重なり合う旋律

ちく

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本編

新たな旅立ち

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「……俺たち辞めるわ!」

薄暗い酒場ギルドロビーには、古く錆びた木製の扉が閉まる音だけが響いていた。崩れ落ちた小さな影に月明かりがスポットライトのように照らす。静寂。

「あーやってらんない!おかわりのビールください!」

突然の大声と共に小さな影は立ち上がり、その手に持った大きなジョッキを天にかざした。
こうなると永遠に終わらない。以前にもギルド崩壊の危機を迎えた時はビールを飲み続け、酒場から酒が消えるほど飲んだこともあった。
幼さの残るかわいい小猫のような顔立ちからは想像もつかないが、この大酒飲みがスリーピングナイツ、ギルドマスターのちくである。

「もぉ飲むのはおしまい!一緒に考えてあげるから、マスターらしく落ち着いて!」

おっとりとした口調で、近付いてくる女性。
過去に国を滅ぼす危機をもたらした青龍を少数部隊で討伐したという伝説が語られる実力の持ち主。ほんわかとした表情とスラリと伸びた長い足とは対照的に、大男ではないと扱えないような大きな槍を持っている。サブマスターとしてスリーピングナイツを支えるユキチだ。

「……ユキチん、うわぁぁぁあん」

胸辺りに飛びつき、鼻水、涙お構い無しにスリスリするが、怒ることなく、まるで駄々をこねる子供をあやすかのような優しい表情でちくの頭を撫でる。

この光景、何度見たことか……

白い獣の毛をあしらったフワフワなハットを深く被り、地面につくのであろう大きなマントを羽織った男性は奥にあるカウンター席でふぅーとため息を付きながら茶色いお酒ウーロン茶をひと口。
深く被ったハットからは口元しか見てとれないが、シュッとした顎のライン、そのスタイル、確実にイケメンと呼ばれる人種であろう。
独特で、綺麗な配色の服を着こなすイケメンは兵長トーカという名だ。普段は無口だが、メンバーの危機を嗅ぎ付けて必ずと言っていい、駆けつけてくれる。

「へいぢょぉうぅー!どうするのよぉぉー!」

「兵長にカラミ酒しないの!」

「むぅ(頬を膨らませる)」

最盛期は10人いたスリーピングナイツのメンバーも今ではこの3人しかいない。ただ、この3人はいくつもの試練を乗り越え、苦楽を共にした仲間なのである。

この話を語る上で、この世界を皆様に説明しておかなければならないだろう。
スリーピングナイツをはじめ、この世界には星の数ほどギルドが存在する。ギルドはギルドマスター、サブマスター、そしてメンバーから構成されており、国からの命を受け、様々なクエストを受注し、生計を立てているのだ。
その報酬にはゴールドはもちろん、様々な武器や防具と交換できるGEMジェムと呼ばれる七色に光る宝石がある。
しかし、ギルドに所属する冒険者にとって、一番の報酬は召喚聖獣モンスターだろう。召喚聖獣はクエストの際に同行させ、戦いを優位に進めることができる能力を持っている、言わば戦うペットのような存在である。

酒場ギルドロビーでは、ちくがまだビールを片手に泣きじゃくっている。
それを横目にユキチは優雅にシャンパンを飲み、兵長は茶色いお酒ウーロン茶をちびちびと。

ギギギギギィー

「あのぉー…」

恐る恐る中を覗く人影が月明かりに照らされて長く伸びる。その銀髪は美しく輝く。

「先月分のギルド運営費もちゃんとお支払いしてますし、水道光熱費や税金の滞納もお支払いしてますよ」

慣れた口調でユキチが話す。
このやりとりは毎月のスリーピングナイツでの恒例行事でもある。この国のギルドは不定期で開催されるギルド同士の交流戦でA、B、Cランクに分けられる。ランクによって、国からの受注できるクエストの難易度、報酬、待遇なども大きく変わってくるのだ。スリーピングナイツは昨年Aランクに上がったばかりのギルドで、それ故、ギルド運営も楽ではなかった。

兵長は見慣れた光景なのか目線さえ動かさない。氷の音を楽しむかのようにグラスを回し、ボソッと一言呟く。

「ちくの飲み代のツケじゃない?」

「ちーくーわーん!!!あなた、まさか!?」

みるみると変わるユキチの表情に、さっきまで泣きじゃくっていたちくは慌てだす。

「ユ、ユキチん、怒られてからはツケしてないよ?」

ちくの頬をギュッとつねりながら、ユキチは何度も問いただすが、ちくも口を真一文字に閉じ、必死に抵抗している。
その2人の姿を遠くから背中で感じ、大きなため息をつく兵長。

「あはははは」

美しい銀髪の訪問者は涙を浮かべ、笑っている。
あまりに突然の笑い声にさっきまで大騒ぎしていた2人も目を丸くし、微動打にしない。固まってしまった。

「ギルドメンバー募集の掲示板を見まして、お伺いしました。オケアノスと申します。想像してた通り楽しそうなギルドですね」

銀髪に青い透き通るような目、そして綺麗な顔立ちをした青年は、聞き心地のよい低音の声で挨拶をした。手には分厚い本を持っており、襟の高い上着と頭には大きめのゴーグルを装着している。どの装備も特別に強いものではなかったが、綺麗に手入れの行き届いたものばかりだ。

「まだまだ修行中ですが、クレリックとして皆様のお役に立てればと…まだメンバーは募集してますか?」

申し訳なさそうに話すオケアノスの元へ、ちくは全速力で駆け寄る。そして、手を取り、満面の笑顔で微笑んだ。微笑んでいるだけで一言も話さない。いや、嬉しさのあまりに声が出ないのだろう。

「マスターはこんなだし、私は火力一筋、兵長も接近戦では…回復援護がとても大変だけど、大丈夫かしら?」

ちくは弓職の中でもかなりの攻撃力を持っており、その弓の性能を理解し、最大限活用できれば、上位ギルドでも活躍できるはずだったが、特攻癖があり、戦術の理解力に欠けているため、周りにいつも迷惑をかけていた。兵長もまた、弓職の上級者ではあるが、マイペースな性格もあってか、接近戦を仕掛けてくる剣士に驚くほどの弱さをみせていた。
ユキチは一撃の攻撃で破壊する魅力に取り憑かれ、日々その鍛錬を欠かさなかったため、伝説の青龍でさえ一撃で倒せる火力を手に入れたが、魔法攻撃を受けると、今までの勇姿が嘘かのように動きが止まってしまう。

ユキチはそんなメンバーの強さも弱さも理解しているため、クレリックへかかる負担の大きさも分かっていた。そして、なによりもメンバーが去る悲しさを誰よりも知っていた。
そんな不安で、返事を躊躇っていたユキチは唇を噛み締める。

ちくは相変わらずオケアノスの手を取り、まるで子犬のように喜んでいる。

この人が選んだ人なら…きっと大丈夫!

自分に言い聞かせるようにユキチは何度も心の中で繰り返した。それは兵長も同じに思っていたようだ。

決して言葉には出さないが、茶色いお酒ウーロン茶を飲む兵長のカウンターに置いた拳の親指は天に向けて立っていた。言葉には出さずとも兵長のグーサインでこのギルドは様々なことを決めてきたのだ。

「ようこそ!スリーピングナイツへ!」
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