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第六章:集う者たち
理由①
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ひんやりした風が吹き抜け、白銀の髪が柔らかくなびいた。空は真っ青に晴れ渡っていて、澄んだ空気を吸い込みながら、ルゥナは目を閉じ心持ち顔を仰向ける。
また目蓋を上げると、広い世界が目の前に広がった。
目覚めてから、もうずいぶん時間が経った気がするけれど、未だどこか馴染めずにいる、世界が。
ふ、と、小さな吐息が無意識のうちに口から漏れる。
と。
「あれ、先客だ」
不意に響いたのんびりしたその声に、ルゥナはパッと振り返った。
立っていたのはトールで、いつもと変わらぬ優しげな微笑みを浮かべている。
「ここ、ルゥナも良く来るの?」
そう言いながら、彼がルゥナの隣に並んだ。
今二人がいるのは、王城の中にはいくつもある露台のうちの一つだ。見張り台となっている最上階ではない、けれどそれなりに上階にあって気まぐれで足を伸ばす場所でもない、そんな所だ。
中途半端な位置にあるから他に人が来ることは滅多にない。ルゥナがここを見つけたのは、シュタに着いてから三日ほどしてからのことだった。ぼんやりと考え事をしたい時には、ルゥナはここからシュタの街並みと塀の向こうに広がる平原を眺めるようになっていた。
ルゥナがここを選んだのは、誰も来ないからであって。
(わたし、いない方がいいのかな……)
ルゥナが一人で考え事をしたいように、トールもそうしたいのかもしれない。
もじもじと半歩後ずさった彼女に、トールがにっこりと笑いかける。
「その必要はないよ」
「え?」
思わず、ルゥナはキョトンとトールを見返した。彼はルゥナの背に手を当て手すりの方へと促しながら、言う。
「君の方が先にいたんだから、ここにいたらいいよ。あ、もしかして独りになりたかった? そう言えば、ピシカもいないね。それなら、僕の方が遠慮するよ」
「え、あ、違うの、ピシカがいないのはあの子がどこかに行っちゃったからで……」
本当は、彼が言ったように独りになろうと思ってこの場所を選んだわけだけれど、ルゥナは思わずかぶりを振ってしまう。
「あれ、そうなんだ? いっつも、まるで僕らを君に近付けまいとしてるみたいにぴったり君にくっついてるのに」
「ピシカは……最近、何だか機嫌が悪くて……すぐにどこかに行ってしまうの」
「ふうん……まあ、彼女にも色々あるんじゃないかな?」
首をかしげながらのトールの言葉に、ルゥナは微笑む。
「前は、こんなじゃなかったんだけど。わたしはピシカを怒らせてばかりだったけど、ずっと傍にいてくれてたの。ソワレがちょっとやきもち妬くくらいに」
「ソワレ?」
無意識のうちに口にしてしまったその名に、トールが反応する。
「誰だい? 『印』持ちの英雄じゃないね」
ルゥナは、一瞬答えようかどうしようか迷った。ソワレについての確かなことを、今の彼女は何一つ持っていなかったから。
躊躇って、そして決める。
「ソワレは……ソワレは、わたしの双子の弟なの」
「弟? ああ、そうか……それは、寂しいね」
そう言いながら、トールは温かな眼差しでルゥナに向けて微笑んだ。
ルゥナが百五十年以上昔の人間だということを受け入れているトールは、当然、彼女の弟だという者がもうこの世にはいない存在だと認識したのだろう。
(百五十年……だけど、ソワレは……)
目を伏せたルゥナの脳裏に、黒衣をまとった姿がちらちらと浮かぶ。
「ルゥナ」
キリ、と欄干に爪を立てたルゥナの手に、そっとトールが彼の手を重ねてきた。
「爪が欠けちゃうよ」
彼はルゥナの手を取り、包み込む。
「君は、百五十年という時間だけでなく、もっと色々なことでも僕たちと距離を置いているような気がするよ。きっと、かつての英雄たちとのつながりは、何にも代えられないものだったんだろうね」
どこか寂しそうな微笑みにチクリと胸が痛んで、ルゥナは思わず顔を伏せてしまう。
トールの言うことは、半分正しくて、半分間違っていた。
確かに、かつての英雄たちは皆『世界を救うために邪神を倒す』という志を一つにしていて、それまでソワレ以外の人と心を通わせることのなかったルゥナには、その感覚がとても新鮮で、そしてとてもうれしかったのだ。
自分が、ソワレ以外の人に受け入れられているというその感じが、とても心地良かった。
叶うことなら、またあんなふうになりたいとルゥナは願ってしまう。
エディとかフロアールとかトールとか、今一緒にいるみんなのことも、もちろん、信じている。それに、かつての仲間たちには感じたことのない温もりのようなものを、彼らには感じている。
けれど時折、どうしても戸惑って、そして寂しくなってしまうのだ。
エデストルはマギクを憎んでいて、シュリータとヤンダルムは反目しあっていて、マギクはエデストルを傷付けた。
こんなふうにバラバラで、本当に目的を果たすことができるのだろうかと、不安になってしまう。もっと、一つになって欲しいと思ってしまう。
(そう言えば、トールはいったいどんなふうに考えているんだろう?)
