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第一章:破られた日常
覚悟②
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ふっと何かを感じて、エディは目蓋を開けた。
明るい陽射しと川のせせらぎと爽やかな空気。
寝台の上ではないことは確かだ。普段ベリート達と剣の鍛練をしている場所の付近に川はない。
一瞬自分がどこにいるのかを掴みかねて、彼は何度かゆっくりと目を瞬かせる。
「お兄様、お気付きですか?」
(何で、フロアールの声が?)
明らかに城外なのにもかかわらず聞こえてきた、滅多に城の外に出ることのない妹の声にエディは眉をひそめ――思い出した。
「ベリートは!?」
「あ……」
ばね仕掛けの人形のように跳ね起きたエディに、フロアールが口ごもる。その隣に、スッとスクートが膝をついた。
「父は隧道の中です」
「そんなの判ってる! 助けに行かないと!」
「もう入れません」
「は?」
何を言っているんだと眉をひそめたエディに、スクートが淡々と続ける。
「サビエに確認させましたが、隧道は崩落しました。復旧にはかなりの時間と人手が必要でしょう。当分は、手が付けられません」
「だって、ベリートが……」
「父は父の本分を全うしました」
「本分って、何だよ!」
「あなたやフロアール様をお守りすることです」
冷静な、スクートの声。それがより一層エディを苛立たせる。
「そんなの要らねぇよ! 俺は――ッ」
ピシャリと、打つ音。それと共に走った頬のひり付きに、エディは思わず口を閉じた。
「お兄様、お黙りなさい。川に頭を突っ込んでお冷しになると良いのだわ」
兄の頬を叩いた手を握り締め、フロアールが強張った顔で言う。泣き出しそうにわななく彼女の唇に、エディは継ぐ言葉を失った。その頭に、ポンと手のひらが乗せられる。
「親父は、自棄や諦めで命を捨てたわけじゃない。孫の顔を見せろとか、よく言ってたからな。未練はたっぷりだったと思いますよ。下手すると、化けて出てくるかもなぁ。早く嫁を取れとか言って」
茶化したようなサビエの台詞に、エディは奥歯を噛み締めた。
「だから……」
こんなふうに死ぬのは、間違っている。
そんなふうに言いたかったが、それよりも早くサビエが続ける。
「だからといって、無駄死にじゃないんですよ。より大事なもんの為に命を懸けたんだ。そこのところは受け止めてやってください。親父は、エディ様とフロアール様、そして俺達のことを守ることが何よりも大事だったんです」
守られて、生き延びる――ベリートの命を犠牲にして。
エディは両手をきつく握り締めた。
(俺が弱いからだ)
彼がもっと強ければ、ベリートは共に戦わせてくれたかもしれなかったのに。
(何が『印』だ)
そんなものは、何の意味もない。
ただ額に生まれつき奇妙な模様があるだけで、エディ自身に力がなければそんなものは何の役にも立たない。
自分の弱さに対する怒りが、エディの胸の内で燃え盛る。
それと同時に、同じくらいの強さでマギクへの憎悪が煮えたぎった。
ずっと、一緒に戦ってきたのではないか。父のレジールも、マギクのマギ王を信頼していた。苦境の最中にいる彼を助けてやらなければならないと、いつも言っていたのだ。
それを、こんなふうに無造作に理不尽に踏みにじるとは。
「マギクを、潰してやる」
憎しみを込めて呻くように呟かれたエディの声に、フロアールがハッと息を呑む。朗らかな兄から聞かれたことのないその声音に、身を竦ませて。
「赦せない。父上を助けたら、絶対、この手でマギ王を殺してやる」
「お兄様……」
「絶対、だ」
夏の空のような青い目が、陰りを帯びる。屈託ない少年だったエディは息絶えてしまった。代わりに生まれたのは、復讐を誓うエデストルの後継者だ。
――自分の中でより大きなものが逃げるしかない自身への怒りなのか、それとも裏切り者の王への憎悪なのか。
それは、エディ本人にも見分けることができなかった。
明るい陽射しと川のせせらぎと爽やかな空気。
寝台の上ではないことは確かだ。普段ベリート達と剣の鍛練をしている場所の付近に川はない。
一瞬自分がどこにいるのかを掴みかねて、彼は何度かゆっくりと目を瞬かせる。
「お兄様、お気付きですか?」
(何で、フロアールの声が?)
