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第六章:集う者たち
理由②
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あの時、トールは初めてなのにとても見事に『印』の力を引き出した。
トールは、目をルゥナから外し、彼方に広がる平原へと向ける。
「僕には、力がある。力があるなら、それを使うのが力を持つ者の義務なんだよ」
「でも、それは、トールが望んだわけではないでしょう?」
いうなれば、勝手に押し付けられたものだ。
「ピシカに言えば、他の人に移してもらうこともできる、よ?」
「そうなんだ? だけど、さっきも言っただろう? この『印』は僕の一部なんだって。『印』を持つ者は英雄の末裔であり、神器を守り、いつかその力を振るう――生まれた時から、それが僕に負わされていたんだよ」
「重荷じゃ、ないの? 要らないって思ったことはなかった?」
「そう思う余地もなかったね。もう、皮膚のようなもので、それを引きはがしたら、僕は僕じゃなくなってしまう」
ルゥナは、悄然と肩を落とした。そんな彼女を、トールが覗き込む。
「ごめんね、がっかりした? もっと、やる気を見せて欲しかったよね」
苦笑混じりにそう言われ、ルゥナはかぶりを振った。
「ううん、そうじゃないの。そうじゃなくて――無理強いは、したくないの」
トールが言うのは、最初から『印』が無ければ、ついてこなかったということだ。『印』があるから、彼は来ざるを得ないということなのだ。
それが強制でなくて、なんだというのだろう。
うなだれたルゥナの頬に、そっと温かなものが触れる。トールの手に頬を包まれて、彼女は顔を上げた。
「無理強いではないよ。物事の大小にかかわらず、人はその人ができることをすべきなんだから。もしも僕に一粒の種を蒔くことしかできないのであれば、僕はそれに力を尽くすだろう。この『印』の力で世界を救う手助けができるのであれば、持てる力の全てで、それを成し遂げるんだ」
真っ直ぐに目を合わせてくるトールには、全く揺らぎが感じられない。
「エディは怒りの為、シュウ女王とヤン王は自分たちの国の為。かつての英雄たちに比べると小さい理由かもしれないけれど、大事なのは目的を果たすことであって、最終的に望んだ結果が得られれば、動機がどんなものかなんて、取るに足らないものなんじゃないかな」
言い終えるとトールは頭を下げて、ルゥナの額にそっと口付ける。
「大丈夫。気持ちを完全に一つに重ねる必要はないんだ。ヒトは色々な考えを持つものだからね。ある部分は共感して、ある部分は反発する。でも、そういう色んなところを好きになれるのが、友達なんだ」
トールが、にっこりと笑う。とても優しく、温かに。
「僕は君のことが好きだよ。出会ってから君の色々なところを見て、君という人を知って、君を好きになった。君が何をしようとしているかとかは、全然関係なくね」
赤の他人からそんなふうに言われたことがなくて、ルゥナは何と答えたらいいのか、判らなかった。やけに、頬が熱い。
「フロアールも、サビエもエディもそうだ。素っ気ないけど、スクートやバニークだって、君のことが好きだよ。君のことを良く知れば、シュウ王やルジャニカ、カルだって、君を好きになる」
バカみたいに突っ立ったままのルゥナから、トールがそっと身体を離す。見つめられてオタオタと視線を彷徨わせる彼女に、彼はくすりと笑った。
「さて、と。そろそろおしゃべりはおしまいだ。僕はちょっと用事を終わらせておかないと」
「用事?」
頬を手のひらで冷やしながらルゥナがその言葉を繰り返す。
「そう」
頷いたトールは懐を探り、何かを取り出した。彼の親指ほどの大きさの――笛のように見える。
「それは?」
「まあ、見ててご覧」
そう言って彼はそれをくわえると、鋭く息を吹き込んだ。
ヒュイ、ヒュイ、ヒュイ、と、高く澄んだ音が空に響き渡る。
「その音……旅の途中でも聞いたことがある」
「あ、気付いてた?」
「何かの鳥の声かと思ってた」
「ある意味、そうかもね」
にんまりと笑うトールに首をかしげたルゥナにも、じきにその意味が判った。
「あ……」
ひらりと、二人の頭上を何かが横切る。
ルゥナは一瞬、空の欠片が落ちてきたのかと思った。
トールが片手を高く上げると、その指先にルゥナの拳ほどの大きさをした鮮やかな青い色をしたものが舞い下りた。彼の手の上で、ピュイ、と可愛らしい声と共にそれは小さく首をかしげる。愛らしいその仕草に、ルゥナは思わず微笑んだ。
「小鳥?」
