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第1章
14話
しおりを挟む「まずは改めて乾杯でもしようか。第六騎士団へようこそ。そして、執務室の機能を復活させてくれてありがとう」
そう言って出してくれたお酒は、先ほどから舐めるように口にしていたワインとは違って、かなり濃いお酒だった。
一瞬目を見張ったが、これを遠慮するなど失礼だろうと考えて、ありがたくいただくことにした。
三口も飲むと、膝やらお腹がジンジンして、アルコールが体を巡っているのを感じた。
団長が雑談のような、他愛のない話しをしているのが少し遠くに聞こえ、瞬きがだんだん遅くなってくる。ほわんほわんして体が緩慢な動きになるのに任せて、いい気分を堪能する。
ずいぶん気持ちよくなってきたところで、団長が私に爆弾を投下した。
「で、お前は誰だ?」
さぁっと血の気が引いたのがわかったのだが、酔いも手伝って、どう答えればいいのか検討もつかない。とりあえず何か言わないと。
「誰って? 私はニコラス・テイラードですよ。初日に挨拶したじゃないですか?」
「ニコラス・テイラードは存在するが、今この場にいるお前のことじゃないだろ。顔はそっくりのようだな、第一騎士団長から確認してもらったよ。遠目だがテイラードのようだと言っていた」
ふう、一応はニコラスってことで大丈夫っぽいから、ここは押し通すしかない。テイラード家の命運がかかってるのよっ!
「第一騎士団長が私を認めてくれたのなら確実ではないですか」
「ところがそこで新しい疑問だ」
まだダメか? 誤魔化せないのか?
何が疑問か、と聞いて愕然とした。
第一騎士団長が新婚なのは近衛にいるなら誰でも知っていて当たり前の情報だ。しかも、護衛すべき王族に第三王子も含まれているはず。なのに私は団長の顔や年齢などの基本情報すら知らない。第一騎士団に配属されたら真っ先に叩き込むべき情報が、すっかり抜け落ちているのだ。
あらゆる情報を精査した結果、どう考えても私と近衛で勤めていたニコラス・テイラードは別人だと判断せざるを得ない、と言われてしまった。
無言のままお酒を飲もうとしたら、目の前からスッと手が伸びて、グラスを取り上げられてしまった。所在無げに両手を組んだり握りしめたりしていると、ピッタリと私の後ろに立って、頭の上から次々に質問を落としてくる。
「もう一度聞く、お前は誰だ? どこかの国のスパイか? それとも国内の貴族からの差し金か? 俺かスレイを殺しに来たか? ここで得た情報を誰かに流すのか?」
矢継ぎ早の質問に、何をどうしていいやら、頭がパニックになる。半分涙目になりながら、どう答えればいいのかを必死で考えるのだが、思考の空回りが続くだけ。
あ……う……と声は出るが、言葉を発するまでにはならない状態なのだ。もう顔を伏せるしかない。
痺れを切らした団長が、私の胸元をグイッと掴み、目を合わせるように無理やり顔を抑えられた。
ひいっと呟いて身をよじった瞬間、胸ボタンが弾け、カツラがポトリと落ちた。
あ、終わった。
「……お、まえ……女かっ」
衝撃を受けたのか、掴んでいた手が少し緩んだ。
その隙を逃さず、二、三歩後ずさりして胸元を隠すように体を捻った。はらりと垂れる髪の房はもう隠しようがない。
女だと知られてしまったからには、先ずは最低限身を守らなければ。
素性を明かそうにも、ニコル・テイラードだという根拠もなければ証人もいない。
正体不明のただの女の扱いは、目も当てられない結果になるのは簡単に想像できる。
今この部屋には二人きりだ。無理やり犯されることや殺されることだってあるのだ。
とにかく逃げなければ。
部屋の扉がどこにあるかを確認しようとしたら、すぐ様動きを封じられ両手首を縛られてしまった。
ヤバい、かつてないほどの大ピンチだ。
もう団長が私に情けをかけてくれるのを期待するしかない。
それが無謀なお願いだとしてもだ。
「た、助け……て。お願い、助けて」
やっとそれだけ口に出すと、人生で初めての失神というものを経験した。
すなわち、現実逃避という名のブラックアウト。
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