食べそこねていた事もあり、とにかく腹拵えをと言う事で八嶋人と猊国人の二人連れは、警察署の敷地に蒸気二輪を置いて、手近な屋台に入った。
手っ取り早く紹興酒と焼豚、青菜の牡蠣油炒めを注文した二人は、ものの数分で出て来た料理に手を伸ばした。
「なーんか、釈然としないな」
「エリー君?」
「Mr.周がゴースト関連の伝手の為に、ポリスマンに連絡したって迄は良いよ。でもどうしてそこで、あいつは家宅捜査の指示書を持ってんの?」
そう言いつつガンガン紹興酒を飲む、見た目飲酒年齢に達してなさげな青年に向かって、良行は自身の考えを述べた。
「Mr.スチュアートは、叔母夫婦に悪感情を抱いていたと言う話です。
特に、母親を下級階層の人間と侮辱し、まともに家庭教師も付けずに学校に押し込めた挙げ句に、伯爵号を叔父に買い取らせた叔母を憎むあまりに、自分に逆らえない若い女性にその鬱憤をぶつける程度には。
叔母夫婦の目が届かないあの農場で、きっと様々な事をやらかしていた筈と、警察は判じたんだと思いますよ」
「だからって、あんな」
見たものを思い出してか、焼豚をつまもうとした箸が止まる。
良行の方は、きっちり炒め物の皿をキープして酒を仰いだ。生まれた地域は八嶋でも有名な酒豪の多い土地で、少々飲めるなどと言えば、一升瓶二本を差し出されるような土地柄だ。(少々を升々で、二升呑めると取るような呑兵衛の里である。)
ペースこそゆっくりだが、一人で大瓶三本目を開けつつあるのを、店の給仕役の小僧がガン見している。
「しかし、こうなってくると、あの四つ辻で亡くなったと言う女性も、三人の被害者と言う事になるんでしょうね」
良行がそう言うと、イライアス・ホークの方は軽く肩を竦めた。
「俺は最初っからそう思ってた。ある意味、あの屋敷の敷地から不幸なお嬢さん方が見付かったのは、読み通りって事だけど。
連れ込まれて振り切って逃げた女性を、多分蒸気四輪で跳ねて死なせたんだろうよ」
「そして策を弄して、通りすがりのトラックに牽かれて亡くなった事にしたと。
そう言う小細工は身に付けていたんですねえ、彼ら」
連れの言葉に、緋色の髪の青年はコップの中味を飲み干し唸る。
「何が腹立つって、妹と年の変わらない娘さんがあんな死に方したってのと、犯人が自分と同じ国の同世代ってのが腹立つ」
「そう言えば、エリー君は人種差別とかあまり口にしませんねえ」
年嵩の東域人の言葉に、小柄な西方人は口を尖らせて見せた。
「おいおい、ヤーマン。俺は記者を目指してんだぞ?
俺は、人種の違いによる優位性とか信じちゃいないし、西方人より東域人が劣ってるとか、その逆も思ってねえよ。
そう言う事言い出して、相手を見下す奴の裏を暴くのを仕事にしたいのさ」
目尻を赤くしたイライアス・ホーク・マーヴィンがそう笑ったところへ、今まで書類作成に係っていたホーク・葉和偉がやって来た。
「二人とも、ここにいた……えらく呑んでいるなあ」
「はあい、ポリスマン、あんたも一杯如何?」
コップを掲げて笑う酔漢に嘆息すると、ホーク・葉はお茶と鳩の丸揚げを頼んで二人のテーブルに着いた。
「おや、まだお仕事が残って?」
「いいや、酔って二輪に乗ると危ないから。こいつも迎えに来て貰う方が良いな」
「えー、俺酔ってないし?」
「酔っぱらいは大抵そう言うんだよ」
絡んでくる緋色の髪の青年をいなすと、出て来た丸揚げを噛かじりつつ私服姿の警官は唸る。
「あいつら、埋めれば見付からないとでも思っていたのかな、被害者の身元が判るものも一緒に埋めてやがった」
「え?」
聞き返した八嶋人と、ひくっと片眉を上げた猊国人に向かって、星海人の警官は周囲に聞こえないよう声を潜めた。
「遺体の周囲に、彼女達の手荷物がそのまま埋められてたそうだ。尤も、金目の物は小銭一枚、指輪一つ残ってなかったそうだけど」
