癒しの乙女の永久なる祈り

トウリン

文字の大きさ
52 / 113
第五章:それぞれの思い

邪神②

しおりを挟む
「さて、じゃあ、取り敢えず屋根のある所に落ち着けたことだし、腰を据えて話を聞かせてもらおうかな」
 幸運なことに、宿は一軒で三部屋を確保することができた。
 夕食を終えた一同は、今、その三部屋のうちの一つに集っている。
 そうなるように意図したわけではないのだが、膝の上に丸まったピシカをのせて寝台に座っているルゥナと向かい合い、彼女をグルリと取り囲む形で他の面々は座っていた。
 真っ先に切り出したのは、トールだ。
(まあ、当然だろうな)
 エディは内心でそう呟く。
 ヤンダルムを逃れてオプジティに辿り着くまでは、皆無難な会話で過ごしていたが、誰の胸にも疑問が渦巻いていたのは、火を見るよりも明らかだった。
 ルゥナと彼女の膝の上の猫が、顔を見合わせる。
 思えば、ピシカは猫らしくない猫だった。ヒトの言葉をしゃべるのを耳にする前から、違和感はあったのだ。気付いていても、無視していただけで。

 六人の視線を浴びて、ピシカが小さくため息をつく――人間臭く。
「まあ、いいか。何度も説明するのも面倒だから、全員を揃えられてからにしようと思ってたんだけど」
 猫が人語を口にしても、もう誰も驚きはしなかった。
「で? 実際のところ、君は何なのかな? 少なくとも、猫じゃないのは確かだよね。猫は喋ったりしないから」
 トールの口調は柔らかいが、その眼差しは鋭い。
 ルゥナの膝の上で、ピシカの尾がぱたり、ぱたりと寝台を叩くように揺れる。
 彼の問いに答えたのは、薄紅色の仔猫ではなかった。
 短い沈黙の後に、意を決した、という風情でルゥナが顔を上げる。そうしてグルリと皆を見回し、澄んだ声で言う――ほんのわずかな迷いもなく。

「ピシカは、神さまなんです」
 すぐには、誰も何も言わなかった。
 シンと静まり返った中で、六対の視線を注がれてもルゥナは真っ直ぐに背を伸ばしている。
 ややして、エディが口を開いた。
「……かみさま?」
 その声に彼女の言葉を疑う響きがあるのは伝わった筈だ。それでも、ルゥナは全く物おじすることなくコクリと頷いた。
「そう。わたしたちを、助けてくれるの」
 そう言って、膝の上のピシカを見下ろして微笑む。
 ルゥナの目の中には、信頼の色だけがあった。だが、小さな猫を差し出されて「はい神様です」と言われて「そうですか」と即座に頷けるものが、いったいどれほどいるだろう。
 当然、エディたちも顔を見合わせて互いの考えを探った。そうして、確認の問いを発したのはトールだ。

「えぇっと、つまり――何から?」
 今度はルゥナが訝しげな顔になった。
「もちろん、邪神よ?」
 小さく首をかしげたその風情は、何故そんなことを訊くのと言わんばかりだ。
「その……仔猫が、どうやって?」
「あなたたちの先祖に『印』を刻んだのはピシカなの」
 また、沈黙。
 エディたちとしてはもっと説明があるかと思っていたのだが、ルゥナの方は彼らが質問するのを待っているようだ。しかし、質問しようにも何をどう突っ込んだらよいのかが判らない。
 誰も何も言わずにいると、痺れを切らしたようにピシカが声を上げた。
「もう! 簡単に言っちゃうとね、大昔にこの世界に邪神が現れたわけ。それを封じる為にあんたたちの先祖に『印』を刻んだんだけどね、その時はちょっと問題があってうまくいかなかったのよ。ルゥナも行方知れずになっちゃったしねぇ」
「ルゥナが行方知れずって……ルゥナは関係ないでしょう?」
 首をかしげたフロアールに、事も無げにピシカが返す。
「あるわよ。ルゥナが一番のカギだもの」
「? でも、その頃にはいなかったでしょう?」
 妹も、以前のエディと同じような疑問を抱いたに違いない。
 チラリとルゥナに目を走らせてから、フロアールが眉間に皺を寄せる。

