癒しの乙女の永久なる祈り

トウリン

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第六章:集う者たち

内省①

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「驚いただろう? でも、王城を見たら、もっと驚くよ」
「おうじょう?」
 笑いを含んだトールの言葉に、耳慣れない単語だったのだろう、平らな声でルゥナが繰り返した。
 少し後ろの方で始まった朗らかな会話に、エディは耳だけそちらに向ける。
「シュタは中央に城があってね、東西南北でだいたいの役割が決まっているんだよ。南のこの辺は住宅街なんだ。北の方は商店なんかが集められていて、西は学問や研究かな。いろんな分野の学者が日々新しい技術や知識を開拓しているんだ。東は畑があったり、牛や羊がいたり、かな」
「え、塀の中に畑とかもあるの?」
「あるよ、すごく広いのが」
 絶句したルゥナに、彼女を乗せた馬を操っているサビエが補足する。
「人が住む場所は建物を上に伸ばせば何とかなるけど、そういうのはどうしても平面で土地が必要だからなぁ。オレがガキの頃に来た時、東の方の壁を一部壊して、作り直してた記憶がある」
「でも、一度壊したらまた作るのには何年もかかるんじゃないの?」
「いや、確か翌年スクートが来た時には、もうできてたって言ってなかったけかな」
「そんなにすぐできちゃうの?」
「まあ、一年かからなかったのは確かだな」
「すごぉい……」

 感嘆しきりのルゥナの声が、エディの耳にも届く。
 和気あいあいとした三人の会話はそのまま途切れることなく続いている。
 仲間が仲良くやっているのは喜ばしい筈だ。それなのに、一瞬エディの胸の中はざわついた。
「お兄様ったら、そんなふうにムッとするくらいなら、もっと普通にルゥナとお話しなさればいいのに」
 奇妙な不快感に思わず眉をしかめたエディに、呆れたような声を投げてきたのはフロアールだ。彼はそちらに目を向け、眉を上げる。
「はあ?」
「もう、そんな怖いお顔をなさって。会話のとっかかりなんて、なんでもよろしくてよ? それこそ、天気の話から始めたって、いいんです。お兄様の方から声をかけてもらえたら、ルゥナだってもっと寛げますわ」
「俺は、別に彼女と話なんか――」
「まあ。それなら、最後に食べようと取っておいた大好きなおかずを横からサビエに取られてしまったようなお顔をなさってらっしゃるのは、どうしてですの?」
「そんな顔してねぇよ」
「鏡をすぐにお見せできないのは残念ですわ」
 そう言って、やれやれという風情で首を振るフロアールを、エディはギリギリと睨み付ける。

 旅に出てからはエディが塞ぎがちだったのでこういうやり取りは久し振りだったが、国にいた時は、一日一回はこんな兄弟げんか――けんかというよりも一方的にエディがやり込められているだけとも言えるが――が繰り広げられていたものだった。
 フロアールの後ろでスクートが目元をほころばせているのが、いっそう腹立たしい。

「とにかく、俺は、何も気にしちゃいない」
 ピシャリとそう言って話を打ち切ると、エディは視線を真っ直ぐ前に向ける。そんな彼の背後では、楽しげな会話が続けられていた。
「ほら、ご覧」
 その声につられてエディが振り返ると、トールは前方を真っ直ぐ指差していた。その先には、そびえたつ城がある。
「うわぁ」
 シュリータの王都シュタは、門から城を目指すだけならいたって単純な道筋になっている。南北二つの門から城には、真っ直ぐな大通りが伸びているからだ。門をくぐった時からすでにルゥナの視界には巨大な城が入りこんでいた筈だが、気付いていなかったらしい。
 つい、ルゥナの顔に目をやると、彼女は元から大きな目をさらに大きく見開き、同じ形に口もぽかんと開けていた。
 思わずエディは小さく笑ってしまう。そして、真顔に戻った。

 ルゥナの表情は、実に素直だ。
 最初に壁の前に立った時は驚きと若干の怯え、そして門を見て明らかな怯えと不安になって、街並を前にひとしきり感嘆と驚きを浮かべたかと思ったら、不意に沈んだ顔になった。まるで帰り道が判らなくなった幼子のような心許なさがよぎったかと思えば、何かを決意した風情でキッと顔を上げて、それがまた揺らいだ。
 もしかしたら、トールは彼女のそんな様子に何かを感じ取ったから、気を紛らわさせようとしてあんなふうに話しかけたのかもしれない。
 彼だったら、そんな気遣いをさりげなく発揮できる。エディは、何かがおかしいということまでは気付けるけれど、そこまでなのだ。
 何か面白くないような気分を抱えて、エディはむっつりと考え込んだ。

(でも、だったら彼女は何を考えてたんだ?)
 怯えや驚きは判る。
 だが、何故、あんなふうに暗い顔になるのだろう。
 ルゥナは、控えめだけれど、基本的には朗らかだ。いつも柔らかな表情で、彼女がはにかみがちに微かな笑みを浮かべると、空気が温かくなったような感じになる。
 けれど、何かの拍子に、ほんの一瞬、その顔にフッと陰がよぎるのだ。
(まあ、当たり前といえば当たり前か)
 エディは内心で肩をすくめる。
 屈託のない顔の方が、『作った』もので、本当はずっと不安を抱いているに違いない。
 あんな非力な少女が唐突に寄る辺ない状況に放り出されてしまったのだから、へらへら能天気に笑っていられる方が、おかしいだろう。
 エディの周りには、いつも誰かがいた。お目付け役の双子やこまっしゃくれた妹の存在が時には気に障ることもあるけれど、彼らがいなくなることなど、想像すらできない。
 だけど、ルゥナは独りなのだ。
 彼女と親しかった者は、全て百五十年の時の向こうに置き去りにしてきてしまった。
 誰も、残っていない。

(いや、誰も、じゃないな)
 ――彼女には、あの猫がいる。

 エディはムッと唇を捻じ曲げた。肩越しに振り返ると、サビエやトールと言葉を交わしているルゥナと、彼女のその腕の中に丸まっている薄紅色の毛皮が見えた。
 トールの話では、ピシカにはまだまだ隠していることがあるらしい。多分、ルゥナに大きく関わっていることを、あの胡散臭い猫は隠しているというのだ。
 ルゥナはピシカを「神だ」と言うけれど、エディは時折ヒトを見下しているように煌めく金色の目を信じきることができないでいた。
 それなのに、ルゥナは、ピシカを頼りにしている。まるであの薄紅色の小さな身体が唯一この世で頼れるものであるかのように、彼女はいつもそれを抱き締めていた。両手でしっかりと抱き締めていて、他の者にはその指先すらも伸ばす気はないかのように。
 それが、エディにはやけに不満だった。

(もう俺たちがいるんだから、俺たちにだって頼ったらいいじゃないか)
 何かがくすぶる思いで胸の中でそう呟いた彼に、声がかかる。
「どうしたんだい、機嫌が悪そうじゃないか」
 馬を並べてそう問い掛けてきたのは、トールだ。
「別に」
「ふうん?」
 トールが片方の眉を上げて彼を見返してくる。
 むっつりと、まさに不機嫌そのものの態度で答えてしまったことに、エディは自己嫌悪に陥った。
「本当に、何でもないんだ」
 もう一度トールに向けてそう繰り返し、漫然と馬を進ませつつ眉間に皺を寄せる。
(多分、こういうところがダメなんだ)
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