癒しの乙女の永久なる祈り

トウリン

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第六章:集う者たち

休戦

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 ヤンダルム王到着の報告に、会議を切り上げたエディたちは謁見の間へと移動した。どこかへ姿をくらましていたシュウたちも、少し遅れて現れる。
 シュウ、ルジャニカ、フロアール、そしてルゥナと続いたが、最後に入ってきたルゥナの表情に、エディは眉をひそめた。フロアールからは、『お茶会』なのだと聞いていたからだ。
(まあ、こんな事態に何やってんだよって感じだけど、普通はそれって楽しいもんじゃないのか?)
 朝食の席でシュウからそのお茶会とやらに誘われた時、ルゥナは驚いた顔をしていたけれど、それがどんなものなのかを説明されると、嬉しそうでもあったのだ。はにかむような淡い微笑みがその頬に確かに浮かんでいたのを、エディは覚えている。それなのに、今の彼女はどこか沈んだ表情をしていて、エディはフロアールへと視線を移した。彼と目が合った妹は、心を読ませない笑顔を返してよこす。
 シュウ女王やルジャニカのことを熟知している、とは言わないが、ルゥナをいじめるようなことをするとは思えない。
(また、独りで何か思い悩んでいるのか?)
 そう思うと、苛々した。

 エディは、ルゥナの助けになってやりたいと思う。
 しかし、彼女は手を伸ばしてこようとしない。
 エディにはルゥナのことが理解できていないから、彼女の方から求めてくれないと、どうしてやったらいいのか判らないのだ。

 エディの隣にフロアールが立ち、その向こうでルゥナが足を止める。エディは彼女に声をかけようとしたが、それよりも先に大きな扉が音高く開け放たれた。
「おでましだ。おやおや、随分厳重だね」
 言いながら、トールがクルリと目を回して見せる。
 確かに、厳重だ。謁見の間に招き入れられたヤン王と彼の二人の従者は、周りを十人以上のシュリータ兵に囲まれていた。だが、ヤンの力を熟知しているシュリータとしては、当然の警戒だろう。
 エディは肩をすくめてトールに返す。
「俺からしたら、縄をかけてないのが不思議なくらいだけどな」
 そうして、歩いてくるヤンを睨み付けた。

 ヤンダルムは、シュリータの者にとっては常習的な襲撃者であり、エディたち一行にとっては大事な少女二人を拉致した輩だ。自然、ヤンに向ける一同の眼差しは鋭いものとなる。
 だが、そんな彼らを前にして、飛竜の国の蛮王は、全く悪びれた素振りは無く至極堂々と胸を張っていた。
 ヤンが従えてきたのは二人の従者のみ。シュウが命じれば即座に自由を奪われるだろうという状況で、彼は薄らと笑みすら浮かべていた。

(なんか、腹立つな……)
 ふと思いついて、エディはルゥナにチラリと目を走らせる。と、ヤンを見つめる彼女は嬉しそうに微笑んでいて、それがまた苛立ちを掻き立てた。
「多分、無事で良かったとか、そんなだよ、きっと」
 こそりと耳に囁き声が注ぎ込まれる。
「何のことだよ?」
「べっつにぃ」
 ニヤニヤしながらトールがそう言って、前を向く。
 その知ったかぶった態度に足でも踏んでやろうかと思ったが、グッとそれをこらえてトールに倣って向き直った。
 ヤンのゆったりとした足取りが、シュウとカルが座る玉座の前で止まる。

「さて、久し振り――でもないな。この間我が国の備蓄庫を襲撃してくれたのは、いつのことだったかな。ふた月ほど前か?」
 玉座の上でふんぞり返り、高々と脚を組んだシュウがにこやかに言った。そんな彼女に、これまたまるで天気の話をしているのかという口調で、ヤンが答える。
「いや、かれこれ三ヶ月ほどになるかな。そろそろまたいただきに参ろうかと思っていたところだった」
 その時、エディには、ピシッと音を立ててその場の空気が凍りついたのが感じられた。
 ゆっくりと、シュウが椅子の背に預けていた身体を起こし、ヤンをねめつける。
「へえ? なら、これはその前のちょっとした表敬訪問ってやつかな? それとも……宣戦布告かい?」
「後者の予定もあったんだが、少々事情が変わったものでな」
「事情、か。それは予期せぬお客さんのことか?」
 薄らと口元に――口元だけに笑みを浮かべながらそう言ったシュウへ、ヤンは肩をすくめて頷いた。

「エディ王子たちから聞いているのだろう? まったく、正直言って、予想外だった」
 あっさりとそう認めた彼に、エディは嫌味の一つも言いたくなる。
「へえ? 俺達を捕まえてた時とは随分違うな。あんなに息巻いてたじゃないか、魔物なんか屁でもないって」
 だがしかし、その嘲笑もヤンはいとも平然と受け流した。
「まあな。だが、あの襲撃で兵の四分の一がしばらく動けなくなった。剛竜《バタルゴル》も四頭やられた。あいつらをそれなりになるまで育てるのは一苦労なんだがな。想定外の損失だった」
「いつもそちらは一方的に襲ってさっさと引き上げていくものな」
 揶揄するシュウに、ヤンは笑う。
「何かを手に入れる為にやることで、失うものの方が大きかったら意味がないだろう?」
「貴殿は矜持があるのかないのか今一つ判らんな」
「もちろんあるさ、シュウ王。私なりのものが、な」
「その矜持故に、これまでの敵と手を組むと?」
 その問いに、ヤンは肩をすくめただけだった。

