凍える夜、優しい温もり

トウリン

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<腕の中の優しい温もり>

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 六年ぶりに訪れた国際線の空港は、六年前と変わらぬ喧騒に包まれていた。

「ようやくだなぁ」

 しみじみとしたたかしの声は、まさに颯斗はやとの気持ちを代弁するものだ。
 高校を卒業してIT系の専門学校で三年、そのあと就職して不眠不休で働き二年。
 綾音あやねが颯斗から離れて行ってしまってから六年が経った。
 彼にとっては、六十年にも感じられる六年だった。

(今の俺は、綾音が望んでいたような人間になれたのだろうか)
 颯斗は自問してみたが、答えは『よく判らない』としか言いようがない。

 だが、もうこれ以上は待てないし、今以上に時間をかけても何かが変わるとは思えない。だったら、さらに時間を経ることに、どんな意味があるだろう。

「お前が行くってこと、報せてないんだよな?」
 物思いにふけっていた颯斗は、隆のその問いかけに我に返る。彼は肩をすくめて答えた。
荘一郎そういちろうにはメールしたけど、綾音には伝えないように言ってある」
「そうなんだ?」
「ああ」

 実を言うと、颯斗は少し拗ねていた。
 いや、拗ねている、というのとは違うかもしれない。
 ただ、素直な手順で綾音に逢いに行きたくなかったのだ。
 この六年間、綾音からはいっさい音信不通だった。
 彼女の安否確認は、荘一郎が利音りね宛に送ってくれた隠し撮りの写真くらい。それすら、利音は一回チラリと見せてくれただけで、颯斗にはくれなかった。
 ――綾音にバレたら怒られるから、と。

(そこまで徹底的に俺の人生から自分を排除する必要があったのかよ)

 正直言って、恨めしい。
 逢ったら、文句の一つも言ってやりたいと思う。
 だが、そうやって一切綾音を断って初めて気付いたことは、確かにたくさんあった。
 かつての自分がいかに『歪んでいたか』ということも、今では判っている。それが判ってしまったから、今の自分は果たして綾音が望んでいたようになれているのかどうか、颯斗は自信が持てなかった。
 もしかしたら、まだ駄目なのかもしれない。まだ、綾音が望んでいるレベルにはなっていないのかもしれない。
 そんな迷いがふと颯斗の胸中をよぎる。

 それを払拭するように、明るい声が割って入った。

「あたしは、綾音さんもずっと待ってると思うんだけどなぁ」
「山中さんもそう思う?」
 疑問の形で同調したのは、木下だ。
「思う思う、そりゃ、もう、まさに首を長くしてって感じ? ね、雨宮さんもそうだよね」
 山中に話を振られ、雨宮キラもこくこくと頷いた。

 山中、木下、雨宮の元同級生三人組は、すっかり意気投合している。山中との関係は奇妙な始まりだったが、今では親しい友人の一人として付き合っていた。

「まあ、女子連中がそう言うなら、大丈夫だろ。あ、そうそう、これ、餞別……ていうか、綾音さんに」

 そう言いながら隆が差しだしたのは、可愛らしい包装紙に包まれたB5サイズの薄っぺらい代物だ。

「何だ?」
 眉をひそめた颯斗に、彼はにっこり、いや、にんまりと笑う。
「証拠物件、だよ。壊れ物だから扱いに気をつけろよ。いいか? あくまでも、綾音さんに渡すもんだからな? これをどうするかは、彼女に決めさせるんだぞ?」
 くどいほどに念押しされると余計に中身が気になってくるが、綾音のものだと言われたら開けるわけにもいかない。
「わかったよ」
 胡散臭そうに包みを見ながら、機内持ち込みの荷物の中に入れる。

「あ、ほら、搭乗アナウンス始まったよ」
 利音の声にゲートの方に目をやると、ぞろぞろと列が動き始めていた。

「気を付けて行ってきなよ。……あの子を頼むわ」
「ああ」

 ほんの一瞬視線を揺らした利音に、颯斗は力強くうなずく。
 列に並んでゲートを通り、皆が見えなくなる前に一度だけ振り返り、片手を上げた。
 機内は観光シーズンからずらしたためか、意外に空いている。
 国内の飛行機移動は仕事でずいぶん慣れたが、国外へは初めてだ。
 飛行時間は六時間ほど、下手な国内移動よりも短いくらいで、食欲のないまま機内食を突いたりしているうちに着いていた。

 空調の利いた空港を出ると十一月の日本よりもだいぶ気温が高くて、颯斗は、南に来たんだな、と実感する。
 綾音がいるのはここ――空港から北の方へ直線距離で百キロほど行ったところだ。

 颯斗は、仕事の伝手で手配することができたガイド兼貸し切りタクシーを探す。ぐるりと見渡すと、巧いとは言えない字で彼の名前を書いた紙をぶら下げた男が、RV車の前に立っていた。

「コニチワ」

 近寄りながら片手を上げて合図をすると、彼は片言の日本語で応じてくる。
 颯斗が車の助手席に乗り込むなり、彼は地図を示してきた。

「ココ、アナタガイウトコロ。トオイヨ。ソレニ、スゴイ、イナカ」
 暗にそこで間違いがないのか、と訊いてくるガイドに、颯斗は頷いた。
「そこでいいんです。どのくらいかかりますか?」
「ミチワルイカラ、ゴジカンクライ」

 今はもう夜の八時だからこのままホテルで休むとして、明日は早めに動けばその日のうちに空港まで戻ってくることができそうだ。強行軍だが、確保してある深夜発の飛行機には乗れる。
 問題は、綾音を一緒に連れ帰ることができるかどうか、だ。

「取り敢えず、今日はもうホテルに行ってください。明日は六時くらいに出発できますか?」
「イイデスヨ」
 明るい笑いで、ガイドは頷いてくれる。

 六時に出れば昼前には着くから、綾音の説得には三時間ほど割けるか。
 走り出した車のシートに背を預け、颯斗は目を閉じる。
 この、同じ大地に綾音が立っているのだと思うと、気が逸った。できることなら、今これからでも彼女のもとに向かいたい。

(綾音は、喜ぶかな)

 ――それとも、拒むだろうか。
 まだ会えない、会いたくないと言われてしまったら、どうしよう。
 そんな不安ばかりがむくむくとこみ上げてくる。

 車がホテルに着き、部屋に落ち着いても――いや、落ち着くといっそう、不安は膨らんだ。
 何しろ、この六年間、綾音と一切言葉を交わしていないのだ。彼女が今何を考えているのか、この地でどうしているのか、どうしたいと思っているのか、颯斗は知る術を持たなかった。
 ベッドに入ったところで眠気など訪れるわけがない。結局一睡もできないまま夜は明けて、颯斗は奇妙な高揚感に身体を操られるようにして迎えに来ていた車に乗り込んだ。

「ココカラハユレマスヨ」

 空港から――都市部から離れるにつれ、道は次第に悪くなる。ガイドが言ったのは「念のため」というレベルではなく、本当に、半端なく揺さぶってきた。

 こんな時でなければもう少しゆっくり走ってもらって、車外の光景を興味を持って眺めていられただろう。だが、一刻も早く綾音の許に辿り着きたいのもあって強行軍で設定した旅程では可能な限りの速度で走ってもらっているから、何のアトラクションだよというほどの揺れっぷりだ。

 そんな状態が、およそ三時間。
 ようやく車が停まった時は、さすがに息をついた。

 窓の外に見えるのは、バラバラと建てられている、日本ではまず見かけることのない素朴な家屋。
 荘一郎と綾音が滞在しているのは、小さな集落だ。そこを拠点に、周辺のインフラ整備に携わっているのだと、利音からは聞いていた。
 車の窓から村人に声をかけていたガイドが、颯斗を振り返る。

「あやねトイウヒト、アッチノホウニイルラシイ」
 そう言いながら、彼は大雑把な方向を指差す。集落は狭いものだから、多分他に言いようがないのだろう。

「ありがとう。しばらく休んでいていください」
 そう返して、買っておいた缶コーヒーと菓子を彼に渡した。

 車を降りた颯斗は、ガイドが指差した方に足を進める。

 少しして、聞こえてきたのは子どもの歓声だ。そして、合間に、もっと大人の、優し気な声。

 その瞬間、颯斗の心臓がギュッと鷲掴みにされたように苦しくなった。

 耳に馴染んだ、六年ぶりの、声。
 ほんの二言、三言でも、それが誰のものか判ってしまう。
 逸る気持ちで胸が痛くなる。
 颯斗は数回深呼吸をして、建物の角を曲がった。ちょうどその時、彼の横を、数人の子どもたちが駆け抜けていく。

