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湧き出る想い
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省吾は闇の中で数回瞬きをした。
忍び寄ろうとする獣の足音や、怒鳴り合う傭兵たちの胴間声。
そんなものが一切ない、妙に落ち着いた空気が逆に落ち着かない。
周囲を窺わずに休むことができるのは、随分久し振りだった──あの老傭兵の下に居た頃以来かもしれない。
柔らかな寝台もむしろ居心地が悪くて、もう何度も寝返りを打っている。
隣の寝台の勁捷は、もうすっかり夢の中の住人と化しているようだった。
(駄目だ)
ただひたすら眠りが訪れるのを待つだけの状態に耐え兼ねて、省吾は寝台から下り、部屋を出る。
すっかり夜も更け、静まり返っている家々の間を歩き、広場へ出た。月の無い夜空を見上げると、高度がある為か、いつもより星が大きく見える。
(あの子も、この星を見ているのだろうか)
省吾はぼんやりとそんなことを考える。
目蓋を閉じると、彼の脳裏にはあの深紅の瞳がまざまざとよみがえってきた。
もっと間近であの目を覗き込んで、自分がそこに映るのを見てみたい。
彼女が自分のことを見て、自分の存在を認識するのを感じてみたい。
――今まで誰に対してもそんなことを思ったことなどなかったのに、あの少女に対してはこらえきれない渇望が湧き出してくる。
(なんで、なんだ?)
訳が解からなくて不安を覚えているというのに、不思議と、不快ではない。
こんなふうに自分を捕らえるあの少女は、自分の為の唯一無二の宝物なのではないかというバカげた考えさえ浮かんできた。
思わず頭を振って、省吾はそれを払い飛ばそうとする。
あまりに勢いよくやり過ぎて、くらくらした。
そんな事をしていたせいか、いつの間にか背後に近付いていた人物がいたことに気が付くのに遅れる。
「眠れないのかね」
突然届いたその声にビクリとし、咄嗟に腰に差していた銃を向けてしまう。
「驚かしてすまなかった」
穏やかな調子で、ロイが言う。銃口が真っ直ぐに狙っているというのに、怯んだ様子は全く無い。
「あんたたちは足音を立てないんだな」
「そうかな」
「気配もしない」
「獣たちを相手にすることが多いからかもしれん」
気まずそうに銃をしまう省吾を、ロイは何処と無く物悲しい目で見つめる。
「少し話をしないかね」
そう言って、ロイは近くのベンチを指差した。
ロイが座り、暫し躊躇った後、省吾はその隣に日と一人分の間を空けて腰を下ろす。
「君は幾つだね?」
「知らない」
即答して、省吾は言い直す。
「……多分、十三か十四ぐらい」
「そうか……私の息子も同じくらいになっている筈だったな」
「だったって……ここに居るんだろ?」
返事が遅れた。
「連れて来たんじゃないのか?」
「ああ、いや……もう、居ないんだよ。死んでしまった」
「死んだ? 殺されないように、逃げてきたんじゃなかったのか?」
怪訝な顔でそう訊いた省吾に、ロイは薄く微笑んだ。
「ここへ来て二年ほどして病気になり、逝ってしまった」
自嘲するように、小さく声を上げてロイは嗤う。その口元に刻まれた皺を見て、ふと、省吾は目の前の男が見た目よりもかなり若いのではないだろうかと感じた。
心が老いてしまっているから、外見も老け込んでしまっているのではないか、と。
省吾の視線を頬に感じているだろうが、ロイは正面を見つめたまま続ける。
「首都に居れば、もしかしたら助かっていたかもしれなかったがね」
「けど、その前に殺されていたかもしれないんだろ?」
仕方ないじゃないか、と続けた省吾に、ロイは小さく「そうだな」と呟いた。
短い沈黙の後、再びロイが口を開く。
