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第二章:大いなる冬の訪れ
帰還②
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「お嬢様、お帰りなさいませ!」
ロウグ家に着くと、真っ先にフリージアたちを出迎えてくれたのは家令のグンナだ。そしてその声を聞き付けて、侍女頭のフリンや他の使用人たちも飛び出してくる。
「ただいま、みんな。元気だった?」
「元気だった? じゃ、ありませんよ。もう、心配で心配で気が気じゃありませんでした」
「ごめんね、フリン。でも、ほら、全然何ともないから」
「まったく……ゲルダ様だって、こんな無茶なことは考えませんでしたよ?」
「あはは、ごめんって」
ひとしきり文句を口にしていたフリンだったが、フリージアの後ろに目を留めて、おや、と眉を上げる。
「フリージア様……その子は?」
「あ、エイル? ニダベリルから連れてきた、エルフィアなんだ。しばらく家で預かるから」
「まあ……それは構いませんが、随分くたびれた感じですこと。フリージア様もオルディンも埃だらけですわ。お風呂を用意させますから、ゆっくり浸かってくださいな」
「ありがと。行こう、エイル、オル」
言い置いて、フリージアはエイルの手を引いて自室へ向かう。道中、そう言えば、とエイルに振り返った。
「エイルってさ、男の子? 女の子? 可愛いから、どっちにも見えるんだよね」
彼女の問いかけに、エイルは首をかしげている。自分でどちらなのか、判断できないのだろうか。容姿だけ見たら少女のようだが、薄い貫頭衣から見て取れる体型はやせぎすで、性別を判断する材料にならない。フリージアはオルディンを見上げて確認する。
「エルフィアにも性別ってあるんだよね?」
「ああ、ある筈だ」
「うぅん……どうしよう。取り敢えず、あたしと入ろうか?」
「おい、男だったらどうするんだよ?」
眉を吊り上げたオルディンに、フリージアは肩を竦める。
「別に、いいじゃん。エイルはまだ子どもでしょ?」
「見てくれだけで、中身はお前よりも遥かに年食ってるさ。それくらいなら、俺が連れて入る」
「ええ? 女の子だったらどうすんのさ。エイルが可哀相だろ」
ぞんざいなオルディンに、フリージアは口を尖らせる。そうして、再びエイルに視線を戻した。
「困ったな……お風呂、一人で入れる?」
彼女の問いに、エイルは少し考える素振りを見せて、コクリと頷く。
「あ、そうなんだ。良かった」
フリージアはホッと胸を撫で下ろした。きっと、言葉があまり出てこないというだけで、彼女が考えている以上に、エイルは自分で色々できるのだろう。
「色んなことは、おいおいね。取り敢えず、お風呂に入ってご飯を食べて、ゆっくり休もう」
そう言って、フリージアはエイルに笑顔を向ける。十日間を間近で過ごして、エイルについていくつかは判ったことがある。その一つが、笑いかけると嬉しそうになる、ということだ。別に表情が変わるわけではないのだけれど、何となく、雰囲気が変わる。
「久しぶりのお風呂は気持ちいいよ、絶対」
断言しながら、フリージアは手を伸ばしてエイルの頭を撫でる。いつもオルディンがフリージアに対してしているように、グシャグシャと髪を掻き回して。
幼い頃から、フリージアはオルディンに慈しまれてきた。そんな言い方をすると彼は眉をしかめるかもしれないが、フリージアは、彼に大事にされていた自分を知っている。
そして、また、幼い頃には母親のゲルダも、フリージアを愛おしんでくれたのだろう。顔も声も忘れてしまった相手だけれど、この屋敷に来て最初にゲルダの居室に通された時、ふわりと鼻孔をくすぐった香りが無性にフリージアの胸を締め付けた。それと共に湧き上がった、思慕の念。こんなふうな気持ちにさせる相手が、自分の事を何とも想っていなかったとは、フリージアには思えなかった。
きっと、母は自分を愛していていた。
根拠はないが、確かにそう思える。
そうやって大事にされるということは――大事にされていると感じることは、そのまま彼女の強さになった。その強さ故に、フリージアは怯むことなく歩いていくことができるのだ。
今、エイルは殻に閉じ込められている。それを割るのは、エイル自身にしかできない。けれど、その為の勇気を付ける手助けは、フリージアにもできる筈だと、彼女は思う。
「ジア、脚が止まってるぞ」
オルディンの声で、フリージアは我に返る。見れば、エイルの視線も彼女にジッと据えられていた。