 ピシカの言葉を丸呑みするなら、ルゥナはその『大昔』にその場にいたことになる。だが、どう見ても彼女は十代半ばの普通の少女にしか見えないのだ。
 そんなフロアールの疑問に気付いたのか、ピシカはパチリと瞬きをしてから、頷いた。
「ああ、そっか。いたわよ。ルゥナはその時から今まで、百五十七年間、眠ってたの」
「え?」
「ルゥナは過去の人間なのよ。御年《おんとし》約二百歳」
 すでにそのことを聞かされていたエディ以外の面々が、ポカンとルゥナを見つめる。その視線に、彼女は少し恥ずかしそうに俯いた。
「にひゃくって……二百?」
 トールが繰り返す。彼に向けても、ピシカは頷きを返した。
「そう。封印されててね。まあ、その間眠りこけてたから、中身的には十四歳のままなんだけどね」
 そう言って、仔猫がヒョイと器用に肩をすくめる。呆気に取られている一同を放ったまま、続けた。
「とにかく、百五十七年前に邪神を封じようとしてルゥナたちと英雄が集められた。でも、しくじった。ようやくこの子を見つけたから、もう一度邪神封じの旅に出発ってわけ。――簡単でしょ?」
「……簡単に言ってるだけで中身はちっとも簡単じゃねぇよ」
「ええ? これ以上ないほど、簡単じゃない」
 面倒臭げなピシカのまとめに、サビエがため息混じりにこぼした。

「その邪神封じには英雄達全員の力が必要なんじゃないのか? マギクはエデストルを滅ぼした――敵だし、ヤンダルムはあの通り、さっぱりその気がなさそうじゃねぇか」
「あら、いざとなったら二人から『印』を消して、別の人間に刻むまでよ」
「そんなことができるのか?」
「当たり前でしょ? そもそも、アンタたちの先祖にアタシが付けたんだから。まあ、問題は、その適性を持った奴を、また探さなくちゃいけないってことかしらね。前はどのくらいかかったんだけ?」
 ピシカがルゥナを見上げると、彼女は小さく首をかしげて少し視線を彷徨わせた。
「えっと……二年か三年くらい?」
「やっぱ、簡単じゃねぇじゃん」
 サビエがぼそりと突っ込んだその一言は、ピシカに無視された。
 他に質問はないの? と言わんばかりに一同を見回した仔猫に、スクートが口を開く。

「だが、実際のところ邪神の脅威というのは、何なんだ? 私達がこれまで暮らしてきた中で、それを被《こうむ》った記憶はないのだがな」
「何言ってんの、被害ありまくりじゃない」
「え?」
 ピシカのひげがヒクヒクと動く。何で判らないのと言わんばかりに。
「アンタたちが言うところの、『魔物』よ」
「魔物……?」
「そう」
 ピシカの尾がぱたりと上下する。
「邪神の力はね、生き物を変化させるの。ありとあらゆる生き物をね――アンタたちが『魔物』って呼んでるのは、邪神の力を受けて変性したヤツらなのよ」

 室内が、シンと静まり返った。
 そして、小さな咳払い。

「普通の鳥とか動物とかが、変わるの……?」
 問いかけたのは、フロアールだ。
 ピシカが彼女の方へ顔を向けて、頷くように瞬きをした。
「そう――元々、アレの力は『生き物をより強いモノに進化させる』ものなのよ」
「より強いモノに? ……それなら、別に悪い事じゃないだろう?」
 今度はトールに目を移し、小首をかしげる。
「強すぎる薬は、毒になるでしょ? おんなじことで、アレの力を、この世界の生き物は受け止めきれないのよね。変わり過ぎちゃうの。個としての寿命も短くなるけど、その上、子孫を残せない。いずれ世界中に蔓延して、全ての生き物が壊れちゃう」
 ピシカの言葉に、ふとルゥナが俯いた。その手が柔らかな慰めを求めるように、ピシカの背中にのせられる。微かに噛み締められた彼女の唇に、エディは、何故そんな顔をするのだろうと思った。
 別に、邪神が生まれたことはルゥナの責任ではあるまいに。
 他の皆の視線は彼女の膝の上の仔猫に集中していて、その膝の持ち主であるルゥナの様子には誰も気付いていないようだった。
 苦しげな彼女に気付いているのは、エディだけだった。

「だけど、何であんたがそんなことを知ってるんだ?」
『神様』への敬意など微塵も感じさせない口調でそう訊ねたのは、サビエだ。
 ピシカは彼に向けてツンと鼻先を上げた。
「知ってるからよ」
 端的にきっぱり言い切って、あとは澄ましている。
 ピシカにそれ以上答える気が無いのは明らかで、スクートとトールがやれやれというように顔を見合わせた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ

天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。 ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。 そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。 よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。 そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。 こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

異世界へ行って帰って来た

バルサック
ファンタジー
ダンジョンの出現した日本で、じいさんの形見となった指輪で異世界へ行ってしまった。 そして帰って来た。2つの世界を往来できる力で様々な体験をする神須勇だった。

酔っぱらったせいで、勇者パーティーを洗脳してしまった

透けてるブランディシュカ
ファンタジー
悪友のせいで酔ったら。(※重複投稿しています)仲仁へび

処理中です...