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32〈現在・孤〉

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 エニシの呻き声で、目が覚めた。彼は苦しそうに眉を歪めていた。孤が背中や後頭部を撫でると相手は、ほっと息を吐き、安らかな表情になった。
 シーツを上げて自分達を包み込む。エニシを抱きしめながら、孤はアリサ達のことを考えた。
 エニシがアリサとした眷属の契約では、アリサはエニシの血がなければ絶命してしまうのだ。エニシがアリサを浮島へ住まわそうとする理由は、本当のところ、そこにあるのではないか。だとしたら、ルイとオーガストにも、浮島でなら容易に解決できる、何かがあるはずだ。アリサが一人では寂しいという感情論ではなく、何かが。
 それを教えず、考えさせようとするのは、最悪、浮島でなくとも、策があるからだろう。孤が拒否をすれば、エニシは三人に違う方法で手を差し伸べる。
 結論から言えば、浮島はエニシと縁が作ったのだから、孤だって住まわせてもらっている身だ。エニシと縁が良ければ、自分は頷くべきだろう。それに、相手はルイ達だ。知らない人達じゃない。なのに、胸がざわざわと騒ぐ。
「俺は嫌なのか?」
 思わず口にしてしまう。その声が、自分の心の狭さを突きつけてくるようで、恥ずかしくなった。
 俺って、こんな奴だったのか?
 エニシは俺が反対したら、失望するかもしれない。
 ルイ達を大切に思っている。それは本当だ。だけど、エニシの提案を受け入れられない。
「どうしよう。俺、こんなんじゃ、エニシに嫌われる……」
 せっかく、愛していると言ってもらえたのに。
 どうしても、ルイ達を受け入れられないのか、と自問していたら、夜が明けていた。
 しょぼしょぼする目を擦ると、エニシが気にかけてくれ、胸が痛んだ。
「みんなのところへ行こう」
 結論を出す時間が来たことに、冷や汗が出る。カードゲームの神経衰弱しんけいすいじゃくのように、そこにあると思っていたカードが、なかったときの落胆。
 エニシを窺う。彼はこちらの視線に気づくと、微笑んでくれた。
 自分の気持ちを言うだけだ。悪いことじゃない。悪いことじゃ。
「孤?」
 エニシが心配してくれる。
 孤は、苦心して笑顔を作った。
「なんでもない。行こう」
 階段をのぼり、リビングへ行く。
 ドアノブを握りしめたのは、エニシだった。開けたそこに、縁を見て、怖じ気づく。こちらの心の汚さを耳にした縁の、悲しむ表情が浮かんだからだ。
「孤、おはよう」
 縁が笑顔で迎えてくれる。こちらへ来る縁に怯むと、エニシが手を差し伸べてくれた。
 孤は、二人が自分を見る眼差しに、あっと息を飲んだ。
 エニシに軽蔑されると思っていたのも、縁を悲しませると思ったのも、誰でもない、俺自身だ。俺は自分を疑っているつもりで、エニシと縁を疑っていたんだ。
 俺の気持ちを言うことが、ルイ達の存在を否定する訳じゃない。考えることは、みんな違って当たり前だ。だから、それぞれの思いを聴いて、何ができるかを見つける。それが話し合うってことなんじゃないか。
 怖がらなくても、いいんだ。
 少なくとも、エニシと縁の前では。
 俺は、話していいんだ。
 どうしたいかを。
 一気に、力が抜けた。
 エニシの手を握りしめ、彼の横へと並ぶ。
「おはよう」
 笑って言うと、縁はやさしく唇を伸ばしてくれた。
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