「君は傭兵だと聞いたが、何故、そんな仕事を?」
その質問をされる理由が解らず、省吾は小さく首を傾げる。
「食べる為には、何かやらなくちゃならないのは当たり前だろう」
「しかし、それなら、こんな勝ち目のない戦いの為に雇われなくても良いだろうに」
「それは……」
言い淀んだ省吾に、ロイが顔を向けた。
「何か、他に理由があるんだね?」
「──」
唇を結んだ省吾を、ロイは無言で促した。
「会いたい子が、いるんだ」
「会いたい、子……?」
意外そうな顔をされ、省吾は何やら居た堪れなくなり、立ち上がる。
「ああ。俺はもう寝る」
「おやすみ」
小走りに去っていく背中へ声を掛け、ロイは省吾がそうしていたように、空を見上げた。
死んだ者は夜空の星になる。
そんな迷信を思い出しながら。
*
広場に集まった男たちは、総勢二十人ほどであった。リオンの呼び掛けに、そのほぼ半数の手が挙がる。
「この戦いは、かなり分の悪いものになる。それでも、共に来て頂けるのか」
再度の確認をするリオンに、挙手した村人たちは深く頷いた。
「この村は、王の支配が無くともうまくいっている」
「そうだ、そうだ。皆で協力すれば、良くなるもんだ」
其処此処から、そんな声が上がる。
「私もそう信じている」
リオンはロイを振り返った。
「あなたの考え方も、ある点では同意できる。確かに、私のやろうとしていることは奇麗事でしかないのかもしれない。だが、それでも信じていたいのだ。人はお仕着せでなくても良い国を創ることができるのだ、ということを」
リオンは揺らぎの無い眼差しでそう言い、別れの握手を求めて左手を差し出した。が、ロイの肩に旅支度が担がれているのを目にし、その手が止まる。怪訝な顔のリオンに、ロイが右手を差し出した。
「私も同行させてもらうことにしたよ」
「本当ですか?」
リオンよりもエルネストの方が、より大きな驚愕を示す。
「ああ。よろしく」
「あなたが共に来てくださるのならば、心強い」
差し出されたロイの右手を、リオンが固く握り締めた。
リオンが離れたところを見計らって、エルネストがロイに囁く。
「どういう心境の変化ですか?」
「いや、心境自体は変わってはいない。だが、戦う理由は人其々だよ。君もそうだろう?」
「……そうですね」
エルネストは小さく頷いた。
少し離れた場所では、勁捷が省吾に何やら意味有り気な視線を向ける。
「なあ、ショウ。お前、昨日の夜、あのおやじさんに何か言ったのか?」
「別に何も」
「へぇえ」
勁捷は疑わしそうにしていたが、省吾は本心からそう思っていたのである。
忍び寄ろうとする獣の足音や、怒鳴り合う傭兵たちの胴間声。
そんなものが一切ない、妙に落ち着いた空気が逆に落ち着かない。
周囲を窺わずに休むことができるのは、随分久し振りだった──あの老傭兵の下に居た頃以来かもしれない。
柔らかな寝台もむしろ居心地が悪くて、もう何度も寝返りを打っている。
隣の寝台の勁捷は、もうすっかり夢の中の住人と化しているようだった。
(駄目だ)
ただひたすら眠りが訪れるのを待つだけの状態に耐え兼ねて、省吾は寝台から下り、部屋を出る。
すっかり夜も更け、静まり返っている家々の間を歩き、広場へ出た。月の無い夜空を見上げると、高度がある為か、いつもより星が大きく見える。
(あの子も、この星を見ているのだろうか)
省吾はぼんやりとそんなことを考える。
目蓋を閉じると、彼の脳裏にはあの深紅の瞳がまざまざとよみがえってきた。
もっと間近であの目を覗き込んで、自分がそこに映るのを見てみたい。
彼女が自分のことを見て、自分の存在を認識するのを感じてみたい。
――今まで誰に対してもそんなことを思ったことなどなかったのに、あの少女に対してはこらえきれない渇望が湧き出してくる。
(なんで、なんだ?)
