らいおんはうさぎにおぼれる

トウリン

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第二部:らいおんはうさぎにこがれる

変わりゆく想い:箱の中で

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「買い換えるのって、テント一つと寝袋三つ、だっけ?」
 通りすがりに通路を覗き込みつつ、花が言う。
「それと、ランタンが二つ」
「そっか。あ、この辺りみたい」
 その台詞と共に、彼女は立ち止まった。棚にズラリと並んでいるものがどうやら寝袋らしい。
「どれがいいかな」
 問われても、正直困る。花の頭越しに覗き込んではみたが、司にはどれも同じに見えた。
「俺には全然判らない」
 肩をすくめた司に、花は首をかしげてまた棚に眼を戻した。
「選べるっていうのも、結構困るね。迷っちゃう。防水と洗濯可っていうのは、絶対条件だよね。あとは保温だけど……こっちは氷点下もいけちゃうんだね。でも、ちょっとかさばるかなぁ……」
 彼女は商品の説明書きを覗き込みながら、何やらブツブツ呟いている。
「これがいいかな」
 迷うと言った割には、決断が早い。単純に、機能の比較で決めたらしい。
「じゃあ、次、テントね。四人用で、やっぱり軽いのがいいかな」
 こちらも、すぐに決まった。
「ランタンはね、赤い光も出せるのがいいと思うの」
「赤?」
「そう。普通の光だと、星空見るのに邪魔になっちゃうから。白い光より赤っぽい光の方がいいの」
「へぇ……」
 頷きはしたが、さっぱり口を出せない。
 取り敢えず、司は花が選んだ寝袋とテントを引っ張り出した。彼女はランタンを手に取る。

「重くない?」
「いや、まったく」
 気づかわしげに花は訊いてきたが、全部でせいぜい十キロ程度だ。片手でも持てる。
 司は先に立って歩き出し、レジへ向かった。
 会計を済ませた司は、片方の腕にテントとランタンが入った袋を、もう片方に寝袋三つが入った袋を抱える。歩き出してみると、重くはないが、かなりかさばることに気が付いた。
「やっぱりどっちか持つよ?」
 トトッと小走りで司の前に回った花が、言いながら両手を出してきた。その、彼のものの半分ほどしかない手にチラリと目を走らせ、司はかぶりを振る。
「大丈夫だ」
「でも――」
 花は重ねて訴えかけて来ようとしたが、どちらも五キロ程度はあるのだ。とてもじゃないが、彼女に持たせる気にはなれない。
「大丈夫だ。行くぞ」
 答えて司は花の横を抜け、エスカレーターに向かう。

 花はまた足を速めて司の横に並ぶと、眉間にしわを寄せて彼を見上げてきた。
「じゃあ、下りるのはエレベーターにしよう?」
 彼女の台詞に、司は眉を上げる。
「宇佐美はそれでいいのか?」
 上りは、わざわざ遠回りしてまでエスカレーターで来たというのに。
「……うん」
 返事までに微妙な間が空いたような気がしたが、司がそこを突く前に、花はすぐそこに見えているエレベーターに足を向けていた。
 さっきエスカレーターを選んだのは、単に嗜好の問題だったのか。
 花がいいなら、確かにエレベーターの方が楽だ。特にここのエスカレーターは一人半分ほどの幅しかないから、大きな荷物を持っているときは使いづらい。

 身軽な花が先にエレベーターに辿り着き、ドアの開ボタンを押してくれる。他の乗客はおらず、五人も乗ればすし詰め状態になってしまうであろうという狭い内部でも気を遣わずに済みそうだ。ここは、エスカレーターが狭ければ、エレベーターも負けず劣らず狭いのだ。
「一階……六階分ね」
 花が、そんなことを呟きながら階数ボタンを押す。
 ここの建物は古く、エレベーターの扉の動きも少しばかりぎこちない。それが閉まりきろうとするとき、花が微かに息を呑んだ。
 まるで、檻か何かに閉じ込められようとしているかのような反応に、司は眉をひそめる。
「……宇佐美?」
 呼びかけると小さな肩がピクリとはね、一拍遅れて彼女が顔を上げる。
「何?」
「いや……」
 問い返してきた花が笑顔を浮かべていたから、『大丈夫か』の一言は司の喉の奥に押し戻されてしまった。だがそれは、彼女が取り繕おうとしていることに気付いたからであって、けっして、彼女は大丈夫だと思えたからではない。

(しくじったな)
 どうやら、花が初めにエスカレーターを選んだのは、相応の理由があったらしい。
「獅子王くん?」
 唇を引き結んだ司に花が怪訝そうに首をかしげたところで、ゆっくりと下っていた箱が、微かに揺れた。と思ったら、突然停止する。チカチカと室内灯が束の間瞬き、再び安定した。表示されている階数はまだ四階だが、扉が開く気配はない。
(またか)
 内心、司は舌打ちをした。
 ここのエレベーターは、結構頻繁にこうやって停まるのだ。とは言え長引くことはなく、たいてい、五分もすればまた動き出す。

 今はさっさと花をここから出してやりたいのに。

 苛立ちを抑え込みながら見下ろすと、硬く強張った彼女の背中が目に入ってきた。深くうつむいているせいで、痛々しいほど華奢なうなじが見えてしまう。
「宇佐美?」
 低い声で呼びかけると、彼女がビクリと飛び跳ねた。比喩ではなく、実際に、数センチは跳び上がったのではなかろうか。
 花に何かが起きていることは、火を見るよりも明らかだ。

(クソ)
 司はその場に荷物を下ろし、膝を突く。頭を下げて覗き込んだ花の目は大きく見開かれていたが、彼がそうしていることに全く気付いていないようだった。息は浅く速く、まともな呼吸ができているようには見えない。
 司は花の肩に手を伸ばしかけ、触れる直前で、止める。
 今の彼女に触れてもいいものか、彼には判らなかった。
 迷った末に、もう一度、呼びかけてみる。

「……宇佐美? 大丈夫か?」
 焦点が定まらない、どこか、こことは違う場所に囚われているような瞳の奥を覗き込み、穏やかな声になるように意識して呼びかけた。
「宇佐美?」
 三度目で、ようやく彼女の視線が揺らぐ。
「――ししおう、くん?」
 花は茫洋とした口調で彼の名を呟き、そして、目をしばたたかせた。
「あ……ごめん。今、ちょっと、ぼぅっとしてた」
 ぎこちない笑顔を浮かべながらそう言った彼女に、司は奥歯を食いしばる。

(ぼぅっとじゃ、ねぇだろうが)
 無理に笑う必要などないのに、どうして笑うのか。
(辛いなら、ちゃんとそう言え)
 声に出してそう言いたかったが、舌が動かなかった。
「あの、獅子王くん?」
 ニコ、と、花が笑う。恐らく、彼の為に。

 司は彼女の笑顔が好きだ。
 だが、この笑顔は見ていたくなかった。

 ――こんな笑顔を浮かべさせてしまった自分に、腹が立った。
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