43 / 97
第一部『地上に舞い降りた天使は護り手など必要としない。』
天使の鞭は痛くて甘い⑥
しおりを挟む
一瞬の、浮遊感。
腕の中のアンジェリカが息を呑む。
「ブライアン、何を――」
「口を閉じて!」
戒めの言葉を口走りながら、ブライアンは反射的にもがいたアンジェリカを自分の身体の中に閉じ込めるように抱きすくめる。
宙に浮いていたのはほんのわずかな間のはずだ。
だが、背中が水面に叩き付けられ、全身が氷のような水に包み込まれるまでに、ずいぶん長い時間がかかったような気がした。
夜の水の中は暗く、無理やり動かした脚は気が遠くなるほど痛い。
(上……上は……)
ブライアンは闇雲に上下左右に頭を振った。その視界を、白銀の輝きがかすめる。
一瞬、アンジェリカを手放してしまったのかと思った。だが、彼女は確かにこの腕の中にある。
ハッと首を反らせると、揺れる水面《みなも》の向こうに丸く輝く月が見えた。
(あっちが、上か)
ホッとしたのも束の間、酸素が枯渇し限界を迎えつつある肺は焼けたレンガのようで、今、その役目を果たせないまま彼の胸の中を占拠している。
自分がこれほど苦しいのなら、アンジェリカならなおさらだろう。
(早く、外へ)
だが、脚にまとわりつくドレスを身にまとったアンジェリカは、ほとんど泳げないに違いない。
ブライアンはいったんアンジェリカを手放し、彼女の脇に右腕を回した。そうして左腕で水を掻き、両足をばたつかせて水面を目指す。
彼がまだ十歳かそこらだった頃、家族で海辺に避暑に行ったとき、当時の家庭教師から泳ぎをみっしり仕込まれたことがある。「幼い妹が溺れた時には、兄であるブライアンが助けなければならないのだから」と。
その時に身に沁み込んだものは、今も褪せていなかったらしい。
身を切るような水の冷たさが感覚を奪いつつあるせいか、命の危険が迫りつつあるせいか、それともあるいは、何としてでもアンジェリカを守らなければという思い故か、ブライアンは脚の怪我などないように力強く水を蹴る。
思ったよりも、水面は近かった。
伸ばした手が、水ではないものに包まれる。次の瞬間、跳ねるように水中から飛び出して、ブライアンは大きく喘いだ。が、自分の呼吸はそこそこに、腕の中のアンジェリカに目を走らせる。
「アンジェリカ!」
彼女は激しく咳き込んでいる。苦しそうではあるけれど、咳をしているということは意識も呼吸もあるということで、ブライアンはひとまず胸を撫で下ろす。
「アンジェリカ、ゴメン。大丈夫かい?」
「あ、なた、は……存外、無茶を、する」
切れ切れの息で、アンジェリカが言った。その口元に浮かんでいるのは苦笑だ。そして菫色の眼差しには、呆れと感心が同居している。呆れだけでないのだから、ブライアンにしてみれば上出来だ。
「他に考え付かなかったんだ」
彼女に微笑み返してから、ブライアンは辺りを見回した。
少し離れたところにそびえる岸は切り立っていて、手を伸ばしても登れそうにない。
彼らの場所からは上の様子を確認することはできないが、上はずいぶんざわついているようだ。ウォーレスたちが追いかけてきたのかと思ったが、何となく違う喧騒の気がする。第一、後ろめたいことを企んでいる悪人は、こんなふうに騒ぎ立てないのではなかろうか。
「もしかして、デッカーたちが来てくれたのかもしれないな。あるいは、コニーたちが街の人を呼んできてくれたとか」
もしもそうなら、大声を上げれば助けてもらえる。
楽観的に考えて口を開けかけたブライアンを、アンジェリカが制した。
