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2章 好奇心溢れる少年
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気を取り直して立ち並ぶ書架に視線を戻したとき、ふと、古そうな書架を見つけた。なんとなく気になり、歩みを進めてその書架の前に立つ。書架には難しそうな専門書がびっしりと詰まっていた。周囲には誰もいない。これらの本を手に取る人は稀なのだろう。
色んな本があるんだな。そう軽く流して踵を返そうとしたとき、さらにふと、奇妙なものを見つけた。思わず「ん?」と首を突き出す。
書架の左側の側板、腰の高さほどの位置に、ドアノブがついているのだ。真鍮の鈍い黄金色をした、レトロな丸い形状のドアノブである。他の書架にはついていない。この書架の側板にだけ、なぜかドアノブがついている。
(どうして、こんなところにドアノブが?)
ドアノブがついている側板など、生まれて初めて見た。これを引いたらドアのように開くのだろうか。いやまさか開きはしないはず。側板は書架を支える一枚の板であって、ドアではないのだ。開いたら物理的におかしい。板が外れ、書架がバラバラに壊れてしまう。異空間にでも繋がっているなら話は別だけれど。
十羽の中に好奇心が生まれた。普通に考えれば、ドアノブはくっついているだけで引いても開かない。でももし、開いたら……。
そっと手を伸ばし、ひやりと冷たいドアノブを握った。軽く回して手前に引いてみる。
キィッ──。
蚊の鳴くような細い音がして、側板がドアのように動いた。
(うそ、開いた……!?)
鼓動が高まる。開いてしまった。中には一体何がある?
ドキドキしつつ覗き込むと、中は暗闇だった。本当に、どこかの異空間にでも繋がっていそうな深い闇だ。さらにドキドキが高まる。
そのとき、闇の奥から台風のような強風が吹き出してきた。
「えっ!?」
強風は十羽の背後へ回り、呆気にとられている十羽の背中をドンと押した。細い体がよろめき、そのまま側板の中に落っこちる。
「えっ!? えぇっ!? わあぁぁっ!」
ジェットコースターのように、体が斜めに滑り落ちていく。すると突如として前方に直径一メートルほどの丸い光りの輪が現れ、十羽の体は光りに向かって一直線に吸い込まれた。
そして輪に入った瞬間、周囲が急に明るくなった。どこかで嗅いだことのある匂いが鼻孔をくすぐる。すがすがしい五月の新緑のような──。
直後、勢いよく外界に放り出され、ドスンと尻餅をついた。体に痛みと衝撃が走る。
「うぐっ!」
でも体の痛みより、どこへ落ちたのかわからない状況のほうが怖い。焦って起き上がり、必死に周囲を見た。左右も、上下も。
「へ?」
てっきり異空間に落っこち、どこか見知らぬ世界に放り出されたと思った。しかし十羽がいるのは何の変哲もない、通い慣れた図書館だった。目の前には先ほどと同じ大きな書架があり、分厚い本がぎっしりと詰まっている。
(なんだ、びっくりした……)
ふうっと息をつき、外れかけていた眼鏡をかけ直した。ニット帽も深く被り直す。マスクは乱れていないのでそのままだ。痛む尻をさすり、よれたジャケットの襟を正した。
一体全体、先ほどの奇妙な体験はなんだったのだろうか。わけがわからないけれど、とにかく変なところに飛ばされなくて良かったと安堵した。しかしもう一度眼前の書架を見た十羽は「あれ?」と呟いた。
側板にドアノブがない。
「えっ、嘘、ない!?」
触れて確かめたが、あったはずのドアノブが消えている。最初からドアノブなどなかったかのように、木製の側板は真っ平らだった。
奇妙だ。
怖くなった十羽はその場を離れた。家に帰って少し休んだほうがいいのかもしれない。牛丸のことがストレスで、幻覚を見たのかも。
急ぎ足でエントランスへ向かう途中、館内の景色に違和感を覚えた。さっきまでと書架の位置が微妙に違う。最近の新作を並べているはずの書架には、知らないタイトルの本が並んでいる。全て知らない本だ。先ほどまでは知っている人気作ばかりだった。
さらに注意深く周囲を見ると、受付カウンターの上に置かれた日めくりカレンダーが目に入った。そこで十羽はカレンダーを二度見した。
色んな本があるんだな。そう軽く流して踵を返そうとしたとき、さらにふと、奇妙なものを見つけた。思わず「ん?」と首を突き出す。
書架の左側の側板、腰の高さほどの位置に、ドアノブがついているのだ。真鍮の鈍い黄金色をした、レトロな丸い形状のドアノブである。他の書架にはついていない。この書架の側板にだけ、なぜかドアノブがついている。
(どうして、こんなところにドアノブが?)