明らかに城外なのにもかかわらず聞こえてきた、滅多に城の外に出ることのない妹の声にエディは眉をひそめ――思い出した。
「ベリートは!?」
「あ……」
ばね仕掛けの人形のように跳ね起きたエディに、フロアールが口ごもる。その隣に、スッとスクートが膝をついた。
「父は隧道の中です」
「そんなの判ってる! 助けに行かないと!」
「もう入れません」
「は?」
何を言っているんだと眉をひそめたエディに、スクートが淡々と続ける。
「サビエに確認させましたが、隧道は崩落しました。復旧にはかなりの時間と人手が必要でしょう。当分は、手が付けられません」
「だって、ベリートが……」
「父は父の本分を全うしました」
「本分って、何だよ!」
「あなたやフロアール様をお守りすることです」
冷静な、スクートの声。それがより一層エディを苛立たせる。
「そんなの要らねぇよ! 俺は――ッ」
ピシャリと、打つ音。それと共に走った頬のひり付きに、エディは思わず口を閉じた。
「お兄様、お黙りなさい。川に頭を突っ込んでお冷しになると良いのだわ」
兄の頬を叩いた手を握り締め、フロアールが強張った顔で言う。泣き出しそうにわななく彼女の唇に、エディは継ぐ言葉を失った。その頭に、ポンと手のひらが乗せられる。
「親父は、自棄や諦めで命を捨てたわけじゃない。孫の顔を見せろとか、よく言ってたからな。未練はたっぷりだったと思いますよ。下手すると、化けて出てくるかもなぁ。早く嫁を取れとか言って」
茶化したようなサビエの台詞に、エディは奥歯を噛み締めた。
「だから……」
こんなふうに死ぬのは、間違っている。
そんなふうに言いたかったが、それよりも早くサビエが続ける。
「だからといって、無駄死にじゃないんですよ。より大事なもんの為に命を懸けたんだ。そこのところは受け止めてやってください。親父は、エディ様とフロアール様、そして俺達のことを守ることが何よりも大事だったんです」
守られて、生き延びる――ベリートの命を犠牲にして。
エディは両手をきつく握り締めた。
(俺が弱いからだ)
彼がもっと強ければ、ベリートは共に戦わせてくれたかもしれなかったのに。
(何が『印』だ)
そんなものは、何の意味もない。
ただ額に生まれつき奇妙な模様があるだけで、エディ自身に力がなければそんなものは何の役にも立たない。
自分の弱さに対する怒りが、エディの胸の内で燃え盛る。
それと同時に、同じくらいの強さでマギクへの憎悪が煮えたぎった。
ずっと、一緒に戦ってきたのではないか。父のレジールも、マギクのマギ王を信頼していた。苦境の最中にいる彼を助けてやらなければならないと、いつも言っていたのだ。
それを、こんなふうに無造作に理不尽に踏みにじるとは。
「マギクを、潰してやる」
憎しみを込めて呻くように呟かれたエディの声に、フロアールがハッと息を呑む。朗らかな兄から聞かれたことのないその声音に、身を竦ませて。
「赦せない。父上を助けたら、絶対、この手でマギ王を殺してやる」
「お兄様……」
「絶対、だ」
夏の空のような青い目が、陰りを帯びる。屈託ない少年だったエディは息絶えてしまった。代わりに生まれたのは、復讐を誓うエデストルの後継者だ。
――自分の中でより大きなものが逃げるしかない自身への怒りなのか、それとも裏切り者の王への憎悪なのか。
それは、エディ本人にも見分けることができなかった。
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