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神殿からの捜索者
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「シィン様!?」
ピリピリとした空気を突き破るように、唐突に、聞いたことのない男の声が彼女の名を叫ぶ。
その声の方へと目を向けると、そこにいたのは、ケネスともう一人、見慣れぬ長身の男だった。年は二十代半ばというところか。十七にしてはかなり大柄なカイネよりも少しばかり背が高く、少しばかり細身だ。だが、身のこなしから、しなやかな筋肉に覆われていることが見て取れる。
男の目は、真っ直ぐにシィンに向けられていた。というよりも、彼女しか視界に入っていないのではないだろうか。
(誰だ?)
その問いに答えるように、眉をひそめたカイネの隣で声がした。
「ラス」
そちらに目を向ければ、目を見開いたシィンが男を見返している。
(ラス……?)
その名前に、カイネは聞き覚えがあった。薬にうなされていた時、何度も彼女が口にしていたものだ。
一呼吸置いた後、男がこちらに突進してくる。まるで、ようやく飼い主を見つけた猟犬さながらだ。
彼はほとんど飛び込むようにしてシィンの前でひざまずき、そして、その勢いとは裏腹に、まるで宝物をいただくようにそっと彼女の手を取り、自らの額に押し付けた。
「よくぞ、よくぞご無事で……! まさか、このようなところでお会いできるとは――万に一つの可能性に賭けた甲斐がありました!」
シィンを見上げる漆黒のその目の中には、歓喜の色だけがある。
「ラス……なんで、ここに?」
「何故!? 何故とおっしゃいますか? どんなに、心配したかとお思いで? 自分は、シィン様をお捜し申し上げておりました。ああ、でも、何てお元気そうになって……」
感極まった様子の男は、今にも滂沱の涙を溢れさせそうだった。いや、実際に、微妙に涙ぐんでいる。
そんな彼に、シィンは空いている方の手を伸ばした。
「ごめんね、ラス。ごめんね」
なだめるように謝りながら、そっと伸ばした手で、彼の髪に触れている。
その親密な雰囲気に、カイネの胸の中で、何かがチリッと燃えた。それが不快で、二人の間に口を挟む。
「シィン、そいつは?」
問われて、シィンは心底から嬉しそうな笑顔を浮かべた。まさに満面の笑みというやつで、心地よい筈のその顔に、カイネの中の炎が油を注がれたように強くなる。
「ラスよ! 神殿で、ずっとわたしの傍に居てくれた人。ラス、こっちはカイネとローグ。わたしを助けてくれた人」
シィンの紹介に、ラスが立ち上がる。主からカイネに移されたその眼差しは、打って変わって鋭さを帯びていた。わずかと言え見下ろされる形になって、カイネは訳もなくムカついた。
ムッと目を細めた彼に、ラスという男は負けず劣らず胡散臭そうな眼差しを返してきた。
「貴様が……? どういう経緯かは判らんが、とにかく、礼を言おう。自分はシィン様の護衛騎士だ」
至極当然、という風情で感謝の言葉を口にした彼の態度に、カイネは苛立つ。シィンの事で、この男に礼を言われる筋合いはなかった。
「で? なんだよ、こいつの事を連れ戻しに来たのか?」
返答如何によっては、彼を叩きのめしてやるつもりだった。拳を固めながら、カイネは問う。だが、戻ってきたのは、戸惑いに揺れる声だった。
「それは……シィン様が、そう望むのならば……」
口ごもったラスに、カイネの手から力が抜ける。神殿でのシィンの護衛だと言いながら、問答無用で連れ戻しに来たわけではないというのか。
言葉を選びかねているラスの様子に、その場の空気を変える飄々とした声で助け舟が入る。
「久しぶり、カイネ、ローグ。そっちの彼女はシィンちゃんだよね。初めまして、僕はケネス」
そう言いながら、ケネスはシィンの手を取りギュッと握った。初めましてと言いながら馴れ馴れしいのは、アシクあたりから話を聞いていたからなのだろう。意味ありげな視線をカイネに送ってきたから、彼女がここにいる経緯も、知っているに違いない。
神殿からシィンを連れ去ったのがカイネだと知ったら、このラスという男はどう反応するだろう。
(もちろん、怒り狂うよな)
それは、考えなくても充分予想できる自明のことだ。
「ケネス」
シィンに荒事を見せたくなくて、カイネはケネスを眼で牽制する。
だが、そんなカイネの心中を知ってか知らずか――知っているに違いないが――ケネスはニッコリと屈託のない笑顔を寄越してきた。
「やあ、元気にしてた? うん、元気そうだね。ていうか、カイネはまたデカくなったんじゃないかい? ローグは、あんまり変わらないなぁ」
「そんなことより、何でこんなやつを連れてきたんだよ?」
「まあ、話せば長いんだけどさ、彼も、『神殿ってどうなのよ?』って思い始めた人なんだよ。色々あったみたいでさぁ。情報収集の最中に偶々拾ってさ、腕が立ちそうだから、連れてきちゃった。蛮族を追っている、とは聞いてたけど、まさかシィンちゃんの関係とはねぇ」
僕も驚いた、ととぼけた口調で言うケネスだった。その適当さに、いや、ケネスの事だから適当ではないのだろうが、とにかくカイネは腹が立つ。
「シィン!」
語気荒く名前を呼ばれ、彼女がピクンと肩を震わせた。
丸くした目を見据えながら、カイネは言う。
「いいか、とにかく、オレは認めねぇからな!」
呼び捨てと乱暴なその物言いにラスが眉を吊り上げたのが視界をよぎったが、その言葉を投げ捨てて、カイネはその場を後にした。
ピリピリとした空気を突き破るように、唐突に、聞いたことのない男の声が彼女の名を叫ぶ。
その声の方へと目を向けると、そこにいたのは、ケネスともう一人、見慣れぬ長身の男だった。年は二十代半ばというところか。十七にしてはかなり大柄なカイネよりも少しばかり背が高く、少しばかり細身だ。だが、身のこなしから、しなやかな筋肉に覆われていることが見て取れる。
男の目は、真っ直ぐにシィンに向けられていた。というよりも、彼女しか視界に入っていないのではないだろうか。
(誰だ?)