 悪びれない態度に、エディは一歩を踏み出した。淡々としたヤンから、何か反応を――もっと生々しい反応を、引き出してやりたくなる。
「何だよ、ヤンダルムは魔物に襲われたんだろう? あんたなら、自分でやり返したいとか思うんじゃないのか?」
「確かに、私一人の欲求だけで動けるならば、是非ともそうしたいところだがな。残念ながら、この肩にはヤンダルムの民の命を乗せているんだ。個人的な感情で動くわけにはいかないだろうが」
 多少面白くなさそうな顔付きなのは、やはり『協力』するのが不本意だからなのだろう。それでもこの場に訪れたのは、このまま意地を張っていても国の利にはならないと見極めたからだ。
(個人的な感情)
 ヤンが口にしたその言葉にエディはグッと押し黙る。彼を駆り立てているのは、まさにそれだ。
 他に何か言い分は? とでも言いたげなヤンの眼差しに、エディは二の句を継ぐことができなかった。
 会話が途切れ、不遜さは相変わらずだが、要らぬ見栄を張って無駄死にを出すことは良しとしないと公言した王に、トールがにっこりと微笑む。

「賢明な判断ですね。ヤンダルムを襲ったのは魔物たちのほんの一部ですよ。どうも、少なくともあの三倍はいるみたいで」
「魔物だけならどうとでもなるがな」
 そこで初めて、ヤンが渋面になった。トールが首をかしげて問いかける。
「あなたが気にしているのは、最後に残ったあの長衣の男のことですか?」
「そうだ。あれは魔物というよりも化け物だな。……雑魚が一斉に戦闘不能になったのは、トール王子の仕業だろう? 聖弓の力か?」
「ええ、僕も知りませんでしたが」
「たいしたものだ」
「ありがとうございます」
 短いが心からの賞賛がこもったその言葉に、トールがニコリと笑顔になる。が、すぐにまた表情を改めた。

「でも、僕の聖弓の力は、一人だけ残ったあの男には、全く効いていなかった――と、ああ、あなたもですね、ヤン王。何でも、『印』を持つ者は神器の力の影響を受けないらしいですよ」
「ほう、それは初耳だな」
 呟いたヤンの視線が、一瞬ルゥナに向けられた。その目が何か物言いたげに煌めいたが、結局何も言うことなく、またトールへと戻される。
「ということは、アレも『印』持ちか? まさか。あいつは人間ですらなかったぞ? どこからどう見ても魔物の仲間だ」
「そう、まさか、ですよね……」
 トールが言葉を切って考え込む。皆が皆それぞれに思うところがあるらしく、誰も口を開こうとしなかった。

 エディの頭の中にも、グルグルと色々な事が入れ代わり立ち代わり湧いてくる。

 ヤンが認めるほどの圧倒的な力を見せた長衣の男。
 着実に近づきつつある魔物とマギク兵の群れ。
 そして、ヤンが見せたあの姿勢。

 日和っている、とエディは言ってやりたかった。
 自分たちの力で魔物たちと対峙すると言っていたではないか、と。
 簡単に前言を撤回した彼を、嗤ってやりたかった。

 なのに、できなかった。

 ついさっきまでエディの胸の中に渦巻いていた、大言壮語を翻していとも簡単に仇敵に尻尾を振ってきた――情けない王であるヤンへの反感が、消えてしまっている。
(なんで、なんだ?)
 簡単に前言を撤回するというのは、正しくない。
 信念は貫くべきだ。
(俺は、そうする。俺は、マギクを赦したりはしない)
 不意に、ルゥナの悲しげな眼差しが頭の中をよぎる。

 マギクは敵だ。

 エディがそう言う度に、彼女は何かを訴えかけるように彼を見つめてくる。

(俺は、そう簡単には変わったりしない)
 両の拳を握りしめて、エディは自分自身に言い聞かせるように胸の中で言う。そうしないと、心の中に築いた壁がボロボロと欠片が零れ落ちていくような気がしてならなかった。
「で、これはあくまでも『休戦』なわけですね?」
 不意に、淡々とした声が場に響いた。
 沈黙を破ったのは、カルだ。
 ひんやりとしたその声に、ヤンの視線が動く。
 長年愛する祖国を襲い続けていた敵国の王を見るカルの目には、なんの感情も浮かんでいない。
 ――蔑みも、怒りも、憎しみも。

「あなた方の扱いを、考えなければなりませんからね。この危機が通り過ぎれば再びあなた方が我々の敵になるというならば、残念ながらこのシュタでの行動は制限させていただかなければなりません」
「まあ、それは当然だろうな。もちろん、今だけのことだ。いつまでも慣れ合うつもりはさらさらないさ」
 『仲間』として認めているとは程遠いカルの台詞にそう答え、ヤンがにやりと笑う。
「シュリータが我らに下ると言うならば、構わないが?」
「ご冗談を」
 表面だけはにこやかなカルとヤンの間に、ビリビリと痺れるような空気が漂う。そこに手を挿し入れれば、スッパリと皮膚が切り裂けそうだった。
 微かな衣擦れの音がして、エディの視界の片隅にルゥナがたじろいだように身じろぎするのが映る。と、それに気付いたように、呑気な、いや、呑気を装ったシュウの声が、二人の間に割って入った。

「おいおい、カル。フロアールとルゥナが怖がるじゃないか。それくらいにしておけ」
 姉の言葉に逆らうことのないカルは、小さく肩をすくめてそれを受け入れる。
「では、ヤンダルムの方々には特別に部屋をご用意いたしましょう」
 カルの目配せで十数人のシュリータ兵が動く。虜囚さながらのその扱いを、ヤンは、むしろ楽しそうに受け入れていた。
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