癒しの乙女の永久なる祈り

トウリン

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第二章:目覚めと新たな出会い

覚醒①

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 ふにふにと、柔らかく温かく何とも心地良いものが、安らぎに満ちた眠りにふけるルゥナの頬を押す。
 確かにそれは率先して触りたくなるような気持ち良さだったけれども、ルゥナはこの眠りから醒めたくはなかった――守られ、大事にされ、慈しまれていると感じさせてくれるこの眠りからは。

(起こさないで。眠らせておいて)
 執拗に突いてくるそれから逃れようと、ルゥナはコロリと寝返りを打つ。

 と。

「ちょっと、いい加減に目を覚ましなさいよ! 術は解けてんだから、起きられる筈でしょ!」
 耳のすぐ傍であがったキンキンと尖った声と、それに続いて頬に走った鋭い痛み。
「痛い!」
 思わず目を見開いてパッとルゥナが飛び起きると、その肩先からひらりと毛の塊が飛び降りた。彼女を見上げているのは、薄紅色をした仔猫だ。金色の目を光らせて、鼻先をぺろりと舐める。
「やっと起きた」
「ピシカ……ひどいよ、引っ掻くなんて」
 もの言う仔猫の所業に唇を尖らせながらルゥナが頬に触れると、指先に赤いものが付く。
「大したもんじゃないでしょ。あんたを見つけるの苦労したんだから、起こすのにまで手間をかけさせないでよ」
「……見つける?」
 ピシカの台詞に、ルゥナはようやく状況に気付き始めた。

「ここ、どこ……?」
 ぐるりとまわりを見渡すと周囲は岩でできた天井と壁とに覆われていて、そこは洞窟か何かの中のようだった。壁はぼんやりと薄緑色の光を放っていて、出口は見えないというのに、明るい。
 そこにいるのは、ルゥナとピシカだけだ。

「ソワレ……?」
 ポツリと、ルゥナはその名を呟いた。彼女が呼べば、いつもならすぐに答えが返る。
 それなのに。

 ――ルゥナ。

 優しく、温かく、宝物のように彼女の名前を呼んでくれる声が、なかった。

「みんなは? ……ソワレは、どこ?」
 ルゥナは再びピシカに目を落とす。
 生まれてから片時も離れたことのない弟の姿が、見当たらない。それに、旅の仲間も。限られた時間しか共に過ごせなくても、みんなを守るのだという志を一つにした、大事な仲間。
 いつもルゥナの傍にいたその彼らが、いない。
 不安に呼吸を速める彼女に、ピシカが髭をヒクつかせながら首をかしげる。
「あんた、何も覚えてないの?」
「覚えて――?」
 眉をひそめてピシカの言葉を繰り返し、ルゥナはそこでハッと息を呑む。眠りに落ちる直前の場面が、一気に脳裏によみがえってきたのだ。

「ソワレは――みんなは、どうなったの!?」
 冷たい地面に両手をついて食ってかかったルゥナに、ピシカは尻尾を揺らして鼻先を上げる。
「落ち着きなさいよ。今、ここにはいないわ」
「じゃあ、どこに? 早くあの子を探さないと。だけど、あの子ってば、何であんなことをしたの? 何をしたかったの?」
「……さぁね。取り敢えず、ここから動かない? 積もる話もあるし、道々説明するわ」
「え、でも、他のみんなは? エデストルは? ヤンダルムは、どこにいるの?」
 ピシカに促されるままに立ち上がるルゥナに、仔猫は奇妙な眼差しを向けた。それはやけに彼女を落ち着かなくさせる。

「何?」
「あのね、ごまかしても意味がないからさっさと言っちゃうけど、あんたが眠ってから、百五十年以上経ってんの」
「え?」
 ルゥナはポカンと目と口を丸くする。
「ひゃくごじゅう……?」
「正確には、もうちょっとあるけどね」
「でも、それじゃぁ、邪神は? どうなったの?」
「被害は抑えられてる。多分、ソワレの仕業」
 簡潔なピシカの返事にかえってルゥナは混乱する。かつて彼女から教えられたことと、矛盾するからだ。
「だけど、わたしじゃないとダメなんじゃないの?」
「そうなんだけどね、まあ、色々事情が変わってきてるのよ。でも、とにかく、こんな山奥にいつまでもいるわけにはいかないの。人のいるところに行かないと」
「わかった……」
 自分が時の流れに置き去りにされてしまったという事実は、まだルゥナの頭に浸透してはいなかった。まだ、何もかもが呑み込めない――特に、大事な弟が隣にいないということが。

 ルゥナは俯き、唇を噛んだ。
「百五十年……」
 口に出してみても、それだけの年月が過ぎてしまったという実感は持てない。
 けれど、こんなことでピシカがウソをつく筈がなかった。彼女が言うなら、それは事実に違いない。
(ソワレは、もういないんだ)
 普通の人間は、せいぜい五、六十年しか生きられない。その倍以上の時が流れていては、彼が生きている筈がない。
 ルゥナは自分の中に喪失感が湧いてくるのを待ったが、まだその事実を受け入れられていないのか、ソワレとの絆は切れていないように思われてならなかった。今にも「驚いた?」と言いながら、彼が抱き付いてきそうな気がする。

「わたし……ソワレがいないと真っ直ぐ歩けない」
 喪われた実感は持てなくても、今彼が抱き締めてくれないことは歴然とした事実だ。生まれる前から共にあった分身が傍にいないと、どうしようもなく心細かった。
 ポソリと呟いたルゥナの脚に、ピシカが身体をすり付ける。彼女が抱き上げると、ピシカはそっと頬を舌先でくすぐってきた。
「ピシカ……」
「大丈夫、あんたにはアタシが付いてるでしょ? あんたが役目を全うするまでは、ずっと一緒にいてあげるわよ」
「うん……うん、そうだね」
 全てを失ってしまったルゥナにとって、ピシカは唯一残されたよすがだ。

「ちょっと、苦しいわよ、力緩めなさいよ」
「ごめん」
 謝りながらも、ピシカを抱き締めるルゥナの腕にはいっそうの力が入っていた。
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