癒しの乙女の永久なる祈り

トウリン

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第六章:集う者たち

苛立ち②

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「何? そういうことなのか? エディ王子にもようやく男の自覚が出てきたのか!?」
「まあ……お子様だったエディ様も、ついに、ですわね」
 目を輝かせて喰い付いてくる年長者二人に、フロアールは溜め息混じりにかぶりを振る。
「多分お兄様も気付いておられませんし全然ダメダメですけど、間違いありませんわ」
「それでも大進歩だろう」
「そうですわ。最初から多くを望んではいけませんわ」
「ですが、あまりにも不甲斐なくて。お兄様のルゥナへの態度を目にしていると、お尻を蹴飛ばして差し上げたくなりますの」
 ブツブツ呟く声に続く、はぁ、という小さなため息。そしてフロアールは、一転して明るい声になる。

「で、ルゥナ、エデストルでよろしいのよね? 邪神を封じたら、エデストルに来てくださるのでしょう?」
 突然話を振られたルゥナが、ピシカの背に置いた手をハッと強張らせる。
「え……」
「ルゥナ?」
 すぐさま賛同を得られると思っていたらしいフロアールが、いぶかしげな声で答えを促す。けれどルゥナは、口ごもるばかりだった。
「や、あの……」
 ルゥナの手が、助けを求めるようにピシカの毛を探る。
 彼女には、フロアールの言葉に頷くことはできないのだ。
 ピシカは、その理由を知っている。
(それを知ったら、こいつらはどうする?)
 ピンと立てた耳を澄ませて、ピシカは誰かが何かを言うのを待った。ルゥナが『真実』を暴露して、ピシカが思う姿をシュリータたちが見せてくれるのを心の片隅で望みながら。

「ルゥナ、エデストルはお嫌なの? ここがお気に召したのかしら?」
 がっかりしているのが明らかなフロアールに、ルゥナが慌ててかぶりを振る。
「ちがう、ちがうよ、そうじゃないの。そうじゃなくて……」
 その台詞は尻すぼみになって、すぐに途切れた。
「まさかと思いますけれど、ヤンダルムがよろしいの? ――本気で、ヤン王のことをお好きになってしまわれたの?」
「ヤンダルムのことは好きだけど……」
「いけませんわ、あんな乱暴者。きっとルゥナのことを雑巾のようにボロボロになるまで酷使するに決まってます」
 ぴしゃりと決めつけたフロアールに、しかし、ルゥナは白銀の髪を揺らしてそれを否定する。
「ヤンダルムは、そんなことしないよ」
「おや、随分きっぱりと断言するんだね。根拠はなんだい?」
「こんきょ……? 根拠、は……」
 シュリータに追及されて、ルゥナは俯いた。そんな彼女に、女王が優しげに更に問いかける。
「根拠は?」
 ルゥナの指が、モジモジとピシカの毛をいじくった。毛羽立った背中がムズムズするけれど、ピシカは黙って寝たふりをする。

「あの、ヤンダルムは、昔のヤンダルムにそっくりなの」
 小さな声は、それが『根拠』というにはあまりに弱いものであることを承知している証拠だ。案の定、シュリータが更に切り込んでくる。
「見た目が似ているからと言って、中身もそうとは限らないと思うが」
「中身は、似てるところもあるし――似てないところも……」
「似ている、と思いたいんじゃないのかい?」
「え?」
「君は心細いんだろう。だから、見た目に馴染みがあるヤン王に少し特別な思いを抱いてしまうんじゃないのかな。似ていないところだって多いのに、似ているところに注目してしまうんだ。君が、百五十年前の仲間たちに想いを残しているから、無意識のうちに似ていることを望んでしまうってのは充分に有り得るだろう? 君は、過去に囚われているんだ」
 穏やかなシュリータの言葉に、ルゥナの手が止まる。彼女の身体が強張っているのが、ピシカには感じられた。

