夜を越えて巡る朝

トウリン

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再会

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 暗い通路を駆け抜けながら、リオンは、この先で待っている王の存在を、確かに感じていた。早く来いと、呼ばれているような気さえする。

 入り口からここまで、走り続けてきたその足が止まる。
 手元の小さな灯りが、通路が行き止まりになっていることを教えた。

「着いた、な」
 手探りで壁を調べると、右隅の方に小さな突起が見つかった。ロイに教えられたとおりそれを手前に引くと、ゆっくりと扉が開き始める。
 暗闇に慣れた目に、突然溢れた光は強すぎた。目を細め、何度も大きく瞬きをする。
 徐々に、周囲の様子が見て取れるようになってきた、と同時に、正面の椅子に深く腰掛けた人物の姿に、リオンは咄嗟に膝を突いてしまう。

「随分、遅いな」

 今の時刻がなのか、あるいは、会いにきたこと自体が、なのか。彼が敬愛してやまないその人物は、ゆったりとそう言った。

「王」
 立ち上がり、リオンは低く呟く。
「久しいな。息災だったか?」
 肘掛に頬杖を突いた優雅なその姿は、最後に見た時のままだった。

「再びお会いすることがあろうとは、夢にも思いませんでした」
「そうか? 余はそうでもなかったぞ」
 直立を崩さないリオンを、王は薄く微笑みながら見つめている。
「今宵は、王へ最後の進言に参りました」
「よい、聴こう」
 更に背筋に力を込め、リオンは続ける。

「どうか、民の暮らしをもう少し顧みてやってください。税を納めるだけの生活では、あまりに人間の生活というものからかけ離れています。きつ過ぎる締め付けは、いつか弾けます。その時の民の激情は、全て王に向けられることでしょう。そうなってからでは、遅すぎるのです」
 王は、その長い睫毛を軽く伏せたまま、微動だにしない。リオンは姿勢を崩さず彼の口から何らかの言葉が発せられるのを待った。
 実際にはそうでもなかったのだろうが、リオンには永遠のようにも感じられた時間の後、王の唇がようやく開く。

「お前は、余に、心優しき王になれと言うわけだな?」
「……」
「慈悲でもって民を治めるような?」
「……はい」

「できぬな」

 王の即答にも、リオンの視線は揺らがない。半ば予想した言葉だった。
「余は、偽善の結果生じる混乱よりも、恐怖でのみ成し得る安寧の方を望む。リオンよ、人は決して現状に満足できない生き物だ。わずかでも自由を与えれば、もっと自由を、と望む。それに応じれば、更に多くのものを。どんなに与えても、必ず、それに不平を唱える者が現れるのだよ」
「そんなことは……」
「無いと言えるかね?」
 押し黙ったリオンに、王は笑みを漏らした。
「少し大人になってしまったかな?」
 言われ、リオンは弾かれたように顔を上げる。

「人の暗い面しか見えなくなることが大人になると言うことならば、私は永遠に子供のままでも構いません」
 その時、確かに、王は微かだが声を上げて笑った。十四歳の時に近衛隊に入り、その後五年間伺候していたが、王の笑い声を聞いたのはこれが初めてだった。
「そうだな、余もそれを願う。行くがいい、リオンよ。お前はお前の信ずる道を行くがいい。余は余の信ずる道を行く」
「その道が交わることは無いのですか」
「無い。余とお前とでは、人間そのものに対する考え方が違いすぎる──根本からして違うのだよ」
 穏やかな表情で、王はそう告げた。

 王の心は深すぎて、リオン如きにはその底にあるものを見ることはできない。

 リオンは一度目を閉じ、開いた。最後の最敬礼を、深く、王に向ける。
「私はこれ以降、貴方に弓引きます。ですが、ご記憶ください。私の忠誠は、天神地神、どの神に誓っても貴方一人のものです」
 最後にその姿を目に焼き付けて、リオンは身を翻した。

 遠ざかっていくその足音が消えて短いとは言えぬ時が過ぎてから、王は立ち上がり、隠し通路の扉を閉めた。

「お前が正しいか、余が正しいか──それは時の流れが決めることだ。だが、まあ、自分の足で立ってくれるというのなら、余も荷が降ろせるというものだがな」
 苦笑と共に、そう呟く。

 それを聞くものは、いなかった。
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