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決意
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ロイが連れ帰った男を前に、一同は驚きを隠せなかった。
「あんた、ほんとに何者なんだ?」
「まあ、年の功というやつかな」
飄々としたロイの様子に呆れながらも、勁捷は心底ゾッとする。
ロイ以外の誰も、この狙撃手の存在に気が付かなかったのだ。男が持っていた狙撃銃は、非常に高性能だが、その分値も張るものであり、並の兵には支給されない。これだけの逸品を任されているということは、その腕も相応に信頼されているということだろう。
ロイが阻止しなければ、狙われていた者は、運が良くて重傷──まず間違いなく命がなかったことだろう。
「まあ、無事で良かったってもんだよな。んで、あんた、名前は?」
取り敢えず、勁捷はそう問うたが、答えは期待していなかった。能力があるということは、さぞかし口も堅かろう。
案の定、男は瞑目したまま、唇はピクリともしない。
並の尋問では口を割らないだろう。それなりの手段は必要だろうかと、勁捷が考えあぐねているのをよそに、リオンが男の前に立った。
「貴殿、ゲオルグ・バッシュであろう?」
初めて男が反応した。
「そう言う貴方は──リオン・a・リーヴ!? いったい──」
男──ゲオルグの目が、目前に居る人物が信じられずに目を見張る。
「この『反乱軍』を率いているのが私だと、知らなかったのか?」
「まさか、そんな……貴方は誰よりも陛下に忠誠を尽くされておられた筈。何故このような事に……?」
ゲオルグは、自分の目が信じられないように、何度も首を振る。
「私にも思うところがあるのだ。だが、決して国に背く気持ちはない」
「何をそのような。明らかな反逆ではないですか!」
「確かに、行為はそうかもしれないが、心は違う。私は、陛下にもっと民草の事を見てもらいたいのだ。そして、民草には、もう少し自分たちの境遇に疑問を持ってもらいたいのだ。貴殿は、今の民の暮らしについて、何も思わないのか? 彼らは、生きているのだ。税金を納めるためだけにいるのではない」
「自分は、ただの兵士です。そのような事を考える必要は無い。貴方もそうです。貴方の本分は、陛下をお護りすることではないのですか?」
ゲオルグは頑なに唇を引き結ぶ。
「そうだ。今は陛下に弓引いているかもしれない。だが、これは国を、ひいては陛下をお護りすることになると、私は信じている」
「戯言だ!」
「いいや、聞いてくれ。今のままでは、いつか必ず、民から不満が噴出する。誰か一人が声を上げれば、暴動が起きるだろう」
「そうなったら! そうなったら、我らが叩き潰します。それが我らの責務だ」
「それを何度繰り返すつもりだ?」
「何度でも!」
一歩も讓らない眼差しで、ゲオルグが言い放つ。そんな兵士を、リオンは悲しみと共に見つめる。
「それでは、いずれ国は疲弊するぞ。国の大部分を占めるのは、民草なのだ」
リオンの静かな口調に、ゲオルグは二の句が継げなくなる。
「陛下の為されている事が必要であるということは、今はもう、解っている。だが、陛下は国を治めようとしているあまり、民草一人一人の事を見ようとはされない。彼らもヒトだということを、もう少し考えていただきたいのだ」
リオンの声は、荒立てたものではないからこそ、よく通る。だが、ゲオルグはやはり、王の兵士であった。
「貴方の仰りたい事は解ります。ですが、自分は王の御心に従います」
リオンの眼差しとゲオルグのそれとが、真っ直ぐにぶつかり合う。どちらにも、迷いは一片もなかった。
「そうか……。それはそれで、貴殿の進む道ではあるな」
呟き、リオンは小刀を取り出した。そして、ゲオルグを捕らえていた縄を切る。
「よろしいのですか? 自分を解放すれば、すぐに追討するかもしれませんが」
「構わない。私は逃げも隠れもしない」
真直ぐにそう言い放つリオンを、ゲオルグはどこか眩しそうに見る。
「貴方は、全く……変わらない」
「私は私だ。変わる気はない」
そんなリオンに、ゲオルグは微かに笑みを漏らす。
一区切りが付いたところで、エルネストがふと気付いたようにゲオルグに訊ねた。
「リオン様の事を知らなかったという事は、貴方が狙ったのは誰だったんですか?」
ゲオルグは一瞬ためらったが、元々あまり従う気の無かった命令である。
「そちらの少年です──王からの命ではないと思いますが」
突然、話を振られ、省吾は面食らう。
「いったい何だって、また、省吾殿が?」
