癒しの乙女の永久なる祈り

トウリン

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第七章:叶えられた再会

戦場①

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 ルゥナが今立っているのは、救護所に入る為の細い脇道だ。まずは、城から東西南北に向けて伸びている主通路に出なければならない。
 救護所から主通路までは一本道なので、迷う余地はなかった。さほど時間をかけることなく、それまでの三倍ほどの広さの通路に出る。そこには、物資の運搬や怪我人の搬送で、慌ただしく人が行き来していた。うっかりすると、ルゥナなど弾き飛ばされそうだ。

「えっと、南は右だから……」
 ほんの一瞬左右に目を走らせ、ルゥナは頭の中で地図を確認する。そうして、走り出した。
 通路の南端、外壁の南門のある場所まではかなりの距離があって、走り詰めのルゥナの息が切れてくる。
「ちょっと、アンタ、大丈夫?」
 ゼイゼイと喉を鳴らしているルゥナに、さすがにピシカが気遣わしげな声をかけてきた。それに小さく首を振って、声無く「だいじょうぶだ」と答える。ルゥナは確かにどんな怪我を負ってもどんな病を患っても死ぬことはないけれど、体力は人並み――いや、やや人並み以下だ。
 時々どうしようもなくなって少し歩き、回復したらまた走る。けれど、ルゥナの足が止まることは無かった。

「ああ、ほら、あれじゃない?」
 ピシカがルゥナの肩に爪を立ててそう言ったのは、彼女がちょっともう無理かも、と思い始めた頃だった。
 目を上げると、確かに正面が行き止まりになっている。壁には、上へと続く梯子がかけられていた。その下には、護衛の兵士が数人立っている。

「着いたぁ……」
 思わずそうこぼしたルゥナは、ハッと気を引き締める。これからが本番なのだ。
 少し足を緩めて、息を整えながらそちらに向かう。

「あれ、あなたは……」
 ルゥナに気が付いた兵士の一人が、いぶかしげに声をあげた。
「こんな所で何をされていらっしゃるんですか?」
「あの、外に出させてもらえますか?」
「え?」
 唐突なルゥナの言葉に、その場の四人の兵士が顔を見合わせる。そして、最初に声をかけてきた男がかぶりを振った。そのまま、梯子とルゥナの間に立ち塞がる。
「いけません。外がどんなふうになっているか、ご存じでしょう」
「でも、壁の上に行きたいんです」
 ルゥナの願いに、兵士の顔が余計に厳しくなった。
「壁の上って……駄目です。危険過ぎる」
「わたしならだいじょうぶです」
「ですが――」
「お願いします」
「いいえ、どうか救護所にお戻りください」

 互いに一歩も譲らない。
 と、それまでルゥナの肩の上で不機嫌そうに尻尾を揺らしていたピシカが、突如毛を逆立てた。
「グダグダうるさいわね! いいから通しなさいよ!」
 シャーッと威嚇の声を交えた彼女に、兵士四人がザッと後ずさる。
「猫が……しゃべった……」
 ピシカが人語を操るというのは、別に隠していることではないけれど、兵士末端にまでは知られていない。
 まるで魔物を見るような目をピシカに向けて――いや、まさに魔物と思っているのに違いない。彼らの手は腰の剣の柄にかけられていた。ピシカがほんの少しでも動く素振りを見せていたら、即座に切りつけられていたかもしれない。

 殺気立った空気に気後れしながら、それでもルゥナは顔を上げてきっぱりと告げる。
「あの……ピシカは、魔物じゃないです。わたしたちは『特別』なんです。だいじょうぶですから、外に出させてください」
 まさか、心臓をえぐられても死なないですから、とは言えず、ルゥナはそんなふうに言葉を濁した。
 ピシカがしゃべるということは知られていなくても、ルゥナが『印』を持つ者たちと同等の存在であるということは、知られている。それに、瀕死の兵士を何人も救ったという話は、もう都の隅々まで届いていた。
 ルゥナは自分が見た目通りの非力でか弱い少女ではないのだと強調しようと、精一杯胸を張った。

 ルゥナの台詞に再び兵士たちは顔を見合わせ、そしてようやく頷く。
「……判りました。では、お通ししましょう。我々はここを離れられませんが、この梯子の上までお送りします。ですが、本当に、くれぐれも気を付けてください」
 その声にはまだ彼女のことを案じる響きがありありと滲んでいたけれど、彼らはその場から一歩下がった。

