癒しの乙女の永久なる祈り

トウリン

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第六章:集う者たち

苛立ち①

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 芳しく色とりどりの花が咲き乱れるシュタの王城の中庭。そのほぼ中央に置かれた丸い卓に、ルゥナとフロアール、そして女王シュリータが集っていた。
 シュリータの侍女のルジャニカが真っ白な器に鮮やかな紅色の茶を注ぎ、主と彼女の二人の友人の前に配っていく。

「きれい……」
 ルジャニカが差し出す器を受け取ったルゥナが、磁器の純白とお茶の深紅の対比に目を奪われながら感嘆の声を漏らす。キラキラした彼女の眼差しに、シュリータが得意げに頷いた。
「見事な紅色だろう? 改良を重ねたイヌイバラに香草や茶葉を加えたものだ」
「香りも素敵でしょう? わたくし、これに糖蜜をたくさん入れるのが好きなの」
 言いながら、フロアールはさっそく黄金色の蜜を数匙すくって茶に入れている。
「ルゥナもいかが?」
「蜜にはいくつか種類があるからな。色々試してみるがいい。フロアールが入れたヤツも良いが、こっちも美味いぞ」
 両側から交互に言われ、ルゥナはどちらから先に応じようか決められず、結局どちらにも答えられないようだった。そんな彼女に救いの手を伸ばしたのは、ルジャニカだ。侍女は苦笑混じりに二人をたしなめる。

「シュウ様もフロアール様も、せっかち過ぎますわ。ルゥナ様が困っておいでです。お茶の時間はゆっくりと過ごすものですよ」
「そうだな、すまない、ルゥナ」
「ルジャニカのおっしゃるとおりですわね」
「ううん、そんな……」
 今度は同時に謝られ、ルゥナはほんのりと頬を染めて視線を卓の上の茶に落とした。その仕草に、三人がクスクスと笑う。

 何とも平和な光景だ。
 彼女たちの笑い声を聞きながら、いつものようにルゥナの膝の上で丸まっているピシカは、その呑気な雰囲気にひげをヒクヒクと震わせていた。

 シュリータが言い出した『お茶会』とやらは、のんびりと流れていく。
 フロアールの旅の間のちょっとした笑い話やシュタの街中での噂話など、取るに足らないおしゃべりを際限なく垂れ流しながら。
 ピシカは尻尾をパタリパタリとルゥナの腿に打ち付けながら耐えていたが、ついに我慢しきれなくなる。

「ちょっと、女王サマ?」
 ヒョイと卓の上に飛び乗りシュウをねめつけたピシカに、あわあわとルゥナが手を伸ばす。
「ピシカ!」
 ルゥナの膝の上に戻されたピシカは身体を一振りして彼女の手を振り払うと、両の前脚を卓の縁にのせて身を乗り出した。
「あんた、王サマじゃないの? なのにこんな所でこんなふうにくっちゃべってていいわけ? 他の連中は作戦会議とか何とか、やってるんでしょ?」
 食ってかかるピシカに、シュリータは切れ長の目を一瞬丸くした。そして、ニヤリと笑い、言う。
「何度目にしても、猫がしゃべるというのは妙な感じがするものだな」
「はあ?」
 この状況で、言うに事欠いて口にするのはそれか。

 最初にピシカがシュリータやルジャニカの前で口を開いたのは、ここに来てすぐ、謁見の間で彼女達と初顔合わせをした時だ。これまでの経緯をエディやトールから聞かされ、そしてピシカが補足の為に言葉を発した時、シュリータは言った。

「これは面白い」

 と。

 その時ピシカは、もしかしたら、このシュリータは少し頭が弱いのではないだろうかと思ったものだ。百五十年前のシュリータは冷静沈着知的な男で、どちらかと言うとカルの方に似ていた。
 ふざけた感想を口にした槍の『印』持ちは、更に言ったのだ。「もう少し喋って見せてくれ」と。
 今またいたって能天気な台詞を吐いたシュリータに、ピシカはイラッと身を震わせる。
 小さな身体の薄紅色の毛が逆立っているのを見て、女王が苦笑混じりに言う。
「まあ、そう怒るな。物にはそれが置かれるべき場所というものがあるのだ。私は机上であれこれ捻くるのは向かん。そういうのはカルの奴の仕事なのだよ」
「だからって言ってこんな所で遊んでていいもんでもないでしょ」
「やることもないのにボウッとクソつまらん野郎どもの面を眺めているなど、無駄でしかない」
 うそぶいたシュリータは、次いで、フッと微笑みの形を変えた。

