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魔術師団編

30の1.どこでって覚えてないし!

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 ぷんすか怒りながらコークス先生に、ラッセルの部屋まで送り届けてもらった。
 部屋に戻ると、ラッセルは既に起きていて、優雅に紅茶を堪能していたようだ。

「長、体調はどうですか?   サーラの方は食欲も怒る気力も回復しました。外部からの干渉もありません」
「そうか、私の方も問題なく回復した」

 コークス先生とラッセルのやりとりを聞いて、まだ私の安全は確保されていない、と受け取って、少し不安になる。
 やはり魔術師団には迷惑をかけられない。

「そんなに危険なんだったら私、ここを出て行った方が安心じゃない?」

 思い切って提案してみるが、あっさりと却下されてしまった。

「いや、ここの結界ほど堅固なものはありません。むしろ離れた方が危険です」

 先生の答えにラッセルも頷く。

「君は心配しなくても良い。むしろ魔術について考えるな。どうやら君の場合、自分に魔力がない分、他人の魔力に同調しやすい傾向があるようだ。今回の件で私も知った」

 それよりも、と私に少しだけ難しい顔で質問してきた。

「月宮沙羅、少し質問する。君の首にあるそのアザはなんだ?   ここに来た当初は見当たらなかったが?   どこかに出かけた時にぶつけたか?」

 矢継ぎ早の質問に、こちらが面食らってたじろいでいると、コークス先生からお茶を飲みながら雑談の中で思い出しましょう、という提案を受けた。

 首回りなので自分で確認することができないのだが、後頭部の、首を支える骨のあたりに親指と人差し指で輪を作った時くらいの大きさの、赤黒いアザができてるらしい。眠る前はもう少し赤かったらしいが、今は、ほぼ赤みはとれている、と教えられる。

 ぶつけた記憶もなければ、痛みもないので、そんなものができていること自体、初耳だった。

 どうすんのよ、そんなんが首周りにできたなんて、ハイネックかスカーフでカモフラージュしなきゃならないじゃん。汗っかきなのに、余計暑くなるわぃ。

 ソファまで移動しながら、ここ最近の自分の行動を思い返す。そうしているうちにルディが呼ばれて、部屋に入ってきた。私の隣に腰掛けると小声で囁かれた。

「サーラ、お前何やらかしたんだよ。大至急サーラの件でって呼び出されたんだぞ?」
「あちゃ……でもルディは関係あるんかなぁ」

 アゴを人差し指一本で支えて、ゆっくりと考える。

 んー、わからん。本の内容が頭に入んなくて、自分でその本を頭にガンガン叩きつけたことや、ダンスで思うような足捌きができなかった時に、靴をサッカーボールに見立てて蹴飛ばしたことは報告した。
 あとは……気晴らしでハルのいる学校に行って、授業を覗きに行ったことと、街の嫌なネコの食糧をこっそり隠して笑ったことも伝える。

 私の話しをするほどに、ルディをはじめ、三人が一様に変な顔をした。呆れたような、苦笑いを堪えるような顔。例えるなら、子供のいたずらに手を焼いた親が話しを聞くような顔だ。

「まあ、サーラらしいと言えばサーラらしいことをしてますね。ただ……レディとして相応ふさわしい行動とは若干ズレているようですが」
「ホント副師団長の言う通りだぜ。今どきそんなこと、学校入る前のガキでもやらねぇぜ」

 先生とルディが呆れる、というか可笑しそうな雰囲気でボソボソと言ってくる。
 ん?   ということは……
 私、そんなお子ちゃまなことしたのか?

 そう考えると、なんだか恥ずかしくなってきて、モジモジと顔を赤らめて俯いてしまう。

 少しの沈黙のあと、コークス先生が堪え切れない、と言わんばかりに小さく笑いはじめ、ルディも釣られてそっぽを向いたまま笑っている。

「君は自分が大人だと自覚しているのか?   王宮では、貴族やその使いの者が数多くいるのだぞ。あげ足をとられないように、普段から自制した行動をとりなさい」
「わかっちゃいるけど、気晴らしは必要よ。場所はわきまえて行動できるわ」

 説教じみたラッセルの物言いに、ツンとして答える。彼はやれやれ、とボヤきながら、コホンと小さく咳払いして、本題へと戻った。
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