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再会◇サイドA
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食堂のお掃除をしている時でした。
「やあエイミー、久しぶり」
そんな明るい声に振り向けば、目に入ってきたのは二ヶ月ぶりになるアシュレイさんのお姿です。お会いするのはわたしをここへ連れてきてくださった時以来でしょうか。
「ご無沙汰しています」
腰をかがめて挨拶をすると、アシュレイさんからは柔らかな微笑みが返ってきました。
「ここでの生活はどう? アメリアからはだいぶ慣れたみたいだって聞いてるけど」
「はい、お陰さまで」
「そっかぁ。で、慣れたところで申し訳ないんだけど、移動するよ」
「……え?」
――移動……?
突然のお話に目を丸くしているわたしをよそに、ちょうどお部屋に入ってこられたアメリアさんに向けてアシュレイさんが片手を挙げられました。
「やあ、アメリア。申し訳ないんだけど、代わりの子はちょっと遅れることになったよ。ああ、でも、明日には来るから」
代わり?
代わり、というのは、わたしの代わり、ですか?
「エイミーと同じくらい働ける人なら助かりますけれどね」
近づいてきたアメリアさんは、不満そうですが驚いてはいらっしゃいません。ということは、アシュレイさんがわたしを連れに来られることをご存知だったということでしょうか。
わたしには、何も知らされていませんでしたが?
少々ムッとするわたしを他所に、アシュレイさんはアメリアさんに自信満々にうなずいていらっしゃいます。
「大丈夫、選りすぐったからね。即戦力間違いなし」
そしてまた、わたしに目を向けられました。
「ああ、ここから何か持っていきたい物はある? あるならまとめておいで。服とかなら置いていったらいいよ。身の回りの物は基本的には移動先で用意してるから」
「あの……?」
「ほらほら、早く」
「えっと……?」
「ないなら行くよ。あんまりのんびりはしてられないからね」
「エイミー、二ヶ月ですがとても助かりました。何かあったらまた戻ってらっしゃい」
「え、あ、はい……」
――そんなふうに追い立てられて。
我に返った時にはほとんど身一つでアシュレイさんのお家の馬車に乗せられて、行き先も教えられないままその揺れに身を任せていました。
「……これからどちらへ?」
そんなふうに尋ねる余裕ができたのは、結構経ってからだと思います。
前触れもなくわたしを急き立てたことなどなかったかのように、馬車の座席の上で寛ぎきったアシュレイさんは飄々とお答えになりました。
「ああ、ボクのお得意さんのところだよ。エイミーも知ってる人なんだけど」
「わたしも、ですか……?」
眉根を寄せて考えましたが、わたしとアシュレイさんの共通の知人なんて旦那さまくらいしか出てきません。
まさか、お屋敷に向かっているわけではありませんよね?
まだ旦那さまと顔を合わせる心構えはできていません。
最近のアシュレイさんからのお手紙にあった旦那さまのご様子は、ずいぶんと、以前の、戦場に赴かれる前のあの方に戻られているようでしたが……
不安そうにチラリと横目で見ると、アシュレイさんは安心させるように、膝に置いたわたしの手をポンポンと軽く叩かれました。
「大丈夫、伯爵じゃないから。でも良い方だよ。きっと君の力になってくれる」
笑顔でそう断言されますが、それ以上教えてくださるつもりはないようです。
いったい、どのような方なのでしょうか。
お屋敷に出入りしていた商人の方はアシュレイさん以外にもいらっしゃいますから、そのうちのどなたかでしょうか。
幾人かは頭に浮かんできますが、身を寄せられそうなほど親しくさせていただいた方は思い当たりません。
