夜を越えて巡る朝

トウリン

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邂逅

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 草木も眠る丑三つ時、当然のことながら、炊事場には誰一人いなかった。
「よし、私は行ってくる」
 ロイに教わったとおりの操作で口を開けた通路の入り口に片手をかけ、リオンはエルネストにそう告げる。同行した五人は、至る所に仕掛けを作るのに余念がない。
 今のところ彼ら以外動くものは存在していないが、他の二組が行動を開始すればどうなるか判らなかった。
「ご無事で」
 本心を押し隠す為、エルネストの言葉は少ない。
「無理はするな」
 リオンはそう言おうとし、止めた。自分が無事に戻ってこない限り、この乳兄弟は決してここを離れようとはしないだろう。
「待っていろ」
 一言、リオンは告げる。
「はい」
 暗色のマントを翻し、素っ気無いほどの潔さで通路の暗がりに消えていくリオンの背中を、エルネストは目では確認できなくなるまで見送った。

   *

 正面の廊下を走り、全く妨害のないまま、省吾しょうごは玉座の間へと到着した。
 外れたか、と周囲を見回した省吾の耳に、聞き覚えのない男の声が届く。
「やあ、坊主。栄えある玉座の間へようこそ」
 声の主を探して振り返った省吾は、玉座の両横に下げられたカーテンが揺れ、そこから一人の男、そして少女が現れたのを見る。
 省吾に付いてきた五人の男が、揃って銃を構えた。
「おやおや、随分たくさんのお守りを引き連れてきたものだな。ま、仕方ないか、坊やじゃ」
「……!」
 揶揄する男の声で血が昇りかけた省吾の頭に、その時、ロイの言葉が蘇える。
「頭を冷やせ、馬鹿野郎」
 目を閉じ、低く自分に言い聞かせた。
 顔を上げ、省吾は男を睨み据える。そのまま、背後に立つ男たちに告げた。

「あんたたちは勁捷けいしょうたちのところに行ってくれ」
「しかし……」
「俺は大丈夫だ」
 当然その言葉は聞き入れかねて顔を見合わせた男たちに、省吾の鋭い声が飛ぶ。
「行け!」
 並々ならぬ決意をそこに感じ取り、男たちは一瞬の躊躇の後、廊下を走り出す。

「坊主? 無理はしなくても良かったんだぜ?」
「俺の名前は、省吾だ」
 敢然と言い放つ。その気迫に、男は眉を上げた。
「そいつぁ、悪かったな。俺はキーツだ。キーツ・アンドロフ。イチの育ての親だよ」
「イチ?」
「おや、知らなかったか? こいつの名前をよ?」
「イチ……それが名前なのか?」
「ああ。こんな力を持っているのは、他にはいねぇからな。一人しかいないから、イチ。こいつの遺伝子は、分析するとニッポン系が一番強いらしい。俺は古語は得意じゃないが、古ニッポン語じゃ、一のことをイチってんだろ?」
 薄く笑いながらそう答えるキーツに、省吾は柳眉を逆立てた。

「そんなのを名前にすんなよ!」
「何言ってんだよ。こいつだって気に入ってんだぜ、なあ?」
 隣にひっそりと立つ少女に、キーツは同意を求める。
「はい。わたしはこの名前を気に入っています」
 感情の篭らない鸚鵡返し。人形のような少女の眼差しに、省吾は激しく首を振った。今までに出したことのないほどの大声を振り絞って、訴える。
「違う! 俺はあんたが思ってることを聴きたいんだ」
「無理だよ。こいつは凄ぇ力は持っているけど、感情は無いんだ」
「そんな筈は無い……絶対!」
 省吾は、あの時彼女が見せた怯えを、はっきりと覚えている。あれが感情の発露でなかったら、いったい何だというのだろう。
 硬く拳を握り締め、省吾は己の優位を確信しているキーツを見据えた。

「あんたがその子をそんな風に思っているなら、俺が連れて行く」
「お前が? こいつを?」
 銃を抜いた省吾を、キーツは面白そうに眺めた。そして、自分の銃を構える。
「いいだろう。お子ちゃまが何処までやれるか、見てやるぜ」
 言い終えると同時に放たれた銃弾を、省吾は横様に跳んでかわした。そのまま、飾り柱の影に隠れる。

   *

「勁捷、私はちょっと抜ける!」
 省吾と共に行った筈の男たちが五人だけでこちらへ走ってくるのを目にし、ロイは勁捷へ一声掛け、走り出した。
「ああ、ここは俺一人でも充分なぐらいだぜ」
 すでに二十人ほどの兵士が姿を現している廊下の先に視線を向けたまま、勁捷はそう返す。すでに罠は充分に仕掛けてあった。あと少し引き寄せれば、かなりの数を行動不能にすることができる。
「ロイ、あの少年が一人でやると……!」
 擦れ違いざまに不安そうな声を投げてくる男たちへ目で返し、ロイは玉座の間に向かった。
「冷静になれと言ったであろうが!」
 その場にいない少年に向けて、苛立った声を上げる。

 失ってしまった息子と省吾を重ねていると言うことは、自分でもよく解っていた。それが愚かなことであることも。
 省吾と息子は全く別の存在であり、彼を救ったからといって息子を死なせてしまったことの贖罪には成り得ない。
 だが、それでも、笑うことすらろくにできないあの少年を助けることができれば、あの時から止まってしまっている自分の中の時を再び動かすことができるのではないかと、思ったのだ。

 頼むから、間に合ってくれ。

 神以外のものに、祈る。息子を亡くした時、同時にロイの中で神は死んだ。
 目指す場所は、そう遠くなかった。直に、絶え間なく響く銃声が聞こえてくる。足を止め、耳を澄ませて状況を窺った。

「やや劣勢、か……」
 省吾の銃声よりも、相手のそれの方がより頻繁に轟く。
「弾切れを狙うつもりなのか……?」
 省吾の作戦を慮り、ロイが呟く。気配を消し、開け放された玉座の間の扉へと近付いた。

 あと少し、というところで、唐突に銃声が止む。

 気付かれたか、と足を止めたロイの耳に、省吾のものではない男の声が届いた。
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