「ピシカが焦る気持ちはよく解かるが、急いては事を仕損じる。ヤンダルムの動向も、まだ何の報せもないしな」
 能天気な伊達女から一転して上に立つ者の顔になったシュリータに、ピシカはフンと小さく鼻を鳴らして卓から脚を下ろす。再びルゥナの膝の上で丸くなり脇腹に鼻先を突っ込んだピシカの背中に、小さな手がそっと置かれた。
 一瞬、それに噛み付いてやろうかと思ったけれど、結局そのままになる。

(何で、こんなにイライラしなきゃなんないのよ)
 ピシカ自身にも判らない。
 だが、同行者が増えるにつれ――ルゥナが彼らと交わす笑顔が増えるにつれ、ピシカの中でザワザワとうごめく何かも膨らんでいく。特にそれは、こんなふうに穏やかな時を過ごしている時に、強まった。
 百五十年前だって、ソワレは言うまでもなく、五人の『印』持ちも皆、ルゥナを大事に扱っていた。それこそ、傷一つ付けてはならない宝珠のように。
 それは、当然だろう。
 彼女は邪神に対抗するためのほとんど唯一の切り札と言っていい存在だったのだから。
 けれど、あの頃は、ルゥナが下にも置かない扱いを受けていても、別に何も感じなかったのだ。

(今と昔と、何が違うっていうの?)
 今の方が、皆、無造作でぞんざいに、ルゥナに接しているような気がする――まるで彼女が、普通の、何の力もない、ただの人間であるかのように。
 そんなふうに真剣みが足りていないから、気にくわないのだろうか。
 ピシカには、判らなかった。
 彼女は、ともすればそれに身を委ねてしまいたくなってしまう背中の温もりを無視して、耳をそばだてる。卓を囲んで交わされている会話はヤンダルムについてのことに移り変わっていて、それなら心をかき乱されずに済むような気がしたから。

「ヤンダルムはどう動くおつもりでしょう?」
 微かな不安を滲ませた声でそう言ったのは、散々、ヤンダルムの野蛮さについてあげつらっていたフロアールだ。
「もちろん、我らと共闘するさ」
「ですが、長年、このシュリータを襲い続けてきたのでしょう? それに、ヤン王が膝を屈するとは思えませんが」
「ああ、確かにそれはないだろうな。きっと、偉そうに『休戦』を申し入れてくるよ。まるで、自分達の協力が必要なんだろう? と言わんばかりに」
 続いた忍び笑い。
「ヤン王は愚かではないからね。それに、転身も素早い。ヤンダルムは魔物に襲われたのだろう? 今がどんな状況で自分たちにとって何が必要なのかを理解すれば、余計な自尊心などさっさと捨てて、ヤンダルムにとって最も利のある道を選んでくるよ」
「あんな野蛮でわがままな者たちでも、貴重な戦力には変わりありませんものね……」
 いかにも不服そうに、フロアールが言う。そんな彼女を、おずおずとした声が取り成した。
「でも、そんなにひどいことは、されなかったよね……?」
「まあ、ルゥナ! 女性をあんなふうに拉致したこと自体が、『ひどいこと』でしてよ? 礼節の欠片もなく、ただの『物』みたいに抱え上げて!」
「だけど、怪我はしなかったし、痛くもなかったし……」
 片目を開けたピシカは、少し困ったようなルゥナの微笑みを見る。卓の下にいるピシカの視界には入ってこないが、きっとフロアールは呆れたような顔をしていることだろう。

「ルゥナはずいぶんとヤン王に懐いてしまったようだね」
 そう言ったシュリータの声には、微かなからかいを含んでいた。
「え、や、そんな、ことは……」
 言葉と共にルゥナの手がギュッとピシカの背中を掴む。彼女は、自分がそうしていることには気付いていないようだった。
「まあ、ヤン王は男っぷりはいいからね。懐に入れたものに対しては面倒見がいいし。年はだいぶ離れているが、ギリギリ、赦される範囲かな」
「赦されるって、何が?」
 戸惑うルゥナの問いかけに、ルジャニカが口を挟む。
「いけませんわ! ルゥナ様のように繊細そのものな方があんな山奥で暮らすだなんて、有り得ません」
「何の、話を――」
 ルゥナの小さな呟きはさっくりと無視される。
「そうだなぁ。ああ、そうか、ことが終わったらシュリータに住むといい。誰も身寄りがいないのだろう? だったら、どこに住んでもいいわけだ。家なら用意してやるし、何なら夫も見繕ってあげよう」
 飛躍する話に、すかさずフロアールが参入した。
「ダメです。ルゥナはエデストルに来るのですもの」
「おや、そうなのかい?」
「ええ、もちろん。城があまり壊されていなければいいのですけど……でも、ルゥナ一人くらい、いくらでもお招きできますもの。第一、お兄様が黙っておりませんわ」
 フロアールが最後に投下したその一言に、残る二人が一気にざわめき立つ。
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