疑問で頭の中がいっぱいのわたしをのせた馬車は街中をひた走り、やがて一軒のお屋敷へと辿り着きました。
わたしもご存知の方とのことですが、王城を除いてわたしがどなたかのお住まいをお訪ねしたことはありませんから、当然そのお屋敷にも見覚えはありません。
「よし、降りようか。もうひと月も前から君が来るのを首を長くして待っていらっしゃるんだよ」
完全に馬の脚が止まるのを待ってアシュレイさんはさっとドアをお開けになりましたが、その後に続いて馬車から出るのは、少しためらってしまいます。
「どうかした、エイミー?」
首をかしげて手を差し出され、これ以上座席に留まっているわけに参りません。
意を決して馬車から降りると、目の前のお屋敷はそれほど大きくはないことに気付きました。けれど造りは瀟洒で、貴族の方のお住まいであることは間違いがないでしょう。
「よし、行こう」
背中に大きな手をあてがわれて、それほど大きくはない玄関の扉をくぐります。
ホールに足を踏み入れて二歩ほど進んだ時。
「ああ、エイミー! 逢いたかったわ!」
――突進してきた柔らかな身体に力いっぱい抱き締められました。
かろうじて視界に入る波打つ綺麗な金色のお髪《ぐし》と、このお声。
その持ち主は――
「セレスティア、さま……?」
お名前を口にするとセレスティアさまはパッと身体を離して、代わりにわたしの両の頬にキスをくださいました。
「ああ、このふわふわのほっぺ。あの方のようにやつれていたらどうしようかと思いましたわ」
そうしてまた潰さんばかりにわたしを抱き締めてこられます。
たおやかな腕からは思いもよらないほどの力で。
ちょっと、いえ、だいぶ、苦しいです。
「セレスティア様、そろそろ放して差し上げないと窒息してしまいますよ?」
「あら?」
苦笑混じりのアシュレイさんのお声に助けられ、解放された時には思わず深呼吸をしてしまいました。
人心地がつけば、気になるのは先程のセレスティアさまのお言葉です。
「あの、セレスティアさま?」
「何ですの?」
同性のわたしでも見惚れてしまいそうな艶やかな笑顔。
「あの方、とは、旦那さまのことでしょうか?」
「え? ああ、ええ、そうでしてよ」
それが何か? と言わんばかりにセレスティアさまは首をかしげられました。
「旦那さまはそんなにおやつれになってしまわれたのですか?」
わたしが心配をおかけしたせいで?
アシュレイさんからのお手紙で、旦那さまのご様子はある程度知っていましたが、最近では落ち着いた様子でいらしたので安心していました。
でも、そうではなかったのですね。
みぞおちの辺りがしくしくと痛んで、拳に握った両手をそこにきつく押し当てました。
――やっぱり、一度くらいはお手紙を出すべきだったのです。
元気で過ごしているから心配しないで欲しいと、ちゃんとお伝えするべきでした。
連絡をしないでいればあっさり忘れていただけるだなんて、あのお優しい旦那さまでは有り得ないだろうことは少し考えていればすぐに思い至ったはずなのに。
のしかかる自責の念で知らずのうちにうつむいていたわたしの頬に、そっと温かな指先が添えられました。顔を上げると、まるで宝石のような緑色の瞳がわたしを覗き込んできます。
澄んだその眼差しに、わたしは心の奥底まで射抜かれそうで思わず息を詰めてしまいました。
「わたくしが最後にお会いした時には、そうね、ずいぶんお痩せになっていらしたわ」
セレスティアさまはわたしの目を見つめたまま、ゆっくりとそうおっしゃりました。
わたしがお屋敷にいた頃は、セレスティアさまは週に一度はお見えになっていました。
ですから、セレスティアさまがおっしゃる『最後に』というのも、十日と経っていないことのはずです。
思わずアシュレイさんを振り返ると、彼は笑って肩をすくめて返してこられただけでした。