 何となく子どもたちを見送って、また目を前に向けた彼に見えたのは、華奢な背中。両腕は前に回されていて、何かを抱えているようだ。
 日本で最後に見た時には背中の半ばほどまであった髪が、肩の上までしかない。けれど、ふわふわのくせ毛は変わっていなかった。
 彼女の姿を目にした途端、颯斗の足は地面に貼り付いてしまったようになる。

 駆け寄りたいけれど、動けない。
 だから、名前を呼んだ。

「綾音」

 びくりと細い肩が跳ねた。ほぼ同時に、彼女が抱えていた何か――籠が落ちて、中に入っていた洗濯物らしき布の塊が地面にこぼれた。
 それから、彼女が振り返る。

 恐る恐る、という風情で。

 目が合うと、もともと大きなそれが、いっそう大きく見開かれた。
 駆け出したのは、どちらが先だっただろう。
 ぶつかるように飛び込んできた綾音の身体を受け止めて、抱き締める。
 現実の彼女は、記憶の中の彼女よりも、はるかに華奢だった。華奢だけれども、柔らかく、温かい。
 それは、凍える夜でも、射るような日差しの中でも変わらない、優しい温もりだった。

(ああ、綾音だ)

 颯斗は声なく呟き、固く目を閉じる。
 逢えなくなってから、夢の中で、何度彼女を抱き締めたことだろう。
 けれどそれは、今腕の中にあるこの温もりとは、全然違った。夢の中では得られなかった充足感が、今は颯斗の全身にみなぎっている。
 短くなった髪は、前と同じように柔らかい。彼はそこに頬を埋め、彼女の香りを、感触を、貪った。

 無我夢中だった颯斗は、やがて綾音が微かな声で何かを囁いていることに気付く。
 それは、彼の名前だった。

「颯斗君……颯斗君……」

 まるで何かの呪文のように、何度も何度も、繰り返される。その声の甘さに胸が詰まって、思わず腕に力がこもってしまう。
 綾音が小さく息を呑んで、颯斗はハッと我に返った。

 ――早く理性を取り戻さないと、綾音を壊してしまう。

 大袈裟にいっているわけでなく、本気で、颯斗はそう思った。これほど強く抱き締めていても、まだまだ足りないくらいだったから。
 最後にもう一度彼女をきつく抱き締めてから、身体を離す。
 別れた時よりも更に見下ろすようになっている小さな顔をマジマジと見つめていると、ぼうっとしていた綾音がまるで夢から覚めたばかりであるかのように、何度か瞬きをした。

「颯斗君」

 彼女の焦点が合って、ふわりと笑みが浮かぶ。
 その微笑みにもう一度抱き締め直したくなったが、そうすると彼女の顔が見えなくなってしまう。

 彼女の目を見て、言葉を交わして、その温もりに触れていたい。
 息もできないくらいに抱き締めたくもあるし、もっと彼女の声を聴きたくもあった。
 したいことは、いくつもある。
 けれど、どれも欲求が強すぎて、颯斗には一番にどれをするかが選べない。

 どうしたらいいか判らなくて固まっている颯斗に、綾音が小さく首をかしげる。そして、言った。

「ずっと、逢いたかったよ」

 その一言で、颯斗の呪縛が解ける。

「俺も……俺も、逢いたかった。空港で別れた瞬間から、ずっと」

 綾音の頬を両手で包み込み、彼女の目を覗き込みながら、告げた。

「何度も、もう来てしまおうかと思った。だけど、綾音が何を望んでいたのが解からなかったから……」
「今は、解かってるの?」
「そう言われると、自信はない。でも、昔の俺はどうしようもなかったよな、というのが解かるくらいにはなった」
「そうなんだ?」

 嬉しそうに笑う彼女に、颯斗はキスをしたくてたまらなくなった。ふらふらと頭を下げかけた彼を、朗らかな声が押し止める。

「お姉ちゃんからは、お仕事してるって聞いてるよ。コンピューターとかの」
「何だよ。綾音の情報は全然くれなかったくせに、俺のことは話してたのか」
「あはは、ごめんね」

