召喚士1474

上野たすく

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 奏芽に渡したのと同じ内容の弁当を、学校指定の白鞄に詰め込む。

(今日も、人参のグラッセ、ありますよね?)
「頭に話しかけてくじゃねえよ」
(いやはや、お言葉ですが、これが、私たちの本来の会話方法と言いますか)
「減らず口ばっかだな、お前は」

 午前七時二十分。
 そろそろ出ないと遅刻だ。
 鞄を肩にかけ、アパートを出る。
 鍵をかけたところで、声をかけられた。
 
「ゼツ! 一緒行こうぜ!」

 階下から、大越翔おおごえしょうが叫んでくる。
 翔とは保育園からの付き合いだ。

「おお! 今、行く!」

 素早く、階段を駆け下り、翔の隣に並んだ。
 ラビが肩にのる。
 翔には見えないだろうが、重い。

「おはよう」
「はよ。今日は朝練、休みなのか?」

 翔は担いでいた竹刀の紐を持ち直し、頷いた。

「休むのも練習のうちってか」
「けっ! サボりかよ」
「だって、だるいだろ?」
「まあな」

 でも、お前は練習休んだって、だりぃだろうが。
 嘘、吐くのがカッコイイって思ってんのかね。

(召喚士も似たようなもんじゃありませんか?)
 ぐっ。

「どした? うんこ、踏んだみたいな顔してるぜ?」

 どんな顔だ、それ。

「踏んでねえよ」
「ふうん。そういや、知ってる? どっかの国じゃ、犬のうんこをエネルギーに変えてんだってよ。公園とかに専用の入れるところがあってさ、散歩中に、そこへ捨てれて、街灯がつくっちゅうわけ」
「そりゃ、いいわ。落ちてないかって、下、見んくても歩けんな」
「だろ! 画期的発想」
「それを形にできる技術がすげえわ」

 この世界の人間は、魔法を使えなくても、ちゃんとやっていけてる。
 すげえと思う。

「これしかねえってこた、マジでねえんだろうな」
「ん? なに? 哲学?」

 視線を流しただけなのに、「睨むなよ」と言われる。
 お前が俺より背が高いのが、わりぃんだよ。
(うぷぷぷぷ)

 肩で、ガラスうさぎが笑う。
 こいつ、感情を隠さねえなあ。
 なんで、こんな奴が召喚されちまったかな。
 石と共鳴しちまったんだから、仕方ねえんだろうけど。

「どした? 今度は、腹くだして、尻が破れそうって顔してるぜ?」

 お前も、いいかげん、下ネタ系な思考をやめろ。

 前方で、チャイムが鳴り響く。

「やっべ。予鈴だ。走ろうぜ」

 言う前から、お前、走ってっからな。

(置いてかれちゃいますよ。走って、走って)

 ラビがバシバシ、背中を叩いてくる。
 俺はてめえの馬じゃねえ。

(走ってますけどね)
「ああ?」

 いかん。
 肩に向かって、声をあげちまった。
 翔にはラビが見えてねえから、やばい奴だって思われる。

(翔さん、走ることにだけ集中してますねえ)
「……」

 ったく、この世界の人間は面倒くせえな。
 走りながら、水晶の粒をスラックスのポケットから摘まみ出し、

「召喚」

 小さな声で、水晶の共鳴者きょうめいしゃを呼んだ。 
  
「んぱっ!」

 現れた白いふわふわの綿毛は、空中を浮遊し、俺の口元へときた。
 召喚士は召喚されたモノの持つ言語を学ばなくとも、意思を伝え、実行させることができる。
 んぱ、んぱ、言うだけのふわふわ綿毛だが、俺やラビには、言っていることが分かるのだ。
 ふわふわの種族名はパサラ。
 隠れ蓑を使わなくても、姿を消すことができるから、偵察にもってこいの召喚獣だ。
 ラビは、もともと、個別の名前を持たないパサラ達に、召喚したのだから名前をつけろとしつこいが、召喚した数が数なだけに、どの個体を呼んでも、パサラで通している。
 パサラ達からは不満は、まだ、出ていない。

「頼む」

 ビーズのようなキラキラした瞳が、細長くなり、パサラは全身を使って、頷いた。
 ラビと大違いだ。

(いけずですねえ、召喚士も。私の愛が伝わらないなんて)
 愛?
 お前のどこにあんだ、んなもん?

 パサラは俺とラビの思考に関与せず、ふわふわと飛び、翔の頭にのった。
 その白い綿毛が、音もなく、消える。
 すばらしきかな、パサラの能力。

(ありますよ! だいたい、召喚士が私を呼び出すのに使った石は。て、聞いてない!)
 やっ、聞いてっけど、パサラの力に感心して、耳から耳へ突き抜けてったわ。

 ラビは失望感を盛大な溜息へかえた。





 




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