「おいおい、一人はご令嬢っぽい西方女性だったけど、他はどう見ても下働きっぽいお仕着せや華服姿の女性だったじゃん! あいつら、そんな相手から小銭まで取ったのか、大商会の御曹司とその腰巾着が!?」
声が大きくならないよう、しかし呻くような青年の言葉に向かって、探偵小説を書いている男は頭が痛むのを隠す事無く答えた。
「農場でホーク君が言ったじゃないですか、彼らはあの土地屋敷を黒幇に売ったって。
こう言っては何ですが、叔母から貰う小遣いで追い付かないほどの散財を繰り返したと言う事でしょう。そも、新城側の人間なのに、死んだ場所は城市の停留所。確か、龍爪塞は違法取引で大金が飛び交う場所とも聞いています。
あそこで行った買い物の結果、びた銭でも良いから金はあれば良いと言う、心境だったんじゃありませんかねえ」
「何処まで滓だ、あいつら」
そう吐き捨てて、イライアス・ホークは酒を煽る。その横で、物書きは溜息と共にコップの中身を揺らす。
その二人に向かって、これはけじめとしてホーク・葉は釘を差した。
「グッディは大丈夫だと思うが、今日の事は吹聴して回らないでくれ。特にカメラマン、公式発表前に迂闊な事書いてくれるなよ」
「迂闊な事って何だよ!」
キーっと、吠え付く青年を、苦笑いで良行が宥めていたその背後のテーブルに、ガタガタっと座る者達が居た。
失礼にならない程度に顔を向けると、港湾労働者らしい男達が三人、給仕の若者を呼び止めて酒と食事を注文している。
暫くすると、ぼそぼそと三人の男達は話を始めた。
「やれ、もう花の季節だなあ」
「蜂達を手放してもう二年か。あっと言う間だなあ」
「昔は、今頃蜜取りの準備を始める頃なんだが」
どうやら、猊国人に土地を買い上げられ、養蜂農家を辞めた人々らしい。
つい、聞き耳を立てた連れに気付いて、凸凹二人組も口を閉じた。
「そう言えば、梁のところの上の娘も可哀想に」
「ああ、母親が蜂に負けて亡くなった後、親父が酒でしくじった挙句に猊国人に土地買い叩かれちまって」
「妹と二人で、どっかの商会に針子として働きに出てたって話だったのに」
「姉妹揃って、お袋さんから習った刺繍で稼いでたんだったろう」
「ああ、そう言えば、下の子、良く蜜蜂を刺繍してたっけなあ」
「妹が布靴に施してくれたって、この間会った時に嬉しそうに見せてくれたんだよ。
まさか、その帰りにあんな事になっちまうなんてなあ」
男達の言葉に、ホーク・葉の目が大きく見開かれる。
その様子にもしやと思いつつ、だがとあるものに気付いた良行は、反射的に天井へと目を逸らした。
客が出入りする店の入口に、何やら女性ものらしい小さな靴が見えた。だが、そこにある筈の持ち主の身体は見えず、ただ片足分だけ爪先を良行に向けていた。
その甲の部分には、何故かはっきりと蜜蜂と判る刺繍が施されていた。
図書館に向かおうとしていた良行を、受付にいた女将が呼び止めたのだ。
何事かと思えば、イライアス・ホーク・マーヴィンからの電話で、当人も急いでいる様子で公園の名前だけ告げると、早々に切ってしまったのだ。
確か昨日、何某と言う人物と会うと言っていた筈だが、どうなったのか。
そんな事を思いつつ、スターフェリーで城市から新城へ移った良行は、船着場の警備員に教えて貰って東部に向かう乗合バスに乗った。新城名物の路面電車は、残念ながら目的地よりかなり手前で終わっていた為、乗り換えるより判り易いと言う事で最初からバスにしたのだ。
目的地は、あからさまに新しい猊国風の家々が並ぶ大通り近辺と、古びた華国風の農家が疎らに建っている細い道とが対比をなす地域だった。
この辺は元々、竜華国指折りの花と養蜂で知られた農村で、最初期は特産の香木と共にこの地域で作られた蜂蜜や、草木染めの織物も輸出品の一つに数えられていたのだ。