それは、黙っていてごめん、とも、うっかりしていたよ、とも受け取れる仕草で。
いずれにせよ、最近直接ご覧になったセレスティアさまのお言葉が、一番今の旦那さまを正しく表していらっしゃるはず。
お痩せになった、旦那さま。
生来健康だったあの方のそんなお姿なんて、想像すらできません。
お食事もおろそかになるほど、捜させてしまったのでしょうか。
それとも、わたしの無事を案じるあまり、食がお進みにならないのでしょうか。
二ヶ月間も何の連絡も取らないなんて、不義理が過ぎました。
旦那さまは庇護下にある者への配慮は決して怠らない方です。
そんな方ですから、わたしのように世間を知らない娘が姿を消して音沙汰がないなど、心配でたまらなかったことでしょう。
わたしがお傍を離れたのは、おつらい思いをさせる為ではなかったのに。
今すぐ、帰りたい。
帰って、旦那さまのお世話をしたい。
わたしの些細な悩みや考えなど脇に置いて、旦那さまがそれで良いとおっしゃるのなら、そうしたいとおっしゃるのなら、お望みを全部受け入れてしまうべきなのでしょう。
そんな思いで頭の中がいっぱいになって、他には何も考えられません。
と、まるでわたしの心の中のその声が聞こえたかのように、セレスティアさまが問いかけてこられました。
「帰りたいの、エイミー?」
パッと、そのお声に弾かれたように顔を上げたわたしに、セレスティアさまはずいぶんと楽しそうな笑みを向けてこられます。
「帰りたい?」
もう一度尋ねられて思わずうなずきかけましたが、それよりも先にまた鈴を打ち振るうようなお声が。
「でも、まだ駄目よ」
一瞬そのお言葉が耳から滑り落ちて、わたしはポカンとそのお美しい緑柱石のような目を見つめてしまいました。
そんなわたしに、セレスティアさまはこの上なく楽しそうに弾むお声で、また繰り返されました。
「まだ駄目よ。まだ準備が整っておりませんもの」
「準備……?」
ですが、わたしはもう旦那さまが望まれるならどんな形でも構わない、と……
眉をひそめたわたしに返された、微笑み。
それは、何だか、全てを見通す女神さまのような微笑みで。
「そう、色々とね。まだ早いわ。さあ、いらっしゃい。貴女のお部屋をご覧になって?」
戸惑うわたしの腕を取って、セレスティアさまは踊る足取りでホールを歩き出してしまわれました。
「じゃあ、楽しんで、エイミー」
そんなアシュレイさんのお言葉が背中を追いかけてきましたが、わたしは肩越しに振り返るのがやっとでした。
「やあエイミー、久しぶり」
そんな明るい声に振り向けば、目に入ってきたのは二ヶ月ぶりになるアシュレイさんのお姿です。お会いするのはわたしをここへ連れてきてくださった時以来でしょうか。
「ご無沙汰しています」
腰をかがめて挨拶をすると、アシュレイさんからは柔らかな微笑みが返ってきました。
「ここでの生活はどう? アメリアからはだいぶ慣れたみたいだって聞いてるけど」
「はい、お陰さまで」
「そっかぁ。で、慣れたところで申し訳ないんだけど、移動するよ」
「……え?」
――移動……?
突然のお話に目を丸くしているわたしをよそに、ちょうどお部屋に入ってこられたアメリアさんに向けてアシュレイさんが片手を挙げられました。
「やあ、アメリア。申し訳ないんだけど、代わりの子はちょっと遅れることになったよ。ああ、でも、明日には来るから」
代わり?
代わり、というのは、わたしの代わり、ですか?
「エイミーと同じくらい働ける人なら助かりますけれどね」
近づいてきたアメリアさんは、不満そうですが驚いてはいらっしゃいません。ということは、アシュレイさんがわたしを連れに来られることをご存知だったということでしょうか。
わたしには、何も知らされていませんでしたが?