 口を噤んだままのルゥナに向けて、淡々とした、けれど温もりのこもる声でシュリータが続ける。
「いいかい、ルゥナ。君が生きているのは、『今』なんだ。昔の事を忘れろなんて言わないが、どうやっても過去に戻ることはできないのだから、失ってしまったものを求めるのはやめなさい」
 ルゥナは唇を噛んで俯いている。
 甘ちゃんの彼女に、それは至極難しいことなのだろう――かつてのつながりを思い切るということは。
 こんな時はすかさず場をなだめようとするフロアールも今は何も言わなくて、さやさやと吹き抜ける風が庭木の枝を揺らしていく。

「シュウ様、お手柔らかに」
 そっとルゥナの肩に手を置きながらそう言ったのは、ルジャニカだ。
「ルゥナ様がこの時代に目覚めてからまだ間もないのですから、そんなにすぐには気持ちを切り替えることは難しいでしょう」
「だけどな、ルジャニカ」
「こういうことは、どうにかしようとしてどうにかなるものではないでしょう? 『今』の人々と触れ合って、好きな人をたくさん作れば、きっと自然と過去を過去にできますわ」
 その台詞に、ルゥナがパッと顔を上げる。そうして、これだけは、と言わんばかりの勢いで言い募る。
「わたし……わたし、ちゃんとこの時代の人も好きです。フロアールとか、エディとか、トールとか……シュウも、ルジャニカのことも好きなの。だけど……」
 彼女の声は次第に小さく、震えを帯びたものになり、最後は囁きだった。

(バカな子だわ。どうせ、すぐに彼らとも別れなければならないのに)
 ピシカはパタリと尻尾を揺らす。すぐに誰にも彼にも心を許してしまうルゥナは、愚かだとしか思えなかった。とりわけ、この先にあることを考えれば。
 と、不意にシュリータが立ち上がる。そうして身を屈めて、ルゥナをその腕の中に抱き締めた。宥めるように頭の天辺に口づけて、言う。

「悪かった、確かにルジャニカの言うとおり、急がせ過ぎだな。私は単純で気が短いんだ。大丈夫、君は強い子だ。きっと、いずれ全てが良くなるよ」
 それこそ、根拠なんて微塵もないのに、自身に満ち溢れた声。
 だが、そんなシュリータの言葉に、ルゥナの身体が微かに震えた。少し間を置いて、コクリと頷く。その小さな動きにシュリータが微笑んだ。
「さっき私が言ったことは、本気だよ」
「え?」
「全てが終わったら、この国でも、エデストルでも、君の好きなところに行けばいい。どこに行っても君は受け入れられるだろう。行く先々で君は大事な人を作り、君を大事に想う人ができる」
「はい……」
 呟きと共にピシカの背中からルゥナの手が離れていった。それはおずおずとシュリータの身体に添えられる。
 その些細な仕草に、ピシカの中がチクリと疼く。その痛みは一瞬で、何がそれをもたらしたのか、彼女にも判らなかった。

(?)

 馴染みのない感覚に眉間に皺を寄せているピシカをよそに、シュリータはもう一度ルゥナをギュッと抱き締め、その頭をポンと叩いて、彼女から離れる。
「さて、そろそろ楽しいお茶会もお開きにするか。――ちょうど、何か動きがあったようだしな」
 それまでの気楽な声音が低くなり、真っ直ぐに背を伸ばしたシュリータの視線がスッと動いた。彼女の緑の目がこちらへ駆けてくる一人の兵士に向けられる。
「あら……会議が終わったのでしょうか」
「いや、違うんじゃないかな。あれは、恐らく――」
 首をかしげたルジャニカに答えるシュリータの台詞は、彼女の前で直立した兵士の敬礼で止められた。
「シュウ様、至急謁見の間へいらしてください」
「何事だ?」
 その答えを知っているかのような鷹揚な態度でシュリータが兵士に訊ねる。そうして彼が告げたその報せに、女王はにんまりと満足そうな笑みを浮かべたのだった。
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