尤も、ブリテン国に租借されて以降、農家を辞める者が増えているらしい。その大半は、猊国人に土地を買い取られ――きちんと代価を支払われるなら重畳、酷い場合は踏み倒され皆殺しにされたもいたらしい。流石にその時は警察が動いたそうだが――、廃業して他所に移っているらしい。
暫くすると、独特のエンジン音を響かせ一台の蒸気二輪車がやって来た。風防眼鏡を上げると、何処か緊張した面持ちのイライアス・ホーク・マーヴィンは、こっちに来いと手を振った。
「エリー君、これは?」
「おう、知り合いからの借り物! これから行くとこは、バスの路線からも離れてるし、タクシーじゃあ幾らになるか判んないから」
そう言った赤毛の猊国人は、顎で山の端の方を示した。
そちらは、轍の入った細い道が続く、山に向かう道だった。
細い背中に縋るようにして乗った初めての蒸気二輪は、正直言って途轍も無く乗り心地の悪い乗り物だった。
きっと、自分で操縦するなら気にならないのだろうが、知人とは言え自分では無い人間のタイミングで跳ねる鉄の馬に、振り落とされないようにしがみつくのは結構な労力を要したのだ。
そんな暴れ馬に振り回される事四半時、イライアス・ホークが良行を連れて来たのは、林の中にある小道の辻であった。
見ると、最近手向けられたらしい花束が幾つかあった。
「エリー君、此処は一体」
「ここで、とある商社の令嬢付きメイドが車に跳ねられて亡くなったそうだ」
風防眼鏡を上げながらのイライアス・ホークの言葉に、訝しみつつ小説書きは耳を傾ける。
「娘は、今は中街で暮らしているが元々はこの近辺の農家の出で、土地勘があったらしい。尤も、彼女が何故ここにいたのかは『判らない事になっている』そうだ」
「え?」
赤毛の友人の言葉に不穏なものを感じて、良行は振り返るが構わず話は続けられる。
「撥ねたのは、ここを通って赤塔に荷物を運ぼうとした貨物トラックだったそうだ。但し、トラックにらしい傷は無かったと言われているし、遺体に付いた傷はトラックでは低過ぎる位置に集中していたそうだ」
「エリー君、その話は一体」
問い質そうとした良行に、緋色の髪の駆け出し記者は辻の向こう、緩やかに登りになっている道の方を指差しこう続けた。
「この道のどん詰りに、サザーランド商会が所有する放牧場がある。
最も、地図を見れば解るがここは大競馬場から遠い。夫人も甥っ子も賭けはともかく競走馬の育成なんか思い付きもしない人種だ。お陰ですっかり只の山荘と化して、広大な牧草地も荒れるだけ。
って言うのが、昨日話を聞きに行ったドルリー先輩からの情報」
「それは……」
唸る良行を促し、イライアス・ホークは再び蒸気二輪に跨った。
エンジンを噴かせ、二人の乗る蒸気二輪は緩やかな坂道を登り始めた。
一本道を駆け上がって、蒸気二輪が辿り着いたのは手入れされない為に荒れ果てた、猊国ブリテン風の農園風家屋だった。
本来なら、数人の牧童が牛馬を数十頭単位で世話しているのが当たり前だろうその放牧地は、只の疎らに草が生える荒れ地になっており、恐らく造られた後ごく短期間しか使われなかっただろう畜舎は、扉らしいものが壊され屋根の一部も落ちていた。
風防眼鏡ゴーグルを跳ね上げ、放牧地の只事ではない荒れ具合に呻きとも唸り声とも付かない声を上げるイライアス・ホーク・マーヴィン=バリー伯爵の表情は険しい。
「エリー君?」
「いや、馬鹿共が、牧草地に蒸気四輪乗り入れたんだと思う。轍で掘り返される形になって、放牧場が台無しだ」
何処か苛ついた連れの言葉に、年嵩の男は眉をひそめる。
イライアス・ホークからすれば、貴族の嗜みとして馬に乗る事は当たり前で、その馬の生活の場である放牧地を荒らすなど言語道断である。
妹さんの事もあって、決して良くなかっただろうスチュアート・ウィルソンへの心証がまた悪くなったらしい。
Missバクスターから、かの小公子の身の上を聞いていた良行の方は、これも叔母夫婦への鬱憤の現れかと思うとイライアスに同調し切れず、何とも言えない気分になっていた。
ふと、敷地全体を見渡そうとした良行は、放牧場の外れで動くものに気付いた。
大きさは、恐らく野良犬の典型であろう、人の膝丈程度だろうか。
一匹の薄汚れた黒っぽい野犬が、草地と雑木林の境目で何やら土を掘っている。その動きに、坂本良行は昔の記憶を刺激され背筋が寒くなった。
昔、それこそ漸く『冗談倶楽部』で作品を連載させて貰えるようになった時分に起きた、墓荒らし事件で見た光景に重なったのだ。
即ち、土葬墓を荒らす野犬の姿に。
「エリー君、あそこ」
「ヤーマン? うわ、どうしたの、蒸気二輪で酔った?!」
振り返った緋色の髪の青年は、青褪め冷や汗が吹き出している連れの姿に驚き、その視線の先を辿って柳眉を器用に片側だけ吊り上げた。
一瞬悩み、だが足元に転がる元は農具だったろう木の棒を掴むと、イライアス・ホーク・マーヴィンは意を決したように犬に向かって歩き出した。年下の相手を慌てて追い掛けて、そして良行は見てしまった。
顔を上げた犬が、餌として貪り食っていた物を咥え、盗まれまいと威嚇する。
その咥えられた代物が、噛み千切られ腐敗し骨も見えている惨状だが、それでも若い女の右手と腕と判る程度に形を残している事に、良行とイライアス・ホークは揃って絹裂くような悲鳴を上げてしまった。
それから五分後。
二人はナイフと中折れ拳銃を突き付けられ、邸宅のかつては食堂だったろう部屋で、頭に両手を乗せた姿で座らされていた。
彼らの周囲にいるのは、どう控えめに見ても黒幇(黒社会)の皆さんである。
あの全力での悲鳴の後、二人は無人と思われた家屋から飛び出して来た鉄砲玉であろうチンピラの皆さん五人に囲まれ、ナイフ四本と拳銃一丁に押されるように建物に連れ込まれたのだ。
「何だよお前ら、こんな寂れたところで何してんだよ」
イライアス・ホークの低い声に、周囲は反応を見せない。いや、どうやら猊国語が判らないのだろうと察した良行が、拙い江南語で話し掛けた。
「あんた、何してる? 此処はサザーランド商会の持ち家だろう」
すると、予想通りリーダー格らしい男が反応した。
「お前、余所者か。お前こそこいつと何している?
猊国人とつるんで、こんな寂れたとこで何するつもりだ?」
「誤解がある。自分と彼は、この下の辻で起きた事故の跡を見に来た。
此処に、この間死んだ猊国人の屋敷があるから足を伸ばしただけで、此処で何かをしようとは思わないし、寧ろ警察を呼びたいと思っている。
あんた達は、此処の敷地に死体が埋まっていると知っているか? さっき自分が立っていた先にあったんだが」
良行の言葉に、リーダー格は首を傾げ、手下らしい面子も顔を見合わせる。
その反応に、イライアス・ホークが連れの脇腹を突いた。
「ねえ、何この反応」
「うーん、察するところ、Mr.ウィルソンか商会の関係者が来るのを張ってたんじゃないですかねえ」
そう囁き合っている間に、リーダーに命じられ三下の一人見に行って、五分と掛からず真っ青になって駆け戻って来た。
早口で、興奮気味に訴える手下に眉を顰めたリーダーが、険しい顔のまま見張っている闖入者へ向き直った。
「お前ら、何を知っている?」
「何って、まあ、サザーランド商会会長夫人と此処に出入りしていたその甥が、人間として駄目だったと言うところですかね。
あんた達こそ何を? スチュワート・ウィルソンが亡くなってもう結構な日数が経っている。にも関わらず、なぜ無人のこの屋敷にあんた達は居るんだ?」
見た目パッとしない、歳が変わらないだろう東方人の男二人が睨み合う。
兄貴分に突っ掛かる命知らずに、周囲の子分達がいきり立とうとしたその時だった。
蒸気エンジンの大きな音を立てて、高級自動四輪と蒸気二輪が坂道を駆け上がって来た。
音に気付いたチンピラが暫く窓から外を伺うと、真っ青になって兄貴分に報告する。
「ち、朝哥、周大人の蒸気四輪です!」
「何だと!?」
わたわたとチンピラたちが出て行くのを見送って、良行とイライアス・ホークは顔を見合わせた。
慌てて整列した黒幇の男達の前に、西域産の高級蒸気四輪が停まった。
その車内から、一人の男性が降り立った。
見るからに豪華な、と言うものではないが通人が見れば判る程度に上等の西域服を纏った人物は、大型蒸気二輪スチームバイクから降りる人物を待っているようだった。
窓から外を伺っていた坂本良行は、二輪から降りてきた人物が風防眼鏡を外すのを見て驚いた。同じく窓から顔を出したイライアス・ホーク・マーヴィンが、大きな声でその人物の名を叫んでいた。
「ホーク・葉和偉!? 何でここに!?」
叫ばれた方は、それこそ鳩が豆鉄砲を喰らったように、こちらを目を見開いてみていた。その姿を目にして、大立者だろう男性が声を掛ける。
「阿偉、知り合いか?」
「下宿先の隣人と、友人です、周大爺。
でも何でここに居るんだろう、二人とも」
大尽にそう答え、本当に困った様子で二人の方を見るホーク・葉に向かって、窓から飛び出したイライアス・ホークが駈けていく。
「おいこらドラゴンポリスマン! おま、誰と一緒にいるんだよ!!」
「お前こそだよ、猊国ブリテン人。何で私有地にいるんだよ」
「私有地って、そりゃあここはサザーランド商会の」
イライアス・ホークの言葉を、星海市警察に奉職する青年は大きく首を横に振った。
「ここは先月から、龍三合の土地だよ。スチュアート・ウィルソンが借金のかたに黒幇に売ったんだ。
尤も、こう言う辺鄙な土地だから、周大爺も使い道に困ってるそうだけど」
駆け寄った緋色の髪の青年を、先程まで拘束していた構成員達が押さえようとしたが、大尽の身振りで押さえられる。
そこへ、屋敷から小走りで出て来た良行が加わる。
八嶋人の作家は、年長者である黒幇の大立て者に一礼してから、隣人である警察官へ向き直った。
「どうして城市の君が新城のこちらへ?
先程の遺体はまだ通報していない筈ですし、偶さか通報によってなら、彼方の方を連れて来るのはおかしな話だ」
良行の言葉に、大尽の眉が上がり、ホーク・葉の顔に何とも言えない苦味が走る。
「そうか、グッディ達がもう見付けてたのか。
俺は、上司命令で此処の周辺調査をしに来たんだ。周大爺、いやこちらのMr.周潤生が現在の所有者と言う事なので、立ち会って貰う事になって」
「そうでしたか」
そう頷きつつ、良行はゴリゴリと頭を掻いていた。
(立ち会うにしても、ずいぶんな大物が出て来るものだ。それだけここが重要?
いや、それは無い。寧ろホーク君を気遣ったのか。それにしても、これは少々大事じゃないかねえ?)
良行の感慨の向こうで、彼の反応に黒幇達の空気が軋む。それに手出し無用と示し、周潤生は八嶋人と猊国人とに向き直った。
「少し語弊があるな。彼が申し入れる前に、偉仔、葉和偉に借財として入手したこの農家の周囲に、妄鬼が彷徨いている事を相談したのは私だ。
部下達に、足りない借金を彼奴の身内に払わせる為に駐在させていたのだが、その部下の中に『見える者』がいてな。素人では話しにならないと言う事になったのだ。
新城側の道士から、此処の鎮魂は一眉道長が請け負ったと聞いてな。それで道長殿と親しい偉仔を呼んだのだ」
言われて、良行は弾かれたように先程『手』を見付けた方を見た。
そこに、あの時見た黒い犬が、骨を咥えたままいた。
その犬の顔が、ニタリと笑ったように見えたのを、良行は必死に気の所為にした。
犬の姿の妄鬼は、良行に気付かれた事で満足したのか、そのまま姿を消した。
家屋にいた黒幇の下働き達に、屋内の掃除をさせてからまだ繋がっていた電話を使い、ホーク・葉和偉イップ・ウーウェイは最寄りの警察署へと電話を入れた。
警察が来る前に、周潤生チュウ・ヨンサン達黒幇関係者は屋敷を引き払い、一応発見者として坂本良行とイライアス・ホーク・マーヴィンは残る事にした。
半信半疑でやって来た新城は北路の警官達は、城市のホーク・葉が 発見者である二人と共に土の下から覗く骨が見える腕を示すのを見て、阿鼻叫喚の大騒ぎになった。
いち早く立ち直った、捜査隊隊長である李某と言う督察(警部補相当)に怒鳴り散らされる形で遺体の掘り出しが始まると、極近い位置に四人分の若い女性の遺体が埋められているのが見付かった。
幸いと言うと角が立つが、無造作に埋められていた遺体は上を走った蒸気四輪の重量で地中で骨が砕けた事もあり、良行とイライアス・ホークの二人が持ち込んで埋めたのではと言う、警官達の疑惑はすぐ解いて貰えた。
その後、書類作成とその他諸々の為三人揃って北路の警察署まで向かい、ああでもないこうでもないと調書に書き連ねるうちに、日はすっかり水平線近くまで下がっていた。
昼食を食べそこねていた事もあり、とにかく腹拵えをと言う事で八嶋人と猊国人の二人連れは、警察署の敷地に蒸気二輪を置いて、手近な屋台に入った。
手っ取り早く紹興酒と焼豚、青菜の牡蠣油炒めを注文した二人は、ものの数分で出て来た料理に手を伸ばした。
「なーんか、釈然としないな」
「エリー君?」
「Mr.周がゴースト関連の伝手の為に、ポリスマンに連絡したって迄は良いよ。でもどうしてそこで、あいつは家宅捜査の指示書を持ってんの?」
そう言いつつガンガン紹興酒を飲む、見た目飲酒年齢に達してなさげな青年に向かって、良行は自身の考えを述べた。
「Mr.スチュアートは、叔母夫婦に悪感情を抱いていたと言う話です。
特に、母親を下級階層の人間と侮辱し、まともに家庭教師も付けずに学校に押し込めた挙げ句に、伯爵号を叔父に買い取らせた叔母を憎むあまりに、自分に逆らえない若い女性にその鬱憤をぶつける程度には。
叔母夫婦の目が届かないあの農場で、きっと様々な事をやらかしていた筈と、警察は判じたんだと思いますよ」
「だからって、あんな」
見たものを思い出してか、焼豚をつまもうとした箸が止まる。
良行の方は、きっちり炒め物の皿をキープして酒を仰いだ。生まれた地域は八嶋でも有名な酒豪の多い土地で、少々飲めるなどと言えば、一升瓶二本を差し出されるような土地柄だ。(少々を升々で、二升呑めると取るような呑兵衛の里である。)
ペースこそゆっくりだが、一人で大瓶三本目を開けつつあるのを、店の給仕役の小僧がガン見している。
「しかし、こうなってくると、あの四つ辻で亡くなったと言う女性も、三人の被害者と言う事になるんでしょうね」
良行がそう言うと、イライアス・ホークの方は軽く肩を竦めた。
「俺は最初っからそう思ってた。ある意味、あの屋敷の敷地から不幸なお嬢さん方が見付かったのは、読み通りって事だけど。
連れ込まれて振り切って逃げた女性を、多分蒸気四輪で跳ねて死なせたんだろうよ」
「そして策を弄して、通りすがりのトラックに牽かれて亡くなった事にしたと。
そう言う小細工は身に付けていたんですねえ、彼ら」
連れの言葉に、緋色の髪の青年はコップの中味を飲み干し唸る。
「何が腹立つって、妹と年の変わらない娘さんがあんな死に方したってのと、犯人が自分と同じ国の同世代ってのが腹立つ」
「そう言えば、エリー君は人種差別とかあまり口にしませんねえ」
年嵩の東域人の言葉に、小柄な西方人は口を尖らせて見せた。
「おいおい、ヤーマン。俺は記者を目指してんだぞ?
