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九月十日
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荷物が届いて三日後、『これから伺います』と電報が届いて、慌てて坂本良行は書き始めていた作品を仕上げた。
今、良行は下宿の自室にいた。
事の起こりと死因は実話をなぞったが、犯人像は全く別の、道を踏み外した医者にした。
ミミー・梁慧霞は、アナフラキシー・ショックそのものを知っていた訳では無かった。ただ、養蜂農家の娘であった彼女は、蜂に何度か刺された結果ショック状態を起こして死んでしまった人間を、母親を含め何人か見ていた。
つまり、経験則から思い付いた殺人であった。
スチュアート・ウィルソンとその腰巾着については、Missエイミーの用意していた書類を盗み見ての事だった。
母親に訴訟を邪魔され、泣き疲れて眠ってしまったエイミー嬢の荷物を片付けていて見てしまったそうだ。
それで、蜜で蜂達を集め、その毒を絞り、待ち針に塗ってそれで刺したのだと言う。
以前、事件現場で良行が拾った針がそれで、実はあの時、良行とぶつかった小僧が変装したミミーであったのだ。
彼女は、あの時蜂達が何故自分を助けたのかと、疑問が尽きない様子だった。
だが、その後警官隊と共に到着した一眉道長こと林正賢はこう彼女に語った。
「ここに現れたのは、お前の家が世話をしていた蜂箱に住んでいた蜂達だ。
お前の姉の懇願を受け、お前の親への恩返しも兼ねてお前を守ったのだ」
……実は、彼女に毒を与えた蜂達もまた、彼女の家のものだった蜂で、一家を苦しめ挙句に元の実家の近辺でサリー・梁慧敏を殺したスチュアート・ウィルソンとその縁戚に祟る隙を狙っていたのだと言う事は、警察関係者と『見鬼』である良行しか知らない事であるが。
現在、ミミー・梁は未成年である事、表向き被害者達が病死として発表された為正式に立件出来ない事、そして肝心の被害者達が本国で立件された犯罪者であった事から、新城にある女子修道院にて、五年間の勤労奉仕を命じられている。
フォレスト商会では、会長夫妻が離婚し、夫人の方は持てるだけの貴金属とドレスを抱えて本国へ帰ったそうだ。
一人娘のMissエイミーは父親に従い、新たな使用人達を家を切り回している。
そして、何れはあの放牧地周辺を買い取り、あそこに大規模な花畑と養蜂場を作るのだと、友人であるMissマーガレット・バクスターに語ったそうだ。
「だって、うちは食品商ですもの。それに、蜜蜂達は私にとっても恩があるし。
ミミーのついでだって判っているけど、彼らのおかげで今、私は生きているのだし」
その事を良行と、あの時置き去りにされた事を未だにぶんむくれていたイライアス・ホーク・マーヴィンに向かって語ったバクスター嬢は、ついでにこう付け加えた。
「彼女、母君が色々無茶な事を離婚条件に付け足そうとしたのを、塩の入った紙袋を叩きつけて追い出したんですって。
使用人だけなら、けったいな思考をしている上流階級のお歴々も笑って済ませるでしょうけど、流石に一人娘を盾にしたのは言い抜け出来ないでしょうね」
世の中、『そこでしか生きられない』人間はいる。エイミー嬢の母親は、典型的な『本国でしか生きられない猊国人』だったと言う事なのだろう。
最後に、サザーランド商会は甥に続いて奥方の葬儀を出す事になった。壊魔と化して再び姿を見せた甥のなれの果てに抱き着こうとして、そのまま顔面を抉られた彼女は、恐らく何も判らないまま死んだと思われる。
Mr.サザーランドは、甥の被害者達への慰謝料を払う為、持ち株を半分ほど処分したと言う。
訪ねて来たのは、元担当ではなく、彼女の先輩編集者だった。
「ご無沙汰しています、土佐先生」
「青江さん、またあんたがこんな遠くまで? 阿波田さんに何か?」
青江兵衛は、怪奇物担当の編集者であった。
以前は、担当の一人と言う以上の付き合いは無かったが、例の刑部恭介の事件が切っ掛けで親交が深まり、八嶋に居た頃は月に一、二回一緒に酒を飲む仲になった相手だ。
「あれから、怪奇物から海外出版物の方に移動になりましてねえ。こちらの方でなかなか良い写真を撮る方がいらっしゃるとかで、その写真を幾つか買って来いと編集長に命令されまして。
そのついでに、先生の原稿を貰って来ると、僕が阿波田に言ったんですよ。
阿波田なら、元気にしています。新人作家、それも女流作家の担当に就きましてねえ。毎日頑張ってますよ」
「そうですか。そりゃあ良かった」
原稿を受け取り、ざっと中を改めると青江は原稿を鞄にしまい込んだ。
「そうだ先生、流石に私も星海の地理には詳しくないんですよ、夕飯おごりますから、道案内頼まれて貰えませんかねえ?」
「そうですねえ。自分も原稿書きで籠り切りでしたから、散歩がてらお付き合いしましょう。
食事なら、美味しい江南料理をお教えしましょう」
「ああ、それは嬉しい。では、早速行きましょう。
噂では、見た目を裏切るお人らしいので、交渉に時間が掛かるかもしれませんので」
良行が、昔馴染みの交渉相手が現在良く自分の許に転がり込んでは茶菓子を要求する貴族の御曹司で、かつこれまで書いた探偵小説の登場人物本人である事を知るまで、後四半刻(三十分)の事である。
今、良行は下宿の自室にいた。
事の起こりと死因は実話をなぞったが、犯人像は全く別の、道を踏み外した医者にした。
ミミー・梁慧霞は、アナフラキシー・ショックそのものを知っていた訳では無かった。ただ、養蜂農家の娘であった彼女は、蜂に何度か刺された結果ショック状態を起こして死んでしまった人間を、母親を含め何人か見ていた。
つまり、経験則から思い付いた殺人であった。
スチュアート・ウィルソンとその腰巾着については、Missエイミーの用意していた書類を盗み見ての事だった。
母親に訴訟を邪魔され、泣き疲れて眠ってしまったエイミー嬢の荷物を片付けていて見てしまったそうだ。
それで、蜜で蜂達を集め、その毒を絞り、待ち針に塗ってそれで刺したのだと言う。
以前、事件現場で良行が拾った針がそれで、実はあの時、良行とぶつかった小僧が変装したミミーであったのだ。
彼女は、あの時蜂達が何故自分を助けたのかと、疑問が尽きない様子だった。
だが、その後警官隊と共に到着した一眉道長こと林正賢はこう彼女に語った。
「ここに現れたのは、お前の家が世話をしていた蜂箱に住んでいた蜂達だ。
お前の姉の懇願を受け、お前の親への恩返しも兼ねてお前を守ったのだ」
……実は、彼女に毒を与えた蜂達もまた、彼女の家のものだった蜂で、一家を苦しめ挙句に元の実家の近辺でサリー・梁慧敏を殺したスチュアート・ウィルソンとその縁戚に祟る隙を狙っていたのだと言う事は、警察関係者と『見鬼』である良行しか知らない事であるが。
現在、ミミー・梁は未成年である事、表向き被害者達が病死として発表された為正式に立件出来ない事、そして肝心の被害者達が本国で立件された犯罪者であった事から、新城にある女子修道院にて、五年間の勤労奉仕を命じられている。
フォレスト商会では、会長夫妻が離婚し、夫人の方は持てるだけの貴金属とドレスを抱えて本国へ帰ったそうだ。
一人娘のMissエイミーは父親に従い、新たな使用人達を家を切り回している。
そして、何れはあの放牧地周辺を買い取り、あそこに大規模な花畑と養蜂場を作るのだと、友人であるMissマーガレット・バクスターに語ったそうだ。
「だって、うちは食品商ですもの。それに、蜜蜂達は私にとっても恩があるし。
ミミーのついでだって判っているけど、彼らのおかげで今、私は生きているのだし」
その事を良行と、あの時置き去りにされた事を未だにぶんむくれていたイライアス・ホーク・マーヴィンに向かって語ったバクスター嬢は、ついでにこう付け加えた。
「彼女、母君が色々無茶な事を離婚条件に付け足そうとしたのを、塩の入った紙袋を叩きつけて追い出したんですって。
使用人だけなら、けったいな思考をしている上流階級のお歴々も笑って済ませるでしょうけど、流石に一人娘を盾にしたのは言い抜け出来ないでしょうね」
世の中、『そこでしか生きられない』人間はいる。エイミー嬢の母親は、典型的な『本国でしか生きられない猊国人』だったと言う事なのだろう。
最後に、サザーランド商会は甥に続いて奥方の葬儀を出す事になった。壊魔と化して再び姿を見せた甥のなれの果てに抱き着こうとして、そのまま顔面を抉られた彼女は、恐らく何も判らないまま死んだと思われる。
Mr.サザーランドは、甥の被害者達への慰謝料を払う為、持ち株を半分ほど処分したと言う。
訪ねて来たのは、元担当ではなく、彼女の先輩編集者だった。
「ご無沙汰しています、土佐先生」
「青江さん、またあんたがこんな遠くまで? 阿波田さんに何か?」
青江兵衛は、怪奇物担当の編集者であった。
以前は、担当の一人と言う以上の付き合いは無かったが、例の刑部恭介の事件が切っ掛けで親交が深まり、八嶋に居た頃は月に一、二回一緒に酒を飲む仲になった相手だ。
「あれから、怪奇物から海外出版物の方に移動になりましてねえ。こちらの方でなかなか良い写真を撮る方がいらっしゃるとかで、その写真を幾つか買って来いと編集長に命令されまして。
そのついでに、先生の原稿を貰って来ると、僕が阿波田に言ったんですよ。
阿波田なら、元気にしています。新人作家、それも女流作家の担当に就きましてねえ。毎日頑張ってますよ」
「そうですか。そりゃあ良かった」
原稿を受け取り、ざっと中を改めると青江は原稿を鞄にしまい込んだ。
「そうだ先生、流石に私も星海の地理には詳しくないんですよ、夕飯おごりますから、道案内頼まれて貰えませんかねえ?」
「そうですねえ。自分も原稿書きで籠り切りでしたから、散歩がてらお付き合いしましょう。
食事なら、美味しい江南料理をお教えしましょう」
「ああ、それは嬉しい。では、早速行きましょう。
噂では、見た目を裏切るお人らしいので、交渉に時間が掛かるかもしれませんので」
良行が、昔馴染みの交渉相手が現在良く自分の許に転がり込んでは茶菓子を要求する貴族の御曹司で、かつこれまで書いた探偵小説の登場人物本人である事を知るまで、後四半刻(三十分)の事である。
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