ドアノブがついている側板など、生まれて初めて見た。これを引いたらドアのように開くのだろうか。いやまさか開きはしないはず。側板は書架を支える一枚の板であって、ドアではないのだ。開いたら物理的におかしい。板が外れ、書架がバラバラに壊れてしまう。異空間にでも繋がっているなら話は別だけれど。
十羽の中に好奇心が生まれた。普通に考えれば、ドアノブはくっついているだけで引いても開かない。でももし、開いたら……。
そっと手を伸ばし、ひやりと冷たいドアノブを握った。軽く回して手前に引いてみる。
キィッ──。
蚊の鳴くような細い音がして、側板がドアのように動いた。
(うそ、開いた……!?)
鼓動が高まる。開いてしまった。中には一体何がある?
ドキドキしつつ覗き込むと、中は暗闇だった。本当に、どこかの異空間にでも繋がっていそうな深い闇だ。さらにドキドキが高まる。
そのとき、闇の奥から台風のような強風が吹き出してきた。
「えっ!?」
強風は十羽の背後へ回り、呆気にとられている十羽の背中をドンと押した。細い体がよろめき、そのまま側板の中に落っこちる。
「えっ!? えぇっ!? わあぁぁっ!」
ジェットコースターのように、体が斜めに滑り落ちていく。すると突如として前方に直径一メートルほどの丸い光りの輪が現れ、十羽の体は光りに向かって一直線に吸い込まれた。
そして輪に入った瞬間、周囲が急に明るくなった。どこかで嗅いだことのある匂いが鼻孔をくすぐる。すがすがしい五月の新緑のような──。
直後、勢いよく外界に放り出され、ドスンと尻餅をついた。体に痛みと衝撃が走る。
「うぐっ!」
でも体の痛みより、どこへ落ちたのかわからない状況のほうが怖い。焦って起き上がり、必死に周囲を見た。左右も、上下も。
「へ?」
てっきり異空間に落っこち、どこか見知らぬ世界に放り出されたと思った。しかし十羽がいるのは何の変哲もない、通い慣れた図書館だった。目の前には先ほどと同じ大きな書架があり、分厚い本がぎっしりと詰まっている。
(なんだ、びっくりした……)
ふうっと息をつき、外れかけていた眼鏡をかけ直した。ニット帽も深く被り直す。マスクは乱れていないのでそのままだ。痛む尻をさすり、よれたジャケットの襟を正した。
一体全体、先ほどの奇妙な体験はなんだったのだろうか。わけがわからないけれど、とにかく変なところに飛ばされなくて良かったと安堵した。しかしもう一度眼前の書架を見た十羽は「あれ?」と呟いた。
側板にドアノブがない。
「えっ、嘘、ない!?」
触れて確かめたが、あったはずのドアノブが消えている。最初からドアノブなどなかったかのように、木製の側板は真っ平らだった。
奇妙だ。
怖くなった十羽はその場を離れた。家に帰って少し休んだほうがいいのかもしれない。牛丸のことがストレスで、幻覚を見たのかも。
急ぎ足でエントランスへ向かう途中、館内の景色に違和感を覚えた。さっきまでと書架の位置が微妙に違う。最近の新作を並べているはずの書架には、知らないタイトルの本が並んでいる。全て知らない本だ。先ほどまでは知っている人気作ばかりだった。
さらに注意深く周囲を見ると、受付カウンターの上に置かれた日めくりカレンダーが目に入った。そこで十羽はカレンダーを二度見した。
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