癒しの乙女の永久なる祈り

トウリン

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第七章:叶えられた再会

聖槍①

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「貴女は聖槍の遣い手か」
 白馬を軽く叩いて離れるように指示しているシュウに、ソワレが目をすがめる。
「そういう貴公は魔物どもの大将か? だいぶ派手にやらかしてくれているな」
 彼女の緑眼が倒れ伏す兵士達を一巡し、最後に壁にもたれているルジャニカで止まった。スッとその眼差しが冷ややかになり、そのままソワレに向けられた。

「取り敢えず、お嬢さんを放してもらおうか。ルゥナが是非とも君と行きたいと言っているなら別だが、とてもではないがそうは見えないからな」
 揶揄する口調でそう言ったシュウに、ソワレはルゥナにも聞こえてくるほどきつく奥歯を噛み締めた。
「ルゥナは僕と来る。お前たちには任せていられない」
「へぇ……ルゥナ?」
 シュウは目顔で彼女に意志を確認してくる。
 ルゥナは胸元でキュッと手を握り締め、彼女を見つめているソワレを見返し、そして首を振った。
「わたしは、エディたちと邪神を封じるんだよ。わたしの力で」
「ルゥナ」
 低い声が突き刺さるようだ。昔のルゥナなら、ソワレにそんな声を出されたら気が萎えてしまっていたかもしれない。けれど、今の彼女は違う。ルゥナはソワレから逃れようと、彼の胸に手を突っ張った。
「わたしは、ソワレとは行かない。絶対。わたしを助ける為にでも、こんなふうにみんなを傷付けるのは、いや」
 きっぱりとそう告げたルゥナに、ソワレの目から感情が消えた。表情からも、懇願するような宥めるような色が拭い去られる。

「ソワレ……?」
 大事な大事な弟を傷付けてしまった。ずっと、彼女のことを守って大事にしてくれた弟を。
 その事実に、ルゥナの胸が、ツキンと痛む。

「ソワ――」
 心が揺らいだルゥナは、思わずかつての柔らかな丸みが削げ落ちた頬に手を伸ばしてしまいそうになる。が、彼女の指先がピクリと動いたその時、薄紅色の小さな塊が飛び込んできた。

「チッ」
 ソワレの小さな舌打ち。
 彼の右腕には、薄紅色の仔猫が――ピシカが、しがみついていた。
「は、な、し、な、さ、い、よ!」
 唸りを上げて噛み付いてくる彼女を、ソワレはぞんざいに振り払う。そこに小さな身体に対する斟酌は微塵もなかった。
 いとも簡単に硬い床に叩き付けられたピシカは、けれど、全く堪えた様子もなくクルリと立ち上がる。
「無駄よ――」
 言い放ち、再びルゥナたちの元へ来ようとしたピシカに向けて、間髪を入れずにソワレは不可視の力を放った。

「あぅッ」
 ピシカは再び吹き飛ばされ、クタリとなる。今度は、起き上がってはこなかった。
「ソワレ、ひどいよ……!」
 あまりに容赦のないやり様に、ルゥナの声には非難が滲んだ。
 昔の彼もルゥナ以外には冷たかったけれど、ここまでではなかった。
 ソワレは呼吸数回分の間彼を睨み付けているルゥナを見つめていたけれど、やがて無言で彼女を更に高く持ち上げた。そうして巨鳥の背に乗せてしまう。
 束の間彼の手が離れ、すかさず、ルゥナはそこから降りようとした。

 が。

「動くな」
 たった一言。ただそれだけで、彼女の身体はピシリと固まる。
「ソワレ……」
「君はそこでジッとしていて。すぐに片づけてしまうから」
「ダメ、ソワレ、シュウを――みんなを傷付けないで」
 ルゥナは、彼に乞う。しかし、それは逆効果だったようだ。
 彼女のその願いに、ソワレが身にまとう空気が一層冷ややかなものになる。
「君は、随分彼らに思い入れができてしまったようだね。まったく……どんな相手にもすぐに気を許してしまうのは、良くないよ?」
 言いながら、手をルゥナの頬に伸ばしてくる。だが、その指先に伸びている鋭利な爪が彼女の肌に届く前に、ギュッとそれを握り込んだ。
「……おとなしくしているんだよ?」
 そう残し、ソワレはルゥナに背を向けてしまう。

「ソワレ!」
 唯一自由になるその口で名前を呼んだけれど、彼は振り向こうともしなかった。背中で彼女の懇願を拒んで、シュウと対峙する。
 ようやくソワレの意識を向けられたシュウは、やれやれと言わんばかりに肩をすくめた。
「やっと私を思い出してくれたかな?」
「……少し苛々してるんだよね。手加減できないかもしれない」
「その必要はないさ」
 ソワレに向かい合うシュウもまた、不敵な笑みを浮かべ、無造作に聖槍を提げた。
 どちらも声を発することなく互いを窺っている。

 ピンと張りつめた空気。

 新たに駆けつけたシュリータの兵士たちも、主と敵の頭領との間に凡人が割り込む余地がないのを察し、遠巻きにして二人を見守っている。

 長い沈黙ではなかった。
 先に破ったのは、ソワレの方だ。
 それが攻撃の手だとは、その場の誰も思わなかったに違いない。彼は声も無く右手を掲げ、そして斜めに薙ぐようにして振り下ろす。
 ただそれだけの動きだったのに、そこから凶悪なほどの威力を持つ何かが発せられたのがルゥナには判った。
 さっき、ルジャニカや兵士達を薙ぎ倒したものと、同じだ。
 炎や風ではない――多分、純粋な魔力。
 ソワレにはそんな力はなかった筈なのに、この百五十年という月日は、彼を姿かたちだけでなく内に秘めるものも変えてしまったのだ。
 さっきは彼を中心にして放射状に放たれた力が、今はシュウだけに向けられている。

「ダメ、避けて!」
 まともに喰らってしまったら、ただでは済まない。
 叫んだルゥナに、しかし、シュウは涼やかに微笑み、その微笑みと共に槍をかざす。

 瞑目。
 そして、刹那そこに現れたのは、光り輝く壁。

 バシン、と、何かが弾ける音――いや、気配が空気を震わせた。

 シュウは平然とした顔で、変わらずそこに佇んでいる。
「そう言えば、槍はそういう力だったっけ」
 わずかな沈黙の後、つまらなそうな声でそう言ったのは、ソワレだ。
「ふうん……君は神器のことを良く知っていそうだな」
 槍を振って光壁を消し去ったシュウが眉を上げる。ソワレは彼女に肩をすくめて返しただけだった。
「まあ、取り敢えず、君のその妙な力は私の槍の力で防げるらしい」
「シュウ、わかっていたんじゃないの!?」
 彼女の余裕な素振りは、明らかな確信があったように見えたのに。
 ルゥナの声に、シュウはニッコリと笑った。やっぱり、余裕に満ち満ちている。
「まあ、聖槍の力はどうだかわからなかったがな、自分の力は信じている」
 その根拠は? とルゥナはシュウに尋ねたくなったけれど、やめておいた。代わりに小さく笑ってしまう。
「ふふ、やっぱり君は笑っている方が可愛い」
 こんな状況なのに、緊張感の欠片もない。ルゥナは、笑みを深くせずにはいられなかった。
 そんな二人に、ソワレが苛々と割って入る。言葉ではなく、行動で。
 流れるような動きで鋭い爪を振り上げ一気に二人の距離を詰めた彼に、シュウはすかさず反応する。
 ギィン、と耳障りな音。
 シュウを切り裂こうとしたソワレの爪は、聖槍の刃で受け止められた。
 間髪を入れず再び彼女を襲う爪をかわし、シュウは槍を繰り出す。
 軽やかで、速く、鋭い。
 彼女の動きは、ルジャニカのものとよく似ていた。けれど、その切れが段違いであることは、戦いを目にしたことのないルゥナにもはっきりと判った。
 刃の煌めきは流星のように残像だけを残して次々とソワレに襲い掛かる。
 しかしソワレもまた、それを紙一重でかわし続け、槍の動きを縫うようにしてシュウの身体をその爪で切り裂こうとする。

 どちらも、まったく無駄のない動きだった。
 まるで示し合わせたように、ある意味息が合っている。
 どちらもほんの一瞬も息をつく間も与えず攻撃一辺倒なのに、互いの得物は相手の肌をかすりもしない。
 鋭い動きが空気を裂く音ばかり。

 と、不意に槍がまた輝きを放った。
 直後、ソワレの目前に再び現れた壁は、まるで陽炎のように彼を突き抜ける。

「おや、これは利かないのか」
 意外そうにポソリとそうこぼしながらも即座に翻した槍でソワレを薙ぎ払ったシュウが首をかしげる。
「投石器で放った岩も、弾き返せるのだけれどもな、この壁は。確か、『印』を持つ者には、神器の力が効かないのだったか――ということは、つまり、君は『印』持ちということになる」
 シュウの攻撃を避けてソワレが跳び退ったところで、彼女はそう独りごちた。
「随分とルゥナと親しそうだし……益々、君の素性が気になってきたな」
 シュウの呟きはルゥナの耳にも届いて、戦いの真っ最中だというのにそんな余計なことに気を回していいのだろうかと、その呑気さに半分呆れ、その余裕に半分ホッとする。
 けれど、そんなシュウの態度と台詞は、いっそうソワレの神経を逆撫でしたようだった。
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