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トウリン

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シイナ

彼の豹変

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「もう、どうにでもなれ」

 彼は、確かにそう呟いたと思う。
 けれど、その一言の意味を問い返すことを、シイナはできなかった。

 なぜなら、次の瞬間、彼女の唇が温かなもので塞がれていたから。

 大きく見開いた視界に入るのは、突き刺さってくるようなツキヤの眼差しだけ。その目と目が合って、シイナは思わず息を呑んだ。いや、もしかしたら抗議の声を上げようとしたのかもしれない。彼女自身にも判らなかった。

 ツキヤはシイナの唇が緩んだ瞬間を逃さず、彼女の中に湿った温かなものをねじ込んでくる。舌に絡んでくるそれが彼の舌であると気付いたのは、もう奥深くまで侵入を許してしまってからだった。

 口の中がいっぱいで、苦しい。

 反射的に顔を背けようとすると、シイナの耳を塞ぐようにしてツキヤの大きな両手が彼女の頭を掴んできた。彼の舌が口の中で立てる水音が、鼓膜に響く。

 これは、キスだ。
 でも、シイナは、こんなキスは知らない。

 アサヒがくれるキスはもっと優しい。そっと触れ合わせた唇から、優しい甘さだけが伝わってくる。

 今、ツキヤが否応なしにシイナに施してくるこれは、彼女から全てを奪おうとしているかのようだった。

 ツキヤは執拗なまでにシイナと唇を重ね合わせ、彼女の中を貪り尽くす。舌を絡ませ、こすり合わせたかと思うと、次の瞬間には口蓋や舌の裏の敏感なところを舐った。シイナの頭の中がジンと痺れて、喉の奥で声が生まれる。ツキヤは、それすら呑み込もうとしているかのようだった。

 自分のものか彼のものかも判らない唾液を飲み込みきれなくて、シイナは喉を引きつらせる。口の隅からそれがこぼれ落ちると、ようやくツキヤが唇を放してくれた。

「ツキ、ヤ、さん……なんで……」

 息を切らしながら問いかけても、返事はない。

 いつしかソファに完全に横たえられていたシイナは覆い被さってくるツキヤを両手で押しのけようとしたけれど、彼はまったく構わず頭を下げてきて、彼女の口元から首筋へと伝う唾液を舌で拭い取った。そしてそれだけではとどまらず、シイナの首の皮膚の薄いところ、激しく脈打つところを鈍い痛みを訴えるほどに強く吸い上げたかと思うと、宥めるように舌を這わせる。
 柔らかなものが肌の敏感なところを辿る感触に、シイナの腰のあたりに奇妙な疼きが走った。

「や、やだ、やめて」

 身をよじったシイナは、全身を包んでくれていた毛布がいつの間にかすっかりはだけられていることに気づく。
 目を見開いてツキヤを見上げるシイナの肩を、彼の大きな手が滑る。それと一緒に、キャミソールのストラップも引き下げられた。

「ツキヤさん!」

 もうお風呂にも入った後だったから、ブラジャーは着けていない。
 ツキヤの下から逃れようともがくシイナをあざ笑うように、キャミソールが腰のあたりまで押し下げられた。

 あまり大きくはないシイナの胸を、ツキヤがジッと見下ろしている。ほんの少しでも身動きすれば何かを壊してしまうような気がして、彼女は息すらできなかった。

 ツキヤの眼差しが、微かに陰る。
 と、まるでスローモーションのように彼の頭がゆっくりと下りてきた。

 サラリとした前髪が、シイナの喉のくぼみの辺りをくすぐる。その感触にびくりと肩がはね、それをきっかけにして彼女は我に返る。

「ダメ、ツキヤさん――!」

 制止の声は、二分の一秒分ほど遅かった。
 ツキヤの唇が、ささやかな膨らみの頂点を包み込む。尖らされた舌がそこをこすった瞬間、痺れるような感覚が生まれ、下腹まで一瞬にして駆け抜けた。

「ひぁ!?」

 ビクンと全身を引きつらせたシイナは咄嗟にツキヤの頭を押しやろうとしたけれど、彼女の両手は彼の左手ひとつであっけなく捉えられ、頭の上に押さえつけられてしまった。

 邪魔するものがなくなったシイナの身体を、ツキヤは唇と右手でほんの少しの隙間も残さず辿っていく。

 耳の後ろ、首筋、鎖骨……そんなところがこうも敏感だとは、シイナは知らなかった。
 右手と唇で優しくこすられた胸の先端は、まるで寒さに震えているかのように硬く立ち上がっている。
 上半身だけとは言え裸を見られていることも、今まで知らなかった敏感な場所を暴かれてしまったことも、シイナは恥ずかしくてならなかった。けれど、そんな羞恥心も、硬くしこった胸の先端を吸われ、甘噛みされ、転がされると、そこから生まれる快感にいとも簡単に押し流されて行ってしまう。

「も、やだぁ……」

 いじられているのは胸なのに、下腹の奥の方が疼いてならない。拒絶しなければいけないのにできなくて、何かを欲しがるように勝手に腰が動いてしまった。

(こんなの、わたしの身体じゃない)

 ツキヤが容赦なく掻き立ててくる、痺れるような快楽を懸命に押し戻そうとするシイナの努力もむなしく、彼はわざとのように音を立て、あちこちにキスを落としてくる。時についばむように、時に強く吸い上げられて、シイナはそのたびにビクビクと反応してしまう。

 何もしていないのに息が切れて、全身が熱くなる。いつの間にか解放されていた手が勝手に彼にしがみつきそうになって、代わりに毛布をギュッと握り締めた。

 ツキヤの手はそんな無駄な抵抗を続けるシイナの肌の上を、触れるか触れないかという力でたどっていく。それは脇腹を通り過ぎ、腰骨のところで止まった。指先が、短パンの縁にかかっている。

(それ、以上は……)

 とっさにシイナは脚をきつく閉じようとしたけれど、それより先に、その間にツキヤの両膝が割り込んできた。

「いや……」
 呟くようにこぼしたシイナの拒否の言葉は、ツキヤに届かない――届いていないように、見えた。

 ツキヤの手が、短パンの、そしてその下のショーツの中に忍び込んでくる。淡い茂みをそっとくすぐり、更に奥へと。

 彼の指先が、今まで誰にも触れさせたことのない場所に、触れた。

 ぬるりと滑る感触。

 ツキヤが一瞬息を詰め、そして吐き出す。シイナの耳元で、かすれた囁き声と共に。

「……濡れてる」

 耳朶をくすぐる一言に頬をぶたれた気がして、シイナは身をすくめた。
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