癒しの乙女の永久なる祈り

トウリン

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第五章:それぞれの思い

齟齬①

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 ピシカは、それ以上のことを口にする気はなさそうだった。わざとらしく毛づくろいを始め、皆の視線が注がれているというのに素知らぬふりをしている。
 全てに合点がいった、とは程遠いが、ピシカにもう話す気が無いのなら、仕方がない。部屋の中にはそろそろお開きにしようかという空気が流れ始める。
 まだ明るいうちに夕食を済ませてしまったからまだそれほど遅い時間にはなっていないが、明日も早くから出発だし、早々に休養に入った方が良いのは確かなことだ。

「では、我々は部屋に――」
 スクートが立ち上がり、サビエとエディに声をかける。今集まっているのはルゥナとフロアールの部屋で、この左隣に三人の、右隣にトールとバニークの部屋を確保していた。
「そうだな、姫様たちには休んでもらわないと」
 頷きながら、サビエも腰を上げる。それに続いて、トールたちも席を立った。
 そんな中で、エディは待ったをかける。彼には、まだ知りたいことがあったのだ。今を逃したら今度はいつ落ち着いた時を手に入れられるか判らない。
 エディはルゥナに向き直った。
「ルゥナ、少し、時間をくれるか?」
「え?」
 ルゥナだけでなく、その場にいる皆の視線がエディに集まる。それらは無視して、エディは星を浮かべた濃紺色の瞳だけを見つめた。
「話を、したいんだ」
 重ねて言われ、ルゥナは小さく首をかしげて彼を見返してくる。
「わたしと?」
「ああ」
 彼女は、明らかに戸惑っていた。その反応に、エディは何となくムッとする。
(他の奴らとは普通に話してるだろうが)
 ルゥナは、トールやサビエはもちろん、今ではスクートとも自然と言葉を交わすようになっているのに、エディとはあまり話をしたことがなかった。
 普段から、ルゥナの方から誰かに声をかけるということは滅多にない。基本は受け身の対応ではあるのだが、少なくとも、エディ以外の者から話しかけられたらすんなりを受け答えをしているように見えたのだ。
 無意識のうちに肩に力を入れながら、エディは返事を待った。周りの者も、何も言わずに様子を窺っている。

「……うん」
 ややしてコクリと頷いた彼女に、エディは自分でもばつが悪くなるほどにホッとした。
「じゃあ、オレ達はもう少しここに残りますから、あっちの部屋を使ってくださいよ」
 いつもならまず真っ先にからかう筈のサビエが、そう提案する。真剣なエディの目の色に、遊び心を抑えたらしい。
 サビエが言う『あっちの部屋』とは、エディたちの部屋のことだろう。
「わかった。行こう、ルゥナ――そいつは置いていってくれよ」
 ピシカを抱いたまま立ち上がったルゥナに、エディは釘を刺した。
「あ、うん」
 そう言って彼女は寝台の上に仔猫を下ろす。下ろしはしたが、すぐには動き出さず、名残惜しげにグズグズとその場に立ち止まったままだった。
「ルゥナ?」
 扉を押し開け部屋を出ようとしたエディは、動く気配のないルゥナを呼ぶ。彼女はどことなく心細そうにピシカを見下ろしていた。その顔は、母親にすがる小さな子どもにも似ている。

(別に、取って食いやしねぇぞ)
 ルゥナは、片時もピシカを放そうとしない。寝る時も食べる時も、常にその薄紅色の仔猫と寄り添っていた。
 確かに、全てを百五十年前に置き去りにしてきた彼女にとって、ピシカは唯一その手の中に残されているものなのだろう。けれど今はフロアールだって、トールだって……エディだっているのだ。そんなふうに、ヒトでもないちっぽけな猫に、それがまるで唯一の存在であるかのようにすがり付いていなくてもいいではないかと、エディは思う。
「ルゥナ!」
 さっきよりも少し声を大きくして、その名を呼ぶ。と、彼女はまるで叱りつけられたかのようにビクリと肩を震わせた。
「はい!」
 ルゥナはパッと振り向いて、今度こそエディの方へと飛んでくる。
「エディ……女の子にはもう少し優しくしてあげないといけないよ」
 呆れ気味の声でそう言ったトールを無言で睨み付け、エディは先にルゥナを部屋の外に出しておいてから、バタンと荒い音を立てて扉を閉めて、どことなく生温い笑みを帯びた一同の視線を遮った。
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