俺は、人種の違いによる優位性とか信じちゃいないし、西方人より東域人が劣ってるとか、その逆も思ってねえよ。
そう言う事言い出して、相手を見下す奴の裏を暴くのを仕事にしたいのさ」
目尻を赤くしたイライアス・ホーク・マーヴィンがそう笑ったところへ、今まで書類作成に係っていたホーク・葉和偉がやって来た。
「二人とも、ここにいた……えらく呑んでいるなあ」
「はあい、ポリスマン、あんたも一杯如何?」
コップを掲げて笑う酔漢に嘆息すると、ホーク・葉はお茶と鳩の丸揚げを頼んで二人のテーブルに着いた。
「おや、まだお仕事が残って?」
「いいや、酔って二輪に乗ると危ないから。こいつも迎えに来て貰う方が良いな」
「えー、俺酔ってないし?」
「酔っぱらいは大抵そう言うんだよ」
絡んでくる緋色の髪の青年をいなすと、出て来た丸揚げを噛かじりつつ私服姿の警官は唸る。
「あいつら、埋めれば見付からないとでも思っていたのかな、被害者の身元が判るものも一緒に埋めてやがった」
「え?」
聞き返した八嶋人と、ひくっと片眉を上げた猊国人に向かって、星海人の警官は周囲に聞こえないよう声を潜めた。
「遺体の周囲に、彼女達の手荷物がそのまま埋められてたそうだ。尤も、金目の物は小銭一枚、指輪一つ残ってなかったそうだけど」
「おいおい、一人はご令嬢っぽい西方女性だったけど、他はどう見ても下働きっぽいお仕着せや華服姿の女性だったじゃん! あいつら、そんな相手から小銭まで取ったのか、大商会の御曹司とその腰巾着が!?」
声が大きくならないよう、しかし呻くような青年の言葉に向かって、探偵小説を書いている男は頭が痛むのを隠す事無く答えた。
「農場でホーク君が言ったじゃないですか、彼らはあの土地屋敷を黒幇に売ったって。
こう言っては何ですが、叔母から貰う小遣いで追い付かないほどの散財を繰り返したと言う事でしょう。そも、新城側の人間なのに、死んだ場所は城市の停留所。確か、龍爪塞は違法取引で大金が飛び交う場所とも聞いています。
あそこで行った買い物の結果、びた銭でも良いから金はあれば良いと言う、心境だったんじゃありませんかねえ」
「何処まで滓だ、あいつら」
そう吐き捨てて、イライアス・ホークは酒を煽る。その横で、物書きは溜息と共にコップの中身を揺らす。
その二人に向かって、これはけじめとしてホーク・葉は釘を差した。
「グッディは大丈夫だと思うが、今日の事は吹聴して回らないでくれ。特にカメラマン、公式発表前に迂闊な事書いてくれるなよ」
「迂闊な事って何だよ!」
キーっと、吠え付く青年を、苦笑いで良行が宥めていたその背後のテーブルに、ガタガタっと座る者達が居た。
失礼にならない程度に顔を向けると、港湾労働者らしい男達が三人、給仕の若者を呼び止めて酒と食事を注文している。
暫くすると、ぼそぼそと三人の男達は話を始めた。
「やれ、もう花の季節だなあ」
「蜂達を手放してもう二年か。あっと言う間だなあ」
「昔は、今頃蜜取りの準備を始める頃なんだが」
どうやら、猊国人に土地を買い上げられ、養蜂農家を辞めた人々らしい。
つい、聞き耳を立てた連れに気付いて、凸凹二人組も口を閉じた。
「そう言えば、梁のところの上の娘も可哀想に」
「ああ、母親が蜂に負けて亡くなった後、親父が酒でしくじった挙句に猊国人に土地買い叩かれちまって」
「妹と二人で、どっかの商会に針子として働きに出てたって話だったのに」
「姉妹揃って、お袋さんから習った刺繍で稼いでたんだったろう」
「ああ、そう言えば、下の子、良く蜜蜂を刺繍してたっけなあ」
「妹が布靴に施してくれたって、この間会った時に嬉しそうに見せてくれたんだよ。
まさか、その帰りにあんな事になっちまうなんてなあ」
男達の言葉に、ホーク・葉の目が大きく見開かれる。
その様子にもしやと思いつつ、だがとあるものに気付いた良行は、反射的に天井へと目を逸らした。
客が出入りする店の入口に、何やら女性ものらしい小さな靴が見えた。だが、そこにある筈の持ち主の身体は見えず、ただ片足分だけ爪先を良行に向けていた。
その甲の部分には、何故かはっきりと蜜蜂と判る刺繍が施されていた。
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