3 / 43
第一部:らいおんはうさぎによりそう
始まりの時期に:そして、陥落
しおりを挟む
「なんで獅子王《ししおう》がいるのよ?」
花《はな》と共に食堂に赴いた司《つかさ》に投げつけられたのは、金古由美《かねこゆみ》のその台詞だった。
『なんで』と『?』を付けつつも、金古の顔に浮かんでいるものは問いかけではない。司には彼女の言葉の裏にあるものがヒシヒシと伝わってきたが、花は額面通りに受け取る。
「中庭で会ったの。勧誘の人振り切れないでいたところを助けてもらっちゃった」
「ふぅん?」
頬杖を突いて気のない返事をした金古の隣に座るのは、乾絵梨だ。司と金古の間に散る火花など意に介さず、彼女はにこにこと笑いながら花に手を振っている。
金古も乾も、花を通しての知り合いだ。
彼女ら三人は小学校に入る前からの幼馴染で、小中高大と、ずっと同じ学校らしい。地元でそこそこの成績であれば高校大学も同じところを選ぶのもアリだとは思うが、それにしても、少しべったり過ぎはしないだろうかと司は思うことしばしだ。
乾は割とおとなしめな容姿をしていて、見ればいつも笑みを浮かべている。その点は花と同じといえば同じなのだが、その笑顔が微妙に底知れなく、鵜呑みにできない感じだ。
一方の金古は美人顔にスラリとスタイルも良く、黙っていればモデルか何かでもできそうだ。が、少々口がきつい。出会った時からケンカ腰で、三年経った今でも「あの頃よりはマシ」という程度にしかなっていない。とは言え、それは司に限ってのことではなく、どうやら、花に近付く男全般に対して発揮される警戒心らしい。そういうところは、花の友人というよりも保護者に近いように思える。
(そこまで過保護にしなくてもいいだろうに)
呆れ混じりにそんなことを思う司に向ける金古の眼光など全く気付いていないらしい花が、能天気な声で言う。
「獅子王くん、まだサークル決まってないって言うから、一緒に天文に入ってくれたら嬉しいなって思って」
「は? そいつが? 似合わな過ぎ」
鼻で嗤った金古に花が唇を尖らせる。
「そんなことないよ。宇宙は誰にでも平等なんだから。ねえ、獅子王くん?」
首をかしげるようにして見上げてきた花に、司はかぶりを振った。
「いや、そもそも、サークルに入る予定がない」
司がここまでついてきたのは、花独りでこのざわついた構内を歩かせたくなかったからだ。こうやって二人に合流できたからには、早々に退散するつもりだった。
だが、彼の台詞に花が大きな目を丸くする。
「え、入らないの……?」
彼女の顔には、デカデカと『残念』と書かれている。そんな眼で見られたら、むげに拒否できなくなるではないか。
「いや――」
言葉を濁すと曇天が晴れるように花の顔が明るくなった。
「やっぱり入る?」
「……」
司は唇を引き結ぶ。
「負けるに千点」
紙コップのコーヒーを口元に運びながら乾がポソリと呟いた。司は横目で睨みつけたが、たいていの輩がすごすごと引き下がるその視線も彼女にはさっぱり功を奏さない。
「ご苦労様」
やけに生温かな微笑みと共に、乾はそう言った。
司は、何かと食って掛かってくる金古よりもこの乾の方が苦手だ。確かに当たりは柔らかいが、正直、何を考えているのか今一つ解らない。いや、というよりも、何もかもを見透かされているような気がして落ち着かないのだ。
乾の台詞にどう返すべきか決めあぐねている司に、彼女はフフと笑う。
「獅子王君、過保護だもんね。由美ちゃんに負けず劣らず」
ね、と同意を求めたのは花に対してだが、彼女が頷くより先に二つの声が上がる。
「こいつと一緒にしないでよ」
「こいつほどじゃない」
完全にハモッた台詞に、花が顔をほころばせた。
「二人って、結構仲が良いよね」
「「良くない」」
図らずも再び同調してしまった答えに、花の笑みが深まる。
金古との仲に関する彼女の認識は不満だが、あまりに嬉しそうなその顔に司は反論を呑み込んだ。花が笑顔になるのなら、まあ、たいていのことは許容できる。
そんな司の胸の内を読み取ったかのように、乾がいっそうしたり顔になった。彼はその視線からフイと眼を逸らす。
(別に、過保護ってほどじゃないだろ)
確かに、高校時代、目の前が塞がるほどの荷物を持っていたらちょっと手伝ったりとか、帰りが遅くなった時にはちょっと送ってみたりとか、しつこく粉をかけてくる野郎をちょっと威嚇してみたりとか、花を見ているとついつい手を出してしまいがちではあったが、それは過保護というほどではない――はずだ。
自分自身に言い含める司を、小首をかしげて乾が見る。
「大学のサークルって、きっと、色々な人がいるよね。天文部は泊りも多いし。ほら、高校のお泊りは先生っていうお目付け役がいるけど、大学はそういうの無いもんね。まさに自由。きっと楽しいよ?」
ね、と笑いかけた乾に、花は満面の笑みで応えている。
「うん、早く行きたいよね。あ、来月の十五日に流星群が見られるんだよ。きっと、合宿あると思うんだ」
見るからにうきうきと、花が言った。
来月なんて、メンバーの人となりもまだろくに判っていないではないか。
(そんな中に、こいつを放り込むのか?)
