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同日夕刻、蜜蜂
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フォレスト商会会長の邸宅は、星海市参入が遅れた事もあり城市側岸壁近くにあった。
社屋は、何とか新城側に置く事が出来たがそれでも市街地から外れており、その事を奥方はぶつくさ言っていた。と、後々話に聞いた。
ホーク・葉和偉が操る、大型蒸気二輪がフォレスト邸に辿り着いた時、邸内からヒキガエルの絶叫が響いた。それはさながら雨季の水辺の如く、幾つも上がっていた。
「悲鳴!?」
「遅かったか!」
転がるようにして蒸気二輪の後部から降りると、坂本良行は目を凝らし、阿鼻叫喚であろう中の様子を窺った。『見鬼』としての視界は、悲鳴と共に噴き上がる瘴気で、木々の緑が黄ばんでいくのを捕らえた。
良行が息を呑む横で、ホーク・葉は蒸気二輪の横側に括り付けられていた剣を手にした。
それは八嶋で見られる片刃の刀ではなく、猊国など西域で一般的な剣とも違う、俗に華剣と呼ばれる刃渡り三尺(約九〇センチ)、幅一寸(三センチ)足らず程の者だったが、柄に鳥の翼を思わせる細工が施され、鞘にも紅玉と柘榴石が埋め込まれた高価そうなものだ。
そこから僅かに溢れる、熱気と言うほどではないが炎の気配を感じて、良行は目を見開いた。その剣に、火炎鳥の羽が混ぜられているのが見て取れた。
「ホーク君、それは?」
「俺の爺さんが、元の主家から貰ったものだって。
年代物で、下手に下宿に置いといて錆びさせると不味いって思ったから、道長様に預けてたんだけど、儀式の時に持っておけって言われてたんだ」
走りながらのホークの言葉に、良行はなるほどと思った。
壊魔を滅ぼすには幾つか方法がある。その中に、炎で焼き払うと言うものがあるが、実際問題として、直接火を点けても逃げられる事の方が多いのだ。だが、炎の霊獣や神獣の力が込められた武器なら、類焼の危険も無く壊魔だけにダメージを与えられると言うものである。
二人が空いていた門扉を抜けると、本来なら、何人もの使用人が歩き回り、塵一つ無いように保たれている筈の屋敷の中は、煤や土埃に塗れ、調度品や窓ガラスがボロボロにされており、男女の使用人達が何人も倒れていた。
そして、先程の外出着のままのエイミー・フォレストと、髪を振り乱した四〇代くらいの――本来なら貴婦人であろう女性が揉めているのが見えた。いや、二人の間に、エイミー嬢より小柄なお仕着せ姿の少女がいる。
どうやら、少女を盾にするべく前に押し出そうとする母親に、令嬢が必死に抗っているようだった。
そんな二人を、ニタニタと笑いながら見ている黒衣の男がいる。
生者にはありえない青白い顔色と、墨よりも黒い髪と目の色に、良行の背筋が凍る。
「スチュアート・ウィルソン、動くな!」
ピーッと、呼子を鳴らし走り出したホーク・葉の方に向かい、にたりと笑って逆手を突き出した。
その瞬間、巻き起こった黒い突風に依ってホーク・葉の身体は壁に叩き付けられた。
「ホーク君!?」
一瞬呻き、だがすぐに飛び起きたのを見て、良行は安堵の息を漏らす。
だが、その騒ぎに気を取られたエミリーの手が緩んだ。ここぞとばかりにMrs.フォレストは小柄な少女を引っ張り、スチュアートのなれの果ての前へと突き飛ばした。
己の足元に突き転がされた少女を見て、スチュアートであった者は引き攣れるような笑みを浮かべた。その歪んだ笑顔を浮かべ、真黒な手――それが手袋なのか、自身の手が瘴気で黒く染まっているのかは、一目では判らなかった――を伸ばしてくる男を見て、少女は身を竦める。
「ミミー!」
使用人をスケープゴートにして逃げ出した母親を見限り、エミリーは少女に飛び付き、己の身体で庇おうとした。その時だった。
男の手が二人に触れる寸前、少女――ミミー・梁慧霞を金色の燐光が包み、それらは一気に壊魔に向かって襲い掛かった。
「え?」
「何これ? 蜂?」
ぽかんと、目を見開く主従の前で、金色の光は無数の蜜蜂の姿を取り、羽音も高くスチュアート・ウィルソンだった男に殺到したのだ。
最初、たかが蜂と、鼻で笑った男は黒い旋風で蜜蜂達を追い散らそうとした。
だが、圧倒的な物量と機動力で、あっと言う間に蜜蜂達はスチュアートを覆うと、一斉に針を立てたのだ。
不快そうに眉を顰め、蜂達を振り払ったスチュアートは、だが次の瞬間喉を押さえ床をのたうち回り始めた。
茫然と、男の狂乱を見ている主従と、ホーク・葉の横で、良行は一つ溜息を吐いた。
「スチュアート・ウィルソンは、蜂毒に起因するアナフラキシー・ショックで亡くなりました。その為、蜂毒を受ければ彼は動けません。あの死の瞬間が、永遠に続きますから」
「グッディ、それは」
「壊魔の性質、と言うんでしょうか。彼らは死んで壊魔になった場合、死因となったものが炎や聖別武器に次ぐ弱点になるんです」
良行の言葉に、「そうか」と頷く。
そしてホーク・葉は主従二人の少女を後ろに下がらせると、首を掻きむしり、それでも憎悪と狂気で満ちた真っ黒な目をホークに向けるヒトデナシの前に立った。
「スチュアート・ウィルソン、いや壊魔、これは猊利典国王よりの慈悲である」
