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4章 生意気な中学生

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「うわっ!」
 十羽とわはアスファルトの地面に放り出された。今回は受け身を取ったので痛みは少ない。すぐに起き上がり周囲を見る。

 夜の住宅地だ。目の前には見覚えのある洋風の一軒家があった。モダンな二階建てのこの家は……。

(蓮也君の家だ! またタイムスリップできた!)
 前回と同じ32年前だろうか。
(蓮也君、いるかな。会ってもいいのかな)

 インターホンを押すべきか戸惑っていると、
「誰だ!」
 背後から男の声がして、十羽は驚きのあまり飛び上がりそうになった。
「す、すみません! 決して怪しい者じゃないんです!」

 不審者だと思われないよう帽子とマスクを外して振り返ると、学生服の白いシャツと黒いズボンを身につけた、中学生っぽい男が十羽を睨みつけていた。十羽と同じくらいの背丈があり、目許がかなり凜々しい。

 男は十羽の顔を見るなり、驚愕きょうがくして目を見張った。
「マ、マジかよ! 十羽さん!? マジで十羽さん!?」
「だ、誰!?」
 十羽も驚いて後退ると、男が一歩近づいてきた。

「誰って……あんた、あのときの十羽さんだろ? 5年前、図書館で会ったよな? 俺の家に泊まったよな? オムライス作ってくれて……。それで、俺の目の前で消えたんだ! またタイムスリップしてきたのか!?」
「5年前!?」
「そうだよ、俺は伊桜いざくら蓮也れんやだ。覚えてないのか?」
 言われてみると、なるほど、男には十羽が知っている蓮也の面影がしっかりとあった。

 艶のある黒髪、少し釣り目の意志の強そうな黒い瞳、高い鼻梁びりょう。キリリとかっこいい、整った面立ち。でも背が高くなっているし、大人の男に近づきつつある体格に変化しているし、何より声がすっかり低音になっていた。
 あのかわいかった蓮也君が……! と驚きを隠せない。

「思い出したか?」
「忘れるわけないよ! 僕はきのうの朝まで小学生の蓮也君と一緒にいたんだから」
 蓮也がさらに驚愕する。
「きのう!? 俺の前で十羽さんが消えてから、5年も経ってるんだぞ!?」
「ちょっと待って、今は西暦何年?」
「1994年、5月24日だ」

 ということは、27年前にタイムスリップしたことになる。
「俺は15歳、中三になったよ。十羽さんは?」
「22歳のままだよ。2021年から来たんだ」
「じゃあ十羽さんは、俺が5年前に会ったときから年を取ってないのか!」

 十羽にとっては一日しか経過していないのだから、年齢は変わりようがない。うなずくと、蓮也がしばし唖然とした。
「5年前は、無事に未来へ帰れたのか?」
「うん。あのときはちゃんとお礼を言えなかったね。ものすごくお世話になったのに」
「そんなの別にいいよ。ただ、ずっと心配してた。良かった、無事だったんだ!」
 小学生の頃から変わらない優しい言葉に、十羽の目頭が思わず熱くなった。

「心配してくれて、ありがと……」
「だから別にいいって! それよりいつタイムスリップして来たんだ?」
「たった今」
「そうか。とにかく、今日も俺の家に泊まれよ。行く当てないだろ。あ、でも……」

 蓮也が自宅を見遣り「今日は父さんがいるんだった。言い訳、考えないと」と呟いた。
「そ、それなら僕は他のところに行くよ。一人でなんとかできると思うし」
 本当はなんともできないがきびすを返す。即座に腕を掴まれた。

「だめだよ! こんな時間にどこへ行くって言うんだ! 父さんに未来人だって言っても信じないと思うけど、何か手はあるはずだ。ちょっと待ってくれ。俺がなんとかする」
 蓮也は怖いほど真面目な顔で少し思案した後「よし、すぐに戻る! 絶対に待ってろよ!」と言って走り出した。

 5分後、同い年ほどの男を伴った蓮也が走って家の前に戻ってきた。
「十羽さん、お待たせ! 友達を連れてきた!」

 派手な黄色いTシャツを着た細身の男が右手で敬礼ポーズを作り、嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねている。髪は天然パーマ、目が細く、常に笑っているような顔だ。
「こんばんは~! 僕、蓮ちんの近所に住んでるクラスメイトの大谷おおたに悠介ゆうすけでーす! 僕に全部おまかせくださーい!」
 やけにハイテンションな中学生である。

「こ、こんばんは」
 呆気あっけにとられる十羽の顔を悠介が覗き込み「わーお!」と感嘆した。
「すっごい美人! 蓮ちん、ずりいー! こんな美人とどこで出会ったんだよぉ!」
「だから、図書館で会ったって言っただろ。とにかく打ち合わせ通りに頼むぞ」
「おまかせあれー! レッツゴー!」

 悠介は意気揚々と蓮也の家のドアを開け「おじさーん、こんばんはー!」と声を上げた。
 蓮也が十羽の耳元でこそっと「あんなやつだけど、うまくいくはずだから、俺達の話に合わせてくれ」と言う。
 十羽はわけがわからないながらも頷いた。
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