「かもしれない。が、そうでなければ、引き上げられると同時にまたウォーレスに囚われてしまう」
冷静にそう言ったアンジェリカの歯は絶えずカチカチと鳴っていて、唇の色も急速に褪せていっている。実際、身を切るような水の冷たさに、ブライアンの手足の感覚も完全になくなっていた。逃げるのもそうだが、何より、アンジェリカの身体を温めてあげないといけない。
「とりあえず、水から出ないと」
呟いたブライアンに、彼の腕の中でアンジェリカが首を巡らせた。そうして、岸ではなく沖の方へと指先を向ける。
「桟橋の先端には梯子があるはずだ」
「桟橋の先?」
アンジェリカのセリフを繰り返して、ブライアンは岸に背を向け右と左を見遣った。
左手には、今二人が飛び降りたウォーレスの船が。
右手には、それよりも小ぶりの帆船が。
もちろん、ウォーレスたちがいる桟橋に戻るわけにはいかない。
となると、距離はあるが右手の桟橋を目指すことになる。
(桟橋の、先)
月明かりの中で目をすがめても、大きな船の陰になっていて、それを視認することはできない。
(まあ、行くだけ行ってみよう)
アンジェリカが言うことに間違いはないはずだ。
ブライアンは、腕の中の彼女を見下ろした。
「アンジェリカ、あなたは一人で泳げる?」
「いや、こんなふうに水に入ったことはない」
少し不満げ、いや、悔しげに言ったアンジェリカは、なんともあどけなく微笑ましい。妹のセレスティアも、ブライアンができることが自分にはできなかった時には、こんな顔をしていたものだ。
(いやいや、ほっこりしてる場合じゃないし)
つい緩んでしまった頬を引き締め、ブライアンはアンジェリカを抱え直した。
「できるだけ力を抜いて、僕に全部委ねて欲しいんだ」
「わかった」
素直にうなずくアンジェリカ。
今はほとんど自分の体温と同化しつつある彼女のほのかな温もりを身体の脇に感じながら、ブライアンは、別の状況でこんな遣り取りをしたかったとしみじみと思う。アンジェリカの肢体はとても華奢であるにもかかわらず、うっとりするほど柔らかい。
(本当に、こんな状況でなければ)
知らずのうちに彼の口から漏れたため息に、アンジェリカが小首をかしげて見つめてきた。
「ブライアン?」
「ああ、いや、何でもないよ」
まさに『そんな状況ではない』ようなことを考えてしまっていたブライアンは、我を取り戻しごまかす笑いを浮かべて、かぶりを振った。そうして、彼女の身体に回した腕に力を籠める。
「じゃあ、行こう」
そう一声かけて、ブライアンはグイと腕を伸ばした。
動き出してみると、余計に水の冷たさが身に染みる。だが、冷たいからこそ手足の感覚――脚の痛みが失せ、こうやって動かすことができているのだろう。今は、それが救いだ。
家庭教師にみっちり仕込まれたとはいえ、ブライアンは水泳の達人とはほど遠い。
魚のように、とは言えないが、どうにかこうにか波間を縫って、ブライアンたちは隣の桟橋を目指す。
停泊中の船の腹に沿ってしばらく進み、船首の前をぐるりと回ると、桟橋の脚が見えてきた。先端までは、まだ結構ある。
ひとまずすぐ下まで行って見上げた床板は岸と同じくらいの高さがあって、やっぱり梯子でもない限り登れそうにない。
(でも、アンジェリカだけなら、僕が持ち上げてあげれば何とかなるかな)
そんな考えがブライアンの頭の中をよぎったときだった。
突然、ゴッゴッゴッゴッと、すさまじい勢いで重い足音が近づいてきた。
(追っ手!?)