つい先ほど、しつこく言い寄っていた男の姿が司の脳裏によみがえる。
比喩ではなく、まさに狼の群れに羊を追いやる所業ではなかろうか。
いくら金古と乾が一緒でも、いささか許容し難い。
渋面で花を見下ろすと、彼女は屈託なく笑い返してくる。
その無邪気で無防備な花の笑顔に、司が取れる選択肢は一つしかなかった。
花《はな》と共に食堂に赴いた司《つかさ》に投げつけられたのは、金古由美《かねこゆみ》のその台詞だった。
『なんで』と『?』を付けつつも、金古の顔に浮かんでいるものは問いかけではない。司には彼女の言葉の裏にあるものがヒシヒシと伝わってきたが、花は額面通りに受け取る。
「中庭で会ったの。勧誘の人振り切れないでいたところを助けてもらっちゃった」
「ふぅん?」
頬杖を突いて気のない返事をした金古の隣に座るのは、乾絵梨だ。司と金古の間に散る火花など意に介さず、彼女はにこにこと笑いながら花に手を振っている。
金古も乾も、花を通しての知り合いだ。
彼女ら三人は小学校に入る前からの幼馴染で、小中高大と、ずっと同じ学校らしい。地元でそこそこの成績であれば高校大学も同じところを選ぶのもアリだとは思うが、それにしても、少しべったり過ぎはしないだろうかと司は思うことしばしだ。
乾は割とおとなしめな容姿をしていて、見ればいつも笑みを浮かべている。その点は花と同じといえば同じなのだが、その笑顔が微妙に底知れなく、鵜呑みにできない感じだ。
一方の金古は美人顔にスラリとスタイルも良く、黙っていればモデルか何かでもできそうだ。が、少々口がきつい。出会った時からケンカ腰で、三年経った今でも「あの頃よりはマシ」という程度にしかなっていない。とは言え、それは司に限ってのことではなく、どうやら、花に近付く男全般に対して発揮される警戒心らしい。そういうところは、花の友人というよりも保護者に近いように思える。
(そこまで過保護にしなくてもいいだろうに)
呆れ混じりにそんなことを思う司に向ける金古の眼光など全く気付いていないらしい花が、能天気な声で言う。
「獅子王くん、まだサークル決まってないって言うから、一緒に天文に入ってくれたら嬉しいなって思って」
「は? そいつが? 似合わな過ぎ」
鼻で嗤った金古に花が唇を尖らせる。
「そんなことないよ。宇宙は誰にでも平等なんだから。ねえ、獅子王くん?」
首をかしげるようにして見上げてきた花に、司はかぶりを振った。
「いや、そもそも、サークルに入る予定がない」
司がここまでついてきたのは、花独りでこのざわついた構内を歩かせたくなかったからだ。こうやって二人に合流できたからには、早々に退散するつもりだった。
だが、彼の台詞に花が大きな目を丸くする。
「え、入らないの……?」
彼女の顔には、デカデカと『残念』と書かれている。そんな眼で見られたら、むげに拒否できなくなるではないか。
「いや――」
言葉を濁すと曇天が晴れるように花の顔が明るくなった。
「やっぱり入る?」
「……」
司は唇を引き結ぶ。
「負けるに千点」
紙コップのコーヒーを口元に運びながら乾がポソリと呟いた。司は横目で睨みつけたが、たいていの輩がすごすごと引き下がるその視線も彼女にはさっぱり功を奏さない。
「ご苦労様」
やけに生温かな微笑みと共に、乾はそう言った。
司は、何かと食って掛かってくる金古よりもこの乾の方が苦手だ。確かに当たりは柔らかいが、正直、何を考えているのか今一つ解らない。いや、というよりも、何もかもを見透かされているような気がして落ち着かないのだ。
乾の台詞にどう返すべきか決めあぐねている司に、彼女はフフと笑う。
「獅子王君、過保護だもんね。由美ちゃんに負けず劣らず」
ね、と同意を求めたのは花に対してだが、彼女が頷くより先に二つの声が上がる。
「こいつと一緒にしないでよ」
「こいつほどじゃない」
完全にハモッた台詞に、花が顔をほころばせた。
「二人って、結構仲が良いよね」
「「良くない」」
図らずも再び同調してしまった答えに、花の笑みが深まる。
金古との仲に関する彼女の認識は不満だが、あまりに嬉しそうなその顔に司は反論を呑み込んだ。花が笑顔になるのなら、まあ、たいていのことは許容できる。
そんな司の胸の内を読み取ったかのように、乾がいっそうしたり顔になった。彼はその視線からフイと眼を逸らす。
(別に、過保護ってほどじゃないだろ)