一同、皆、訳が解らず首を傾げるのへ、ゲオルグは同じように首を傾げながら続ける。
「恐らく、あの少女絡みだと思うのですが、詳しい事は知りません。命令は、少女の上司から出たものですので」
あくまで、自分の上司ではない事を強調する。
「そう言えば、あの少女も何か少しおかしかったな……。貴方達が砦を襲撃してきた時、自分等が出動したのですが、実のところ、彼女が現れて以来、我々特殊部隊は、殆どお払い箱状態だったんです。我々に与えられるような任務を、彼女はたった独りで、より効率的にこなす事ができていましたから。彼女が出た回数自体がそう多くはないとはいえ、彼女が任務を達成せずに戻ってくるなんて、今まで聞いた事がなかった」
「あの時か……? あの時、あの子は急に逃げて行ったんだ。俺は何もする気は無かった……ただ、近くに行きたかっただけだったのに」
「近くに、か。今まで、あの少女から遠ざかろうとする者はいても、寄って行こうと思う者はいなかったからな。逆にそれにビビったのかもしれん」
「けど、近寄っただけだ。そんなに脅かすような事はしなかった」
ムッツリと、拗ねた様な省吾に、ゲオルグは硬い顔で答える。豪胆な男の顔に、わずかに恐怖が見て取れた。
「あの少女は――人の心を読むのだ。それに、あの力。だから、皆、彼女からできるだけ離れようとする。多分、これまでに彼女が自分に向けられたものとして感じ取った感情は、恐怖だけなのだろうな。少なくとも、欠片でも好意的なものは、向けられた事が無いだろう」
その言葉に誇張が無い事は、ゲオルグの表情を見れば判る。省吾は俯き、唇を噛み締めた。あの子がそんな所にいるなんて、許せなかった。
「絶対に、あの子は貰う。俺が連れて行く」
今はどんなに怖がられていようとも、そんな必要はないのだということを解らせてやる。たとえどれほど時間がかかろうとも、だ。
省吾の決意に、ゲオルグは信じられないというふうに首を振る。
「あれは、まさに『化け物』だ。近くにいれば、嫌でもそれを思い知る。いずれ、怖れ、疎んじるようになるぞ?」
「そんなことは無い。有り得ない」
省吾自身にも、なぜこれほどまでに確信があるのかが解っていない。それでも、あの少女を傷つけることなど、あらゆる意味において、有り得なかった。
固い決意に、省吾は爪が食い込まんばかりに両の拳を握る。
その場に佇む一同は、出会った頃にはただの「子供」であった少年が、このほんの数ヶ月の間に大きく変わりつつあることを、確かに感じ取っていた。
「あんた、ほんとに何者なんだ?」
「まあ、年の功というやつかな」
飄々としたロイの様子に呆れながらも、勁捷は心底ゾッとする。
ロイ以外の誰も、この狙撃手の存在に気が付かなかったのだ。男が持っていた狙撃銃は、非常に高性能だが、その分値も張るものであり、並の兵には支給されない。これだけの逸品を任されているということは、その腕も相応に信頼されているということだろう。
ロイが阻止しなければ、狙われていた者は、運が良くて重傷──まず間違いなく命がなかったことだろう。
「まあ、無事で良かったってもんだよな。んで、あんた、名前は?」
取り敢えず、勁捷はそう問うたが、答えは期待していなかった。能力があるということは、さぞかし口も堅かろう。
案の定、男は瞑目したまま、唇はピクリともしない。
並の尋問では口を割らないだろう。それなりの手段は必要だろうかと、勁捷が考えあぐねているのをよそに、リオンが男の前に立った。
「貴殿、ゲオルグ・バッシュであろう?」
初めて男が反応した。
「そう言う貴方は──リオン・a・リーヴ!? いったい──」
男──ゲオルグの目が、目前に居る人物が信じられずに目を見張る。
「この『反乱軍』を率いているのが私だと、知らなかったのか?」
「まさか、そんな……貴方は誰よりも陛下に忠誠を尽くされておられた筈。何故このような事に……?」
ゲオルグは、自分の目が信じられないように、何度も首を振る。
「私にも思うところがあるのだ。だが、決して国に背く気持ちはない」
「何をそのような。明らかな反逆ではないですか!」
「確かに、行為はそうかもしれないが、心は違う。私は、陛下にもっと民草の事を見てもらいたいのだ。そして、民草には、もう少し自分たちの境遇に疑問を持ってもらいたいのだ。貴殿は、今の民の暮らしについて、何も思わないのか? 彼らは、生きているのだ。税金を納めるためだけにいるのではない」
「自分は、ただの兵士です。そのような事を考える必要は無い。貴方もそうです。貴方の本分は、陛下をお護りすることではないのですか?」
ゲオルグは頑なに唇を引き結ぶ。