ルゥナは急に気になった。
トルベスタの末裔の少年は流れる雲のようで、どこかとらえどころがない。トルタが魔物に襲われて皆が国を追われてしまったということも飄々と流していて、エディのように恨みに目を光らせるようなこともなかった。
トールと言葉を交わすことはあるけれど、二人きりで話し込んだことはない。だから、彼のことはあまりよく知らないままだった。
「トールは、なんでこの旅についてきたの? エディとフロアールが友達だから? エディがマギクと魔物を倒したいというから、それを助ける為に一緒に来たの?」
以前に、そんなようなことを言っていたような気がする。
首をかしげて問い掛けたルゥナを見下ろすと、トールは微笑みを浮かべた。優しげだけれど、今一つ心の内を読み取らせない微笑みを。
「確かに始まりはエディたちのことを放っておけなかったっていうのだけど、今はもちろん邪神を倒すという君の為でもあるよ。もしもエディが国を取り戻したところで満足して旅を止めたとしても、君が邪神を倒す為に旅を続けると言うなら、僕は君と一緒に行く」
「なぜ? トルベスタの――国の、みんなの為? この世界が大事だから?」
かつての仲間は、みんなそうだった。個人的なことは抜きにして、みんな、世界の為に戦おうとしてくれていたのだ。彼女がそう訴えかけたから――彼女の心に呼応して。
ルゥナはトールの口から、同じ言葉を聞きたかった。誰か一人でもいいから、同じ志を口にして欲しかった。
けれどトールは、すがるような眼差しのルゥナをジッと見つめ返して小さく笑う。
「僕はそんな大それたことは考えていないよ」
「え?」
ルゥナは目を瞬かせる。
「僕が君と行くのは、僕に『印』があるからだよ」
ごく当然の事のようにそう言われたけれど、やっぱりよく解からない。
ルゥナの目にその疑問がありありと浮かんだと見えて、エディが苦笑する。
「『印』があるから渋々っていうわけじゃないんだよ。ただ、僕の中に『行かない』という選択肢がないだけなんだ。僕にとって『印』は特別なものではなくて、生まれた時から存在する、僕の一部なんだよね。まあ、今まではあんまり実感したこともなかったんだけど、ほら、ヤンダルムで、ピシカと君に導かれて力を使っただろう?」
問われて、ルゥナは頷く。
また目蓋を上げると、広い世界が目の前に広がった。
目覚めてから、もうずいぶん時間が経った気がするけれど、未だどこか馴染めずにいる、世界が。
ふ、と、小さな吐息が無意識のうちに口から漏れる。
と。
「あれ、先客だ」
不意に響いたのんびりしたその声に、ルゥナはパッと振り返った。
立っていたのはトールで、いつもと変わらぬ優しげな微笑みを浮かべている。
「ここ、ルゥナも良く来るの?」
そう言いながら、彼がルゥナの隣に並んだ。
今二人がいるのは、王城の中にはいくつもある露台のうちの一つだ。見張り台となっている最上階ではない、けれどそれなりに上階にあって気まぐれで足を伸ばす場所でもない、そんな所だ。
中途半端な位置にあるから他に人が来ることは滅多にない。ルゥナがここを見つけたのは、シュタに着いてから三日ほどしてからのことだった。ぼんやりと考え事をしたい時には、ルゥナはここからシュタの街並みと塀の向こうに広がる平原を眺めるようになっていた。
ルゥナがここを選んだのは、誰も来ないからであって。
(わたし、いない方がいいのかな……)
ルゥナが一人で考え事をしたいように、トールもそうしたいのかもしれない。
もじもじと半歩後ずさった彼女に、トールがにっこりと笑いかける。
「その必要はないよ」
「え?」
思わず、ルゥナはキョトンとトールを見返した。彼はルゥナの背に手を当て手すりの方へと促しながら、言う。
「君の方が先にいたんだから、ここにいたらいいよ。あ、もしかして独りになりたかった? そう言えば、ピシカもいないね。それなら、僕の方が遠慮するよ」
「え、あ、違うの、ピシカがいないのはあの子がどこかに行っちゃったからで……」
本当は、彼が言ったように独りになろうと思ってこの場所を選んだわけだけれど、ルゥナは思わずかぶりを振ってしまう。
「あれ、そうなんだ? いっつも、まるで僕らを君に近付けまいとしてるみたいにぴったり君にくっついてるのに」
「ピシカは……最近、何だか機嫌が悪くて……すぐにどこかに行ってしまうの」
「ふうん……まあ、彼女にも色々あるんじゃないかな?」
首をかしげながらのトールの言葉に、ルゥナは微笑む。
「前は、こんなじゃなかったんだけど。わたしはピシカを怒らせてばかりだったけど、ずっと傍にいてくれてたの。ソワレがちょっとやきもち妬くくらいに」
「ソワレ?」
無意識のうちに口にしてしまったその名に、トールが反応する。