すぐさまそこから離れようとしたが、急な方向転換は脚に絡みついてきたアンジェリカのスカートに阻まれる。
「!」
桟橋の上からヌッと伸びてきた手からアンジェリカだけでも遠ざけようとしたが、遅かった。
彼女の細い肩が、暴力的と言ってもいいような荒っぽさで大きな手に掴まれる。
奪われまいとブライアンが腕に力を込めた時にはもう遅く。
そのまま、彼にはなすすべもなく、アンジェリカは桟橋の上へと引きずり込まれていってしまった。
腕の中のアンジェリカが息を呑む。
「ブライアン、何を――」
「口を閉じて!」
戒めの言葉を口走りながら、ブライアンは反射的にもがいたアンジェリカを自分の身体の中に閉じ込めるように抱きすくめる。
宙に浮いていたのはほんのわずかな間のはずだ。
だが、背中が水面に叩き付けられ、全身が氷のような水に包み込まれるまでに、ずいぶん長い時間がかかったような気がした。
夜の水の中は暗く、無理やり動かした脚は気が遠くなるほど痛い。
(上……上は……)
ブライアンは闇雲に上下左右に頭を振った。その視界を、白銀の輝きがかすめる。
一瞬、アンジェリカを手放してしまったのかと思った。だが、彼女は確かにこの腕の中にある。
ハッと首を反らせると、揺れる水面《みなも》の向こうに丸く輝く月が見えた。
(あっちが、上か)
ホッとしたのも束の間、酸素が枯渇し限界を迎えつつある肺は焼けたレンガのようで、今、その役目を果たせないまま彼の胸の中を占拠している。
自分がこれほど苦しいのなら、アンジェリカならなおさらだろう。
(早く、外へ)
だが、脚にまとわりつくドレスを身にまとったアンジェリカは、ほとんど泳げないに違いない。
ブライアンはいったんアンジェリカを手放し、彼女の脇に右腕を回した。そうして左腕で水を掻き、両足をばたつかせて水面を目指す。
彼がまだ十歳かそこらだった頃、家族で海辺に避暑に行ったとき、当時の家庭教師から泳ぎをみっしり仕込まれたことがある。「幼い妹が溺れた時には、兄であるブライアンが助けなければならないのだから」と。
その時に身に沁み込んだものは、今も褪せていなかったらしい。
身を切るような水の冷たさが感覚を奪いつつあるせいか、命の危険が迫りつつあるせいか、それともあるいは、何としてでもアンジェリカを守らなければという思い故か、ブライアンは脚の怪我などないように力強く水を蹴る。
思ったよりも、水面は近かった。
伸ばした手が、水ではないものに包まれる。次の瞬間、跳ねるように水中から飛び出して、ブライアンは大きく喘いだ。が、自分の呼吸はそこそこに、腕の中のアンジェリカに目を走らせる。
「アンジェリカ!」
彼女は激しく咳き込んでいる。苦しそうではあるけれど、咳をしているということは意識も呼吸もあるということで、ブライアンはひとまず胸を撫で下ろす。
「アンジェリカ、ゴメン。大丈夫かい?」
「あ、なた、は……存外、無茶を、する」
切れ切れの息で、アンジェリカが言った。その口元に浮かんでいるのは苦笑だ。そして菫色の眼差しには、呆れと感心が同居している。呆れだけでないのだから、ブライアンにしてみれば上出来だ。
「他に考え付かなかったんだ」
彼女に微笑み返してから、ブライアンは辺りを見回した。
少し離れたところにそびえる岸は切り立っていて、手を伸ばしても登れそうにない。
彼らの場所からは上の様子を確認することはできないが、上はずいぶんざわついているようだ。ウォーレスたちが追いかけてきたのかと思ったが、何となく違う喧騒の気がする。第一、後ろめたいことを企んでいる悪人は、こんなふうに騒ぎ立てないのではなかろうか。
「もしかして、デッカーたちが来てくれたのかもしれないな。あるいは、コニーたちが街の人を呼んできてくれたとか」
もしもそうなら、大声を上げれば助けてもらえる。
楽観的に考えて口を開けかけたブライアンを、アンジェリカが制した。
「かもしれない。が、そうでなければ、引き上げられると同時にまたウォーレスに囚われてしまう」
冷静にそう言ったアンジェリカの歯は絶えずカチカチと鳴っていて、唇の色も急速に褪せていっている。実際、身を切るような水の冷たさに、ブライアンの手足の感覚も完全になくなっていた。逃げるのもそうだが、何より、アンジェリカの身体を温めてあげないといけない。
「とりあえず、水から出ないと」
呟いたブライアンに、彼の腕の中でアンジェリカが首を巡らせた。そうして、岸ではなく沖の方へと指先を向ける。
「桟橋の先端には梯子があるはずだ」
「桟橋の先?」
アンジェリカのセリフを繰り返して、ブライアンは岸に背を向け右と左を見遣った。
左手には、今二人が飛び降りたウォーレスの船が。
右手には、それよりも小ぶりの帆船が。
もちろん、ウォーレスたちがいる桟橋に戻るわけにはいかない。
となると、距離はあるが右手の桟橋を目指すことになる。
(桟橋の、先)
月明かりの中で目をすがめても、大きな船の陰になっていて、それを視認することはできない。
(まあ、行くだけ行ってみよう)
アンジェリカが言うことに間違いはないはずだ。
ブライアンは、腕の中の彼女を見下ろした。
「アンジェリカ、あなたは一人で泳げる?」
