欠けゆくもの、満ちゆくもの

トウリン

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潜入

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 巨大な扉の前に立ち、カイネたちは耳を澄ませた。
 その扉が分厚いためか、それとも中が静まり返っているためか、この場から内部の様子を窺い知ることはできない。

「儀式は、もう始まる頃合いなんですけどねぇ」
 扉に耳を押し付けていたケネスが、首を傾げた。
「ゾロゾロ中に入っていくのは見てたしな。まあ、こっちも準備万端整ってることだし、ボチボチ行くとするか」
 そう言って、アシクは背後を一瞥する。
 ムールが率いてきた『反乱軍』は、もうグルリと大神殿を取り囲んでいた。整然と統率された群れは、ざわめき一つ漏らしていない。

 アシクはカイネたちに目を戻して最後の確認をする。
「では、いいか? ワシとケネス、リュウは、もう何人かで陽動に回る。我々が現れれば、儀式を中断せざるを得まい。カイネ、ローグ、お前たちは前に来た時に散々中をうろついたのだろう? まずはラスを助けろ。どうせ、シィンに対する人質にしてやがるんだろうからな。何人か付けてやってもいいが、二人だけの方が動きやすいだろう?」
 ニヤリと笑ったアシクに、カイネは胸を叩いた。
「ああ。任せろ」
「よし、うまくやれよ?」
 ガッと二人の肩に手を置き、力を込めて握り締める。
 カイネとローグはその信頼を受け止めて、深く頷いた。

 と、その時。

 一瞬、大神殿の強固な建物が揺れたような気がした。
 分厚い扉を通して、先ほどまであれほど静かだった内部から、どよめきが漏れ聞こえてくる。そこには、『シィン』という名前が含まれていた。

「始まったようだぞ」
 アシクの言葉に、皆が頷く。
 それを合図に、ケネスが神の住まう宮への入り口を押し開いた。
 ヒトの背丈の三倍はあろうかというその扉は、わずかな軋みもなくするりと動く。

 中には、異様な熱気が満ち溢れていた。遅れてきた参入者に、誰一人として反応しない。
 波打つ群衆の向こう、人々の頭の上に張り出した高座に、一人の優雅な男の姿がある。その向こうには、台と、その上に横たえられたシィンが辛うじて見て取れた。
 寝かされた彼女が身動き一つしないのは、意識がないためだろうか。あるいは、アシクが言うようにラスを盾に取られて抗うことができないのかもしれない。

(もうすぐ、行ってやるからな)
 拳を固く握り締めたカイネは心の中でそうつぶやき、群衆に向けて声を張り始めた男を見据える。美醜に拘りのない彼にも、その男の秀麗さは否定できなかった。

「あれが神官長のキンクスだよ」
 ケネスが一同に耳打ちをした。

 キンクス。
 それは、神殿の中で最も力を持つ者であり、シィンを道具のように扱っていた者だ。
 視線が形を持っているならば、それだけでもその身を真っ二つに切り裂けるであろう眼差しを、カイネはキンクスに向ける。彼は朗々とした声で、演説をぶっていた。

「……――神々の元へ還られます。そうして、神々の国から、我々を見守っていてくださるのです!」
 また、轟く歓喜の声。
「こいつら、これから何が起きるか、解かってんのかよ!?」
 カイネには、理解ができなかった。今まさに、一人の少女が命を奪われようとしているのに、何故、皆、喜びに溢れているのか。
「皆、まともに考えられる頭になっていないんだよ。盲信っていうやつの所為で」
 今にも手当たり次第に周囲の人間を殴りだしそうなカイネに、ケネスが苦笑する。

 が。

「あ、ほら……」
 にわかにケネスの目付きが鋭くなる。

 高座の上ではキンクスが短剣を手にしていた。彼はもったいぶった仕草で民に背を向ける。そうして、シィンが載せられている台の傍に立ち――

「ローグ!」

 アシクのその声でローグは小さな弩を取り出すと、臂の上に小石を置き、一見無造作とも思えるほどのぞんざいさで狙いを付けて引き金を引く。
 勢いよく飛び出した小石は、真っ直ぐに民衆の上の空気を切り裂き、狙い違わずキンクスが手にしていた短刀を弾き飛ばした。

「行け!」
 アシクのその声に、カイネとローグは群衆に紛れて動き出す。
 それとキンクスが広間に響き渡る声で言い放ったのは、ほぼ同時の事だった。

「皆さん、狼藉者です! そこに、神をも恐れぬ不届き者がいます! このままでは、神の罰が下るでしょう! さあ、捕らえるのです!」
 束の間の、静寂。これだけの人数がひしめき合っているにも拘らず、衣擦れの音一つせず、代わりに何か異様な空気がみなぎった。

 が、次の瞬間、それが一変する。

「捕まえろ……」
「捕まえろ」
「捕まえろ!」
 一声生まれたそれはみるみる膨らみ、あれほど静かだった堂内はあっという間に怒号に包まれた。同時に、闖入者に向かって人の波が押し寄せる。

「ローグ、来い!」
 間一髪でアシク達から離れていたカイネとローグは辛くもその波から逃れられ、講堂からその奥につながる廊下へと急ぐ。
 狂気と混乱に支配されたその場から脱する寸前に振り返ったカイネの目には、もう、アシク達の姿は映らない。

(シィンは……)
 高座を見ればそこに人の姿はなく、もがきながら袖に引きずり込まれようとしている華奢な背中があった。

「シィン――ッ」
 危うく声を張り上げそうになるのを、ローグに止められる。
「クソ! 行くぞ」
 唸るように罵って、カイネは捕らわれのラスを解放すべく、走った。
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