「誰だい? 『印』持ちの英雄じゃないね」
ルゥナは、一瞬答えようかどうしようか迷った。ソワレについての確かなことを、今の彼女は何一つ持っていなかったから。
躊躇って、そして決める。
「ソワレは……ソワレは、わたしの双子の弟なの」
「弟? ああ、そうか……それは、寂しいね」
そう言いながら、トールは温かな眼差しでルゥナに向けて微笑んだ。
ルゥナが百五十年以上昔の人間だということを受け入れているトールは、当然、彼女の弟だという者がもうこの世にはいない存在だと認識したのだろう。
(百五十年……だけど、ソワレは……)
目を伏せたルゥナの脳裏に、黒衣をまとった姿がちらちらと浮かぶ。
「ルゥナ」
キリ、と欄干に爪を立てたルゥナの手に、そっとトールが彼の手を重ねてきた。
「爪が欠けちゃうよ」
彼はルゥナの手を取り、包み込む。
「君は、百五十年という時間だけでなく、もっと色々なことでも僕たちと距離を置いているような気がするよ。きっと、かつての英雄たちとのつながりは、何にも代えられないものだったんだろうね」
どこか寂しそうな微笑みにチクリと胸が痛んで、ルゥナは思わず顔を伏せてしまう。
トールの言うことは、半分正しくて、半分間違っていた。
確かに、かつての英雄たちは皆『世界を救うために邪神を倒す』という志を一つにしていて、それまでソワレ以外の人と心を通わせることのなかったルゥナには、その感覚がとても新鮮で、そしてとてもうれしかったのだ。
自分が、ソワレ以外の人に受け入れられているというその感じが、とても心地良かった。
叶うことなら、またあんなふうになりたいとルゥナは願ってしまう。
エディとかフロアールとかトールとか、今一緒にいるみんなのことも、もちろん、信じている。それに、かつての仲間たちには感じたことのない温もりのようなものを、彼らには感じている。
けれど時折、どうしても戸惑って、そして寂しくなってしまうのだ。
エデストルはマギクを憎んでいて、シュリータとヤンダルムは反目しあっていて、マギクはエデストルを傷付けた。
こんなふうにバラバラで、本当に目的を果たすことができるのだろうかと、不安になってしまう。もっと、一つになって欲しいと思ってしまう。
(そう言えば、トールはいったいどんなふうに考えているんだろう?)
ルゥナは急に気になった。
トルベスタの末裔の少年は流れる雲のようで、どこかとらえどころがない。トルタが魔物に襲われて皆が国を追われてしまったということも飄々と流していて、エディのように恨みに目を光らせるようなこともなかった。
トールと言葉を交わすことはあるけれど、二人きりで話し込んだことはない。だから、彼のことはあまりよく知らないままだった。
「トールは、なんでこの旅についてきたの? エディとフロアールが友達だから? エディがマギクと魔物を倒したいというから、それを助ける為に一緒に来たの?」
以前に、そんなようなことを言っていたような気がする。
首をかしげて問い掛けたルゥナを見下ろすと、トールは微笑みを浮かべた。優しげだけれど、今一つ心の内を読み取らせない微笑みを。
「確かに始まりはエディたちのことを放っておけなかったっていうのだけど、今はもちろん邪神を倒すという君の為でもあるよ。もしもエディが国を取り戻したところで満足して旅を止めたとしても、君が邪神を倒す為に旅を続けると言うなら、僕は君と一緒に行く」
「なぜ? トルベスタの――国の、みんなの為? この世界が大事だから?」
かつての仲間は、みんなそうだった。個人的なことは抜きにして、みんな、世界の為に戦おうとしてくれていたのだ。彼女がそう訴えかけたから――彼女の心に呼応して。
ルゥナはトールの口から、同じ言葉を聞きたかった。誰か一人でもいいから、同じ志を口にして欲しかった。
けれどトールは、すがるような眼差しのルゥナをジッと見つめ返して小さく笑う。
「僕はそんな大それたことは考えていないよ」
「え?」
ルゥナは目を瞬かせる。
「僕が君と行くのは、僕に『印』があるからだよ」
ごく当然の事のようにそう言われたけれど、やっぱりよく解からない。
ルゥナの目にその疑問がありありと浮かんだと見えて、エディが苦笑する。
「『印』があるから渋々っていうわけじゃないんだよ。ただ、僕の中に『行かない』という選択肢がないだけなんだ。僕にとって『印』は特別なものではなくて、生まれた時から存在する、僕の一部なんだよね。まあ、今まではあんまり実感したこともなかったんだけど、ほら、ヤンダルムで、ピシカと君に導かれて力を使っただろう?」
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