「いや、こんなふうに水に入ったことはない」
少し不満げ、いや、悔しげに言ったアンジェリカは、なんともあどけなく微笑ましい。妹のセレスティアも、ブライアンができることが自分にはできなかった時には、こんな顔をしていたものだ。
(いやいや、ほっこりしてる場合じゃないし)
つい緩んでしまった頬を引き締め、ブライアンはアンジェリカを抱え直した。
「できるだけ力を抜いて、僕に全部委ねて欲しいんだ」
「わかった」
素直にうなずくアンジェリカ。
今はほとんど自分の体温と同化しつつある彼女のほのかな温もりを身体の脇に感じながら、ブライアンは、別の状況でこんな遣り取りをしたかったとしみじみと思う。アンジェリカの肢体はとても華奢であるにもかかわらず、うっとりするほど柔らかい。
(本当に、こんな状況でなければ)
知らずのうちに彼の口から漏れたため息に、アンジェリカが小首をかしげて見つめてきた。
「ブライアン?」
「ああ、いや、何でもないよ」
まさに『そんな状況ではない』ようなことを考えてしまっていたブライアンは、我を取り戻しごまかす笑いを浮かべて、かぶりを振った。そうして、彼女の身体に回した腕に力を籠める。
「じゃあ、行こう」
そう一声かけて、ブライアンはグイと腕を伸ばした。
動き出してみると、余計に水の冷たさが身に染みる。だが、冷たいからこそ手足の感覚――脚の痛みが失せ、こうやって動かすことができているのだろう。今は、それが救いだ。
家庭教師にみっちり仕込まれたとはいえ、ブライアンは水泳の達人とはほど遠い。
魚のように、とは言えないが、どうにかこうにか波間を縫って、ブライアンたちは隣の桟橋を目指す。
停泊中の船の腹に沿ってしばらく進み、船首の前をぐるりと回ると、桟橋の脚が見えてきた。先端までは、まだ結構ある。
ひとまずすぐ下まで行って見上げた床板は岸と同じくらいの高さがあって、やっぱり梯子でもない限り登れそうにない。
(でも、アンジェリカだけなら、僕が持ち上げてあげれば何とかなるかな)
そんな考えがブライアンの頭の中をよぎったときだった。
突然、ゴッゴッゴッゴッと、すさまじい勢いで重い足音が近づいてきた。
(追っ手!?)
すぐさまそこから離れようとしたが、急な方向転換は脚に絡みついてきたアンジェリカのスカートに阻まれる。
「!」
桟橋の上からヌッと伸びてきた手からアンジェリカだけでも遠ざけようとしたが、遅かった。
彼女の細い肩が、暴力的と言ってもいいような荒っぽさで大きな手に掴まれる。
奪われまいとブライアンが腕に力を込めた時にはもう遅く。
そのまま、彼にはなすすべもなく、アンジェリカは桟橋の上へと引きずり込まれていってしまった。
0
あなたにおすすめの小説
とっていただく責任などありません
まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、
団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。
この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!?
ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。
責任を取らなければとセルフイスから、
追いかけられる羽目に。
手を伸ばした先にいるのは誰ですか~愛しくて切なくて…憎らしいほど愛してる~【完結】
まぁ
恋愛
ワイン、ホテルの企画業務など大人の仕事、そして大人に切り離せない恋愛と…
「Ninagawa Queen's Hotel」
若きホテル王 蜷川朱鷺
妹 蜷川美鳥
人気美容家 佐井友理奈
「オークワイナリー」
国内ワイナリー最大手創業者一族 柏木龍之介
血縁関係のない兄妹と、その周辺の何角関係…?
華やかな人々が繰り広げる、フィクションです。
~春の国~片足の不自由な王妃様
クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。
春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。
街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。
それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。
しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。
花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
冷徹公爵の誤解された花嫁
柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。
冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。
一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる