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セピア色の光景と黒い煙
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カウンターへつくと青年は温かい珈琲をいれてくれた。
「オレはクロと言います」
青年が微笑みながら首を傾ける。
「葛西智也です」
男は頬杖をつき、前方を見つめたまま名乗った。
クロがその様子に苦笑する。
「おれはジンジャーだ」
葛西が珈琲を口に含む。
クロの背後にあるさまざまな種類のカップを眺めているようだった。
ジンジャーはカップを持って円を描いた。
中の黒い液体が波打つ。
頃合いを見てカップの淵に口をつけ、啜った。
懐かしい……。
ジンジャーの脳裏に若い女性が珈琲を飲む光景が浮かび上がり消えた。
セピア色のそれは幸の母親だ。
きゅっと胸が痛む。
なぜだろう。
「幸さんというのは?」
クロがやさしさを滲ませた眼差しで問うてくる。
「友達だ」
「そうなんですね。女性の方……ですか?」
「ああ」
「幸さんに……何かあったんですか?」
口元を引き締めるとクロはすみませんと謝罪してきた。
「さっき、助けなきゃっておっしゃっていたので。とても急いでいらっしゃいましたし。もちろん無理にとは言いませんが」
ジンジャーにはわかった。
クロは野次馬心が騒いで訊いているのではない。
ジンジャーに関わろうとしてくれているのだ。
一方通行ではない。
ジンジャーは今、自分以外の命と会話をしている。
「付き合っている男が最低野郎なんだ」
怨念がこもった声に全身を支配されそうで、祈るように力一杯指を組んだ。
「目つきやばいですよ」
すかさず葛西が悪態をついてくる。
「お前には言われたくない」
「は?」
細められた両眼は鋭く、顔を背けた。
「智也さん、睨まないでください。ジンジャーさんはお客様です」
クロがカウンター越しに葛西を叱る。
「ごめんなさい」
葛西は棒読みで言うと盛大な溜息を漏らし、ジンジャーに向き直った。
「で? お友達は最低野郎に何をされているんですか?」
「……暴力を振るわれている」
声を抑えて事実だけを伝える。
クロは顔色を変え、葛西はぴくりと眉を動かした。
「お前達は知っているみたいだが、おれはぬいぐるみだ。どれだけ彼女が叩かれ殴られても手も口も出せやしない。あの子は自分が悪いんだと言っていた。自分がかわいくないから、自分がのろいから……。好かれたら何をしてもいいのか? ふざけるなっ」
怒りと悲しみで拳が震える。
もわっと黒い煙がジンジャーの体から染み出す。
「ジンジャーさん! 何か食べますか? カレーライス仕込んであるんです!」
クロは慌て、葛西は遠い目をした。
わたわたとクロが食器を取り出し、オタマで鍋のカレーをかき混ぜる。
「智也さんも」
「俺は後でゆっくりもらう」
「そうですか……。じゃ、じゃあ、ジンジャーさんの分だけよそいますね!」
「おれは幸に笑っていて欲しいんだ……」
ジンジャーは煙の出る拳を擦った。
「早くに父親を亡くし、母親は仕事仕事で甘えることができなかった。もちろん、そういう子どもは幸だけじゃないのかもしれない。だけど、おれが出会ったのは彼女だ。ずっと彼女を見てきた。幸せになって欲しいんだ」
この煙が出尽くせば、自分はこの世界から消えてしまうような気がした。
ジンジャーはぬいぐるみだ。
寿命なんてない。
けど、このとき、ジンジャーは自分にも人と同様に最期があるのだと思った。
ぬいぐるみである自分の終わりとはいったい何だろう?
ただ、幸の前から去らなければいけないことは確実。
その日が来る前になんとか彼女のおかれている状況を変えてやりたい。
ジンジャーは撫でるのをやめ、拳を強く握りしめた。
「オレはクロと言います」
青年が微笑みながら首を傾ける。
「葛西智也です」
男は頬杖をつき、前方を見つめたまま名乗った。
クロがその様子に苦笑する。
「おれはジンジャーだ」
葛西が珈琲を口に含む。
クロの背後にあるさまざまな種類のカップを眺めているようだった。
ジンジャーはカップを持って円を描いた。
中の黒い液体が波打つ。
頃合いを見てカップの淵に口をつけ、啜った。
懐かしい……。
ジンジャーの脳裏に若い女性が珈琲を飲む光景が浮かび上がり消えた。
セピア色のそれは幸の母親だ。
きゅっと胸が痛む。
なぜだろう。
「幸さんというのは?」
クロがやさしさを滲ませた眼差しで問うてくる。
「友達だ」
「そうなんですね。女性の方……ですか?」
「ああ」
「幸さんに……何かあったんですか?」
口元を引き締めるとクロはすみませんと謝罪してきた。
「さっき、助けなきゃっておっしゃっていたので。とても急いでいらっしゃいましたし。もちろん無理にとは言いませんが」
ジンジャーにはわかった。
クロは野次馬心が騒いで訊いているのではない。
ジンジャーに関わろうとしてくれているのだ。
一方通行ではない。
ジンジャーは今、自分以外の命と会話をしている。
「付き合っている男が最低野郎なんだ」
怨念がこもった声に全身を支配されそうで、祈るように力一杯指を組んだ。
「目つきやばいですよ」
すかさず葛西が悪態をついてくる。
「お前には言われたくない」
「は?」
細められた両眼は鋭く、顔を背けた。
「智也さん、睨まないでください。ジンジャーさんはお客様です」
クロがカウンター越しに葛西を叱る。
「ごめんなさい」
葛西は棒読みで言うと盛大な溜息を漏らし、ジンジャーに向き直った。
「で? お友達は最低野郎に何をされているんですか?」
「……暴力を振るわれている」
声を抑えて事実だけを伝える。
クロは顔色を変え、葛西はぴくりと眉を動かした。
「お前達は知っているみたいだが、おれはぬいぐるみだ。どれだけ彼女が叩かれ殴られても手も口も出せやしない。あの子は自分が悪いんだと言っていた。自分がかわいくないから、自分がのろいから……。好かれたら何をしてもいいのか? ふざけるなっ」
怒りと悲しみで拳が震える。
もわっと黒い煙がジンジャーの体から染み出す。
「ジンジャーさん! 何か食べますか? カレーライス仕込んであるんです!」
クロは慌て、葛西は遠い目をした。
わたわたとクロが食器を取り出し、オタマで鍋のカレーをかき混ぜる。
「智也さんも」
「俺は後でゆっくりもらう」
「そうですか……。じゃ、じゃあ、ジンジャーさんの分だけよそいますね!」
「おれは幸に笑っていて欲しいんだ……」
ジンジャーは煙の出る拳を擦った。
「早くに父親を亡くし、母親は仕事仕事で甘えることができなかった。もちろん、そういう子どもは幸だけじゃないのかもしれない。だけど、おれが出会ったのは彼女だ。ずっと彼女を見てきた。幸せになって欲しいんだ」
この煙が出尽くせば、自分はこの世界から消えてしまうような気がした。
ジンジャーはぬいぐるみだ。
寿命なんてない。
けど、このとき、ジンジャーは自分にも人と同様に最期があるのだと思った。
ぬいぐるみである自分の終わりとはいったい何だろう?
ただ、幸の前から去らなければいけないことは確実。
その日が来る前になんとか彼女のおかれている状況を変えてやりたい。
ジンジャーは撫でるのをやめ、拳を強く握りしめた。
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