孤塁の縁 第二章 ~死装束の少年~

上野たすく

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19-1〈現在・孤視点〉

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 地下の書籍が並ぶ部屋で、エニシはテーブルにノート型パソコンを置き、操作を始めた。ソロの町の奇病と池の関連を調べるためだ。
「池の水質調査を、ユウセイ経由で、シャンディアに頼んである。急いでもらうよう伝えておいたが、結果は」
 キーボードが軽やかに叩かれていく。
「まだ、来ていないか」
 縁が溜息をついた。頭の回転に行動力がついてきてしまうのも、考えものだ。
「僕が休んでいる間に、濃厚な時間の使い方をされたんですね」
「お前だって、俺や孤を助けるために、無茶をしただろう」
 嫌味の跳ね返し方に、驚いた。
 エニシは縁のオーバーヒートぎりぎりの行いを、責めているようだったからだ。
「僕は生物ではないので、平気です。それに、動かなければ、二人を助けられなかった」
「お前の体だって、劣化や摩耗をする。起動停止するしぬのは、生き物も機械も、変わらない」
「ですが」
 二人を失いたくなかった。
 エニシは、スクラップされそうになっていた縁を助けてくれた。孤は、そんなエニシのかけがえのない人だ。
 二人がいなくなってしまったら、体が稼動しなくなってしまうのではないか。
 この世界の希望が消えてしまうのだ。
 大袈裟ではなく、その可能性はあった。
 人が生まれる理由は、生きるためだろう。
 しかし縁は、人に利益をもたらすために作られた機械だ。仕える者がいなければ、ガラクタも同然。稼動する意味など、ない。
 人であるエニシと比較されること自体、間違っている。
 エニシはチラッとこちらを目にし、すぐさまパソコンの画面へと移した。
「非難をしているわけじゃない。俺も、お前も、する必要があったから、行動したまでだという話だ。お前は俺と孤を救ってくれたが、俺はまだ誰も救えていない。ユウセイには交換条件を出されたしな。課題が終わった後も、手放しで祝杯をあげられない状況だ」
「交換、条件?」
 孤が不安げに繰り返す。
 エニシはキーボードから手をどけ、振り返った。
「旅で立ち寄った場所の記念品を強請られた。費用を負担すると言われたが、断った。それではプレゼントにならないってな」
 孤は優しく笑み、相づちをうった。
「ユウセイ様と連絡をとっていたんだね」
「まあ。いちおう、血をもらっていた恩があるからな」
 エニシの含みを帯びた言い方に、孤は微笑みながら頷いた。
「水の成分はわからないが、孤の作った立て札やルイの囲いは、効果がある。観光客も、ソロの連中も、今はまだ、素直に従っている」
 エニシが耳の機械に人差し指で触れる。
 外界の状況を、聞くために、機械を外さなかったのか。
 自分の体調が悪いときでさえ。
 どうして、そこまでするのだろう。
 リヴォーグ国を出る前、火事に巻き込まれた家族を救おうとした。エニシは、自分は一般人だと言った。王族の地位を捨てたから、国民全員を幸せにする義務もないし、しようと思ってもできない。そう言った。
 リヴォーグ国の住人でもない人達を幸せにする義務など、それこそない。彼は義務で動いているのではない。だったら、何が、突き動かすのだろう。
「安心していい」
 エニシが微笑みかけてくる。
 優しい笑みに、心臓が浮くような不安を覚えた。
 まさか、俺のため?
 そんなわけない。
 思い上がるな。
 パソコンが音を出す。
 エニシが振り返り、操作する。
 彼はキーボードを叩きながら、口を開いた。
「シャンディアから調査結果が来た」
 リヴォーグの文字ではないそれを、エニシは読めるようだった。
「縁、悪い。書くものと紙をくれ」
 手を差しだしたエニシに、縁が二つをそっと渡す。
 エニシはさらさらとリヴォーグの文字を書いていく。
 薬剤なのか、孤には馴染みのない言葉と、それぞれに数字が書かれている。
「調合を頼む」
 縁は紙を手渡され、頷いた。
「臨床試験は俺が受ける」
「池の水を飲んだんですか?」
 縁が青ざめた。
「ダラクナイトの解毒を優先させたから、まだだ」
「では、ソロの村の人にお願いすればいいじゃないですか。苦しみがなくなるなら、協力してくれるはずです」
 エニシは首を傾げ、口角を上げた。
「奴らを説得している間に、被害者が死亡する可能性だってある。俺達は成り行きで池の水の件を知り、対策を立てたが、相手は別の道筋を考えるかもしれない」
「別の道筋……?」
 ルイが眉根を寄せた。
「ああ。俺達とルイが初めから仲間だったとか。最悪、俺達がブロサムを転覆させるために、池に毒を仕込んだと思うかもな」
「え……?!」
 孤が声を出すと、エニシが視線をくれた。
「話すならソロではなく、ブロサムの王族だろうが、話を聞くかはわからん。苦しんでいる人を救うことを目的にするなら、俺達の存在など知られなくてもいい。それなら、自然に問題が解決していることがベストだ」
「だからって、エニシが苦しむのは違うだろ?」
「僕が飲みます!」
 ルイが一歩、前に出た。
 エニシはじっとルイを見つめ、一言。
「ダメだ」
「僕は一度、死んでいます。光りがなければ、甦っていなかった。そうだ、きっと、あの大きな鳥は神様で、池の水で苦しむ人達を救うために、僕を生き返らせたのかもしれない」
 エニシの眉がピクリと動いた。
「大きな光る鳥?」
 ルイは頷き、自分が生き返った経緯を話した。
 エニシは唇に触れ、俯いた。
「ここには羽咋伝説がある。俺達は、だから、羽咋の手がかりを探しに、ここへ立ち寄った」
 ルイが僅かに口を開ける。
 エニシは深く息をつき、立ち上がるとパソコンの画面を、皆に見えるようにし、キーを一つ押した。一瞬で、シャンディアの文字がリヴォーグの文字に翻訳される。
「水質調査の結果は、ほぼ不明?」
 孤は声を震わせた。
「じゃあ、さっきの解毒剤って?」
「俺の見立てだ」
 縁が紙を握りつぶした。
「効かなかったら、どうするつもりだったんですか?」
 縁は怒っていた。いや、悲しんでいる?
 孤は質問攻めにしてしまいそうな心を、宥め、エニシの出方を待った。
「浮島に血液を貯蔵してある。それを飲めば、死ぬことはない。完全に回復しなければ、笑われようがユウセイに頭を下げて、吸血させてもらう」
 俺じゃなく、ユウセイ様に?
 孤は戸惑うほどの痛みを胸に感じた。
 エニシが唇を伸ばし、見つめてくる。
「俺は死なない。孤を幸せにしたいからな」
 孤は上手く返事ができなかった。
 幸せにして欲しいと、エニシが幸せじゃなければ、俺は幸せじゃないと伝えた。エニシは俺が幸せなら、自分は満足だと言った。
 エニシはきっと、自分が生きて俺の傍にいることで、俺を幸せにしようとしてくれている。俺が幸せなら、エニシは幸せで、エニシが幸せなら俺は幸せで……。
 俺が出発点なんだ。
 エニシの幸せも、俺が。
 生きて欲しくて、幸せになって欲しくて、縛りつけることを承知で、かけた言葉の重さに奥歯を噛んだ。
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