「そう。速翼鳥《パサール》だよ。ヤンダルムの速竜《アサルゴル》よりも、速く長く飛べるんだ。マギクなんかはこの鳥に更に風の魔法をかけて使役したりする」
ルゥナに向けて説明をしながら、トールは小鳥の脚に付けられている小さな筒から何かを取り出した。
「こうやって、遠く離れた場所にいる者と遣り取りするんだ。僕が魔物の動向を掴んでいられるのも、これのお陰だよ」
トールが指先で摘まんでいるものは小さく巻かれた紙で、彼は器用に片手だけでそれを広げる。ルゥナが覗き込むと、細かい、彼女が知らない文字がびっしりと書き込まれていた。
その文面に目を走らせていたトールの顔が、サッと引き締まる。
笑みを絶やさぬ彼の厳しい顔付きに、ルゥナの胸がざわめいた。その表情を見れば、あまり芳しくない内容であることは容易に想像がつく。
彼女が見守る中、トールは、顔を上げてはるか遠くに広がる地平の彼方へと視線を向けた。
「どうしたの? 何て書いてあるの?」
尋ねたルゥナに、トールは真っ直ぐ前を見つめたまま、答える。
「いよいよ、だよ」
ルゥナは、ハッと息を呑む。彼の言わんとしていることは、すぐに理解できた。身を乗り出して彼と同じ方向に目をやったけれども、彼女には何も見つけることができなかった。
「まだ、見えない。ヤンダルムの国境を越えたところだ。彼らの移動速度なら、五日前後でここに到達するだろうな」
「五日」
「もしかすると、もっと早いかもしれない」
魔物とマギクとの、戦い。
できれば、起きて欲しくない。
けれど、どうやっても避けられない。
「これを乗り切らないと、邪神の所には行けないんだよね」
「そうだね、シュウ王もヤン王も、自分の国が魔物に蹂躙されるのを放っていくことはできないから。取り敢えず、もう襲ってこられない程度には魔物の群れをやっつけてやらないとね」
つまり、たくさんの命を奪わなければ、次には進めないということだ。
ルゥナは暗鬱とした気持ちで地平を見つめる。
これは、必要のない戦いの筈だった。少なくとも、百五十年前には起きなかったことだ。
(何で、何がこんなふうにさせてしまっているのだろう)
ソワレ。
不意に、その名がルゥナの頭に浮かぶ。
あの、長衣の男。
不自然なほどに統制が取れた魔物の襲撃に彼が何か関与していることは、疑いようのないことだった。
そして、もしも――もしも彼がソワレなら。
(本当に、そうなの? あなたはソワレなの? 今、どこで何してる? ……何を、考えてるの?)
今、無性に、彼と会って、そして言葉を交わしたくてならなかった。
トールは、目をルゥナから外し、彼方に広がる平原へと向ける。
「僕には、力がある。力があるなら、それを使うのが力を持つ者の義務なんだよ」
「でも、それは、トールが望んだわけではないでしょう?」
いうなれば、勝手に押し付けられたものだ。
「ピシカに言えば、他の人に移してもらうこともできる、よ?」
「そうなんだ? だけど、さっきも言っただろう? この『印』は僕の一部なんだって。『印』を持つ者は英雄の末裔であり、神器を守り、いつかその力を振るう――生まれた時から、それが僕に負わされていたんだよ」
「重荷じゃ、ないの? 要らないって思ったことはなかった?」
「そう思う余地もなかったね。もう、皮膚のようなもので、それを引きはがしたら、僕は僕じゃなくなってしまう」
ルゥナは、悄然と肩を落とした。そんな彼女を、トールが覗き込む。
「ごめんね、がっかりした? もっと、やる気を見せて欲しかったよね」
苦笑混じりにそう言われ、ルゥナはかぶりを振った。
「ううん、そうじゃないの。そうじゃなくて――無理強いは、したくないの」
トールが言うのは、最初から『印』が無ければ、ついてこなかったということだ。『印』があるから、彼は来ざるを得ないということなのだ。
それが強制でなくて、なんだというのだろう。
うなだれたルゥナの頬に、そっと温かなものが触れる。トールの手に頬を包まれて、彼女は顔を上げた。
「無理強いではないよ。物事の大小にかかわらず、人はその人ができることをすべきなんだから。もしも僕に一粒の種を蒔くことしかできないのであれば、僕はそれに力を尽くすだろう。この『印』の力で世界を救う手助けができるのであれば、持てる力の全てで、それを成し遂げるんだ」
真っ直ぐに目を合わせてくるトールには、全く揺らぎが感じられない。
「エディは怒りの為、シュウ女王とヤン王は自分たちの国の為。かつての英雄たちに比べると小さい理由かもしれないけれど、大事なのは目的を果たすことであって、最終的に望んだ結果が得られれば、動機がどんなものかなんて、取るに足らないものなんじゃないかな」