少々ムッとするわたしを他所に、アシュレイさんはアメリアさんに自信満々にうなずいていらっしゃいます。
「大丈夫、選りすぐったからね。即戦力間違いなし」
そしてまた、わたしに目を向けられました。
「ああ、ここから何か持っていきたい物はある? あるならまとめておいで。服とかなら置いていったらいいよ。身の回りの物は基本的には移動先で用意してるから」
「あの……?」
「ほらほら、早く」
「えっと……?」
「ないなら行くよ。あんまりのんびりはしてられないからね」
「エイミー、二ヶ月ですがとても助かりました。何かあったらまた戻ってらっしゃい」
「え、あ、はい……」
――そんなふうに追い立てられて。
我に返った時にはほとんど身一つでアシュレイさんのお家の馬車に乗せられて、行き先も教えられないままその揺れに身を任せていました。
「……これからどちらへ?」
そんなふうに尋ねる余裕ができたのは、結構経ってからだと思います。
前触れもなくわたしを急き立てたことなどなかったかのように、馬車の座席の上で寛ぎきったアシュレイさんは飄々とお答えになりました。
「ああ、ボクのお得意さんのところだよ。エイミーも知ってる人なんだけど」
「わたしも、ですか……?」
眉根を寄せて考えましたが、わたしとアシュレイさんの共通の知人なんて旦那さまくらいしか出てきません。
まさか、お屋敷に向かっているわけではありませんよね?
まだ旦那さまと顔を合わせる心構えはできていません。
最近のアシュレイさんからのお手紙にあった旦那さまのご様子は、ずいぶんと、以前の、戦場に赴かれる前のあの方に戻られているようでしたが……
不安そうにチラリと横目で見ると、アシュレイさんは安心させるように、膝に置いたわたしの手をポンポンと軽く叩かれました。
「大丈夫、伯爵じゃないから。でも良い方だよ。きっと君の力になってくれる」
笑顔でそう断言されますが、それ以上教えてくださるつもりはないようです。
いったい、どのような方なのでしょうか。
お屋敷に出入りしていた商人の方はアシュレイさん以外にもいらっしゃいますから、そのうちのどなたかでしょうか。
幾人かは頭に浮かんできますが、身を寄せられそうなほど親しくさせていただいた方は思い当たりません。
疑問で頭の中がいっぱいのわたしをのせた馬車は街中をひた走り、やがて一軒のお屋敷へと辿り着きました。
わたしもご存知の方とのことですが、王城を除いてわたしがどなたかのお住まいをお訪ねしたことはありませんから、当然そのお屋敷にも見覚えはありません。
「よし、降りようか。もうひと月も前から君が来るのを首を長くして待っていらっしゃるんだよ」
完全に馬の脚が止まるのを待ってアシュレイさんはさっとドアをお開けになりましたが、その後に続いて馬車から出るのは、少しためらってしまいます。
「どうかした、エイミー?」
首をかしげて手を差し出され、これ以上座席に留まっているわけに参りません。
意を決して馬車から降りると、目の前のお屋敷はそれほど大きくはないことに気付きました。けれど造りは瀟洒で、貴族の方のお住まいであることは間違いがないでしょう。
「よし、行こう」
背中に大きな手をあてがわれて、それほど大きくはない玄関の扉をくぐります。
ホールに足を踏み入れて二歩ほど進んだ時。
「ああ、エイミー! 逢いたかったわ!」
――突進してきた柔らかな身体に力いっぱい抱き締められました。
かろうじて視界に入る波打つ綺麗な金色のお髪《ぐし》と、このお声。
その持ち主は――
「セレスティア、さま……?」
お名前を口にするとセレスティアさまはパッと身体を離して、代わりにわたしの両の頬にキスをくださいました。
「ああ、このふわふわのほっぺ。あの方のようにやつれていたらどうしようかと思いましたわ」
そうしてまた潰さんばかりにわたしを抱き締めてこられます。
たおやかな腕からは思いもよらないほどの力で。
ちょっと、いえ、だいぶ、苦しいです。
「セレスティア様、そろそろ放して差し上げないと窒息してしまいますよ?」
「あら?」
苦笑混じりのアシュレイさんのお声に助けられ、解放された時には思わず深呼吸をしてしまいました。
人心地がつけば、気になるのは先程のセレスティアさまのお言葉です。
「あの、セレスティアさま?」
「何ですの?」
同性のわたしでも見惚れてしまいそうな艶やかな笑顔。
「あの方、とは、旦那さまのことでしょうか?」
「え? ああ、ええ、そうでしてよ」
それが何か? と言わんばかりにセレスティアさまは首をかしげられました。
「旦那さまはそんなにおやつれになってしまわれたのですか?」
わたしが心配をおかけしたせいで?
アシュレイさんからのお手紙で、旦那さまのご様子はある程度知っていましたが、最近では落ち着いた様子でいらしたので安心していました。
でも、そうではなかったのですね。
みぞおちの辺りがしくしくと痛んで、拳に握った両手をそこにきつく押し当てました。
――やっぱり、一度くらいはお手紙を出すべきだったのです。
元気で過ごしているから心配しないで欲しいと、ちゃんとお伝えするべきでした。
連絡をしないでいればあっさり忘れていただけるだなんて、あのお優しい旦那さまでは有り得ないだろうことは少し考えていればすぐに思い至ったはずなのに。
のしかかる自責の念で知らずのうちにうつむいていたわたしの頬に、そっと温かな指先が添えられました。顔を上げると、まるで宝石のような緑色の瞳がわたしを覗き込んできます。
澄んだその眼差しに、わたしは心の奥底まで射抜かれそうで思わず息を詰めてしまいました。
「わたくしが最後にお会いした時には、そうね、ずいぶんお痩せになっていらしたわ」
セレスティアさまはわたしの目を見つめたまま、ゆっくりとそうおっしゃりました。
わたしがお屋敷にいた頃は、セレスティアさまは週に一度はお見えになっていました。
ですから、セレスティアさまがおっしゃる『最後に』というのも、十日と経っていないことのはずです。
思わずアシュレイさんを振り返ると、彼は笑って肩をすくめて返してこられただけでした。
それは、黙っていてごめん、とも、うっかりしていたよ、とも受け取れる仕草で。
いずれにせよ、最近直接ご覧になったセレスティアさまのお言葉が、一番今の旦那さまを正しく表していらっしゃるはず。
お痩せになった、旦那さま。
生来健康だったあの方のそんなお姿なんて、想像すらできません。
お食事もおろそかになるほど、捜させてしまったのでしょうか。
それとも、わたしの無事を案じるあまり、食がお進みにならないのでしょうか。
二ヶ月間も何の連絡も取らないなんて、不義理が過ぎました。
旦那さまは庇護下にある者への配慮は決して怠らない方です。
そんな方ですから、わたしのように世間を知らない娘が姿を消して音沙汰がないなど、心配でたまらなかったことでしょう。
わたしがお傍を離れたのは、おつらい思いをさせる為ではなかったのに。
今すぐ、帰りたい。
帰って、旦那さまのお世話をしたい。
わたしの些細な悩みや考えなど脇に置いて、旦那さまがそれで良いとおっしゃるのなら、そうしたいとおっしゃるのなら、お望みを全部受け入れてしまうべきなのでしょう。
そんな思いで頭の中がいっぱいになって、他には何も考えられません。
と、まるでわたしの心の中のその声が聞こえたかのように、セレスティアさまが問いかけてこられました。
「帰りたいの、エイミー?」
パッと、そのお声に弾かれたように顔を上げたわたしに、セレスティアさまはずいぶんと楽しそうな笑みを向けてこられます。
「帰りたい?」
もう一度尋ねられて思わずうなずきかけましたが、それよりも先にまた鈴を打ち振るうようなお声が。
「でも、まだ駄目よ」
一瞬そのお言葉が耳から滑り落ちて、わたしはポカンとそのお美しい緑柱石のような目を見つめてしまいました。
そんなわたしに、セレスティアさまはこの上なく楽しそうに弾むお声で、また繰り返されました。
「まだ駄目よ。まだ準備が整っておりませんもの」
「準備……?」
ですが、わたしはもう旦那さまが望まれるならどんな形でも構わない、と……
眉をひそめたわたしに返された、微笑み。
それは、何だか、全てを見通す女神さまのような微笑みで。
「そう、色々とね。まだ早いわ。さあ、いらっしゃい。貴女のお部屋をご覧になって?」
戸惑うわたしの腕を取って、セレスティアさまは踊る足取りでホールを歩き出してしまわれました。
「じゃあ、楽しんで、エイミー」
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