クローバー

上野たすく

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1(一心視点)

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 道端でクローバーを見つけると、月見里一心やまなしいっしん朝波朔あさなみさくの言葉を思い出す。
 四年も前のことなのに、昨日のことのように。
―四つ葉のクローバーって、突然変異なんだってさ。小さいときに、踏まれたりして、細胞が傷ついて、三つ葉になれなかったやつらしいぜ。
 あれは、中学指定のジャージを着て、剣道部の朝練へ向かっていた時だった。朔は竹刀袋を背に担ぎ、車道側を歩いていた。
―なんで、四つ葉はありがたくて、人は嫌がられるんだ? 周りと違うっていうのは、希少価値があるってことじゃないのかよ?
―人は草じゃない。生きるために、足並みを揃える必要がある。
 履きつぶしたスニーカーの底が冷たい。
 地面に日光が当たらず、冷えているのだ。
 二月。
 雪は降らないが、気温は低い。
 ウインドブレーカーを着てくればよかった、と後悔するくらいには。
 小学五年生の時、ある男の血を左目に受け、それから左目を開くことができなくなった。開こうとすると、脂汗が出るような痛みが、全身を突き抜けるからだ。今はその目を眼帯で覆っている。そのため、左側にいる朔に、視線を送ることができず、首を回して、右目を使った。
 朔は大嫌いなピクルスをかじったときのような、苦い顔をしていた。
一心いっしんは俺と違って、みんながガーガー、文句を言わない道を行きそう。
 その日、友人の糾弾にも似た毒を聞き流したのは、さして感情が動かなかったからだった。朔はそんな一心を見越していたのか、独り言であったかのように、それ以上、口を開こうとしなかった。
 朔が、父親の仕事の都合で、一心の住む町にやって来たのは、小学六年生の冬だった。時期はずれの転校生だったから、季節まで、はっきりと覚えている。どんな子が来るのか、とざわざわしていた教室に、担任に連れられて、朔が入ってきた途端、その喧噪はピタリとやんだ。
 理由は、朔の容姿がよかったから。
 それ以上でも、それ以下でもない。
 短髪で、長ズボン姿の朔は、ボーイッシュな女の子だと紹介されても、疑わないくらい、中性的な顔立ちをしていた。彼を作るすべてのパーツが、人から好かれる要素を網羅していると言ってもよかった。
 一心ですら、一瞬ではあれ、目を奪われた。
 左目が疼き、眼帯をとりたい衝動に、かられもした。
 当の本人は、無頓着なもので、大人しくしていれば、外見だけで人が寄って来そうなものなのに、そうしないから、外見で食いついていた人たちは寄ってこなくなった。
 中学二年のときには、朔に話しかけるのは、朔の言動を受け入れることができる人ばかりだった。
 特段、朔に問題があるわけではない。
 朔は、良くも悪くも、普通の男子中学生だ。
 愛読書は洒落た英文学ではなく少年漫画だし、汗っかきで、笑うときは大口を開けて笑い、食べるものを食べ、その分、出すものは出し、知っていることより知らないことの方が、できることより、できないことの方が多い、普通の。
 姿形がいいと、過度の期待が降りかかってくるのだということを、そして、その期待に応えられないと、理不尽な冷たさを突きつけられることを、一心は朔を通して知った。
 しかし、他者からがっかりされても、朔はケロッとしていた。
 だから、一心は朔を慰めたり、暴言を吐いた人間を責めたりもしなかった。
 朔が良しとしているのに、声を荒らげるのは、何か違う気がしたからだ。
 クローバーを見るたび、思い出す。
 四年も、音信不通の友人を。
 それは、一心が少しだけ大人になり、朔の心の傷に、ほんのわずか、気づけたからかもしれない。
 四つ葉のクローバーは、三つ葉のなり損ない。
 あの日、朔は、クローバーを引き合いにして、他者から色眼鏡で見られるのは嫌だと、訴えていたのではないか。
 今となっては、朔に問えない、一心の蟠りだ。
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