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一般教養で使われる、その講義室には誰もいなかった。
あの落書きは、今もそこにあった。
暴言に銃を向ける。
「バン。……バン、バン、バン。ビビビビビー」
弾丸も、レーザー光線も出るはずもないし、落書きが消えるわけでもない。
銃を机に置き、椅子に座ると、落書きの上に突っ伏した。
誰かが入ってきて、俺のところで止まった。
「加藤……」
佐伯の声だ。
返事をしないと、相手は隣に座った。
「探した。携帯に何度も電話したんだぞ」
「……ごめん。携帯、忘れた」
佐伯が大きく息を吐く。
「彼女とはなんともないからな」
「佐伯……」
上半身を起こす。
「キスして」
佐伯の手が頬に当てられる。
瞼を下げ、キスを受け止めた。
ちゅっと唇が離れ、また重なる。
激しくなっていくキスを、佐伯自身が俺を抱擁することで中断した。
「悪い。少しこのままで」
佐伯の下半身に硬く立ち上がるものがあり、そっと触れてみる。
「する?」
相手は生唾を飲み込んだ。
「……し……たいけど、しない」
佐伯の心臓の音が速い。
「まじめだな。誰も来ないと思うけど」
「そうじゃなくて……。学生のときは芸術祭をふたりで回ったことなんて、一度もなかったから」
「うん」
佐伯の背中を抱きしめる。
「ふたりで回りたい」
「え?」
驚いて、体を離した。
「なんだよ、その顔。俺じゃあ不満か?」
「ちが! 違う。嬉しい。すごく」
佐伯が歯を見せて笑む。
「俺も落ち着いたし、行こっか?」
その前に、と佐伯が銃を掴み、暴言に銃口を突き付けた。
「バン、バン、バン」
俺は額を手で支えた。
「見てたのかよ」
「加藤の知らない側面を見れて、胸キュンだった」
「気持ち悪い言い方するな。何歳だと思ってんだ」
佐伯は笑い、手を差し出してきた。
「行こう」
手を重ねると、ぎゅっと握りしめられた。
文化祭の冊子を開き、時間が指定されている出し物に足を運び、屋台で食べ物を買って、展示もすべて回った。
夕暮れになり、他の客に交じって公道へと流れ、大学を振り返った。
佐伯が立ち止まってくれる。
「どうした?」
「……今日、バーへ行ってもいい?」
「いいよ」
「ありがとう。部屋に帰って、ギターを持ってくる。すぐ戻ってくるから、待っていてくれないか?」
佐伯の目が湿り目を帯びる。
「もちろん」
久しぶりにギターを担ぎ、バーへと電車を乗り継いだ。
各駅停車に乗ったからか、車内はガランとしていた。
「母さんが死んだあと」
ぽつりと言われた言葉に、相手を見た。
「毎日、図書室でぼんやりしていた。大学にだけは通っていたけど、食事も忘れるくらい、何も手につかなかった。友達も、そっとしておいてやろうって感じで、一人になる時間が多くて。加藤だけが、めげずに話しかけてくれた」
「忘れていると思ってた」
佐伯は目を伏せ、微笑した。
「やけにおどおどしてるし、仲良くもないのに、よく粘るなって、母さんのことしかなかった頭に、名前も知らない変な奴のスペースができた」
「ひどい言われようだな」
「お前が名乗らなかったから、特徴で覚えるしかないだろ?」
「俺、名前言わなかった?」
「覚えてないのか? あれだけ、てんぱってたら、そうなるかもしれないけど」
「好きだったんだ。きっと、あの頃から」
「たぶん、俺も、あの頃から、加藤が理想の人間だった」
佐伯が指を絡めてくる。
「加藤がこうしてくれて、滞っていた血が生まれ変わるようだった。俺はお前に声をかけようとしたんだぜ。お前は逃げていったよな」
それは覚えて いる。
話しかけても反応がなかった男が、手を握ったら急に俺を見つめてきて、何かを言おうとした。
「蔑まれると思ったんだ」
佐伯は息を吐き、上を向いて目を閉じてゆっくり開けた。
「何年も経ってしまったけど」
佐伯に見つめられる。
「あのときはありがとう。あのときだけじゃない。ずっと、俺を諦めないでいてくれて、ありがとう」
笑いたいのに、嗚咽が出そうで唇を噛んだ。
自信を持ちたい。
自分が自分でいられるように、社会で渡り合えるように、佐伯が笑えるように。
バーへ着き、年配のバーテンダーに弾き語りをしてもいいか、と頭を下げた。
男は快く了承してくれ、グランドピアノにライトを当てた。
「なにか、俺にできることはあるか?」
「あるよ」
マイクをセットしていた手を止め、佐伯に微笑む。
