癒しの乙女の永久なる祈り

トウリン

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第七章:叶えられた再会

聖槍②

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「お前たちと一緒にするな。僕はルゥナを護る為だけに『印』を刻んだんだ。邪神なんか、知ったことか」
 吐き捨てるようにそう言ったソワレの声は、嫌悪に満ちていた。あまりに憎々しげなその言い様に、シュウが眉をひそめる。
「私たちだって、別にルゥナを害そうとはしていないぞ?」
「は! 知らないとは罪だな。お前たちは、これからやろうとしていることがどんなことなのか、解かっていない。ルゥナにどんな犠牲を――」
「ソワレ!」
 ルゥナは、殆ど悲鳴のような声で、彼の言葉を遮った。みんなが全てを知る必要はない。世界を守る為に知っておくべきことだけ知っておけばいいのだ。
 きつく唇を引き結んでソワレを睨むルゥナに振り返った彼は、悲しげな眼差しを彼女に注ぐ。置き去りにされた子どものようなその顔にルゥナの胸は痛んだけれど、彼女の決意はもう固まっているのだ。
 目で、もうそれ以上は言うなと彼に告げる。

「……犠牲、というのは、どういう意味かな?」
 無言で視線を交わし合う二人に、シュウの静かな声が割って入った。
「何でもないよ」
「君が吐かないなら、その彼に口を割ってもらおうか? まあ、拷問などせずとも進んで話してくれそうだがな」
「ダメ、ソワレは言わない……言ったら、絶対、赦さないから」
 強い口調でそう念を押すルゥナに、ソワレは何か言いたげに口を開き、そしてそれを結んだ。
「いいよ、言う必要ないから。君のことは僕が何とかするし、こいつらには関係ない」
 ヒトの恐怖心すら煽りそうな異形の魔人の姿で、ソワレは拗ねたように言う。その様子は、まるで別れた頃の彼のままだった。
「やっぱり、力尽くか……」
 と、つまはじきにされていたシュウが、呟いた。槍を手にして立つ姿が、先ほどまでとは少し違う。ぴり、と、触れたら切れそうな空気が圧力を伴って彼女から放たれている。
 ゆっくりと、ソワレがシュウに向き直った。

「シュウ……」
 ルゥナが名前を呼んだけれど、シュウの視線はソワレにひたと据えられて微動だにしない。
 今度は、先攻をしかけたのはシュウの方だった。
 ソワレとシュウの間には、優に五歩分の距離が開いていた筈だったのに、ルゥナが一つ瞬きをする間にそれはなくなっていた。
 踏み込んだシュウに合わせるように、微かにソワレの頭が動く。ほんの一瞬そむけられた彼の頬に薄く赤いものが滲んでいるのがルゥナの目にも映る。

 ソワレの頬を傷付けたのは、シュウの槍の筈。
 ルゥナには、それがいつ突き出され、いつ引き戻されたのか、全く見えなかった。それほどまでに、速かった。
 さっきの二人の攻防も、人間離れした速さだった。
 けれど、今のシュウの動きはその比ではない。

(ソワレに、勝てるわけがない)
 確かに、さっきの動きにはとても驚いたけれど、ルゥナの知っている彼は、剣や槍とは無縁の少年だった。
 あんなシュウと戦って、ソワレが無事でいられる筈がない。
「お願い、ソワレもシュウもやめて! お願いだから!」
 必死に懇願するルゥナに、ソワレとシュウが同時に振り返った。
「ルゥナがおとなしく僕と来てくれるなら」
「ルゥナが素直に洗いざらい吐いてくれるなら」
 キレイに同調した二人は、不愉快そうに顔を見合わせる。
 そうして、互いに身構えた。
 身体を縛るソワレの魔力が無ければ、しがみついてでもやめさせたいのに。ルゥナは、どんなに力を込めても指先一つ動かせないこの身体に臍を噛む。

「さて、じゃあ、お姫様争奪戦を始めようか?」
 ニヤリと笑ったシュウのその目の輝きは、以前にヤンが見せたものとよく似ていた。紛れもなく、彼女もまた戦いを愉しんでいる。

 再び始まる爪と刃の舞い。
 一振りごとに速度を増していくその動きに、ルゥナの息が詰まる。
 時折、かわしきれなかった槍の切っ先がソワレの長衣を裂き、爪の先端がシュウの鎧を削ぐ。
 いずれかが血を見ることになるのは、時間の問題に思われた。
 二人のどちらにも傷付けられて欲しくないし、傷付けても欲しくない。

(お願い、誰か――)
 目をみはったまま、ルゥナは祈る。
 どこの誰ともつかない存在に。

 ――その声が、その『誰か』の元に届いたのか。

「ルゥナ、無事か!?」
 新たな第三者の声が、その場に割って入る。
 その声の主を、ルゥナは知っていた。
 目だけを動かし、階段から現れたその姿を確かめる。

 太陽のような金色の髪、夏の青空のような瞳。
 いつも真っ直ぐで、迷いながらも前を向いて進もうとする人。

 剣の腕前だとか、戦う能力は、彼はシュウやヤンに遠く及ばないことは、ルゥナも知っている。けれど、何故か、シュウが来てくれた時よりもホッとした。

「エディ」
 彼女の想いは、彼の名前を呼ぶ声ににじみ出る。
 信頼と安堵を含んだルゥナのその声に、戦いの最中だというのにパッとソワレが振り返った。無意識に上げた腕でシュウが振るった槍を受け止めながら。
 普通の人間の腕であれば一刀両断していたであろう聖槍の刃は、ソワレの硬い鱗を打ち砕き、その下の肉体を切り裂く。

 迸る紅い飛沫。

「いやぁ!」
 ボタボタと滴り落ちる血潮を目にした瞬間、絞るような悲鳴と共に、ルゥナの呪縛が解けた。
 巨鳥の背からひらりと飛び降り、ソワレの元に走る。何か考えるよりも先に深くえぐれた彼の腕を包み込み、力を送り込んだ。
 ルゥナの力を受けて傷は瞬時に塞がったけれど、剥がれ落ちた鱗は元に戻らない。完全に癒えた後も、そこだけが、ルゥナと同じ色の皮膚を覗かせていた。
 ソワレの傷を治してホッと息をついたルゥナは、すぐに置かれていた状況を思い出して彼から離れようとした。が、彼女が半歩も下がらないうちに、また強い腕の中に囚われてしまう。
「ソワレ、放して!」
 もがくルゥナの抵抗を封じるように長衣で包み込み、ソワレはシュウ達を睨みながら後ろに下がった。
「ルゥナを放せよ、この野郎!」
 声を上げながら駆け寄ってきたエディが、咆哮と共に抜き放った剣でソワレに切りかかる。
「あ、このバカ」
 呟いたのはシュウだ。
 彼女のその一言とほぼ同時に、ソワレが無造作に片腕を振るった。刹那放出された魔力がエディを襲い、彼を吹き飛ばす。

「うぁっ!」
「エディ!」
「エディ様!」

 双子が駆け寄り、何度も跳ねながら転がっていった主を支える。

「エディって、エデストル? 剣の遣い手?」
 ソワレは、まだ胸を抑えているエディを見据えながら、ルゥナに問う。その声の冷ややかさに喉を詰まらせながら、彼女は頷いた。
「そう。わたしが山の中で倒れてたところを、助けてくれたの」
「山の中で……? ふぅん……」
 ソワレの声の中に、苛立ちを含んだ一切の感情の響きはない。けれど、平板なその返事に、ルゥナはむしろ嫌な予感を覚えた。
「エディは、わたしに優しくしてくれたんだよ? 少し――乱暴かもしれないけれど、とてもいい人なの。ねえ、お願いだから、わたしの言葉に耳を貸して。ほんのちょっとお話したら、きっと、ソワレだってみんなを好きになるから。エディとだって、気が合うと思うの」
 何故か、ルゥナが彼を庇うほど、ソワレを包む空気は重苦しくなっていく。
「ソワレ……?」
 恐る恐る、ルゥナは弟を見上げる。
 彼はルゥナにはチラリとも目を寄越さず、エディやシュウ達を睨み付けたまま、指をパチンと鳴らした。と、その音と共に、倒れ伏して微動だにしていていなかったシュリータの兵達がムクリムクリと立ち上がる。その中には、ルジャニカもいた。

「ソワレ、何を――」
「ただ眠らせてやっても良かったけど、腹が立つから土産を置いていこう」
 彼のその言葉と共に、シュリータ兵達が一斉にエディたちに襲いかかった。
 突如として牙を剥いた味方達に、シュウもエディも不意を突かれる。
「ルジャニカ、何を!?」
 突き出された槍をかわしてその柄を掴んだシュウが、ルゥナの視界の隅に入る。けれどそれ以外は、クルリと向きを変えたソワレの身体の陰になって、何も見えなくなってしまった。
「あの人たちを止めて、やめさせて」
「別に、あれだけ力の差があれば、誰も死なないよ」
 平然とそう言って、ソワレはルゥナを抱いたままヒラリと巨鳥にまたがった。
 どんなにルゥナがもがいても、鋼のようなソワレの腕は緩まない。絶対に逃すものかという決意がそこには満ち満ちている。
 首を捻じってエディたちの姿を確かめようとしたルゥナには、たった四人に群がる兵士の群れしか見えなかった。
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