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第三章:ずっと、大好き
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彼の膝の上に頭をのせたマリーシアが何事かを呟いたような気がして、ギーベルグラントは彼女の口元に耳を寄せる。
「…………い……ね……」
寝言は不明瞭で、殆ど聞き取れない。
彼は小さく息を吐き、微かな風に揺らされて柔らかな頬をくすぐっている蜂蜜色の髪を耳にかけてやった。重いかもしれないな、とは思いつつ、何となく手離し難くてそのまま、彼女の丸い頭にのせたままにする。
日は傾きかけており、いつもなら、そろそろマリーシアの目が覚める頃合だった。
少し前までは、日が出ている間、起きている時間の方が眠ってしまう時間よりも長かった。だが、今ではそれが逆転しつつある。
今日も、朝食後に中庭に出たマリーシアは、ペルチ――以前に彼女がお土産として持ち帰った実の種から育ったものだ――の木の下で、ワイバーンと牡鹿に挟まれて眠り込んでいた。
元々、最初で最後の一人での遠出で手に入れたものだったせいか、彼女はこの木に思い入れがあるようだ。以前からよくここで過ごしてはいたが、特に最近はその時間が増えている。
マリーシアはペルチの木を撫でながらワイバーンたちに何かを話しかけていたのだが、ギーベルグラントがほんの少し目を放したすきに彼女はその幹の根元に丸まり、ぐっすりと眠り込んでいた。
彼女の頭を持ち上げて彼の膝の上にのせてやっても、こめかみにそっと口付けを落としても、その寝息はほんの少しも乱れることがない。
それほど、深い眠りだ。
ギーベルグラントは、そうやって眠るマリーシアの傍でひたすら時間を潰し、彼女が目覚めるわずかな時間を待ちわびるようになっていた。時々、不意に彼女の気配が掻き消える事があるため、恐ろしくて片時も離れることができないのだ。
――いったい、マリーシアに何が起きているのだろう。
ギーベルグラントは片っ端から本を読み漁って、ヒトの身体にこんなことが起こり得るのか調べてみたが、該当する事例は全く見つからない。
この事態に、打つ手が全く思い浮かばないのが腹立たしい。
以前に現われた、マリーシアの姿をした不思議な影。
今のマリーシアの状態に、アレが何か関係あるに違いなかったが、姿を見せたのはあの時だけだ。
――あるいは、ただの幻だったのか。
と、微かに睫毛が震え、ゆっくりと上げられた。空色の瞳は寝起きで焦点が合っていなかったが、ギーベルグラントに辿り着くと、ホニャと笑みが浮かぶ。
「ギイ」
「起きましたか」
「んー、うん」
マリーシアは目を擦りながら、ギーベルグラントの膝枕から身体を起こした。その途端、気温は高いというのに彼女の温もりの名残があっという間に失われていく。
思わず彼女の肩を抑えそうになったギーベルグラントは、それをごまかすように、咄嗟に思いついたことを口にする。
「何か寝言が聞こえましたが、夢でも見ていたのですか?」
その問いに、マリーシアは思い出すように視線を上げ、「ああ」という顔をすると頷いた。
「見てた気がする」
「どんな夢だったのですか?」
殆どの場合、マリーシアはギーベルグラントが訊いた事に答えてくれる。だが、今回は、やんわりと笑みを浮かべて首を振った。
「これはナイショ。もしかしたら、後で教えるかもしれないけど、今はダメ」
――大人びた笑みだった。
今まで見せたことのないマリーシアの表情に、ギーベルグラントの胸が騒ぐ。
己の心の動きに戸惑いを覚える彼に、立ち上がったマリーシアが身を屈めた。
かすめるように、ギーベルグラントの頬に柔らかな温もりが触れて、離れる。マリーシアからこんなふうに触れてくることは、滅多にない。
「お家に入ろっか」
マリーシアは微笑みながら、彼に向かって両手を差し伸べる。
その白く小さな手。