 屈託のない笑顔で謝られたら、それ以上は文句を言えなくなってしまう。

「まあ、いいけど。……IT系の会社のセキュリティ部門に入ってるんだ」
「そういうところって、すごく忙しいって聞いたことあるけど――今日は、お仕事は?」

 心配そうに眉をひそめているのが可愛くて、颯斗はとうとう我慢ができなくなった。頭を下げて、今度こそ、かすめるようなキスを綾音の唇に落とす。
 彼女は一瞬何が起きたのか判らなかったのか、束の間ポカンとして、次いで見る見るうちに真っ赤になっていく。

「颯斗君!」

 グイ、と彼の胸を押しやろうとするのをかわして、逆に腕の中に引き寄せる。抵抗を封じ込めて、耳元で囁いた。

「結構ブラックな会社なんだけど、大事な女を迎えに行くって言ったら休みくれた」

 途端、仔猫のようにもがいていた手足が、ピタリと止まる。

「迎えに来たんだ、綾音。まだ仕事で手いっぱいであんまり一緒にいられないけど、もう一瞬でも離れていたくない。もう、無理なんだ。だから、今日、一緒に日本に帰って欲しい」

 胸元にある綾音の頬に手を添えて、そっと顔を上げさせた。目を真っ直ぐに覗き込んで、心の底からの気持ちを込めて、伝える。

「綾音に、俺の隣にいて欲しいんだ」

 綾音を離さないまま颯斗はポケットを探り、そこから取り出したものを、彼女の左手に、左手の薬指に、滑り込ませた。綾音の顔がぎこちなく動いて、そこにあるものを見つめる。
 颯斗がそれを持ち上げ唇を寄せると、彼女の目もついてきた。その目と視線を合わせて、続ける。

「まだもう少し、仕事の方が落ち着かないとなんだけど、取り敢えず、約束は取り付けておきたいんだ。で、婚約するからには、すぐに逢えるところにいて欲しい」
「……婚、約……?」
「六年間で、色んな人間と知り合ったし、それなりに交流した。中には勿論女性もいたけれど、誰にも綾音に感じるような気持ちは持てなかった。六年間、綾音に触れず、声も聞かずにいたのに、気持ちは全然変えられなかったんだ」

 一拍置いて、ゆるゆると彼女の顔がほころんでいく。

「一緒に帰ってくれるだろう?」

 颯斗の声には期待と同じだけの不安が滲んでしまう。
 内心死ぬほどびくついている彼の腕の中で、スッと綾音は背伸びした。次いで、颯斗の唇のすぐ下に、柔らかな感触。

 ――相変わらず、あと少しが届かない。

 すとんと踵を下ろした綾音は、呆然としている颯斗を見上げて微笑んだ。

「帰ろう、一緒に――きゃぁっ!?」

 その答えが耳に届いた瞬間、颯斗は綾音を抱き上げていた。悲鳴を上げた彼女を、今度ばかりは力いっぱい抱き締める。

「苦しい、苦しいよ、颯斗君!」
 小さな拳で背中を叩かれても、すぐには放せなかった。
「嬉し過ぎて、身体が言うことをきかない」
 抱き潰したまま、彼女の腹に顔を埋めて颯斗は呻いた。

「もう……」

 諦めたような声がして、腕の中の綾音の身体から力が抜ける。小さな手のひらが、優しく彼の頭を撫でた。
 その感触があまりに心地良くて、颯斗はしばらく身じろぎ一つできなかった。

 この腕の中に、綾音がいる。
 再会してから夢心地だったそれが、じわじわと実感を伴ったものになる。綾音に再び触れているのだということが、確かな現実なのだと、頭でも心でも判り始めてくる。

 ――もう、これは、瞬きをした瞬間に消えてしまうものではないのだということが。

 颯斗は深く息を吸い、吐いた。
 そうして、身を屈めてそっと綾音を地面に下ろす。

「荘一郎のところに行かないとな。帰るって言わないとだろ?」
「あ、うん、そうだね」

 彼の首から手を解き、綾音はにっこりと頷いた。荘一郎の名前を出しても彼女の目には迷いの欠片も見当たらなくて、颯斗は少しホッとする。
 綾音を連れて帰ることを伝えに荘一郎のもとに赴くと、彼は二つ返事で頷いた。

「もっと早く我慢できなくなるのかと思ってたら、意外に粘ったな」
 そう言って、颯斗の背中を叩きながら。

 綾音は荘一郎の同伴者という立場であって、彼が所属するNPOの正式なメンバーではなかったから、突然の帰国も特に問題ないのだという。
 しかし、正式なメンバーではないとはいえ、さすがに六年間をここで過ごしたわけだから、一応荘一郎は責任者に綾音が去ることを伝えに行った。彼を待つ間、颯斗はハタと隆から渡されていたものの存在を思い出した。