訳が解からなくて不安を覚えているというのに、不思議と、不快ではない。
こんなふうに自分を捕らえるあの少女は、自分の為の唯一無二の宝物なのではないかというバカげた考えさえ浮かんできた。
思わず頭を振って、省吾はそれを払い飛ばそうとする。
あまりに勢いよくやり過ぎて、くらくらした。
そんな事をしていたせいか、いつの間にか背後に近付いていた人物がいたことに気が付くのに遅れる。
「眠れないのかね」
突然届いたその声にビクリとし、咄嗟に腰に差していた銃を向けてしまう。
「驚かしてすまなかった」
穏やかな調子で、ロイが言う。銃口が真っ直ぐに狙っているというのに、怯んだ様子は全く無い。
「あんたたちは足音を立てないんだな」
「そうかな」
「気配もしない」
「獣たちを相手にすることが多いからかもしれん」
気まずそうに銃をしまう省吾を、ロイは何処と無く物悲しい目で見つめる。
「少し話をしないかね」
そう言って、ロイは近くのベンチを指差した。
ロイが座り、暫し躊躇った後、省吾はその隣に日と一人分の間を空けて腰を下ろす。
「君は幾つだね?」
「知らない」
即答して、省吾は言い直す。
「……多分、十三か十四ぐらい」
「そうか……私の息子も同じくらいになっている筈だったな」
「だったって……ここに居るんだろ?」
返事が遅れた。
「連れて来たんじゃないのか?」
「ああ、いや……もう、居ないんだよ。死んでしまった」
「死んだ? 殺されないように、逃げてきたんじゃなかったのか?」
怪訝な顔でそう訊いた省吾に、ロイは薄く微笑んだ。
「ここへ来て二年ほどして病気になり、逝ってしまった」
自嘲するように、小さく声を上げてロイは嗤う。その口元に刻まれた皺を見て、ふと、省吾は目の前の男が見た目よりもかなり若いのではないだろうかと感じた。
心が老いてしまっているから、外見も老け込んでしまっているのではないか、と。
省吾の視線を頬に感じているだろうが、ロイは正面を見つめたまま続ける。
「首都に居れば、もしかしたら助かっていたかもしれなかったがね」
「けど、その前に殺されていたかもしれないんだろ?」
仕方ないじゃないか、と続けた省吾に、ロイは小さく「そうだな」と呟いた。
短い沈黙の後、再びロイが口を開く。
「君は傭兵だと聞いたが、何故、そんな仕事を?」
その質問をされる理由が解らず、省吾は小さく首を傾げる。
「食べる為には、何かやらなくちゃならないのは当たり前だろう」
「しかし、それなら、こんな勝ち目のない戦いの為に雇われなくても良いだろうに」
「それは……」
言い淀んだ省吾に、ロイが顔を向けた。
「何か、他に理由があるんだね?」
「──」
唇を結んだ省吾を、ロイは無言で促した。
「会いたい子が、いるんだ」
「会いたい、子……?」
意外そうな顔をされ、省吾は何やら居た堪れなくなり、立ち上がる。
「ああ。俺はもう寝る」
「おやすみ」
小走りに去っていく背中へ声を掛け、ロイは省吾がそうしていたように、空を見上げた。
死んだ者は夜空の星になる。
そんな迷信を思い出しながら。
*
広場に集まった男たちは、総勢二十人ほどであった。リオンの呼び掛けに、そのほぼ半数の手が挙がる。
「この戦いは、かなり分の悪いものになる。それでも、共に来て頂けるのか」
再度の確認をするリオンに、挙手した村人たちは深く頷いた。
「この村は、王の支配が無くともうまくいっている」
「そうだ、そうだ。皆で協力すれば、良くなるもんだ」
其処此処から、そんな声が上がる。
「私もそう信じている」
リオンはロイを振り返った。
「あなたの考え方も、ある点では同意できる。確かに、私のやろうとしていることは奇麗事でしかないのかもしれない。だが、それでも信じていたいのだ。人はお仕着せでなくても良い国を創ることができるのだ、ということを」
リオンは揺らぎの無い眼差しでそう言い、別れの握手を求めて左手を差し出した。が、ロイの肩に旅支度が担がれているのを目にし、その手が止まる。怪訝な顔のリオンに、ロイが右手を差し出した。
「私も同行させてもらうことにしたよ」
「本当ですか?」
リオンよりもエルネストの方が、より大きな驚愕を示す。
「ああ。よろしく」
「あなたが共に来てくださるのならば、心強い」
差し出されたロイの右手を、リオンが固く握り締めた。
リオンが離れたところを見計らって、エルネストがロイに囁く。
「どういう心境の変化ですか?」
「いや、心境自体は変わってはいない。だが、戦う理由は人其々だよ。君もそうだろう?」
「……そうですね」
エルネストは小さく頷いた。
少し離れた場所では、勁捷が省吾に何やら意味有り気な視線を向ける。
「なあ、ショウ。お前、昨日の夜、あのおやじさんに何か言ったのか?」
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