「ああ、何でもないよ。行こう」
答えて、フリージアはもう一度エイルに笑いかけた。
ロウグ家に着くと、真っ先にフリージアたちを出迎えてくれたのは家令のグンナだ。そしてその声を聞き付けて、侍女頭のフリンや他の使用人たちも飛び出してくる。
「ただいま、みんな。元気だった?」
「元気だった? じゃ、ありませんよ。もう、心配で心配で気が気じゃありませんでした」
「ごめんね、フリン。でも、ほら、全然何ともないから」
「まったく……ゲルダ様だって、こんな無茶なことは考えませんでしたよ?」
「あはは、ごめんって」
ひとしきり文句を口にしていたフリンだったが、フリージアの後ろに目を留めて、おや、と眉を上げる。
「フリージア様……その子は?」
「あ、エイル? ニダベリルから連れてきた、エルフィアなんだ。しばらく家で預かるから」
「まあ……それは構いませんが、随分くたびれた感じですこと。フリージア様もオルディンも埃だらけですわ。お風呂を用意させますから、ゆっくり浸かってくださいな」
「ありがと。行こう、エイル、オル」
言い置いて、フリージアはエイルの手を引いて自室へ向かう。道中、そう言えば、とエイルに振り返った。
「エイルってさ、男の子? 女の子? 可愛いから、どっちにも見えるんだよね」
彼女の問いかけに、エイルは首をかしげている。自分でどちらなのか、判断できないのだろうか。容姿だけ見たら少女のようだが、薄い貫頭衣から見て取れる体型はやせぎすで、性別を判断する材料にならない。フリージアはオルディンを見上げて確認する。
「エルフィアにも性別ってあるんだよね?」
「ああ、ある筈だ」
「うぅん……どうしよう。取り敢えず、あたしと入ろうか?」
「おい、男だったらどうするんだよ?」
眉を吊り上げたオルディンに、フリージアは肩を竦める。
「別に、いいじゃん。エイルはまだ子どもでしょ?」
「見てくれだけで、中身はお前よりも遥かに年食ってるさ。それくらいなら、俺が連れて入る」
「ええ? 女の子だったらどうすんのさ。エイルが可哀相だろ」
ぞんざいなオルディンに、フリージアは口を尖らせる。そうして、再びエイルに視線を戻した。
「困ったな……お風呂、一人で入れる?」
彼女の問いに、エイルは少し考える素振りを見せて、コクリと頷く。
「あ、そうなんだ。良かった」
フリージアはホッと胸を撫で下ろした。きっと、言葉があまり出てこないというだけで、彼女が考えている以上に、エイルは自分で色々できるのだろう。
「色んなことは、おいおいね。取り敢えず、お風呂に入ってご飯を食べて、ゆっくり休もう」
そう言って、フリージアはエイルに笑顔を向ける。十日間を間近で過ごして、エイルについていくつかは判ったことがある。その一つが、笑いかけると嬉しそうになる、ということだ。別に表情が変わるわけではないのだけれど、何となく、雰囲気が変わる。
「久しぶりのお風呂は気持ちいいよ、絶対」
断言しながら、フリージアは手を伸ばしてエイルの頭を撫でる。いつもオルディンがフリージアに対してしているように、グシャグシャと髪を掻き回して。
幼い頃から、フリージアはオルディンに慈しまれてきた。そんな言い方をすると彼は眉をしかめるかもしれないが、フリージアは、彼に大事にされていた自分を知っている。
そして、また、幼い頃には母親のゲルダも、フリージアを愛おしんでくれたのだろう。顔も声も忘れてしまった相手だけれど、この屋敷に来て最初にゲルダの居室に通された時、ふわりと鼻孔をくすぐった香りが無性にフリージアの胸を締め付けた。それと共に湧き上がった、思慕の念。こんなふうな気持ちにさせる相手が、自分の事を何とも想っていなかったとは、フリージアには思えなかった。
きっと、母は自分を愛していていた。
根拠はないが、確かにそう思える。
そうやって大事にされるということは――大事にされていると感じることは、そのまま彼女の強さになった。その強さ故に、フリージアは怯むことなく歩いていくことができるのだ。
今、エイルは殻に閉じ込められている。それを割るのは、エイル自身にしかできない。けれど、その為の勇気を付ける手助けは、フリージアにもできる筈だと、彼女は思う。
「ジア、脚が止まってるぞ」
オルディンの声で、フリージアは我に返る。見れば、エイルの視線も彼女にジッと据えられていた。
「ああ、何でもないよ。行こう」
答えて、フリージアはもう一度エイルに笑いかけた。
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