確かに、高校時代、目の前が塞がるほどの荷物を持っていたらちょっと手伝ったりとか、帰りが遅くなった時にはちょっと送ってみたりとか、しつこく粉をかけてくる野郎をちょっと威嚇してみたりとか、花を見ているとついつい手を出してしまいがちではあったが、それは過保護というほどではない――はずだ。
自分自身に言い含める司を、小首をかしげて乾が見る。
「大学のサークルって、きっと、色々な人がいるよね。天文部は泊りも多いし。ほら、高校のお泊りは先生っていうお目付け役がいるけど、大学はそういうの無いもんね。まさに自由。きっと楽しいよ?」
ね、と笑いかけた乾に、花は満面の笑みで応えている。
「うん、早く行きたいよね。あ、来月の十五日に流星群が見られるんだよ。きっと、合宿あると思うんだ」
見るからにうきうきと、花が言った。
来月なんて、メンバーの人となりもまだろくに判っていないではないか。
(そんな中に、こいつを放り込むのか?)
つい先ほど、しつこく言い寄っていた男の姿が司の脳裏によみがえる。
比喩ではなく、まさに狼の群れに羊を追いやる所業ではなかろうか。
いくら金古と乾が一緒でも、いささか許容し難い。
渋面で花を見下ろすと、彼女は屈託なく笑い返してくる。
その無邪気で無防備な花の笑顔に、司が取れる選択肢は一つしかなかった。
0
あなたにおすすめの小説
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~
馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」
入社した会社の社長に
息子と結婚するように言われて
「ま、なぶくん……」
指示された家で出迎えてくれたのは
ずっとずっと好きだった初恋相手だった。
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
ちょっぴり照れ屋な新人保険師
鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno-
×
俺様なイケメン副社長
遊佐 学 -Manabu Yusa-
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
「これからよろくね、ちとせ」
ずっと人生を諦めてたちとせにとって
これは好きな人と幸せになれる
大大大チャンス到来!
「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」
この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。
「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」
自分の立場しか考えてなくて
いつだってそこに愛はないんだと
覚悟して臨んだ結婚生活
「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」
「あいつと仲良くするのはやめろ」
「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」
好きじゃないって言うくせに
いつだって、強引で、惑わせてくる。
「かわいい、ちとせ」
溺れる日はすぐそこかもしれない
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
俺様なイケメン副社長と
そんな彼がずっとすきなウブな女の子
愛が本物になる日は……
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中
お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ
Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。
理由は決まって『従妹ライラ様との用事』
誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。
「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」
二人の想いは、重なり合えるのだろうか ……
※他のサイトにも公開しています。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる