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廻りだす運命

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 15.充実した日常と別れ
 屋敷をクルスから貰って数週間、最近の1日は殆ど決まっていた。午前中にライドとレンカによる剣術の指導、午後からは冒険者として簡単な依頼を受ける。コツコツ繰り返したお陰で冒険者等級は銅5級から銅4級に上がったりして順調に冒険者ライフを送っていた。そんなある日

 《優様》

「ん?どうしたのナズナ?」

 《そろそろ1ヶ月が経つかと思われますが奴隷達をどうするおつもりで?》

「1ヶ月?」

 《カフ様が1ヶ月後に迎えに来るという約束だったのでは?》

「あっ!そうだった!この世界に馴染み過ぎて元の世界に帰る事忘れてたよ。」

 ぶっちゃけ元の世界より今の方が充実している気がする。

 《元の世界に奴隷達も連れていく気ですか?》

「向こうで養える気がしないなぁ、どうしよ。皆と話し合うしかないかな。」

 気は進まないが連れていくにしろ置いていくにしろ話をしない事には始まらない、その日の夜。

「という訳で俺はもうすぐ元の世界に戻る事になるんだけど、皆はどうする?付いてくる?それとも奴隷を辞めてこの世界にいる?」

「話にイマイチついていけませんが付いていかない場合、俺達を解放して頂けるのですか?」

「そうだよ、買ったばかりのメイド達にも悪いけど路頭に迷わないよう金貨もあげるから心配しないで。」

 そう説明するとライドとユタ、そしてメイド達はここに残ると宣言した。まぁそうだろうね

「ご主人はあたいに付いてきて欲しいかい?」

「勿論!ナスハとレンカは出来ればついてきて欲しいと思ってるよ、でも2人の意志を尊重するから安心して。」

「へへ、ご主人がどうしてもって言うなら仕方ないな。ほんとに世話の焼けるご主人だよ、全く。」

「わ、私も主には恩を返しきれていないから付いて行きたいと思ってるぞ。」

「2人共ありがとう…!こことは違う世界だから最初は戸惑うと思うけど一緒ならきっと大丈夫。」

 こうして残る組と付いてくる組を分けると後は迎えに来るのを待つのみ、残りの異世界ライフを楽しみながら迎えに来るのを待っていた。それから数日後

「今日が丁度1ヶ月なんだよね?」

 《そうですね、多少ずれはあると思いますがあっています。》

「なんか緊張してきたな、早く来て欲しい様な来て欲しくない様な…」

 ソワソワして待っていたがその日、迎えは来ずそれから1ヶ月が経とうとしていた。

「ナズナ、多少のずれはあると言っても流石におかしくないか?カフに連絡出来る?」

 《非常用に連絡手段がございます、カフ様に接続中…ッ!?通信が繋がらない?そんな筈は…》

 どうやら緊急事態が発生したようだ。

 《優様、申し訳ありません。どうやらこの世界からではカフ様に連絡がする事が出来ないみたいです、そしてカフ様が迎えに来ない理由としては向こうの時間軸とこちらの時間軸の流れが違うという可能性があります。》

「向こうの1時間がこっちの1日みたいな事?」

 《その通りです、そして向こうの1ヶ月がこちらの数ヶ月もしくは数年になるかもしれないという事です。》

「えぇ…ん~あ~まぁ良いか!ここでの生活好きだし迎えに来るまで楽しんでおくよ。」

 もう戻れないかもしれないが俺にとってここが第二の故郷と言ってもおかしくないくらい慣れ親しんでしまった。なのでそこまで悲観的になる事はなかった、ライド達にいつ戻れるか分からない事を告げると皆はガッカリなのか安堵なのか分からない表情をしていた。

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 16.昇級試験には問題が付き物
 それから数ヶ月

「ごしゅじーん、確か今日昇級試験じゃなかったかい?」

「そうだよ、だから今日は早めに午前訓練切り上げたんだ、ナスハ達ももうすぐ銅1級になるんだろ?」

「へへっまーね!また1からはめんどくさかったけど初心を取り戻せた気がして悪くはなかったよ。」

 ナスハやライド達は元冒険者であり、かつて銀3級まで上がっていたが奴隷に落ちた為また1から始める事となった。

「そろそろ行くよ、またあとで。」

「了解、頑張ってきなよ。」

  ナスハに見送られ俺は冒険者組合まで行く。

「ここがダンジョン…なんか感動するなぁ。」

 冒険者組合で説明された昇級方法は試験官を連れてダンジョンの奥地まで到達するというものだ、ダンジョンには自然発生型と人工発生型があり

 走暗性の様な暗がりを好むモンスターや地下深くから漏れ出る魔力に惹かれたモンスター等が普通の洞窟に溜まり洞窟内で生態系が出来上がり何時しかダンジョンになるものが自然発生型。

 何者かが意図的に魔法などでモンスターや迷宮を作り、人を寄せ付けないようにしたり逆に宝を置いて人を誘き寄せたりするのが人工発生型と呼ばれており、試験で向かうダンジョンは既に踏破されている比較的小さな自然発生型のダンジョンだ。

「緊張するか坊主?」

「どっちかと言うと武者震いですね。」

 随伴している試験官のベランさんは元冒険者で万が一試験続行不可や問題が発生しても対処出来るようになっている。

「ガハハ、安心しろこの洞窟に住み着くのはゴブリンかキラーウルフ位だ、たまにオーガもいるが今いないのは調査済みだ。」

「ゴブリンも数いれば手強いんですけどね…」

「あぁ、その通りだ!若い奴はゴブリンを下に見るが大群でいたり悪知恵を身に付けたゴブリンはとても厄介だ、そこんとこを理解してる坊主なら試験は安心だな。」

 試験官に太鼓判を押され少しは気持ちが軽くなり洞窟に入る。

「うーん、ゴブリンがいたりはするけど殆ど単体だな。群れからハグれたゴブリンの住処になっているのかな?」

「あぁ、そうだ。集落を築いているゴブリンの巣は滅多に無いが、もしあるなら危険度は加速度的に上がる。昔500匹以上いるゴブリンの巣に入った金5級の5人パーティが返り討ちにあった事例もある、その時は悲惨だったらしいぞ?男は食い物にされ女は慰み者だ、更に5人が持っていた道具で力を蓄えたゴブリン達は手が付けられない状態だったそうだ。」

「恐ろしいですね…そういえば自然発生型のダンジョンには行くメリットあるんですか?お宝も無さそうだし出来れば近寄りたくない雰囲気ですけど。」

「そうだな、一攫千金の宝は無いが組合から報酬が出るぞ。定期的に狩らないと先の事例の様にモンスターが力を蓄えたりするからな、それに宝は無いがダンジョンの奥深くに行けば魔水晶があるぞ、まぁ絶対じゃないがな。」

「夢があると言えば夢がある…のかな?」

 周りを警戒しながらも雑談をしつつ洞窟の奥地へ進む。

「よし、ここが到着地点だ。お疲れさん無事試験は合格だな」

「ありがとうございます!魔水晶は…無さそうですね。」

「あぁ、そうだな。まぁここはそもそも魔力が少ない所だからn」

 ドスン…ドスン…

 歩いて来た道から大きな生き物が歩いている足音が聴こえ即座に息を殺す、そして近くの岩陰に身を隠した。そして足音の正体が現れる

『馬鹿な、ドラゴンだと!?昨日の調査隊の報告では居なかった筈だ、まさかその後に…?くっなんて間の悪い…』

 試験官が小声で悪態をつく、一方ドラゴンは俺達と出入口を塞ぐ様に座り込む。正直ヤバい

『ベランさん、あのドラゴンに見覚えは?強さとか分かりますか?』

『あんなドラゴンは見覚えがないな、そもそもドラゴン自体数が少なくここらには居なかったはずだ。そして種類にもよるが壮年期に入ったドラゴンは最低でも金5級が10人必要な強さだ。』

(やっぱりドラゴンはどこの世界でも強いか、しかしカッコイイな…いやいや今はそんな事考えている暇はない。ナズナ勝てそうか?)

 《(…正直厳しいかと、私のみならばなんとかなりそうですがお2人を守るとなると…まさか私の【鑑定】が抵抗されるとは…少なくとも私より魔力量がある為抵抗されたかと。)》

 嘘だろ!?ナズナの鑑定が弾かれるなんて…少なくとも魔力量1万は超えているぞ…?絶望の中なんとか状況を打破出来る様な考えを模索していると。

 〘人の子らよ、歯向かう気が無いなら見逃してやる。早く去ね〙

 念話の様なものが聴こえる、ドラゴンからか?

『ベランさん聞こえましたか?』

『?何がだ??』

 どうやら俺にしか聴こえなかった様だ。

 《(優様、【翻訳魔法】のお陰でドラゴンの念話を聞き取ることが出来たんだと思われます。)》

 そうか、俺は翻訳で人と話しているんだった。ナズナの翻訳魔法(Ⅸ)ならドラゴンとも話せるのか、すげぇ。

『ベランさんドラゴンが俺に歯向かわないなら見逃してやると語りかけてきました。』

『本当か?何故だ…気まぐれか?それとも俺達を付けて街を見つけ次第纏めて殺す気か…どちらにせよ今助かるなら越したことはない、か。』

『俺が出てみますので安全を確認したらベランさんを呼びますね。』

 そう言って俺は岩陰から出てみる、ドラゴンは気づいているようだが一瞥する気もないらしい。安全を確認するとベランさんに手招きする。


「坊主ドラゴンの声が聞こえるって事はドラゴンと話せるのか?」

「多分出来ると思いますけど…」

「ならここに住み着いた訳といつまで住み着くか聞いてくれねぇか?ここは初心者の訓練所として使っているから出来れば移動してもらいてぇんだ。」

「わ、分かりました。あのドラゴンさん聞こえm」

「聞こえておる、そして内容も理解しておる。儂は訳あって魔力を大量に消費してのぅ、魔力の回復に専念出来る場所を探してたがここは魔力が少なすぎるのでな、少し休んだら去ると約束しよう。」

 どうやらドラゴンは人語で話が出来るらしく今度はベランさんも話を聞いていた。

「ドラゴン殿の事情は分かりました、仲間達にドラゴン殿と敵対しないよう説得しておきます。」

「うむ。」

「すみません少しだけ質問をしても良いですか?」

「あぁ、儂は良いぞ。」

「魔力の回復はどの様に行うのですか?」

「魔力を持つ魔物や魔水晶を喰ったり、龍脈から魔力を吸い上げたり色々じゃな。だがここは魔物は弱いし龍脈からの魔力も殆ど感じられん、あまり魅力は無いの。」

「魔水晶を食べられるなら力になれるかもしれません!とか如何でしょう?」

 そう言って野球ボール大の魔水晶を取り出す、魔水晶は俺が寝ている間にナズナが量産してくれている。非常に備えてだ、出かける時も2~3個は携帯している。

「なんじゃ良いのか?大切な物ではないのか?」

「持っているの知っていたみたいですね…」

「ドラゴンは魔力に敏感じゃからな、それがあれば一気に回復出来るというものじゃ。良いというのなら厚意に甘えて頂こうとするかな」

 それを言い終わるよりも早く魔水晶を受け取り飴でも食べているかの様に噛み砕く。

「おぉ、凄いこれだけあれば十分じゃ!人の子よ礼を言う、借りは必ず返す。」

 そう言うと俺達よりも早くドラゴンは洞窟から出て行った、野球ボール大の魔水晶食ってたって事はアイツ少なくとも魔力4~50万はあるって事だよな?それは勝てねぇわ。そんな事を考えていると

「坊主やるじゃねぇか!ドラゴンに話しかけるなんて恐ろしい真似すると思ったが、まさかドラゴンが納得する程の魔水晶を譲るとはな!これは組合に良い報告しておくぜ。」

 ベランさんが話しながら上機嫌に背中を叩いてくる。

「ありがとうございます、大きい出費でしたがドラゴンに借りを作ったと思えば安いものです。」

「それはそうだな!ガハハ!さて、そろそろ戻るか。」

 その後は特に問題に巻き込まれることも無く無事に組合に戻ることが出来た、組合ではドラゴンの容姿などをベランさんと一緒に事情聴取を受けたが試験自体は合格だそうだ。

「ご主人お帰りー、どうだった?」

「ただいまナスハ、聞いてくれよ実はダンジョンにさ…」

 家に帰り、ナスハ達に今日の出来事を聞かせたり、皆の報告を聞きながら1日を終える。

「それじゃ組合に行ってくるよ。」

 俺は試験に合格した為タグを組合に預けタグの昇格をしてもらっていた、そのタグを受け取りに行こうと組合へ向かう。

「おめでとうございますマサルさん、昨日の災難や試験官からの推薦もあり銀5級を飛び級して銀3級に昇格です!」

「ほんとですか!ありがとうございます。」

 ほんとに災難だったがお陰で銀3級から始められるのは嬉しい誤算だ、銀等級になると護衛や遠出のモンスター狩りの依頼が多くなる。

「うーん、色々あるけど何が良いか分からないな。お?魔水晶の採掘と鉱石喰いの討伐?報酬も悪くないし面白そう!」

 基本報酬で銀貨50枚+ノルマを越えた採掘量又は討伐量でボーナスが出るらしい依頼を受ける、家に戻りナスハ達と出発の準備を整え翌日依頼場所である鉱山都市グラーザンへと向かう。

「じゃあ、留守番頼んだよ。」

「「「「「いってらっしゃいませ。」」」」」

 メイド達に留守番を任せ俺達は街を出る。

「この街以外のとこなんて初めてだからワクワクするなぁ。」

「グラーザンは鉱石が豊富に採れる為武具の制作が有名ですね。」

「私が騎士団に所属していた時もグラーザンの鍛冶屋に武具制作の依頼をしていました主よ。」

「でもまぁ、ご主人にはナズナさんがいるから武器は必要なさそうだよな、どっちかと言うと防具が欲しいとこだね。」

 ライド、レンカ、ナスハが楽しそうに話し合う、すると。

 ズゥン!

 俺達の目の前に空から何かが落ちてきた、地響きが凄まじく大質量の何かだと分かる。

「ナズナ!」

 《物理フィジックス防御ディフェンス結界バリア(Ⅸ)・魔法マジック防御ディフェンス結界バリア(Ⅸ)・精神スピリット防御ディフェンス結界バリア多重マルチプル結界バリア(Ⅸ)・要塞フォートレス障壁バリア(Ⅸ)》

 すぐさまナズナが複数人用の防御魔法を多数展開する、土煙が晴れ姿を現したのは…

「ドッドラゴン!?」

「なんて強大な…」

「くっこんなドラゴン見た事もない…!」

「や、やばいよご主人…!こいつはやばい!」

 皆が狼狽えているがこのドラゴンは

「昨日のドラゴンさん!?どうしたんですか?」

「うむ、借りを返すと言っただろう。儂の用事もとりあえず済んだからそなたを探そうと思っていたが、まさかこんなに早く出会えるとはの。」

「わざわざ俺を探してくれてたんですか、申し訳ないです。」

「気にせんで良い、して何か望みは無いか?儂の鱗は人間がよく欲しがっていたぞ。」

「ドラゴンの鱗!主殿、ドラゴンの鱗は防具の素材として頂点とも言えます。今から向かうグラーザンでドラゴンの鱗を持ち込めば最高の防具が作られるかと。」

 珍しくライドが饒舌になる、まぁ冒険者からしたらドラゴンの素材なんて喉から手が出る程のもんだろう。

「なんじゃそなたらグラーザンに行くのか?儂の巣もそこにあるから連れて行ってやろうか?」

「奇遇ですね!ですが俺達は歩いて行こうと思います、お気持ちだけ貰っておきます。」

「そうか?ならば…ふむ」

 そう言うとドラゴンは丸くなり大きな魔法陣に包まれた、するとドラゴンを包んでいた魔法陣が小さくなりそこには人間の色気のある女性の姿があった。

「ド、ドラゴンさん?」

「そうじゃ、おっと名をまだ教えてなかったの儂の名はルビアンレイア。ルビィとでも呼んでくれ」

「ルビィさん…俺の名前はマサルです、えっとどうして人間の姿に?」

「グラーザンに向かうなら折角だし儂もついて行こうかと思ってな。駄目か?」

「駄目じゃないですけど…皆も良いよね?」

 皆に意見を求めようと振り向くと全員が口を開けて固まっていた、カッカッカッという笑い声を聞きながら俺はどうしようかと頭を悩ませる事になった。
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