「そうだ。今は陛下に弓引いているかもしれない。だが、これは国を、ひいては陛下をお護りすることになると、私は信じている」
「戯言だ!」
「いいや、聞いてくれ。今のままでは、いつか必ず、民から不満が噴出する。誰か一人が声を上げれば、暴動が起きるだろう」
「そうなったら! そうなったら、我らが叩き潰します。それが我らの責務だ」
「それを何度繰り返すつもりだ?」
「何度でも!」
一歩も讓らない眼差しで、ゲオルグが言い放つ。そんな兵士を、リオンは悲しみと共に見つめる。
「それでは、いずれ国は疲弊するぞ。国の大部分を占めるのは、民草なのだ」
リオンの静かな口調に、ゲオルグは二の句が継げなくなる。
「陛下の為されている事が必要であるということは、今はもう、解っている。だが、陛下は国を治めようとしているあまり、民草一人一人の事を見ようとはされない。彼らもヒトだということを、もう少し考えていただきたいのだ」
リオンの声は、荒立てたものではないからこそ、よく通る。だが、ゲオルグはやはり、王の兵士であった。
「貴方の仰りたい事は解ります。ですが、自分は王の御心に従います」
リオンの眼差しとゲオルグのそれとが、真っ直ぐにぶつかり合う。どちらにも、迷いは一片もなかった。
「そうか……。それはそれで、貴殿の進む道ではあるな」
呟き、リオンは小刀を取り出した。そして、ゲオルグを捕らえていた縄を切る。
「よろしいのですか? 自分を解放すれば、すぐに追討するかもしれませんが」
「構わない。私は逃げも隠れもしない」
真直ぐにそう言い放つリオンを、ゲオルグはどこか眩しそうに見る。
「貴方は、全く……変わらない」
「私は私だ。変わる気はない」
そんなリオンに、ゲオルグは微かに笑みを漏らす。
一区切りが付いたところで、エルネストがふと気付いたようにゲオルグに訊ねた。
「リオン様の事を知らなかったという事は、貴方が狙ったのは誰だったんですか?」
ゲオルグは一瞬ためらったが、元々あまり従う気の無かった命令である。
「そちらの少年です──王からの命ではないと思いますが」
突然、話を振られ、省吾は面食らう。
「いったい何だって、また、省吾殿が?」
一同、皆、訳が解らず首を傾げるのへ、ゲオルグは同じように首を傾げながら続ける。
「恐らく、あの少女絡みだと思うのですが、詳しい事は知りません。命令は、少女の上司から出たものですので」
あくまで、自分の上司ではない事を強調する。
「そう言えば、あの少女も何か少しおかしかったな……。貴方達が砦を襲撃してきた時、自分等が出動したのですが、実のところ、彼女が現れて以来、我々特殊部隊は、殆どお払い箱状態だったんです。我々に与えられるような任務を、彼女はたった独りで、より効率的にこなす事ができていましたから。彼女が出た回数自体がそう多くはないとはいえ、彼女が任務を達成せずに戻ってくるなんて、今まで聞いた事がなかった」
「あの時か……? あの時、あの子は急に逃げて行ったんだ。俺は何もする気は無かった……ただ、近くに行きたかっただけだったのに」
「近くに、か。今まで、あの少女から遠ざかろうとする者はいても、寄って行こうと思う者はいなかったからな。逆にそれにビビったのかもしれん」
「けど、近寄っただけだ。そんなに脅かすような事はしなかった」
ムッツリと、拗ねた様な省吾に、ゲオルグは硬い顔で答える。豪胆な男の顔に、わずかに恐怖が見て取れた。
「あの少女は――人の心を読むのだ。それに、あの力。だから、皆、彼女からできるだけ離れようとする。多分、これまでに彼女が自分に向けられたものとして感じ取った感情は、恐怖だけなのだろうな。少なくとも、欠片でも好意的なものは、向けられた事が無いだろう」
その言葉に誇張が無い事は、ゲオルグの表情を見れば判る。省吾は俯き、唇を噛み締めた。あの子がそんな所にいるなんて、許せなかった。
「絶対に、あの子は貰う。俺が連れて行く」
今はどんなに怖がられていようとも、そんな必要はないのだということを解らせてやる。たとえどれほど時間がかかろうとも、だ。
省吾の決意に、ゲオルグは信じられないというふうに首を振る。
「あれは、まさに『化け物』だ。近くにいれば、嫌でもそれを思い知る。いずれ、怖れ、疎んじるようになるぞ?」
「そんなことは無い。有り得ない」
省吾自身にも、なぜこれほどまでに確信があるのかが解っていない。それでも、あの少女を傷つけることなど、あらゆる意味において、有り得なかった。
固い決意に、省吾は爪が食い込まんばかりに両の拳を握る。
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