「俺の歌を一番近くで聴いていてくれ」
完
あの落書きは、今もそこにあった。
暴言に銃を向ける。
「バン。……バン、バン、バン。ビビビビビー」
弾丸も、レーザー光線も出るはずもないし、落書きが消えるわけでもない。
銃を机に置き、椅子に座ると、落書きの上に突っ伏した。
誰かが入ってきて、俺のところで止まった。
「加藤……」
佐伯の声だ。
返事をしないと、相手は隣に座った。
「探した。携帯に何度も電話したんだぞ」
「……ごめん。携帯、忘れた」
佐伯が大きく息を吐く。
「彼女とはなんともないからな」
「佐伯……」
上半身を起こす。
「キスして」
佐伯の手が頬に当てられる。
瞼を下げ、キスを受け止めた。
ちゅっと唇が離れ、また重なる。
激しくなっていくキスを、佐伯自身が俺を抱擁することで中断した。
「悪い。少しこのままで」
佐伯の下半身に硬く立ち上がるものがあり、そっと触れてみる。
「する?」
相手は生唾を飲み込んだ。
「……し……たいけど、しない」
佐伯の心臓の音が速い。
「まじめだな。誰も来ないと思うけど」
「そうじゃなくて……。学生のときは芸術祭をふたりで回ったことなんて、一度もなかったから」
「うん」
佐伯の背中を抱きしめる。
「ふたりで回りたい」
「え?」
驚いて、体を離した。
「なんだよ、その顔。俺じゃあ不満か?」
「ちが! 違う。嬉しい。すごく」
佐伯が歯を見せて笑む。
「俺も落ち着いたし、行こっか?」
その前に、と佐伯が銃を掴み、暴言に銃口を突き付けた。
「バン、バン、バン」
俺は額を手で支えた。
「見てたのかよ」
「加藤の知らない側面を見れて、胸キュンだった」
「気持ち悪い言い方するな。何歳だと思ってんだ」
佐伯は笑い、手を差し出してきた。
「行こう」
手を重ねると、ぎゅっと握りしめられた。
文化祭の冊子を開き、時間が指定されている出し物に足を運び、屋台で食べ物を買って、展示もすべて回った。
夕暮れになり、他の客に交じって公道へと流れ、大学を振り返った。
佐伯が立ち止まってくれる。
「どうした?」
「……今日、バーへ行ってもいい?」
「いいよ」
「ありがとう。部屋に帰って、ギターを持ってくる。すぐ戻ってくるから、待っていてくれないか?」
佐伯の目が湿り目を帯びる。
「もちろん」
久しぶりにギターを担ぎ、バーへと電車を乗り継いだ。
各駅停車に乗ったからか、車内はガランとしていた。
「母さんが死んだあと」
ぽつりと言われた言葉に、相手を見た。
「毎日、図書室でぼんやりしていた。大学にだけは通っていたけど、食事も忘れるくらい、何も手につかなかった。友達も、そっとしておいてやろうって感じで、一人になる時間が多くて。加藤だけが、めげずに話しかけてくれた」
「忘れていると思ってた」
佐伯は目を伏せ、微笑した。
「やけにおどおどしてるし、仲良くもないのに、よく粘るなって、母さんのことしかなかった頭に、名前も知らない変な奴のスペースができた」
「ひどい言われようだな」
「お前が名乗らなかったから、特徴で覚えるしかないだろ?」
「俺、名前言わなかった?」
「覚えてないのか? あれだけ、てんぱってたら、そうなるかもしれないけど」
「好きだったんだ。きっと、あの頃から」
「たぶん、俺も、あの頃から、加藤が理想の人間だった」
佐伯が指を絡めてくる。
「加藤がこうしてくれて、滞っていた血が生まれ変わるようだった。俺はお前に声をかけようとしたんだぜ。お前は逃げていったよな」
それは覚えて いる。
話しかけても反応がなかった男が、手を握ったら急に俺を見つめてきて、何かを言おうとした。
「蔑まれると思ったんだ」
佐伯は息を吐き、上を向いて目を閉じてゆっくり開けた。
「何年も経ってしまったけど」
佐伯に見つめられる。
「あのときはありがとう。あのときだけじゃない。ずっと、俺を諦めないでいてくれて、ありがとう」
笑いたいのに、嗚咽が出そうで唇を噛んだ。
自信を持ちたい。
自分が自分でいられるように、社会で渡り合えるように、佐伯が笑えるように。
バーへ着き、年配のバーテンダーに弾き語りをしてもいいか、と頭を下げた。
男は快く了承してくれ、グランドピアノにライトを当てた。
「なにか、俺にできることはあるか?」
「あるよ」
マイクをセットしていた手を止め、佐伯に微笑む。
「俺の歌を一番近くで聴いていてくれ」
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