癒しの乙女の永久なる祈り

トウリン

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第六章:集う者たち

内省②

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 自分が感情を制御できないことは、常々自覚していた。
 重い気持ちでトールを見ると、彼は常に変わらぬ笑みを口元に刻んだまま、軽く首をかしげて見せる。
 彼を見習えというのが、フロアールの口癖だ。それは半ば冗談、半ばからかいからのもので、エディはいつも鼻で嗤って返していたものだ。
 だが、この旅を始めてからというもの、自分の幼稚さが身に滲みる。
 ただの少年なら、別に構わない。
 けれど、エディは王子――いや、レジールが喪われた以上、もうエデストルの王だった。
 民をまとめ、支え、導く者。
 何よりも誰よりも強い者。
 それがこんなふうに感情を露わにしてそれに振り回されていては、駄目なのだ。解かっているのに、やっぱりやってしまう。
 自分を制御できず他の者に当たってしまうということは、取りも直さず、エディの弱さを明らかにしているのだ。

(強くなりたい)
 心の底からそう願うエディの中に、焦燥感のようなものが立ち上がる。
 強く望めば望むほど、まるで空に浮かぶ雲を掴もうとしているかのような心持ちになってしまう。
「俺は、強くなりたいんだ」
 胸の中の呟きが、エディの口を突いて出る。それを聞き止めたトールが振り返った。
「強く?」
「ああ」
 エディはそこで眉間に皺を寄せる。
 では、何をもってして『強い』と言うのか。
 強者といって即座に頭に浮かぶのは、父レジールだ。
 民は皆レジールを慕い頼り、そして彼はそれに苦も無く応えていた。
 父のようになりたいと、エディは思う。
 しかし、その願いと同時に、本当にそれでいいのだろうかという疑問も、頭の片隅にジワジワと染みをにじませ始めていた。
 レジールのようになりたい。けれど、父を模倣し同じものになったとして、それは『エディとしての』強さを手に入れたと言えるのだろうか。

 強くなりたい。
 自分自身の強さを得たい。

 そう思うのに、それがどんなものなのか、判らない。

 だから、エディの胸の中にはいつまでもモヤモヤとしたものが居座り続けている。不甲斐なさに、自分自身を罵りたくなる。

 ――エディが怒っているのは、誰に対してなの? あなた自身?
 不意に脳裏をよぎったルゥナの声に、エディはハッと肩を強張らせた。あの時は、何故彼女がそんなことを言うのか、解からなかった。悪いのはマギクと魔物であって、他の何ものでもなかった――ないと思っていたから。
(確かに、俺は俺に対して苛立ちを覚えている)
 エディはそれを認めた。
 だが――
(いつからだ?)
 国を追われる前も自分の力不足は感じてはいたが、ならばより努力しようという向上心をかき立てられこそすれ、憤ることはなかった。
(俺の中にくすぶり続けるこの怒りは、いったい何なのだろう)
 自問に対する答えは、一つの筈だった。
 それは、マギクと魔物に対するものだ。他に向ける対象がある筈がない。

 ――本当に?

 頭の片隅で、囁きが問い掛けてくる。それは、ルゥナの声のようであり、エディ自身の声のようでもあった。
 生来エディはカッとしやすくはあるが、同時に、その怒りを持ち続けるということはできない性質たちだった。だが、この旅に出てからは、彼の胸の奥にはずっと炎のような熱がくすぶり続けている。
 その理由は、マギクと魔物だと思っていた。しかし、もしかしたら、それだけではないのかもしれない。
 もちろん、妹やサビエにからかわれるのと、味方だと思っていた者に裏切られ国を蹂躙されるのとを同列に置くことはできない。だが。ルゥナに言われたことを考えれば考えるほど、エディの中で何かが揺らいでくる。
 エディはグッと手綱を握り締めた。と、変に力が加わった為か、馬が戸惑ったように足並みを乱す。
 身体が揺れて我に返ったエディは、姿勢を正して馬を落ち着かせた。

「大丈夫かい?」
 眉をひそめたトールが、問いかけてくる。見れば他の面々も案じる眼差しをエディに向けていて、気まずくなった彼は小さく咳ばらいをした。
「何でもない」
 ぶっきらぼうにそう答えると、ポンと一つ、トールの手がエディの肩を叩いていった。
(クソ)
 エディは胸の中で自分を罵った。
 スクートやサビエだけでなく、フロアールやルゥナにも心配をかけている。フロアールは兄と目が合うとサッと表情を変えていつもの彼女に戻ったけれど、ルゥナはあからさまに彼を気遣う色をその目に宿したままだ。
 彼は、そんな目で見られたくなかった。
 護ってやらなければならないと思っている相手からは、特に。
 エディは殆ど顔をそむけるようにしてルゥナの視線から目を逸らし、背筋を伸ばす。

 自分の中を焦がすモノの正体。
 自分が求める姿。

 それを見定めなければ。

 彼はそう己に言い聞かせる。マギクと魔物に対する憎悪だけでこのまま進むわけにはいかないのだと、初めて思った。
 エディは、またそっと振り返る。ルゥナは話しかけてくるサビエに気を取られていて、エディにはその横顔しか見えなかった。
 大柄なサビエの前にあるルゥナの姿は、いっそう華奢で頼りなさそうだ。
 そんな彼女と出逢っていなければ、エディはこんなふうに色々なことを考えようとはしなかっただろう。
 不意にルゥナの頭が動いて、エディとハタと目が合った。
 わずかな間を置いて、彼女がオズオズとした微笑みを浮かべる。まるで、彼に笑顔を向けてよいものかどうか、迷っているような笑みを。
 いつものエディなら、即座に顔をそむけていた。
 今も反射的にそうなりかけた首にグッと力を入れて、エディはそのままルゥナの微笑みを受け止める。そして、彼も笑顔を作った。
 多分それは、引きつっていただろう。
 けれど、ルゥナは一瞬驚いたように瞬きをして、そして、また微笑んだのだ。今度のそれはふわりと花が開いたような温かく柔らかなもので、目にした瞬間、エディのみぞおちの辺りがキュッと縮こまる。

(なんだ?)
 首筋の辺りが、やけにドクドクと脈打っている気がする。
 ギコギコと音がしそうなほどぎこちなく顔を前に戻すと、今度は何やら愉快そうなトールと目が合った。
「……何だよ?」
「別に。ああ、ほらもう城門だ」
 そう言いながら、トールは顎で前方を示す。明らかなごまかしに、エディはムッと空気を吸い込んで、そして答えた。
「ああ、そうだな。ようやくだ」
 不機嫌そのものな彼の声に、トールはこらえきれなかったかのように、プハッと笑いをこぼした。
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