その問いに答えるように、眉をひそめたカイネの隣で声がした。
「ラス」
そちらに目を向ければ、目を見開いたシィンが男を見返している。
(ラス……?)
その名前に、カイネは聞き覚えがあった。薬にうなされていた時、何度も彼女が口にしていたものだ。
一呼吸置いた後、男がこちらに突進してくる。まるで、ようやく飼い主を見つけた猟犬さながらだ。
彼はほとんど飛び込むようにしてシィンの前でひざまずき、そして、その勢いとは裏腹に、まるで宝物をいただくようにそっと彼女の手を取り、自らの額に押し付けた。
「よくぞ、よくぞご無事で……! まさか、このようなところでお会いできるとは――万に一つの可能性に賭けた甲斐がありました!」
シィンを見上げる漆黒のその目の中には、歓喜の色だけがある。
「ラス……なんで、ここに?」
「何故!? 何故とおっしゃいますか? どんなに、心配したかとお思いで? 自分は、シィン様をお捜し申し上げておりました。ああ、でも、何てお元気そうになって……」
感極まった様子の男は、今にも滂沱の涙を溢れさせそうだった。いや、実際に、微妙に涙ぐんでいる。
そんな彼に、シィンは空いている方の手を伸ばした。
「ごめんね、ラス。ごめんね」
なだめるように謝りながら、そっと伸ばした手で、彼の髪に触れている。
その親密な雰囲気に、カイネの胸の中で、何かがチリッと燃えた。それが不快で、二人の間に口を挟む。
「シィン、そいつは?」
問われて、シィンは心底から嬉しそうな笑顔を浮かべた。まさに満面の笑みというやつで、心地よい筈のその顔に、カイネの中の炎が油を注がれたように強くなる。
「ラスよ! 神殿で、ずっとわたしの傍に居てくれた人。ラス、こっちはカイネとローグ。わたしを助けてくれた人」
シィンの紹介に、ラスが立ち上がる。主からカイネに移されたその眼差しは、打って変わって鋭さを帯びていた。わずかと言え見下ろされる形になって、カイネは訳もなくムカついた。
ムッと目を細めた彼に、ラスという男は負けず劣らず胡散臭そうな眼差しを返してきた。
「貴様が……? どういう経緯かは判らんが、とにかく、礼を言おう。自分はシィン様の護衛騎士だ」
至極当然、という風情で感謝の言葉を口にした彼の態度に、カイネは苛立つ。シィンの事で、この男に礼を言われる筋合いはなかった。
「で? なんだよ、こいつの事を連れ戻しに来たのか?」
返答如何によっては、彼を叩きのめしてやるつもりだった。拳を固めながら、カイネは問う。だが、戻ってきたのは、戸惑いに揺れる声だった。
「それは……シィン様が、そう望むのならば……」
口ごもったラスに、カイネの手から力が抜ける。神殿でのシィンの護衛だと言いながら、問答無用で連れ戻しに来たわけではないというのか。
言葉を選びかねているラスの様子に、その場の空気を変える飄々とした声で助け舟が入る。
「久しぶり、カイネ、ローグ。そっちの彼女はシィンちゃんだよね。初めまして、僕はケネス」
そう言いながら、ケネスはシィンの手を取りギュッと握った。初めましてと言いながら馴れ馴れしいのは、アシクあたりから話を聞いていたからなのだろう。意味ありげな視線をカイネに送ってきたから、彼女がここにいる経緯も、知っているに違いない。
神殿からシィンを連れ去ったのがカイネだと知ったら、このラスという男はどう反応するだろう。
(もちろん、怒り狂うよな)
それは、考えなくても充分予想できる自明のことだ。
「ケネス」
シィンに荒事を見せたくなくて、カイネはケネスを眼で牽制する。
だが、そんなカイネの心中を知ってか知らずか――知っているに違いないが――ケネスはニッコリと屈託のない笑顔を寄越してきた。
「やあ、元気にしてた? うん、元気そうだね。ていうか、カイネはまたデカくなったんじゃないかい? ローグは、あんまり変わらないなぁ」
「そんなことより、何でこんなやつを連れてきたんだよ?」
「まあ、話せば長いんだけどさ、彼も、『神殿ってどうなのよ?』って思い始めた人なんだよ。色々あったみたいでさぁ。情報収集の最中に偶々拾ってさ、腕が立ちそうだから、連れてきちゃった。蛮族を追っている、とは聞いてたけど、まさかシィンちゃんの関係とはねぇ」
僕も驚いた、ととぼけた口調で言うケネスだった。その適当さに、いや、ケネスの事だから適当ではないのだろうが、とにかくカイネは腹が立つ。
「シィン!」
語気荒く名前を呼ばれ、彼女がピクンと肩を震わせた。
丸くした目を見据えながら、カイネは言う。
「いいか、とにかく、オレは認めねぇからな!」
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