欠けゆくもの、満ちゆくもの

トウリン

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生贄

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 単身大神殿の偵察に向かったケネスが、戻ってきた。

「どうだった? シィンは?」
 詰め寄るカイネとローグを、彼は「まあ、落ち着け」と言わんばかりに片手で制す。そうして、口をつぐんだままアシク達オトナ勢が待つ卓へと足を進めた。

 今、カイネ達が身を潜めているのは、ケネスがアシャルノウンに来た時に使っている町外れの一軒家だ。
 視線を寄せて情報を待つ一同に、ケネスは渋い顔を向ける。

「どうした?」
 常に飄々としている男があまり見せたことのない表情に、眉根を寄せたアシクが先を促した。
「ええ、まあ、それが……ちょっと、うまくない事態で」
「だから、何だ!」
 あまりに煮え切らないケネスの態度に、アシクが尻を叩く。と、彼はなぜかちらりとカイネの方を見た。そして、歯切れ悪く、『うまくない事態』を口にする。

「神殿の奴ら、どうも、『儀式』をするつもりのようです」
「え!? じゃあ、あいつ、またあの薬を使われちまってんのか!?」
 カッと頭に血を昇らせて声を上げたカイネに、ケネスはかぶりを振った。
「それだけならいいんだけどね……その儀式、今度は『神の娘を神の元に戻す』とか、何とか言ってるんだ」
「はあ?」
「つまりさ、普通の儀式はあの子の『歌』を捧げるんだろ? 今度のは、『あの子自身』を捧げるらしい」
「だから、なんなんだよ。またあの変な薬使ってシィンをおかしくしようってんだろ? だったら、早く助けないと!」

 魔の薬の影響下にあるシィンの痛々しい姿は、まだカイネの記憶に新しい。それはローグも同様らしく、真剣この上ない顔でコクコクと頷いている。
 二度とあんな彼女を見たくないし、シィンが神殿に戻ると言ったときにカイネが一番恐れていたのが、そういう事態だ。万一すでに使われてしまっているなら、一刻も早く彼女を連れ出したい。
 だが、焦る子ども二人を前に、ケネスは更に言い淀む。

「薬なら、まだいいんだけどね……」
「良くない! てかあの薬より悪いって、何なんだよ?」
 要領を得ないケネスの言い方に、カイネはイライラと立ち上がった。リュウがそんな彼の服を掴んで、椅子に引き戻す。そして、ケネスに顔を向けたまま言った。

「それは、彼女を生贄にする、ということか?」
「まあ……そうかも」
 ケネスが頷き、彼の返事に、アシクも渋い顔をする。

 シィンの事だというのに蚊帳の外に置かれっ放しのカイネとローグは、気が気ではなかった。それに、『いけにえ』という言葉は、どこかイヤな気持ちにさせる。

「それって――その『いけにえ』ってのは、何なんだ?」
 問うたカイネに、大人たちはちらりと顔を見合わせると、その中で一番それに詳しいらしいリュウが口を開いた。

「つまり、な、部族によっては、ウサギやら鳥やらを殺して、神に捧げて自分達の平和を祈るってのがあるんだ。北の方では、そう珍しいことではないらしい」
「ウサギを殺して?」
 不穏な台詞を繰り返したカイネは、ハッと息を呑む。
「そう。何をとち狂ったのかはわからんが、シィンをうさぎか何かの代わりにするらしいよ」
「ちょ……っと、待てよ! それって、要はシィンを殺すってことなんだろ!? あんた達、何でそんなに落ち着いてられるんだよ!?」
 椅子を蹴立てて立ち上がったカイネに、いたって冷静に答えたのは、アシクだ。

「生贄にするから、だ。生贄ってからには、それまでは無事だってことだからな。神に捧げる大事な供物に、傷を付けるようなことはしないだろうからな。ケネス、儀式は今日じゃないんだろ?」
「はい、明後日ですね。ただ、彼女がどこにいるかまでは掴めなくて。ああ、でも、ラスは元の彼女の部屋に閉じ込められてましたよ」
「何やってんだよ、あいつは……」
 彼女を守ると言っていた筈の男の不甲斐なさに、カイネはその腹立たしさをぶつけるように卓を殴りつけた。
「まあまあ、こんなところで愚痴を言っていても仕方あるまい。あの子を助ける手立てを考えねばな」
 いきり立つカイネをサラリと流し、アシクは先へ進む。
「下手に神殿内を探し回ってこちらの動きを悟られるよりも、儀式の当日に乗り込むほうが手っ取り早いか。儀式に妨害が入る方が、神が絶対ではないことを示せていいかもしれない」
「そうだな、たかが数人の男にいいようにされる神など、頼りないもいいとこだ」
 リュウが後を引き継いで嗤った。

 大人たちは能天気だ。だが、カイネもローグも、そう鷹揚に構えてはいられない。今頃彼女がどんな扱いを受けているのかと思うと、気が気ではなかった。
「そんな、待っててもいいのかよ!?」
「焦っても得るものは無い」
 落ち着ききったアシクの態度に、カイネたちは、それ以上は何も言えなくなる。唇を噛んだ彼に、アシクは表情を引き締めて続けた。
「その代わり、始まったら速やかに行動しなければならない。恐らく、儀式の最中、神殿には人が詰め掛けていることだろう。武装した警備よりも、何も持たない彼らの方が厄介かもしれないな」

 最後の方は、独り言のような呟きだった。矛盾したその台詞に、カイネは眉根を寄せる。ただの町民が障壁になるとは、思えなかった。ローグもそれは同じだったようで、カイネと似たり寄ったりの顔をしている。
 そんな彼らの様子に、アシクは苦笑した。
「ワシらの相手は民ではなく、神殿――神だろう? それに、盲目になった群集は、一騎当千の一人の戦士よりも手強いものさ」
 見れば、ケネスやリュウもアシクと同意見のようだ。

(でも、何の訓練も受けてない、相手だろう?)
 そんな烏合の衆が、いったんどんな脅威になるというのだろう。

 大人たちが危惧するものが理解できず、カイネとローグは眉根を寄せた顔を見合わせた。
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