言い終えるとトールは頭を下げて、ルゥナの額にそっと口付ける。
「大丈夫。気持ちを完全に一つに重ねる必要はないんだ。ヒトは色々な考えを持つものだからね。ある部分は共感して、ある部分は反発する。でも、そういう色んなところを好きになれるのが、友達なんだ」
トールが、にっこりと笑う。とても優しく、温かに。
「僕は君のことが好きだよ。出会ってから君の色々なところを見て、君という人を知って、君を好きになった。君が何をしようとしているかとかは、全然関係なくね」
赤の他人からそんなふうに言われたことがなくて、ルゥナは何と答えたらいいのか、判らなかった。やけに、頬が熱い。
「フロアールも、サビエもエディもそうだ。素っ気ないけど、スクートやバニークだって、君のことが好きだよ。君のことを良く知れば、シュウ王やルジャニカ、カルだって、君を好きになる」
バカみたいに突っ立ったままのルゥナから、トールがそっと身体を離す。見つめられてオタオタと視線を彷徨わせる彼女に、彼はくすりと笑った。
「さて、と。そろそろおしゃべりはおしまいだ。僕はちょっと用事を終わらせておかないと」
「用事?」
頬を手のひらで冷やしながらルゥナがその言葉を繰り返す。
「そう」
頷いたトールは懐を探り、何かを取り出した。彼の親指ほどの大きさの――笛のように見える。
「それは?」
「まあ、見ててご覧」
そう言って彼はそれをくわえると、鋭く息を吹き込んだ。
ヒュイ、ヒュイ、ヒュイ、と、高く澄んだ音が空に響き渡る。
「その音……旅の途中でも聞いたことがある」
「あ、気付いてた?」
「何かの鳥の声かと思ってた」
「ある意味、そうかもね」
にんまりと笑うトールに首をかしげたルゥナにも、じきにその意味が判った。
「あ……」
ひらりと、二人の頭上を何かが横切る。
ルゥナは一瞬、空の欠片が落ちてきたのかと思った。
トールが片手を高く上げると、その指先にルゥナの拳ほどの大きさをした鮮やかな青い色をしたものが舞い下りた。彼の手の上で、ピュイ、と可愛らしい声と共にそれは小さく首をかしげる。愛らしいその仕草に、ルゥナは思わず微笑んだ。
「小鳥?」
「そう。速翼鳥《パサール》だよ。ヤンダルムの速竜《アサルゴル》よりも、速く長く飛べるんだ。マギクなんかはこの鳥に更に風の魔法をかけて使役したりする」
ルゥナに向けて説明をしながら、トールは小鳥の脚に付けられている小さな筒から何かを取り出した。
「こうやって、遠く離れた場所にいる者と遣り取りするんだ。僕が魔物の動向を掴んでいられるのも、これのお陰だよ」
トールが指先で摘まんでいるものは小さく巻かれた紙で、彼は器用に片手だけでそれを広げる。ルゥナが覗き込むと、細かい、彼女が知らない文字がびっしりと書き込まれていた。
その文面に目を走らせていたトールの顔が、サッと引き締まる。
笑みを絶やさぬ彼の厳しい顔付きに、ルゥナの胸がざわめいた。その表情を見れば、あまり芳しくない内容であることは容易に想像がつく。
彼女が見守る中、トールは、顔を上げてはるか遠くに広がる地平の彼方へと視線を向けた。
「どうしたの? 何て書いてあるの?」
尋ねたルゥナに、トールは真っ直ぐ前を見つめたまま、答える。
「いよいよ、だよ」
ルゥナは、ハッと息を呑む。彼の言わんとしていることは、すぐに理解できた。身を乗り出して彼と同じ方向に目をやったけれども、彼女には何も見つけることができなかった。
「まだ、見えない。ヤンダルムの国境を越えたところだ。彼らの移動速度なら、五日前後でここに到達するだろうな」
「五日」
「もしかすると、もっと早いかもしれない」
魔物とマギクとの、戦い。
できれば、起きて欲しくない。
けれど、どうやっても避けられない。
「これを乗り切らないと、邪神の所には行けないんだよね」
「そうだね、シュウ王もヤン王も、自分の国が魔物に蹂躙されるのを放っていくことはできないから。取り敢えず、もう襲ってこられない程度には魔物の群れをやっつけてやらないとね」
つまり、たくさんの命を奪わなければ、次には進めないということだ。
ルゥナは暗鬱とした気持ちで地平を見つめる。
これは、必要のない戦いの筈だった。少なくとも、百五十年前には起きなかったことだ。
(何で、何がこんなふうにさせてしまっているのだろう)
ソワレ。
不意に、その名がルゥナの頭に浮かぶ。
あの、長衣の男。
不自然なほどに統制が取れた魔物の襲撃に彼が何か関与していることは、疑いようのないことだった。
そして、もしも――もしも彼がソワレなら。
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