 ルゥナは梯子に手をかけ、登る。
 半分ほど来たところで、一つ上の踏桟にかけたルゥナの足が滑った。

「っ!」

 ズルリと落ちかけた彼女を、すかさず伸びてきた手が支える。
「あと少しですよ。大丈夫、私が下にいますから、落としません」
 梯子にしがみついて心臓をバクバクさせながら固まったルゥナに、下からそう声がかかる。ついてきてくれた兵士だ。
「ありがとう」
 強張った微笑みで礼を言って、ルゥナは息を吸い込んだ。そうして、また上の踏桟を掴む。
 手を伸ばせば天井に触れられるほどの所までルゥナが来た時に、彼女の真上の天井が鈍い音と共にゆっくりと動き出した。
 そこに救護所の床にあったのと同じくらいの大きさの穴が開くと、音も止んだ。
 その先からは、何も物音は聞こえてこない。
 頭上にぽかりと開いたその穴へおっかなびっくりルゥナが頭を進ませてみると、中は小部屋になっていた。

 ルゥナは残りの梯子を登りきって、そこに出る。四隅の灯りがぼんやりと室内を照らしていた。部屋は狭く、大人が十人もいたら詰まってしまいそうなほどだ。
 ルゥナに続いて部屋の中に立った兵士が、壁の方へと進む。彼が何かをいじると、かちりという音が小部屋の中に響いた。パッと見ただけでは判らないけれど、どうやら彼がいる辺りに扉があるようだ。
「この扉から出られますが――外には魔物が溢れ返っています」
 そう告げた兵士は、ルゥナをジッと見つめてきた。彼女が「やっぱり帰ります」と言い出すことを期待しているのだろう。けれど、ルゥナは、そうしなかった。
「ありがとうございました」
 ぺこりと頭を下げてそう言うと、兵士が心配そうに顔を曇らせる。
 ルゥナは扉があるという場所に歩み寄り、兵士を見上げた。彼は小さく息をつき、扉を押し開ける。

 外の光が射し込んでくると同時に、そこに溢れる音がルゥナの鼓膜を打ち鳴らした。

 怒りと苦痛の怒号、咆哮、悲鳴。

 救護所内にいた時に壁越しに聞こえてきたものよりも鮮明で、ルゥナは思わず息を呑む。けれど、そこにとどまっているわけにはいかなかった。この扉は、すぐに閉じなければならないのだから。
 狭い隙間を擦り抜けるように外へ足を踏み出したルゥナの身体が、半分ほど外に出た時だった。

「フギャオウゥッ」
「きゃっ」

 すさまじい悲鳴と共に、彼女のすぐ横にどこからか毛皮の塊がもんどりうって転がってくる。それは壁に叩き付けられ、ぐったりと地面に横たわった。
 その獣だけでは、ない。
 見れば、あちらこちらに力を失った身体が転がっている。
 人も、四足の獣も、翼の生えた何かもいた。
 石畳には赤い染みがいたるところにあって、不規則な模様を描いている。
 金属じみた生臭さに、ルゥナは気持ちが悪くなる。
 その臭いは、数多の命が失われたことの証だった。

「ああ、なんて……」
 呆然と呻いてよろめき、壁に寄りかかったルゥナに正気を取り戻させたのは、やはりピシカだった。
「ちょっとアンタ! しっかりしなさいよ!」
 ひらりと肩に飛び乗った仔猫が、唸りながらルゥナの蒼白な頬を引っ掻く。その声と痛みに、ルゥナはハッと我に返った。
「ピシカ……」
「ここにいたら喰われちゃうわよ。さっさと動きなさいよ!」
「う、うん」
 頷き、ルゥナは左右に目を走らせた。
 左手に、壁に沿って築かれた階段がある。幅は大柄な男が二人並んで歩ける程度か。柵はなく、壁側に手すりがあるだけだ。
 見上げると、先ほどの梯子など比ではない高さに目がくらみそうになる。

「……やっぱやめとく?」
 竦んだルゥナに、肩の上からピシカが言う。ルゥナは一、二度唾を呑み込んで、かぶりを振った。
 止めるわけには、いかない。
「行こう」
 ルゥナはギュッと手を握り、誰よりも自分自身に聞かせる為に声に出してそう言った。
 そうして、意を決して階段の方へと走る。
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