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11月の福音
11月-1
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私立聖恵女子学院。
それはカトリック女子修道会『聖恵会』を母体とする、およそ百五十年の歴史を持つ筋金入りのお嬢様学校である。
付属の幼稚園から始まり大学までの十八年間完璧な女子校で、基本的に教師も女性、唯一の男性職員は禁欲の誓いを立てている神父のみという徹底ぶりだ。
殆どの生徒が幼稚園からの持ち上がりとなっているが、その入学資格は学科試験の点数で決まるのではなく、いかに学校理念に沿えるか――付いていけるか、にかかっている。
その学校理念とは『良妻賢母の育成』であり、いわゆる『勉学』は二の次で、人間を豊かにする教養とやらを身に付けさせられるのだ。
――結果でき上がるのが、静香のように、微積分はさっぱり解こうとしないが、八か国語を流暢に操り、古今東西の美術、芸術については下手な専門家よりもうんちくできるような知識を披露することができるという、凄いのか偏っているだけなのかよく判らないお嬢様だ。
その聖恵女子学院に、綾小路の娘は皆通ってきた。現綾小路家令嬢の静香ももうじき卒業を迎えるし、彼女の母の雅も、そのまた母も物心ついてから成人するまでをこの学び舎で過ごしてきたのだ。
私立の学園ともなれば、授業料はどうするのかという疑問は湧くだろう。没落華族だった綾小路家にその金が払えたのか、という疑問が。
確かに、元が婿入りするまで、綾小路家は困窮していた。
だが、金の有る無しは家格には影響しないらしく、綾小路家が落ちぶれ潰れそうになっている時でも、学院の方から入学案内が届いていたのだとか。
元々、聖恵女子学院の入学料、授業料は殆どないようなもので、代わりに卒業生からの寄付は莫大な金額に上る。学院生活に必要な諸々の費用を払っても充分お釣りがくるほどに。
現在の綾小路もかなりの額を入れている筈で、おそらく、三代分をまかなう程度にはなっているだろう。今でも、殆ど入金していない生徒もいるし、法外な寄付金を入れている生徒もいる。
だが、金を払っていようがいまいが、学校側の対応も周囲の生徒の眼差しも変わらない。格調高い人々にとって、そんなことは些末なものなのだろう。
そんなふうに、由緒正しい割に、貧乏人と金持ちが混在した不可思議な学園だった。
この一種の別空間ともいえる聖恵女子学院の駐車場に、恭介は立っていた。
時は昼下がり。
駐車場に入る時にも門はあるが、駐車場と校舎の間にも、また関門がある。
預かる子女が選りすぐりのお嬢様ばかりなだけに、セキュリティも半端ではない。校舎に立ち入ることができる者は、ごくごく限られているのだ。
様々な年代が勢揃いする名門お嬢様学校ということに不埒な考えを起こした輩が侵入しようとしても、まず無理だろう。そして、普段静香から片時も離れない恭介と言えども、この学院内だけは別だった。
グルリと見渡せば、百台ほどが駐車できる広さの敷地はほぼ埋まっている。
いつもはそれぞれの家のお嬢様方を降ろしたらひとまず皆帰っていくので、駐車場がこれほど混み合うことはない。
今日は特別な日――年に一度の聖恵祭の日だった。
聖恵祭はいわゆる文化祭なわけだが、男子禁制の華の園に、この日だけは外部の者が足を踏み入れることができるのだ。もっとも、誰でも自由に、というわけではなく、家族や友人など、生徒が『招待』した者に限られるのだが。
恭介は胸ポケットを探り、小さなカードを取り出す。
繊細な美しい文字でそこに書かれているのは、彼の名前と誘いの言葉。それは、静香の手によるものだ。
十四時ちょうど。
ガチンとロックの外れる音が響き、校舎へと続く観音開きの門がゆっくりと開かれた。
それはカトリック女子修道会『聖恵会』を母体とする、およそ百五十年の歴史を持つ筋金入りのお嬢様学校である。
付属の幼稚園から始まり大学までの十八年間完璧な女子校で、基本的に教師も女性、唯一の男性職員は禁欲の誓いを立てている神父のみという徹底ぶりだ。
殆どの生徒が幼稚園からの持ち上がりとなっているが、その入学資格は学科試験の点数で決まるのではなく、いかに学校理念に沿えるか――付いていけるか、にかかっている。
その学校理念とは『良妻賢母の育成』であり、いわゆる『勉学』は二の次で、人間を豊かにする教養とやらを身に付けさせられるのだ。
――結果でき上がるのが、静香のように、微積分はさっぱり解こうとしないが、八か国語を流暢に操り、古今東西の美術、芸術については下手な専門家よりもうんちくできるような知識を披露することができるという、凄いのか偏っているだけなのかよく判らないお嬢様だ。
その聖恵女子学院に、綾小路の娘は皆通ってきた。現綾小路家令嬢の静香ももうじき卒業を迎えるし、彼女の母の雅も、そのまた母も物心ついてから成人するまでをこの学び舎で過ごしてきたのだ。
私立の学園ともなれば、授業料はどうするのかという疑問は湧くだろう。没落華族だった綾小路家にその金が払えたのか、という疑問が。
確かに、元が婿入りするまで、綾小路家は困窮していた。
だが、金の有る無しは家格には影響しないらしく、綾小路家が落ちぶれ潰れそうになっている時でも、学院の方から入学案内が届いていたのだとか。
元々、聖恵女子学院の入学料、授業料は殆どないようなもので、代わりに卒業生からの寄付は莫大な金額に上る。学院生活に必要な諸々の費用を払っても充分お釣りがくるほどに。
現在の綾小路もかなりの額を入れている筈で、おそらく、三代分をまかなう程度にはなっているだろう。今でも、殆ど入金していない生徒もいるし、法外な寄付金を入れている生徒もいる。
だが、金を払っていようがいまいが、学校側の対応も周囲の生徒の眼差しも変わらない。格調高い人々にとって、そんなことは些末なものなのだろう。
そんなふうに、由緒正しい割に、貧乏人と金持ちが混在した不可思議な学園だった。
この一種の別空間ともいえる聖恵女子学院の駐車場に、恭介は立っていた。
時は昼下がり。
駐車場に入る時にも門はあるが、駐車場と校舎の間にも、また関門がある。
預かる子女が選りすぐりのお嬢様ばかりなだけに、セキュリティも半端ではない。校舎に立ち入ることができる者は、ごくごく限られているのだ。
様々な年代が勢揃いする名門お嬢様学校ということに不埒な考えを起こした輩が侵入しようとしても、まず無理だろう。そして、普段静香から片時も離れない恭介と言えども、この学院内だけは別だった。
グルリと見渡せば、百台ほどが駐車できる広さの敷地はほぼ埋まっている。
いつもはそれぞれの家のお嬢様方を降ろしたらひとまず皆帰っていくので、駐車場がこれほど混み合うことはない。
今日は特別な日――年に一度の聖恵祭の日だった。
聖恵祭はいわゆる文化祭なわけだが、男子禁制の華の園に、この日だけは外部の者が足を踏み入れることができるのだ。もっとも、誰でも自由に、というわけではなく、家族や友人など、生徒が『招待』した者に限られるのだが。
恭介は胸ポケットを探り、小さなカードを取り出す。
繊細な美しい文字でそこに書かれているのは、彼の名前と誘いの言葉。それは、静香の手によるものだ。
十四時ちょうど。
ガチンとロックの外れる音が響き、校舎へと続く観音開きの門がゆっくりと開かれた。
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