そう言って、伝家の宝剣を鞘から抜いたホーク・葉和偉は、本来心臓があった位置へと振り下ろした。
社屋は、何とか新城側に置く事が出来たがそれでも市街地から外れており、その事を奥方はぶつくさ言っていた。と、後々話に聞いた。
ホーク・葉和偉が操る、大型蒸気二輪がフォレスト邸に辿り着いた時、邸内からヒキガエルの絶叫が響いた。それはさながら雨季の水辺の如く、幾つも上がっていた。
「悲鳴!?」
「遅かったか!」
転がるようにして蒸気二輪の後部から降りると、坂本良行は目を凝らし、阿鼻叫喚であろう中の様子を窺った。『見鬼』としての視界は、悲鳴と共に噴き上がる瘴気で、木々の緑が黄ばんでいくのを捕らえた。
良行が息を呑む横で、ホーク・葉は蒸気二輪の横側に括り付けられていた剣を手にした。
それは八嶋で見られる片刃の刀ではなく、猊国など西域で一般的な剣とも違う、俗に華剣と呼ばれる刃渡り三尺(約九〇センチ)、幅一寸(三センチ)足らず程の者だったが、柄に鳥の翼を思わせる細工が施され、鞘にも紅玉と柘榴石が埋め込まれた高価そうなものだ。
そこから僅かに溢れる、熱気と言うほどではないが炎の気配を感じて、良行は目を見開いた。その剣に、火炎鳥の羽が混ぜられているのが見て取れた。
「ホーク君、それは?」
「俺の爺さんが、元の主家から貰ったものだって。
年代物で、下手に下宿に置いといて錆びさせると不味いって思ったから、道長様に預けてたんだけど、儀式の時に持っておけって言われてたんだ」
走りながらのホークの言葉に、良行はなるほどと思った。
壊魔を滅ぼすには幾つか方法がある。その中に、炎で焼き払うと言うものがあるが、実際問題として、直接火を点けても逃げられる事の方が多いのだ。だが、炎の霊獣や神獣の力が込められた武器なら、類焼の危険も無く壊魔だけにダメージを与えられると言うものである。
二人が空いていた門扉を抜けると、本来なら、何人もの使用人が歩き回り、塵一つ無いように保たれている筈の屋敷の中は、煤や土埃に塗れ、調度品や窓ガラスがボロボロにされており、男女の使用人達が何人も倒れていた。
そして、先程の外出着のままのエイミー・フォレストと、髪を振り乱した四〇代くらいの――本来なら貴婦人であろう女性が揉めているのが見えた。いや、二人の間に、エイミー嬢より小柄なお仕着せ姿の少女がいる。
どうやら、少女を盾にするべく前に押し出そうとする母親に、令嬢が必死に抗っているようだった。
そんな二人を、ニタニタと笑いながら見ている黒衣の男がいる。
生者にはありえない青白い顔色と、墨よりも黒い髪と目の色に、良行の背筋が凍る。
「スチュアート・ウィルソン、動くな!」
ピーッと、呼子を鳴らし走り出したホーク・葉の方に向かい、にたりと笑って逆手を突き出した。
その瞬間、巻き起こった黒い突風に依ってホーク・葉の身体は壁に叩き付けられた。
「ホーク君!?」
一瞬呻き、だがすぐに飛び起きたのを見て、良行は安堵の息を漏らす。
だが、その騒ぎに気を取られたエミリーの手が緩んだ。ここぞとばかりにMrs.フォレストは小柄な少女を引っ張り、スチュアートのなれの果ての前へと突き飛ばした。
己の足元に突き転がされた少女を見て、スチュアートであった者は引き攣れるような笑みを浮かべた。その歪んだ笑顔を浮かべ、真黒な手――それが手袋なのか、自身の手が瘴気で黒く染まっているのかは、一目では判らなかった――を伸ばしてくる男を見て、少女は身を竦める。
「ミミー!」
使用人をスケープゴートにして逃げ出した母親を見限り、エミリーは少女に飛び付き、己の身体で庇おうとした。その時だった。
男の手が二人に触れる寸前、少女――ミミー・梁慧霞を金色の燐光が包み、それらは一気に壊魔に向かって襲い掛かった。
「え?」
「何これ? 蜂?」
ぽかんと、目を見開く主従の前で、金色の光は無数の蜜蜂の姿を取り、羽音も高くスチュアート・ウィルソンだった男に殺到したのだ。
最初、たかが蜂と、鼻で笑った男は黒い旋風で蜜蜂達を追い散らそうとした。
だが、圧倒的な物量と機動力で、あっと言う間に蜜蜂達はスチュアートを覆うと、一斉に針を立てたのだ。
不快そうに眉を顰め、蜂達を振り払ったスチュアートは、だが次の瞬間喉を押さえ床をのたうち回り始めた。
茫然と、男の狂乱を見ている主従と、ホーク・葉の横で、良行は一つ溜息を吐いた。
「スチュアート・ウィルソンは、蜂毒に起因するアナフラキシー・ショックで亡くなりました。その為、蜂毒を受ければ彼は動けません。あの死の瞬間が、永遠に続きますから」
「グッディ、それは」
「壊魔の性質、と言うんでしょうか。彼らは死んで壊魔になった場合、死因となったものが炎や聖別武器に次ぐ弱点になるんです」
良行の言葉に、「そうか」と頷く。
そしてホーク・葉は主従二人の少女を後ろに下がらせると、首を掻きむしり、それでも憎悪と狂気で満ちた真っ黒な目をホークに向けるヒトデナシの前に立った。
「スチュアート・ウィルソン、いや壊魔、これは猊利典国王よりの慈悲である」
そう言って、伝家の宝剣を鞘から抜いたホーク・葉和偉は、本来心臓があった位置へと振り下ろした。
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