「そう言えば、これ、隆が綾音に渡してくれって」
「わたしに?」

 不思議そうな顔で包みを受け取った綾音は、丁寧に包装紙を剥がしていく。
 出てきたのは、タブレットだった。

「何だろ」
 呟きながら、綾音が電源を入れる。

「あれ、これって……」

 画面は、起動すると同時に次々と写真を映し出していた。何枚も、何枚も。
 綾音と一緒にタブレットを覗き込んでいた颯斗は、すぐにそれが何なのかを悟る。
 ある時は十七歳の冬、ある時は二十歳の夏……数秒刻みで切り替わっていく写真の中には、様々な『颯斗』がいる。中には、ほんの数週間前に撮ったと思しきものまで、あった。
 ――綾音が知らない女性と、二人で写っているものも。

「ちょっと、待て――」

 慌てて手を伸ばして綾音からタブレットを取り上げようとしたが、ひょいと身体を捻じって避けられた。颯斗に背を向けるようにして、画面に見入っている。
 仕方がないので、颯斗は言葉で釈明を試みる。

「それ、何でもないからな? 多分、会社の飲み会か何かで――」
「うれしい」
「たまたま――え?」

 怪訝な眼差しを向けた颯斗に、綾音は満面の笑みで応える。

「わたしがいなかった六年間の颯斗君なんだね。わたしの知らない颯斗君を見られてうれしい。颯斗君が楽しそうで、うれしい」

 タブレットを見つめる彼女の目は、薄っすらと涙をにじませている。
 そうしている間も写真はクルクルと入れ替わり、色々なシーンにいる颯斗を映し出していく。たいていは隆たち高校組が撮ったものだが、中には、どう見ても彼らとも利音とも関係がないだろうものも入っていた。

(まさか、会社の連中からも掻き集めたのか……?)

 あまり綾音に見せたくない代物は、ほとんどが職場絡みのものだ。

「これ、会社のお花見とか?」

 そう言って綾音が示したのは、同僚の女性が颯斗の肩に腕を回している写真だ。たいてい彼は、仏頂面をしている。

「ああ」
 頼むから消してくれ、と言いたくなるのを呑み込んで、颯斗は頷く。

「楽しそうだね」
「ただのバカ騒ぎだ。皆酔ってるから」
「ふふ。颯斗君も、そういうのに出るんだね」

 何故に、そんなに嬉しそうなのか。
 他の女とべったり密着しているのを見ているのだから、少しくらいは妬いてくれてもいいだろうにと、颯斗は思ってしまう。だが、そんな彼の気持ちには全く気付いていないらしい綾音は、笑顔を崩さない。

「お姉ちゃんはね、颯斗君の写真、送ってくれるって言ってくれてたの。でも、見ると逢いたくなっちゃうから……」
「そんなの……だったら、さっさと帰ってきたら良かったじゃないか」

 颯斗が憮然としてそう答えると、綾音はフルフルとかぶりを振った。

「ううん。やっぱりわたしは、颯斗君から離れていなくちゃいけなかったんだよ。でなかったら、こんなに色んな颯斗君、見られなかったと思う」

 そう言った途端、不意に彼女の顔がクシャリと歪んだ。
 それを隠すように、不意に綾音は颯斗にしがみつく。

「だけどね、これからは、ずっと一緒にいたい。颯斗君が楽しい時も、悲しい時も、いつでも、どんな時でも、二人で並んで歩いていきたい」

 颯斗の胸に顔を押し付けている彼女の声はくぐもっていたけれど、その言葉は彼の心の奥深くに滲み込んでいく。

 ――二人で、並んで。

 どちらかがどちらかに依存するのではなく、対等に、それぞれの足で歩いて、共に生きる。
 独りでも生きていける二人が、手を取り合って、生きていく。
 寄りかかるのではなく、寄り添って、生きていく。

 それが、綾音の望むカタチ。

 颯斗の中でもやもやと不明瞭だった『答え』が、今、ようやくはっきりと見えた気がした。

「それは、こっちの台詞だ。もう二度とどこにもやらないからな」

 腕の中の綾音を抱き締め返し、その髪に頬を埋め、耳に吹き込むようにして囁いた。

「――二度と、絶対」
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