これを失わないためならば、自分は何でもするだろう。
促されるままに立ち上がり、ギーベルグラントはマリーシアと共に歩き出した。
「…………い……ね……」
寝言は不明瞭で、殆ど聞き取れない。
彼は小さく息を吐き、微かな風に揺らされて柔らかな頬をくすぐっている蜂蜜色の髪を耳にかけてやった。重いかもしれないな、とは思いつつ、何となく手離し難くてそのまま、彼女の丸い頭にのせたままにする。
日は傾きかけており、いつもなら、そろそろマリーシアの目が覚める頃合だった。
少し前までは、日が出ている間、起きている時間の方が眠ってしまう時間よりも長かった。だが、今ではそれが逆転しつつある。
今日も、朝食後に中庭に出たマリーシアは、ペルチ――以前に彼女がお土産として持ち帰った実の種から育ったものだ――の木の下で、ワイバーンと牡鹿に挟まれて眠り込んでいた。
元々、最初で最後の一人での遠出で手に入れたものだったせいか、彼女はこの木に思い入れがあるようだ。以前からよくここで過ごしてはいたが、特に最近はその時間が増えている。
マリーシアはペルチの木を撫でながらワイバーンたちに何かを話しかけていたのだが、ギーベルグラントがほんの少し目を放したすきに彼女はその幹の根元に丸まり、ぐっすりと眠り込んでいた。
彼女の頭を持ち上げて彼の膝の上にのせてやっても、こめかみにそっと口付けを落としても、その寝息はほんの少しも乱れることがない。
それほど、深い眠りだ。
ギーベルグラントは、そうやって眠るマリーシアの傍でひたすら時間を潰し、彼女が目覚めるわずかな時間を待ちわびるようになっていた。時々、不意に彼女の気配が掻き消える事があるため、恐ろしくて片時も離れることができないのだ。
――いったい、マリーシアに何が起きているのだろう。
ギーベルグラントは片っ端から本を読み漁って、ヒトの身体にこんなことが起こり得るのか調べてみたが、該当する事例は全く見つからない。
この事態に、打つ手が全く思い浮かばないのが腹立たしい。
以前に現われた、マリーシアの姿をした不思議な影。
今のマリーシアの状態に、アレが何か関係あるに違いなかったが、姿を見せたのはあの時だけだ。
――あるいは、ただの幻だったのか。
と、微かに睫毛が震え、ゆっくりと上げられた。空色の瞳は寝起きで焦点が合っていなかったが、ギーベルグラントに辿り着くと、ホニャと笑みが浮かぶ。
「ギイ」
「起きましたか」
「んー、うん」
マリーシアは目を擦りながら、ギーベルグラントの膝枕から身体を起こした。その途端、気温は高いというのに彼女の温もりの名残があっという間に失われていく。
思わず彼女の肩を抑えそうになったギーベルグラントは、それをごまかすように、咄嗟に思いついたことを口にする。
「何か寝言が聞こえましたが、夢でも見ていたのですか?」
その問いに、マリーシアは思い出すように視線を上げ、「ああ」という顔をすると頷いた。
「見てた気がする」
「どんな夢だったのですか?」
殆どの場合、マリーシアはギーベルグラントが訊いた事に答えてくれる。だが、今回は、やんわりと笑みを浮かべて首を振った。
「これはナイショ。もしかしたら、後で教えるかもしれないけど、今はダメ」
――大人びた笑みだった。
今まで見せたことのないマリーシアの表情に、ギーベルグラントの胸が騒ぐ。
己の心の動きに戸惑いを覚える彼に、立ち上がったマリーシアが身を屈めた。
かすめるように、ギーベルグラントの頬に柔らかな温もりが触れて、離れる。マリーシアからこんなふうに触れてくることは、滅多にない。
「お家に入ろっか」
マリーシアは微笑みながら、彼に向かって両手を差し伸べる。
その白く小さな手。
これを失わないためならば、自分は何でもするだろう。
促されるままに立ち上がり、ギーベルグラントはマリーシアと共に歩き出した。
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